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君の本当になれるその時まで。(薫あん)

「それで?この子は俺とあんずちゃんの子どもっていう認識で良いのかなぁ?」
「違います」

 土曜日の昼下がり、繁華街の喫茶店で羽風薫と、その目の前には薫が気になってたまらないアイドル科に所属の唯一のプロデュース科、そして唯一の女の子であるあんずは対峙していた。2人だけならば、誰もが羨む制服デートなのだが、薫の横には小さな子ども。しかもあろうことか、その子どもは薫のことをこう呼ぶのだ。

「パパ-?パフェまだー?」

 そう、パパと。

「パフェはもう少ししたら来ると思うから、もう少し待っていようねー」

 パパ、と呼ばれることに抵抗を感じながらも笑顔で答えると「うん!」と元気な声と屈託のない笑顔。薫のことをパパと信じてやまない顔だ。

「ゆき、いいこにしてまてるもん!」

 全く、なんでこんなことになったんだか。あんずちゃんに呼び出されたところまでは良い日だと思ってたのになぁ。



『羽風先輩、助けてください』

 気にかけている女の子からそんなメールがいきなり来ようものなら、すぐにでも駆け付けるのが男ってものだろう。無理矢理にでも連絡先を交換しといて良かった。
 意気揚々として連絡をくれた主、あんずのもとに駆け付けると、そこには今日も可愛いあんずがいた。いたのだが、彼女は一人で待っているわけではなかった。

「えーっと、あんずちゃん、その子は?」
「あ、羽風先輩!ごめんなさい、急に呼び出してしまって」

 あんずは、礼儀正しく一礼を薫に向けたかと思うと、信じられない言葉を抱きかかえているそれに向けて発した。

「ほーら、パパが来ましたよー」

 一瞬頭がフリーズした。どう見てもあんずが抱きかかえているのは子どもで。
 パパ?薫の見間違い、聞き間違いでなければ、あんずは抱きかかえている子どもに向かって薫のことをパパと言ったのだ。
 子どもはと言えば、先程までグズっていたのか、泣き腫らした目と、しゃくり上げる声。しかし、薫のほうを見やると顔を明るくさせて手を薫のほうに差し出して来た。

「パパ!」

 あり得ない一言を付け加えて。



「それで?この子は俺と転校生ちゃんの子どもっていう認識で良いのかなぁ?」
「違います」

 一旦状況を整理させて、と近くの喫茶店に入る。
 きっぱりと断られるとそれはそれで悲しいものだけど、当たり前の回答に少しほっとする。

「えーっと、じゃあ、この子は?」
「羽風先輩の子じゃないんですか?」
「いやいやいや、俺まだ高校生だからね!こんなに大きな子を作るには早すぎるから」

 あれから薫と離れようとせず、今も薫の隣に座る子どもを一瞥する。どう見ても4歳か5歳くらいだ。

「えーっと……、何歳かなー?」

 あんずが子どもに向けて問いかける。優しく微笑むその姿にこんなときでさえ可愛いとつい思ってしまう。

「ゆきー?ゆきはねぇ、えーっと、ごさいー!」

 自分のことをゆきと名乗るその子が右手をパーにしてあんずに突き出す姿に「5歳かー!ちゃんと言えるの偉いね!」とあんずはお姉さんモードだ。
 これはひょっとしたらひょっとしなくても良い雰囲気なのではないだろうか?今まではあんずに避けられる日々だったが、こうして子どもを介すだけでこんなにも距離が近くなるのだから。

 そんな薫の気持ちを壊すように胸元のポケットに入れていた携帯が震えだした。空気を読まない携帯の着信画面を見やると『わんちゃん』の文字。無視を決め込もうと携帯をポケットに仕舞おうとするが、「出て下さい」と端的に告げられ、出ざるを得なくなってしまった。

「ちょっとー、俺とあんずちゃんの至福の時を邪魔しないでくれるー?わんちゃん」
「はぁぁああ!?チャラ男、お前、練習サボってなにやってやがるんだ!?」
「何ってー?あんずちゃんとデートだけど」

 ノリノリで返答をすると、電話越しからも真正面からも抗議の声。特に耳元は大音量でついテーブルに携帯を置いてしまった。テーブルに携帯を置いてもキャンキャンと聞こえるその声に元気だねぇ、と呆れてしまう。
 しかしそんなことを思った数秒後、薫はテーブルに携帯を置く、という行為を後悔するはめになった。

