君と奏でる音楽。
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結論から言うと教会横でのライブはうまくいった。
形としてはあんずと千加が企画の大枠を決め、それを泉に持っていき、千加と泉で内容を固めた。
レオは「何で俺に相談がなかったんだ」とふて腐れていたが、どうやら千加と泉が2人で決めた、というところに引っかかりを覚えたようだ。
「最近あんた、なるくんと仲良くなったんだってぇ?」
昼休み、混んでいる食堂を避け、たまにはと屋上に向かうと一人ベンチに座りながら手作りの弁当を食べる泉の姿を見つける。はたと目が合うと、珍しく泉の方から声を掛けてきた。
「お昼に一人とかあんたも寂しい男だよね、本当」
「そっくりそのまま返してあげるよ」
弁当箱に入った、計算尽くされたであろうサラダ中心のお弁当を食べる泉の横のベンチに座る。
「ちょっと、席なら空いてんだから余所座りなよ」
「ここが1番陽当たり良いの。なんなら、あんたが座ってるところが俺の特等席なんだけど。……それでさっき何て言ったの」
「あぁ、別に大した話じゃないけど。あんずとなるくんと女子会したとかって聞いたってだけ。聞いた、ていうかなるくんが勝手に話してきたんだけど」
「なるくん……?あぁ、鳴上嵐のこと。一緒に行った、ていうかあんずに誘われて行ったらあいつがいただけ。帰ろうかとも思ったけどさすがにそれもどうかと思って」
そう言いながら弁当箱を広げる。朝から作ったにしてはリンゴも兎型に切れ中々の出来だ。
「そういうところ、あんたって意外と器用だよねぇ」
目敏く兎の形のリンゴを見つけた泉がさも興味なさそうに放つ。
「意外とは失礼。……つぅか、あんずを使うとかあいつ卑怯」
そう呟くと、「相変わらずの口の悪さ」と言われる。
放っとけ。
「あんたって、あんずには気を許してるよね」
唐突に泉に指摘される。いきなりどうした、とついつい泉の方を見た。
確かに最近の放課後はたまにあんずと行動もしているが、それはライブの相談であって、千加としては気を許した気持ちはなかった。あくまでもアイドルとプロデューサーとしての関係性。更に言えば、蓮巳敬人から卒業したければ、と突きつけられた条件をクリアするための相談でもある。
まぁ、あんずの性格上、話しやすさはあるので間違いではないか。確かに今まで放課後に友達と出掛けるとかもなかったし。
不思議そうな顔で泉の方を見たからか、泉には逆に怪訝そうな顔をされる。
「なに?」
「いーや?気になる?俺とあんずの関係性」
にぃ、と笑うと冗談でもない、と顔で返される。
「はぁ?そんな訳ないでしょ。ふと思っただけ」
「ふぅん。まぁ、色々とね。卒業に向けて動いてるだけ。心配してくれてありがと。ふふ、あんたは俺の母親か」
苦笑交じりに伝えると「母親とか死んでもごめんだけど」と突っぱねられた。
こっちだってごめんだ。
「スタフェスのこともあるし。その相談で最近はまぁ。ソロは気楽だけど、構成とか一人で考えるのがどうも難点だな」
スタフェス、それはクリスマスに行われる大規模なライブであり、『S1』と呼ばれる、成績も絡んでくるライブだ。出ないという選択肢は蓮巳敬人に早い段階で消された。卒業は正直どちらでも良いが、留年も中退もどうにも後味が悪いので選択肢としては卒業しかない。
「あぁ、一応スタフェスには出るつもりなんだ」
「出ないと卒業出来ない、て脅されたからな。まぁ、先日のハロウィンライブでも昔のファンが待ってくれてたこと分かったし。待ってる子達がいるなら俺はその人たちのために歌うよ」
10月に行われたハロウィンライブはここ最近夢ノ咲学院で主催された大規模なライブの中では千加の凱旋ライブにもなった。待っている人間なんていないだろうと思っていたが、昔千加を見に来てくれた見知った顔を何人か見つけた。それは両手で数えきれるかきれないか程度ではあったが、千加としては「お帰り」と団扇を持っている、その人間がいると知っただけで歌う理由は十分だった。
