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レオが記憶をなくす話。(ほんのりレオいず)

「あれ?セナ老けた?」

 1日ぶりに目を覚ました第一声がそれ。人の顔を見るなりその一言はどうなのだろうか。

「ていうかここどこだ!?もしかしてついにアブダクションされちゃったとか!?」

 起きて早々騒ぎ始めるレオに相変わらずだと思いつつも、少しホッとする。

「王さま、一応病院なんだから少しは落ち着きなよねぇ」
「病院?なんで俺、病院にいるんだ?」

 キョトンとした顔に「ちょっと……、覚えてないわけ?」とさすがに瀬名泉は絶句した。



 その日はお昼から久しぶりにKnights揃ってインタビューを受ける仕事の日だった。夢ノ咲学院を卒業してからもKnightsとしての活動は続いていたが、泉や嵐はモデル、凛月は俳優、司は最近バラエティに出始める(どうやら、司の坊ちゃん属性の天然な性格が、司会者などでも有名なバラエティ芸人に気に入られたようだ)など、個々の活動もそれなりに忙しくなり、Knightsとして仕事をするのは歌番組や収録、ライブくらいになった。レオは作曲家として有名になり、インスピレーションを求めるために国内外問わずあちこちに行くこともざらだ。
 学生時代は集合時間になっても集合しない、なんてことは当たり前のようにあったが、さすがに社会人6年目にも突入すると、集合時間に遅れるということは滅多となくなった。そんな中、集合時間になっても現れないレオにまたか、という気持ちに全員がなったのは過去の行いのせいだろう。朝ちゃんと声を掛けたのに遅刻するとは。

 泉の携帯が鳴ったのはそれから15分くらい経ったときだった。

「ちょっと王さまー?遅刻とかあり得ないんだけど」

 通話ボタンを押した瞬間に文句を言ってやると、少しの間の後に聞いたことのない男の声が聞こえてきた。

「セナさんでお間違えないでしょうか?」

 一瞬レオだと確認せずに出てしまったのかと耳から携帯を離して画面を見るが、そこには「れおくん」と間違いなく表示されていた。その表示を見た瞬間、急に心臓がドクンドクンと高鳴り始める。

「はい、瀬名と申しますが。失礼ですがどちら様でしょうか」

 泉が急に佇まいを直したからか、他のメンバーも何事かと泉に注目していることを感じ取れた。

「失礼致しました、私○○病院の……」

 そこから先の記憶はとても曖昧で、どうやらその男は救急隊員らしく、レオが事故をして病院に運ばれたことだけは分かった。泉が携帯を落としたものだから、他のメンバーが「どうかした?」と聞いたときも、「れおく……、事故……」と説明も途切れ途切れで落とした携帯は嵐が拾い、詳しい場所も嵐づてに聞いたくらいだ。


 一行が病院に駆け付けると、レオは救急治療室という場所に入れられていたが、外傷も擦り傷くらいであまりなかったので、夕方くらいには個人病室へと運ばれて、そこでやっと対面となった。とは言ってもレオの意識は戻っていなかったので、寝ているレオとの対面だ。大きな外傷がなかったのはアイドルとしては幸いだったが、大きな外傷がない分、意識がないレオのその姿はまるで死人のようで、はやり立てる心臓の音が五月蝿い。

「どうやら、道路に飛び出したネコを助けようと追いかけて、車とぶつかったようなのですが……。向こうもあまりスピードが出ていなかったことが幸いし、大した怪我には至っておりません。脳の方にも損傷はありませんでしたので、しばらくすれば目は覚めると思いますよ」