「パパー!パフェやっときたよ!おいしそうー!」

 慌てて携帯の通話口を塞ぐも時すでに遅し。数秒電話口が静かになったかと思うと、先程より更に大きな晃牙の声が聞こえた。

「チャ、チャ、チャラ男野郎!!!!お前!あんずになんてことさせてやがんだ!パ、パパってどーいうことだよ!」
「あぁ、五月蝿いのに勘違いさせちゃったなぁ、もう!俺の子じゃないからね!?」
「はぁぁああ?けど、お前、パパって呼ばれてたじゃねぇか!ちゃんと説明しやが、」

 晃牙の声が途中で途切れたかと思うと、「何すんだ、吸血鬼野郎!」と騒ぎ立てる声。どうやら、零が晃牙から携帯を奪い取ったようだ。

「薫くんや、今の状況を軽ーく説明してくれんかのう?」

 声こそは穏やかだが、その口調からは珍しく戸惑いが感じ取れた。

「んー、とは言っても俺も良く分かってないし。なんかもう、色々と面倒だからここまで来てくれるー?」

 晃牙とは打って変わって落ち着き払って「しょうがないのう」と言ったその声に安堵しながらも、薫は面倒なことになった、と深いため息をついた。


「なるほど。嬢ちゃんの話をまとめるとこういうことかえ?」

 あの電話の後、すぐさま来た3人は息が切れ切れで、零に至っては瀕死状態だった。どうやら、晃牙に引っ張られて走らされたようだ。昼下がりとはいえ、その日光と昼間にあまり運動をしない零にとって、その運動量は彼をバテさせるには充分だったようで、着いた途端、息も絶え絶えだった。
 そんな3人が回復するのを待って、あんずは状況を説明した。
 今日は昼から行われるUNDEADのユニット練習に途中から顔を出すつもりで午前中に買い物を済ませようと繁華街に出たところ、街の真ん中で泣いている子どもを見つけた。迷子だと思い声をかけたが、泣き止まず、どうしようかと思っていたら、鞄の端から出ていた企画書の『UNDEAD』という文字にその子どもが反応したようで、泣き声がピタッと止まった。

「パパのところ!」

 一瞬頭が混乱したが、子どもがUNDEADの誰かをパパと思っていると考えたあんずは一人一人の写真をその子に見せたという。すると、薫の写真が表示された携帯に目を輝かせながら、「パパ!」と叫んだため、薫を呼び出したという。


「なんだ、チャラ男とあんずの子どもじゃねぇのかよ」

 2人の子どもでないことに一安心をした晃牙は「焦って損したぜ」と呟いた。

「薫くん、我輩、プライベートにまでとやかく言うつもりはないがのう、避妊はしっかりせんといかんよ。ましてや我々はまだ高校生じゃ」

 零の避妊という、高校生では聞き慣れない言葉にそういうことに疎い後輩2人は「ひひひひ避妊だと!?」と慌て始める。

「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ朔間さん!何度も言ってるけど、俺の子じゃないからね!?確かに俺は女の子大好きだけど、さすがにこんな子どもになるくらい前からお盛んじゃないからね!?」

 UNDEADが揃ったことが嬉しいのか、騒がれている当の本人はテンション高めに薫の横ではしゃいでいる。零達が来て手狭になった席は配置を変え、ゆきの横にはあんず、薫達の前に零や晃牙、アドニスが座っている形になった。

「くくく、冗談じゃよ。薫くんはそこらへんは意外とウブだと我輩思っておるからのう」
「だが、羽風先輩の子どもではないとなると、この子は一体何者なんだ?」

 小さいものは苦手だ、とあまりゆきに近づこうとしないアドニスが的確な質問を投げかける。

「つーか、迷子なら交番にでも連れて行けば良かっただろ。何を呑気に喫茶店なんか入ってやがんだよ」
「えー。考えてみてよ、わんちゃん。俺のことをパパって呼ぶ子を連れて迷子です、なんて言っても簡単には信じるわけないし、制服着た羽風薫がそんなことをしたことが周りに知られてみてよー」
「評判はがた落ちどころか学院にバレたら大変なことになるじゃろうの」