「まぁ、後半戦には出れるくらいには前半戦も頑張るつもりだから。ソロだとそこら辺の調整が難しくてかなわん。そのための作戦を今あんずと練ってるとこ。レオにも曲書いて貰う約束したしな」
「はぁ?あいつ敵に塩送るとか何考えてるんだか」
「それくらい許せよ、瀬名泉。俺からレオの曲奪ったらあんたでも許さん。戦争するか?」
泉の方をジッと睨む。
「全く。王さまといい、あんたと言い、どうしてそう口が悪いわけ」
千加の物騒な物言いに溜息をついた後、泉は「まぁ、せいぜい頑張りなよねぇ」と言って食べ終わった弁当を持ち屋上を後にした。
「悪いな、あんず。休日なのに呼び出しちゃって。あんたって平日なかなか捕まらないからさ、つい休日に呼んじゃったよ」
雪も降る寒い日、休日だと言うのに千加に呼び出された目の前の女の子は小さく首を横に振るう。別に気にしない、とでも言わんばかりに。
「呼び出して来て貰っといてなんだけどさ、あんたも休んだりしたかったら断って良いんだからね。働きすぎ。高校生のうちからそんな働いてどうするんだか」
はぁあ、とため息をつくとあんずはクスクスと笑っている。
「なに?……は?瀬名泉みたいって?本気でやめて。……なんか、鳴上嵐もそんなこと言ってたっけ。……想像しただけで寒気がする」
身体をブルッと震わせると更にあんずがクスクスと笑った。
「ったく。まぁいいや、それでスタフェスの作戦なんだけどさ」
スタフェスの前半、程々には戦わないと後半戦に支障が出る。それはつまり成績にも支障が出るということで、そうなってしまうとスタフェス出場の意味が無くなってしまう。だからこそ、あんずの休みを奪ってまで計画を立てていた。どう動けば良いか、1人で考えるよりもよっぽど良い作戦が生まれそうだ。
そうしてあんずと廊下を話ながら歩いているときだった。
「あ」
やいのやいのと騒ぎながら泉の横を歩いている司と泉の姿を見つける。
千加が声を出したからか、2人もこちらに気付き、先程まで騒いでいた司が顔を輝かせながら「お姉さま!……と市姫先輩」と言った。
こっちはおまけか。
「なんであんたたちがいるわけ?」
「そっくりそのまま返してやるよ、瀬名泉」
質問に質問で返すと「何それ」とため息。全く気が付かなかったが、どうやら気付けばKnightsの居場所となっているスタジオの前にいたようだ。
この時期に休日返上してまで集まるなんて、理由は想像がつく。司はまさか休日にあんずに会えるとは思わなかったのだろう、目を輝かせながら何かをあんずに誘っていた。しかしあんずは、「でも」と千加の方を見ながら少しどもっている。
「どうかしたか、あんず?」
それとなく促すと唐突にスタジオの扉が開く音。扉の向こうから現れたのはボウルに生クリームが乗り、ホイッパーを持った凛月の姿だった。
「……なんでホイッパー?」
「それにしてもお姉さまとクリスマスパーティーが出来るとは思ってもいませんでした」
「……なんでクリスマスパーティーなんてやってんだか」
全く、と呟く千加とは裏腹にとても嬉しそうな司につられ、あんずもどこか嬉しそうだった。
「まあ、あんずが楽しそうだから良いけど。それにしても俺らも良かったのか?急に参加なんかしちゃって」
「良いんじゃないの?王さまもあんたとあんずなら特に文句も言わないでしょ」
「なら良いけど」
スタジオを少し飾り付けし、隅には小さくはあるがツリーも飾られている。経緯を聞いたとは言え、遊びに来てんじゃん完璧に、と千加は思う。あまり学生らしいことが出来ないこの学院ではたまには良いだろうが、敬人あたりが見たらキレそうだな、と思うと千加の頭の中で「度し難い」という姿が思い浮かぶ。
「見て下さい!お姉さま!凛月先輩が珍しくgrotesqueな見た目ではないcakeを作ってくださったのですよ」