 レオの主治医となった先生が説明をしていたが、それすらも曖昧な記憶でしかない。そういった対応は嵐が全て引き受けてくれたようで、こういったときの冷静さはさすがだった。
 夜になってもレオが目を覚ますことはなく、仕事場からそのまま来たので、1度解散しようとなったが、泉自身はその場を離れることが出来ず、あまり無茶をしないように、と3人に言い残され、その日は病室に泊まることにした。夜が更けようと、一向に目を覚まそうとしないレオに、もうこのままずっと目が覚めなかったらどうしよう、と不安が募る。また置いて行かれるのか。何をすることもどうすることも出来ないまま、置いて行かれる不安が涙として溢れ出た。
 これ以上起きていても悪いことばかりを考えてしまう。昨日も遅くまで仕事だったし、少しは寝ないと……。これがおとぎ話とかだったら、口づけたりしたら起きてくれるのだろうか。
 そっとレオの唇に泉の唇を落としてみるが、特に反応はなかった。しかし、頬に触れるとレオのぬくもりを感じることが出来、少し安堵する。
 こんなことで起きるわけない、よね。
 重たい体に鞭を打って、看護師が運んできてくれた簡易ベッドに横たわり、その日は眠ることにした。

 眠りにつくことは出来たが、その眠りも浅く、明け方にはすぐに目を覚ましてしまった。一瞬、ここがどこだか分からず、理解に時間が掛かったが、状況を把握してレオの様子を見るも、特に昨日と変わった様子はなかった。
 幸い、今日の仕事は休み。本来だったら久しぶりの休みにレオと休暇を過ごそうと思い、計画を立てていた。しかし、そんな計画が崩れるのもいつものこと。
 また寝坊?れおくんも毎日お疲れだもんねぇ。たまにはゆっくり休みなよ。
 レオの髪を軽く梳きながら願いを込めて唇に軽い口づけを落とした。

 午前中、凛月や司、嵐も仕事の合間を縫って代わる代わる見舞いに来てくれた。その度に1度帰ったら、と言われたが、家に帰る気には全くなれず、頑なに拒否をした。

「ほぉんと、王さまったら、すぐに好き勝手行っちゃうんだから、それに振り回される私たちは困ったものよねェ?泉ちゃんも良く付き合うわね、ていつも感心しちゃうのよォ?でも、泉ちゃんが無理しちゃって、王さまが帰ってきたときに泉ちゃんが倒れてたりしたら、王さま悲しんじゃうんだから、本当に無理はしちゃ駄目よォ」

 嵐らしく軽口を叩きながらの心配に泉が「ありがとう」と答えていると、ベッドの方から唸り声が聞こえた気がした。慌ててベッドに駆け寄ると、目をギュッと瞑った後にゆっくりと目を開けるレオの姿が見えた。

「あれ?セナ老けた?」

 そうして冒頭に戻る。



 レオに不自然さを感じたのは、事故のことを一切覚えていなかったレオに事故の説明をしつつ、医者がレオの様子を診察しているときだった。


「仕事?学院外の仕事って珍しいな」
「ていうか、セナだけじゃなくてナルも老けた?」
「今、入院とかになったら、俺確実に留年だな!わはははは!」


 さすがに言っていることが不自然だったので、医者が「少し、聞いても良いですか?」とレオに質問を投げかけた。

「失礼ですが、ご年齢をお伺いしても宜しいですか?」
「年齢?えーっと、年齢だろ、年齢……。あれ、俺今何歳だっけ……」

 ボーッと考え込む仕草に医者が笑顔で「大丈夫ですよ」とストップをかけた。

「では、つい最近起きた出来事で、1番印象に残っている出来事は何ですか?」
「最近起きたことだろー。そりゃ、ナイトキラーズとしてKnightsと戦ったことかな。セナと戦うなんて滅多にないし、あれは面白かったな!あの新入りも中々骨があったしな!」