 事の重大さに気付いたのか、晃牙は何も言えなくなる。

「本来ならば、こういった喫茶店でパパなんぞ騒がれているのもまずいんじゃが……」
「ごめんなさい、私が考え無しに羽風先輩呼んじゃったせいですよね……」

 零の言葉にプロデューサーとしての自覚が足りませんでした、と泣きそうな顔のあんずに「あんずちゃんは気にしないでよ」と声をかける。

「俺としては、あんずちゃんに頼られたみたいで嬉しかったんだからさ」

 いつもの調子でウインクして戯けてみると「ありがとうございます」とその顔に少し笑顔が戻った。
 やっぱり女の子はいつでも笑顔でないとね。

「全く……。何はともあれ、今はただ、その子に色々と聞いてみるしかなさそうじゃのう」

 呑気な様子の薫にため息をつきながら零は「やれやれ」と言った。


「えーっと、ゆきちゃんはこのお兄さん達のこと知ってるの?」

 ゆきの隣に座ったあんずが質問係となったところで、ゆきの正体を確かめるべく、質問を投げかけていた。

「うん、しってるよ!あんでっどでしょー?パパがいるところだもん!ゆき、おうただってうたえるんだから!」

 自慢気なその顔に可愛いなぁ、と思っていた矢先、その口からはその歳に相応しくない言葉が聞こえる。

「おれたちはだれももとめーない!みとめーない!」
「まさかのDarkness4……。朔間さん、俺たち子どもの教育衛生上に良い、歌える曲作ろうね……」

 さすがの零も歌のチョイスには苦笑だった。

「え、えーっと!ゆきちゃん、本当にこのお兄さんはパパなの?」

 これ以上歌わすのはよろしくない、と判断したあんずは歌い続けるその声をぶつ切るように質問を投げかける。薫のほうを指さしながら。

「……うん!パパだよー!だってゆき、パパさがしにきたんだもん!」

 少しの間が気になったが、その言葉とともに薫に一斉に突き刺さる疑念の目。

「まだ疑ってるの!?」
「いやぁ、子どもは嘘をつかんと言うし」
「羽風先輩の日頃の行いが招いた結果ではないだろうか」
「何気にストレートにナイフを投げてくるね、アドニスくん」
「すまない。かんに障ったのなら謝ろう」

 UNDEADのメンバーでやいのやいのと騒いでいる間にもゆきは無邪気に一人で遊んでいた。一人で遊ぶのに慣れている様子で。

「探してたってことは、ゆきちゃんのパパはずっといなかったのかな?」
「ううん」

 ゆきはゆっくりと首を横に振った。そこで初めてゆきの陰りのある顔を見る。

「ママとパパがけんかしちゃって、そこからパパかえってきてくれないの。だから、ゆきがパパをさがしにきたんだ」
「……そっか。それはいつのことか分かるかな?」
「んーと……。3かいねるまえ!」

 得意げに3本指をあんずに見せつける。回数を数えれることを自慢したい風だ。

「3回……?3日前ってことでしょうか」
「恐らくはの。ちなみに薫くん、3日前は何をしておったんじゃ?」
「もう、本当にしつこいなぁ。3日前は一人で海行ってたよ。夜だって誰かと会ってたわけじゃないし、ケンカした覚えはないから俺はシロでしょ」

 意外と零もしつこい。
 しかし全ては、薫の日頃の生活態度が引き起こした事件であり、反省すべきは薫のほうなのだが。


「パパとケンカしてた日、ママがけーたい?見ながらパパがパパだったらぜったいケンカなんかしないのになぁ、てゆってたから、ゆきはパパをさがしにきたの!ゆきがパパをつれてきたらママぜったいよろこんでくれるよね?そしたら、パパとママはケンカしないよね?」

 話があらぬ方向に行くゆきの言葉に一同が疑問符を頭に浮かべる。

「ん?ゆきちゃんのパパはこのお兄さんじゃなくて、他にもいるの?」
「パパいるよ!ゆき、パパのことはすきだけど、いつものパパもすき!パパもゆきのことすきになってくれた?ゆきといっしょにきてくれる?」
「あぁあ!?何言ってやがんだ!訳わかんねぇ!」

