𝐍𝐨.𝟏𝟏𝟐
𝐍𝐚𝐦𝐞
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「良い夜だな、兄者」
膝丸の声が闇夜に溶けた。
鈴を転がしたような虫の音が響く本丸の縁側に双剣が二振。
月見酒をしよう、と突然に膝丸を誘った髭切は、先程の膝丸の言葉にそうだね、と目を閉じて返答した。
「まるで…そうだね、鎌倉の夜みたい。」
そう言ってからはっとしたような顔をした髭切は弟の表情を伺った。
鎌倉……それは双剣の主の兄弟が仲違いを起こした場所。
まるで、これでは弟とは共有し得ない景色だと言ってるも同然だった。
「ごめん。意図したわけじゃないんだ、ただ…」
「いや、いいんだ。兄者がそう言うならそうなんだろうな、と納得していた。」
髭切はそんな弟の様子に酌を置いた。
…違う、そんな顔をさせたくて言ったんじゃないんだよ。
言葉とは難しいもので、人というのはとても面倒なものだと審神者が言っていたのを思い出した。
弟は決して僕を否定しない。自分の気持ちは二の次。
弟の頭をそっと撫でればそれを受け入れるように薄緑の髪がさらさらと揺れた。
「嘘が下手なんだねえ、お前は。」
「う、嘘ではない。ただ、それを今更持ち出しては兄者も辛かろうと…」
それでもって優しいんだった。
「弟を討ちたかったわけじゃあないんだよ。」
ぽつり、そう言ったのは明らかに髭切だった。無言で聞き入れた膝丸はその語り口を真剣な眼で見つめていた。
「まあ、僕は頼朝じゃないからわからないけど。義経を大切に思っていたんだよ。だから、本当は鎌倉入りを許可する予定だったんだ…」
何時になく動く口を制御出来なかった。こんな話がしたくて月見酒に誘ったんじゃないのに。
誉を連続でとったと嬉しそうだった弟を褒めてあげたくて、僕は…。
「辞めようか、この話。」
どうしたら。
どうしたら、弟が喜ぶのだろう。
僕は弟も喜ばせることが出来ないのだろうか。
すっかりと口を閉ざした兄を横目に膝丸が口を開いた。
「兄者に俺はどう見えている?」
「…うん?」
「俺は兄者を頼朝と思って接した覚えは毛頭無い。」
「僕だって弟を義経だと思ったことは無いよ。」
なら、と一呼吸置いて膝丸は語り出した。
「俺たちは源氏の重宝だ。しかし、俺たちは源氏ではない。あの後別れてしまったが、今こうして兄者の横に立てているのだ。」
…それだけで、俺は満足している。
その言葉は、重く強く誇りに満ちていた。
「立派になったんだねえ、」
幾多の思いが膝丸を強くした。
それは離れていた時期に起こった出来事かもしれない。もしくは義経と共に歩んだ結果であるかもしれない。
二振一具《僕の片割れ》として打たれたあの無垢な膝丸ではないとわかっていた。
「泣かないでくれ、兄者。」
気遣うような弟の声で気がついた。
「あれ、僕、泣いて…、」
顔に手を当ててみれば確かに僕は泣いていた。
「僕ね、膝丸はいつまでも僕の片割れのままだと思ってたみたい。」
「…そのつもりだが?」
「僕よりも強くてずっと遠くにいるみたいだよ。」
…ねえ、膝丸。僕を置いていかないで。
バサりと落ちた羽織など気にせず弟に抱きついた。
鎌倉のまま時が止まっている僕をひとりにしないで。
悲痛な願いだった。恐れていた。
弟が弟ではなくなることを。
「兄者、俺は折れるその瞬間まで兄者の弟だ。」
抱きしめたその肩をがば、とつき戻して髭切を膝丸の瞳が穿いた。
「貴方を置いて何処へ行くのいうのだ。」
「俺はとっくに兄者の刀なのだぞ。」
揺れ動く秋の草だけがその二振を包んでいた。
いつのまにか虫の音は止まり、丸く大きな月だけが本丸を照らしていた。
………………二振一具。
それはとある本丸の双剣の逸話。
今までもこれからも途絶えることの無い仲の良い兄弟の話。
1/2ページ