特にはしゃいでいるのは今も小さなカップに入ったプチケーキをつまんでいる司だった。もぐもぐと食べては「お味も良好です」と最早何個目か分からない試食を繰り返している。
スタジオに置いてある炬燵の上には色とりどりのケーキやお菓子たち。軽くつまめる塩系のものまであるのはさすがだ。
「これ全部、朔間凛月、あんたが作ったの?」
「まぁね〜、お菓子作りは好きなんだよね」
ふふん、と少し嬉しそうな凛月の顔を見る限り、お菓子作りは本当に好きなのだろう。パクリと一つ摘まむが味もとても美味しい。
アイドルではなくパティシエ狙えるんじゃないか。
「ていうか、ス〜ちゃん、食べ過ぎ。まだ王さまとナッちゃんが戻ってきてないんだからねぇ、食べ尽くさないでよ。俺はあんずの血があれば満足だけど〜、他のみんなは普通のお菓子とかが必要でしょ」
もぐもぐと食べる司に対し凛月が叱責する。
あいつあんなに甘いもの好きだったのか。
「……瀬名泉、あんなこと言ってるけど、朔間凛月って実際まじで吸血鬼なの?」
「……俺が知るわけないでしょ」
「あぁそっか。あんたは吸血鬼って信じてたもんな。悪い悪い」
少しの間とともに答える泉に疑問を抱くもそういうことか、とすぐに合点がいく。この間少し恥ずかしい思いをしたからだろう、気まずそうな顔持ちだった。軽く弄ると「うるさいよ」と叱責。よっぽど前の一件が恥ずかしかったと見える。
「絶対長い間サンタの存在を信じてたタイプだよな、あんたって」
「はぁ?そんな訳ないでしょ」
「ふぅん……。俺は可愛げがあって良いと思うけどな。……あ、もしかしてまだ信じてたりした?だとしたら悪、」
「あんたまじでそろそろキレるよ」
被せてくる辺り、本気でキレる寸前だ。危ない危ない。
「それよりもあんず、顔色が良くない気がするけど。どしたの、大丈夫……?」
凛月と司が何か話をしていたが、矛先があんずに向かう。それは確かに気になっていたところで、目の下のクマだって隠しきれていない。だからこそ呼び出してしまったことに反省をしていたのだが。
「ま〜た働き過ぎてるんでしょ、あんず。神さまだって週に1度は休んでるよぉ、サンタさんじゃあるまいし……。年末年始のこの時期くらい、まったり過ごしなよ」
泉からサンタというワードがこぼれたことに千加は思わずつい吹き出しそうになる。
絶対長い間信じてた口だ。
「まぁ【スタフェス】だ『SS』だって、この時期は大規模なイベントが盛りだくさんだしねぇ……。『プロデューサー』は大忙しなんだろうけど。師走とは言うけどさぁ、マジな話……ぶっ倒れられても迷惑だから。ちょっとは俺らと一緒に、甘いもんでも食べてお茶でも飲んで一息いれていきなよ」
泉から出た発言に呆気に取られていると、後ろの方で司と凛月がコソコソと同じような感想を述べている。
泉がそんな風に誰かを労うなんて想像だにしなかった。
元来、泉が優しい心根の持ち主なのは知っていたが、それを口に出すのはよっぽどだ。
千加に散々あんずには気を許している、と言っていたがどの口が言う、だ。
あんたも気を許しまくりじゃん。
「ちょっと、何を小声でぶつくさ言ってるの?そういうのって、チョ〜うざぁい!あんたも。何ニヤニヤしてんの」
「べっつに〜。それよりさ、あんず……イッちゃんも。王さまとナッちゃんを見かけなかった?なぜか戻ってこないんだよねぇ、赤穂浪士みたいにどっかに討ち入りしてるのかな?」
「赤穂浪士って、それだと騎士じゃなくて武士じゃん朔間凛月。特に見てないけど何、そんなに帰ってきてないわけ?」
「はい……、心配ですね、また遭難したのかもしれません」
心配そうな顔をする司を見て不謹慎ながらもレオの居場所を再確認して少し安心する。Knightsにはレオという存在が必要不可欠なのだとみんなの顔が物語っている。それは千加にとってもとても嬉しいことだった。
「ん〜、プレゼント選びに手間取ってるんじゃないの。王さまはともかく、なるくんはそういうの変にこだわるから」
それにしても嵐とレオが一緒に行動、というのも中々珍しい。まあ同じユニット内だし、そういうこともあるんだろうが。