 目の前にいるレオは本当にレオなのだろうかと疑いたくなる。嵐もさすがに驚きを隠せないようで、「ちょっと王さま……?」と面食らっていた。



「端的に言って、記憶障害です」
「記憶障害?」

 それから、何個か質問の後、医者は泉と嵐を別室へと呼び出した。

「はい。月永さんの場合は、一定時期から最近までの記憶がすっぽりと抜け落ちているようです。先程月永さんが仰っていた出来事はご存知ですか?」
「えぇ、戦ったのは私たちだから……。王さま……彼が高校3年生のときの出来事です」
「では、18歳以降の記憶が抜けている、ということです。一時的な記憶の混乱だとは思いますが」
「記憶の混乱って……。元に戻るのよねェ……?」
「今のところは何とも……。戻るかもしれないし、もしかしたら……」

 そこで医者は口を濁した。
 もしかしたら……、戻らないかもしれない、ということだ。


 そして医者が告げたのは、このまま2、3日様子を見つつ、検査に異常が無ければ、退院しても良い、とのことだった。
 病室に戻ると、何が起こったのか分からないままにもインスピレーションが湧いたのか、あっけらかんと曲を紙に書き起こしているレオの姿があった。こんな時にも曲作りに没頭するレオに半ば呆れるが、それでこそレオだという気持ちも強い。

「王さま」

 声を掛けるも集中しているのか、こっちを向こうとも、返事をしようともしない。こうなると何を言っても無駄だと分かりきっているので、レオのそれが終わるまで待つことにした。その間に少しでも頭を落ち着かせなければならなかったし、泉としては好都合だった。

 嵐は仕事があるからと、凛月と司に話してまた来ると言って帰ってしまった。医者からレオに告げるのはどうするか、と聞かれたが、嵐と話した結果、自分たちで告げることにした。嵐が帰ってしまった以上、その役目は必然的に泉の役目となった。


「……ナ……セナ、セナ!」

 レオに呼びかけられて、いつの間にか泉は寝てしまっていたことに気付いた。昨日の昼からほとんど眠っていなかったので無理もない。

「ん……、王さま……?曲作りは終わったの-?」
「あぁ!なんか分かんないけどすっごい良い曲出来た!なぁセナ、俺、記憶無いんだろ?だからかな」
「は……?なんで……?」

 いつもの様子で何もないかのように問いかけるレオに言葉を詰まらせてしまう。

「んー、セナやナルが明らかに老けてるし、さっき鏡見たら俺も老けてた!わははは!でも俺には高校3年までの、Knightsのリーダーとして戻ってきて良い、てみんなに言われたときの記憶しか無い。それに未だに自分の年齢思い出せないし、セナの携帯鳴ったから覗いてみたら見たことない形の携帯なのになんか使い方とかは分かるし、変な感覚!そう思ったらすっごいインスピレーションが湧いてきてさ、」

 レオの言葉が突然止まったかと思うと、目を見開き、ビックリした顔を泉のほうに向けていた。

「なんでセナが泣いてるんだ?」
「はぁ?泣いてなんて……」

 泣いてなんてない、と言おうとした瞬間、涙が頬を伝ってきて泣いていたことを自覚した。

「これは雨!そう、さっき雨が降ってたから!」
「雨、ねぇ」

 レオがニヤニヤとしたいやらしい顔を泉の方に向ける。

「何?」
「んーん、雨な、雨。天気すっごく良いけどな!わははは!やっぱりセナは優しいな。俺のために泣いてくれてるんだろ?」
「はぁ?何言ってんの。なんで俺があんたのために泣かないといけないわけぇ?」
「そうだよな、雨なんだもんな。雨〜、雨〜。おぉ、インスピレーションが湧いてきた-!もう一曲書けそうだ!」

 まただ。
 レオが学生時代、腕を骨折したあの時だって怪我したことを誰かのせいにせず、ただ享受し曲を書き続けていたと斑から聞いた。いつだってレオはその全てを享受し、ただただ曲作りに生かす。それは周りの人が見れば危なっかしいくらいに。そんな悲しい天才のために流れた涙のことなど、レオに気付かせるつもりは微塵もなかった。