 晃牙がそう叫んでしまうのも無理はない。薫も訳が分からなくなってきた。しかし、晃牙が叫んでしまったせいでゆきの顔がくしゃりと歪む。

「あぁあ、泣かないで。せっかく可愛い顔してるんだし、女の子に涙は似合わないよ」

 薫はそっとゆきの頬に手をやってウインクを投げかける。泣くのは堪えてくれたが、すっかり機嫌を損ねたようで、薫にしっかりとしがみついて離れなくなってしまった。

「わんこ。お主が悪い」
「……ちっ。悪かったよ。つい、でけー声出しちまった」

 晃牙が見えるわけない頭についた耳を垂れ下げながら謝る。本当に犬みたいな後輩だ。ゆきも機嫌を少し持ち直したのか、しがみついていた手をほどき、薫の膝の上に座る形になった。

「しかしさすがだな、羽風先輩」
「歳は関係なく女の子には本当に優しいんですね」
「当然だよ。女の子には優しくしてあげないとね」

 片方は本気で感心しているように聞こえるが、もう一方は半ば呆れ声に聞こえるのは気のせいだろうか。



「ふむ……、つまりはこういうことかの」

 今まで思案顔だった零がまとまったのか、ゆきの話を要約する。

「この子の両親は薫くんとは別にちゃんとおるが、その両親がケンカをしてしまった。恐らくこの子の母親が薫くんのファンのようで、薫くんの写真を見ながら薫くんが旦那だったら、と嘆いたところをこの子が見てしまい、母親を喜ばせようと薫くんを探しに来た、こういうところかのう」

 零の説明に薫含め、一同は納得をするが、当事者は何が何やらでよく分からない、と言う顔を薫に向け膝の上から向けてくる。

「クソッ、なんだよ、こいつすっげぇ優しいやつじゃねぇか」

 感受性が高い後輩はすでに泣きそうな顔だ。

「こーがくん、どこかいたいの?いたいかおしてるよ」

 なんでもねぇ!と突っぱねる声にもどこか迫力が無い。

「……となると。ゆきとやら、お主、自分の家への帰り方は分かるのではないか?」
「うん!ゆきわかるよ!パパおうちきてくれるの?」

 子どもにキラキラした目を向けられるとさすがに心に来るものがある。

「んー、俺じゃ、ゆきちゃんの本当のパパにはなれないからねー、ゆきちゃんを送ることはできてもお家に行くことは無理かな、ごめんね。ゆきちゃんには俺なんかよりももっともっと大切にしなきゃいけない人がいると思うし、その人もゆきちゃんのことを待ってると思うよ?だからさ、俺は一緒に暮らすことはできないけど、お家、戻ろっか」
「……パパ、かえってきてくれるかなぁ」
「大丈夫。パパはゆきちゃんのこと嫌いになって出ていった訳じゃないと思うしね。それに、そろそろ帰らないと今度はママがゆきちゃんがいない、て悲しんじゃうかもしれないよ」
「……ゆき、おうちかえる」

 母親が心配する、と言う言葉に反応したのか、ゆきは素直に頷いた。良い子だね、と撫でるとゆきは泣きそうなのを我慢した、そんな笑顔を薫に見せた。

「小さきものよ、俺たちが送ろう」
「あぁ、ガキんちょ一人で帰らすにはあぶねぇしな」

 なんだかんだ、子どもに絆されている後輩達に苦笑しながらも、喫茶店を出て、一行はゆきの案内のもと、その家路へとついた。



「ほほほほほんものの薫!?きゃー!零に晃牙くんにアドニスくんまで!?」

 ゆきの案内のもとついたその家路はびっくりするくらいにスムーズで、出会った当初泣いていたのは、迷子になって泣いていたわけではなく、薫に会えない不安に泣いていたのだと認識した。
 ゆきが押したチャイムにドアを開けたゆきの母親はUNDEADが勢ぞろいだったことに大層驚き、最早卒倒する勢いだった。
 その原因を作った当事者は何も気にすることなく部屋へと入っていく。

「ちょっとゆき、どういうことなの!?説明して!!?」
「ゆき、ママのためにパパつれてきたよ!パパはパパにはならない、てゆってたけど……。ゆきいいこにしてたらパパかえってきてくれるかな」
「は?え?パパ?」

 ゆきの母親もゆきの言ったことが理解できていないようで、零が恐らくは、と先程の説明をすると、平身低頭、という言葉が似合うくらいに母親は薫達に頭を下げた。

「本当にごめんなさい……!ゆきが大変ご迷惑を……」
「いえいえ、別に大丈夫ですけど、できればお父さんと仲直りして、ぜひお父さんと一緒に暮らせるようにしてあげて下さい」