「王さま。曲作る前に聞いて」
「なんだなんだ?セナと言えど、このインスピレーションを殺すことなんて許さないから!ちょっと待って!すぐに書き終わらせるから」
「はぁ……。王さま、俺、明日は仕事だし、いい加減そろそろ帰らないといけないし、その前に少しだけ話聞いて」
「仕事……。そっかそっか、仕事か。もう学院卒業したんだもんな。セナ、明日仕事なのかぁ……」

 仕事、という言葉は今のレオには分からない感覚なのだろう。珍しく、少し困ったような悲しいような、そんな笑顔を向けられるが、手を止めたところを見ると、一応は聞く気になったらしい。

「さっき、王さま自身も言ってたけど、王さまは今、18歳から今までの記憶が抜けてるんだって。王さま自身は24歳だから、18歳から24歳までの記憶ってことになるかな。Knightsは今も活動中だけど、これは少し活動を休止したほうが良いかもね。王さまが少し落ち着くまでは。王さま自身の仕事も曲作りとか色々あるだろうけど、少しの間は休止。これは俺が調整しとくから。それから、」
「ちょ、ちょっと待って!俺、病院で大人しくしとくとか、絶対嫌だからな!」

 だって、俺こんなに元気だぞ!?と飛び跳ねようとするレオに落ち着くよう促す。

「王さま自身が元気でも、今は一種の病気みたいなもんでしょー。それに、医者の話だと、2、3日もすれば退院できるみたいだから、病院じゃなくて自宅待機ね。王さまには実家に戻ってもらうから」

「ん?実家に帰る?俺、今どうやって暮らしてんだ?」

 そこで泉は自分がした失言に気が付いた。
 しまった。実家暮らしとかって言えば良かったのに。



 泉とレオは学院卒業後すぐは別々に暮らしていたものの、レオがしょっちゅう泉の家に泊まりに来ていたこともあり、1年後には同棲していた。同居ではなく同棲。最初はご飯食べさせて、であったり、仕事で起きられる自信が無いから起こして、であったり、飲みの帰りに帰るのが億劫だから泊まらせて、と他愛もない寝泊まりだった。泉からすれば、学生時代から放っておけない人物だったが、卒業して離れ離れになる、と思ったとき一気に自分自身の気持ちを自覚した。
 そうか、好きだったのか、と。
 だからこそ、レオがしょっちゅう泊まりに来ていたのも好都合だったし、泉がいないと何も出来ないレオに対して変な優越感があったのも確かだ。そんな日々を半年くらい続けた時だった。その頃にはもう、部屋の合鍵を渡していたので、泉が家に帰るとレオがすでにいることもしょっちゅうで、その日も泉が仕事から帰宅すると当たり前のようにレオが家にいた。

「なあなあ、俺こうしてしょっちゅう泊まってるけど、セナ迷惑してないか?」

 第1に、レオにもそういった機微を感じることがあったのか、とそこにまずは驚いた。そして、半年程こうした生活を続けて今更そんなことを言われるショックが泉を襲った。

「はぁ?今更なんだけどぉ。迷惑だったらとっくに迷惑だって言ってるっての」
「そうか?だって、俺がこんなしょっちゅう泊まってたら彼女とか呼べなくない?」
「はぁあ!?俺に彼女いるとか思ってるわけぇ?言っておくけど、今そんなつもりも余裕もないから。本当、今更過ぎて意味分かんないんだけどぉ」
「そっかそっか。……ならいいや!」
「本当、どうしちゃったわけぇ?」

 なんでもない、と言い張るレオの顔は明らかに泣き腫らした顔で、言葉と気持ちが裏腹なのは一目瞭然だった。

「なんでもない人はそんな泣き腫らしたような顔なんかしてないのー。今更遠慮とか良いから言ってみな」

 泉がそう告げたが最後、我慢していた涙腺が崩壊したのか、レオは顔を涙でくしゃくしゃにしながらボソボソと呟いた。

「はぁ?何言ってるか全然分かんないんだけどぉ」
「セナが結婚したい、て呟いてたってナルが」
「はぁぁぁああ!?」

 あんのクソおかま。なんてことをレオに告げているのか。
 そもそも、いつ呟いたかも自覚がない。しかも呟いたとしても、それは十中八九レオのことを考えているときのことだ。

「結婚したいのかセナ!?」
「……あんたには関係ないでしょー?それに、なんでそれで王さまが泣くわけ?」

 こんなときでさえ素直になれない自分に嫌気がさす。

「……のに」
「はぁ?なんて?」
「俺だって……俺だってセナと結婚したいのに!セナ結婚したい人いたら俺邪魔じゃん!」
「……は?」

 レオの言っていることをすぐに理解することが出来ず、その場で硬直していると、レオもしまった、というような顔をして顔を俯かせてしまった。

「……何、王さま。俺と結婚したいわけ?」
「ご、ごめん!変なこと言ってびっくりしたよな、」

 ごにょごにょと俯きながらレオが呟いていたので、その柔らかそうな唇を泉は自分の唇を重ねて塞ぐと、レオが息を飲んだのがそのまま伝わった。

「さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃ五月蝿いんだけどぉー」

 唇を離すと、レオはびっくりした顔を泉の方に向けていた。当然だろう。

「へ?は?セナ……?」
「俺が結婚したい、て言ったのはそういうことだから。後はお得意の想像なり妄想なりで察してよねぇー」
「え、ちょ、セナ!?どーいうこと!?そういうこと!?そういうことなの!!?」
「あーもう、チョ〜うざい。五月蝿いんだけどー」

 先程の泣きべそから一転して、泉の目の前ではしゃぎまくるレオを横目に泉も顔がニヤけていたのはレオには秘密だ。



 そこからはあっという間で、レオとの同棲が始まり今の生活に至る。今、泉の目の前にいるレオが泉に対してどういう感情を持っているか泉に計り知ることは出来ないし、高校時代のレオならば恐らくはそういった感情はないはずだ。

「……王さまは今、俺と同居中」

 同棲ではなく同居。レオに無駄な詮索はさせたくない。

「へ?俺、セナと暮らしてんの?なんで?あ、待って待って、妄想するから!憶測するから!」

 あんたが一人で勝手に勘違いして泣いてきたんでしょぉー?とでも言ってやりたい気持ちに駆られたが、これ以上深く追求されるのも面倒だ。

「王さまが、一人じゃ暮らせないーって俺の家に転がり込んできたの」

 全くの嘘でもない。

「あぁ!なんで言うんだよ!今ので名曲がひとつ消えたかも知れない!甚大な被害かも知れない!……て、俺きっと今もだろうけど、やっぱりセナがいないと駄目なんだな!わはははは!だったら尚更、俺はセナとの家に帰るよ」
「なぁに、それ。そこで尚更になる意味が分かんないんだけど」
「尚更だよ。だって、俺がいなくなったらセナが悲しむだろ?」
「はぁー?子供扱いしないでくれる!?チョ〜うざい!とりあえず俺は帰るから!病院では大人しくしてなよねぇ」

 分かった分かった!と言ったレオは高校時代に比べるとやはりどこか聞き分けが良く、記憶がないだけで今のレオは24歳のレオなのだと認識する。
 高校時代だと絶対、病院なんてつまらない!帰る!と駄々こねそうなのに。


 その日からは仕事が詰まっており、面会時間にレオに会いに行ける時間には仕事を終えることが出来ず、2日が経ったときだった。ちょうど撮影の合間の休憩時間に泉の携帯がなった。表示を見てみると、「なるくん」と表示されている。あんなことがあったばかりなので、携帯に出るのにも少し慎重になってしまう。
 泉がもしもし、と携帯に出ると、またしても表示とは違う人物の声だった。