 ゆきちゃんのためにもお願いします、と薫が頭を下げると、「頭を上げてください」と慌てて声をかけられる。

「その……、実は……」




「全く、今日1日なんだったんだか」

 ふぅ、とため息をつくと、すかさず騒がしいほうの後輩からギャンギャン吠えつかれる。

「あぁん!?それはこっちの台詞だっ!せっかくのユニット練習日だったてのによぅ!」
「だが、父親も出て行ったわけではなかったと聞いて安心した」

 ゆきを送り届けた後、一先ず学院に戻ろうと一行は学院に足を向けていた。「本当に良かったね」とアドニスに向け笑顔のあんずを見ながら薫は先程までのやり取りを思い返していた。


「その……、実は……。家を出て行ったとか、そういうわけではなくて、そのケンカをした次の日から主人は出張に行ってまして……」
「は?」
「え?」
「明日には帰ってくる予定なんです……」

 ごめんなさい、と頭を下げ続ける母親に笑いがこみ上げてくる。

「あは、あははは、何それ。あの子のとんだ勘違いだった、てことー!?本当、人騒がせなんだから」

 あぁもう、お腹痛い。

「くくくく、じゃが、あの子にとってはそれほどまでに一大事だったんじゃろう」

 あの、えっと、と戸惑う母親に「安心しました」と告げる。

「もう、これからは子どもの前でケンカしちゃ駄目だからねー。子どもの前でなくても、怒ったらせっかくのキレイな顔が台無しだからね」

 ウインク混じりにそう告げると、「生薫の生ウインク……」と母親から感嘆の声、後ろからは晃牙から「けっ!」と呆れる声が聞こえた。



「羽風先輩……?どうかしましたか?」

 あんずに声を掛けられ、意識を戻すと、薫の前を歩くギャンギャンさわぐ晃牙の姿とそれを宥める零とアドニスの姿があった。どうやら、彼らより後れを取った薫を心配して声を掛けてくれたらしい。

「んーん、なんでもないよ、あんずちゃん。それよりごめんねー?変なことに巻き込ませちゃって」

 苦笑交じりでそう告げると、「とんでもない」と全力で首を振られた。

「もとはと言えば、わたしが巻き込ませてしまった側ですから……!こちらこそごめんなさい。……それにしても、一気に寂しくなっちゃいましたね」

 くしゃっと笑う顔に見透かされた気持ちになった、と言えば嘘ではなく。この子のこういうところは凄いなぁ、と素直に思う。だからこそ、周りでチヤホヤしてくれるとびきり可愛い女の子ではなく、純粋にこの目の前の純朴な女の子が良いのだと再認識する。

「寂しく……かぁ。そっか、この気持ちは寂しいのかなぁ。さっきまで俺のことをパパって呼んで懐いてくれてた子がずっといたからちょっと寂しくなってるのかも。あはは、俺らしくなくてごめんね」

 こんな時でさえおどけてしまう薫にあんずが全力で首を振る。

「そんな……!あんなに可愛い子が懐いてくれてたんですもん。いきなり離れちゃったら寂しくなっちゃいますよ。羽風先輩とゆきちゃん、本当の親子みたいでしたし」
「えぇー、この歳でお父さんが似合うってのもなんだか複雑だなぁ」
「ふふ。でも正直、羽風先輩と結婚される方が羨ましいなぁ、て少し思っちゃいました。羽風先輩、絶対子煩悩な良いパパになるんだろうなぁ、って」

 少し照れくさそうに笑うあんずの言葉に思わずしゃがみ込むと、頭の上から「先輩?」という声が聞こえる。

あぁもう、本当にズルい。



「おい!羽風……先輩よぅ!何しゃがみ込んでやがんだ!?さっさと帰って練習すんぞ!」

 いつの間にやら、学院に戻ったら練習を再開する、という話にまとまったようだ。薫の先を行く晃牙が痺れを切らしたのか、大きな声で叫んでくる。

「はいはい、すぐ行くから!わんちゃんは本当に元気だよね。ていうか、こんな時間から練習始めるとかあり得ないんだけどー」

 その声に助けられ、薫はすっと立ち上がるとそのまま晃牙達のほうに向かって足を踏み出した。

「あぁ!羽風先輩いきなり走るなんてズルいですよ!」

 慌てて追いかけてきた愛しい後輩に向け、「あんずちゃんも早く早く!」と声をかけ手を差し伸べた。


いつか本当に君にパパと呼ばれるその日を夢見て。
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