「おーい、セナか? ナル〜!セナに繋がったぞ!」

 後ろから「良かったわね、王さま」と携帯に表示されていた人物の声。どうやら、今の時間は嵐がお見舞いに行っているようだ。

「はぁ?王さま-?なんでなるくんの携帯から掛けてきてる訳―?」
「俺の携帯、車にひかれて壊れてたらしくてさ、電話番号なんて覚えてないし、ナルが来てくれなかったらこのまま孤独死するところだったぞ、全く!」
「ちょっと、意味分かんないんだけどぉ。それで何で俺に掛けてきたのぉ?」
「だってセナ、あれから病院来てくれないし。でな、セナ!俺、明後日退院みたい!」
「それは良かったねぇ、おめでとう」
「迎えに来てくれないのか!?」
「なんで俺が。そのまま実家帰るんだったら別に俺行かなくても大丈夫でしょ」

 電話越しなのに相手が落胆した息遣いを感じてしまった。

「俺、セナと暮らすって言ったよな!?俺の家はセナの家だよ」
「いやいや、俺許可した覚えないんだけどぉ」
「何でだよ!?」

 今の状態のレオと暮らすなんて拷問以外の何でもない。一緒に居たらどこかで絶対に我慢できなくなるときがあるに決まっている。だが、今のレオにそれを伝える術はない。

「何でも。……俺も仕事で王さまの世話できるか分かんないしね」
「セナの世話なんかなくても大丈夫に決まってるだろ!そんなつまらないこと言うなよ。俺を一人にしないでくれよ、あ、ナル!?何するん、」
「泉ちゃん?」

 電話の主は、レオから携帯を無理矢理奪ったのか、後ろからレオの騒がしい声が聞こえる。

「ちょっとなるくん、王さまどうにかしといてよねぇ」
「あら、こればっかりは私にはどうにもできないわよォ。……泉ちゃんは何をそんなに渋ってるのかしら?」
「なるくんには関係ないでしょ」
「関係大ありよォ。凛月ちゃんも司ちゃんもぼやいてたけれど、昨日から王さま、泉ちゃんはー?てうるさくってェ」

 ふふっ、愛されてるのね、と茶化されたので、五月蝿い、と一言言ってやると怖い怖いと言われたが、その言い方からは微塵も恐れている様子は感じられない。

「……ねぇ泉ちゃん、例え記憶はなくなっても、身体には絶対、泉ちゃんとの思い出って残ってると思うわよ。だから大丈夫、大丈夫よ」

 先ほどの茶化しからは一転、まるで泣いた幼子をあやすかのトーンに何も言うことができなくなった。

「言ったでしょう?王さまはすぐにどっかに行っちゃうけれど、王さまが帰ってきたときに泉ちゃんが元気でおかえりって迎え入れてあげないと王さま悲しんじゃうわよォ、て。大変かもしれないけれど、泉ちゃんは、泉ちゃんだけは王さまをいつでも迎え入れてあげられる人でいてあげて。もちろん私たちだっていつでも大歓迎ではいるつもりよォ。それでこそ騎士だものね」
「勝手なこと言わないでよねぇ、後輩のくせに生意気なんだけど。……れおくんに代わって」
「あら、ごめんなさいねェ。王さま、泉ちゃんよ」
「むー。……もしもし?」

 やだ、いらない!という声が遠くで聞こえていたが、今度はどうやら無理矢理電話を押し付けたようだ。

「王さま、明後日夕方なら迎えにいけるから。準備して待ってなよねぇ」

 耳元でギャンギャン騒いでいるレオの声が聞こえたが、無視をして通話を切った。

 全く。やっぱり世話が焼けるんだから。でもそれも悪くない。
 休憩が終わるとスタッフに機嫌が良いね、と茶化されたが機嫌が良くなる理由が泉には見当たらなかったので、気のせいでしょう?と返すと、長い間電話されてたから電話の向こうで良いことでもあったのかと思ったよ、とやはり見当違いな答えを返された。
 良いことな訳がない。だって、面倒なことこの上ないからねぇ。


「ちょっとぉ、俺準備しておいて、て言ったよねぇ?なんでパジャマ姿のまま、荷物も何も片付けられてないわけぇ?」

 あの電話から2日後、泉が病院にレオを迎えに行くとベッドの上で作曲をしているレオの姿を見つけて肩を落としてしまう。

「セナ!待って!今良いところなんだから!セナのこと待ってたら変な緊張感生まれて良いインスピレーション降りてきた!」
「ちょっとぉ、人に迎えに来させといて変な緊張感ってどういうこと?チョ〜失礼なんだけどぉ」
「だって、セナ迷惑がってたから」

 もごもごと言うレオにため息1つ出る。

「王さまって、昔から変なとこ妙に気を遣うよねぇ、全く。前も言ったけど、俺本気で迷惑なことは意地でもしないから。後は察してよねぇ」
「前もっていつだよ。あ、待って待っていわないで!」
「あぁ、王さまの記憶がなくなってるときだっけ。まぁそういうことだから。早く準備して。帰るよ」

 なんで言うんだよ!とギャンギャン騒ぎながらも着がえ始めるところはレオの素直で良いところだ。2〜3日の入院で済んだので荷物もまとめるというほど無かった。紙とペンさえあればどこでも生きていける人間なんだな、と実感する。

「ていえか王さま、この2〜3日スキンケアとか色々とサボってた分、きっちり取り戻させてあげるからねぇ。俺が持ってきた化粧水とか全然減ってないし。覚悟しときなよぉ」



「おぉ!これがセナハウスかぁ〜」

 家について早々、レオは靴も脱ぎ散らかしドタドタとリビングに駆けていく。
 王さま、靴ぐらい揃えなよねぇ!と怒ると、笑いながらセナよろしく〜!と聞く耳を持たない。まるで新しいものにはしゃぐ子供のようだ。

「懐かしい呼び方だねぇ。ていうか、王さまが住んでた家でもあるんだから、セナハウスはやめてよねぇ。そもそもなんであのスタジオもセナハウスになったんだっけ」
「みんなが安心する場所だからな!ここもセナの匂いがするし、うん、安心できる」
「なぁに、それ。意味分かんないんだけどぉ。日本語話してよねぇ」

 思いっきり日本語だけどな!と騒ぎながらレオは色々な部屋を確認していた。

「それで?家に戻ったら少しは何か思い出したりした?」
「うーん、やっぱりなんか分かるような分かんないような変な感覚。まぁ生活に支障は無さそうだし大丈夫だろ。それよりセナ、お腹空いた。何か作って!」
「はぁ?帰って早々それ?時間も時間だしまぁ良いけどさぁ。オムライスで良い?」
「おぉ!セナのオムライス好きだ!」
「……俺、高校時代オムライス王さまに食べさせた記憶ないんだけど」
「あれ?そうだっけ?んー、確かに、俺も記憶ないや」

 例え記憶はなくなっても、身体には絶対、泉ちゃんとの思い出って残ってると思うわよ、と言ったお節介な後輩からの台詞が頭の中を過ぎる。
 これがレオの身体に染みついている記憶なのだろう。レオが家に帰りたいと言ったのも身体に染みついているセナとの思い出だとしたら、それはそれで嬉しいが、同時に厄介だとも感じる。身体と心が一致しない、というのはレオに負担をかけてしまうのではないか、と。

「はぁ。ただでさえ記憶容量少ないんだから大事な思い出くらいさっさと取り戻しなよねぇ」
「なんだなんだ!?何いきなり怒ってんだよ、セナ」

 冷蔵庫にある具材で簡単に作ったオムライスを美味い!さすがセナだな、と食べるレオを見ながら今後の生活も何とかなるだろう、と思うことにした。
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