心を見せない限りはレオも心見せることはないだろうし、そういう時間を作っているのかもしれない。
「わはは☆たっだいま〜っ、王の帰還……!」
そんなことを思っているときだった。スタジオのドアが開き、大きな声とともに機嫌良さそうにレオが入ってくる。
「あれ?あんずがいる。ヒメも。なんだなんだ?うっちゅ〜」
「はいはい、うっちゅ〜」
いつものポーズでピースをしながら笑顔を向けてくるのでそのまま返事をするも、千加の返事が気に入らなかったのか「最近雑だ!」と罵られてしまった。中々浸透しない挨拶を返すだけマシだと思って欲しい。
「……おっと、噂をすれば影だねぇ?あんたどこで何してたわけ、お腹が空いたし待ちきれずに先におっ始めちゃってるよぉ?」
「ごめんごめん!何かナズのやつが困ってる様子だったからさ〜、手助けしてた!あいつは『ナイトキラーズ』の仲間だし、おまえらもさんざん世話になったみたいだしな……。恩返しをしとこう、と思って」
「ナズって、なずにゃん?どうかしたの、あいつ……?」
泉のなずなに対する呼び方も気になるところだが、突っ込める雰囲気でもないので黙っているとスタジオのドアが再び開く音。それと同時に嵐が「ただいま〜」と機嫌良く帰ってきた。
「さて……と、俺はそろそろ行くかな」
Knightsの面々が雑談に花咲いてる中、そっと放つ。
「やっと揃って今から始まるのに何言ってんの、イッちゃん」
そんな中、ふわぁふ、といつものように欠伸をしながら凛月には耳聡く聞こえていたみたいだ。
「んー、もう少し練習もしたいし、あんたのケーキ食べたから腹ごなししないとな。サンキュ、ケーキ美味しかったよ。あぁ、あんず、あんたはせっかくだから参加して来なよ。俺との打ち合わせもほぼ終わってたしな。助かったよ」
矢継ぎ早にそう告げると「そっか」とだけ返される。こういうところ、察してくれるからありがたい。
何があった訳ではない。ただ単にこの場に居てはならない気がしただけだ。もちろん、千加の気のせいだとは分かっているのだが。
そっとスタジオを出ようとすると「なんだ?ヒメ、トイレか?」とレオの見当違いの言葉に「まぁそんなとこ」と返す。「早く帰って来いよ」とニカッと笑うレオに「はいはい」と軽く返事をして賑やかなその場所を千加は後にした。
集中してたらすっかり暗くなったなぁ。
学院からの帰り道、辺りはすっかり暗く、肌に当たる風も冷たかった。朝から降り続く雪も止むことを知らず、練習で少し火照った身体に当たるとその雪は直ぐに水滴へと変わる。
マフラーそろそろ買うか……。風邪引いても面倒だし。
普段から頭にパーカーを被っているおかげで、千加の首元にマフラーはない。
パーカーにマフラーなんてあり得ないし、一緒にニット帽でも買うかな。
ふぅ、と吐き出す白い息を纏い歩きながら帰っていると、家の前に見慣れた制服の人間が座り蹲っているのを見つける。
あのズボン……。うちの学院のズボンだよな。
千加の方にはお尻が向けられている状態で顔の認識は出来ないが、蹲っている以上声を掛けない訳にはいかない。
「おい……。大丈夫か?」
近付きながら声を掛けると見慣れたオレンジ頭。となればやっていることはひとつだ。
だが、いつもの作曲に集中しているのか、千加の声は届いていない。
自然とふぅ、とため息が出る。
「レオ」
名前を呼ぶも目の前の男は紙に音符を走らせることを止めない。よく見ればうっすらと頭に雪が積もっている。
おいおい、いつからここにいたんだよ。
「レオ……!レオ!」
何度か声を掛けるがやはり意識は五線譜に向いたままだ。
そっと頭の上の雪を払いのけると頭がとてつもなく冷たいことに気付きそのままの勢いで頭を鷲づかみにして上を向かせた。
「痛!あ痛!なんだなんだ!宇宙人の襲来か!?でも待って!今良いところだか、」
「レオ!このバカ!作曲するにしても場所ってもんがあるだろ!」
「え、何!?ヒメ何で怒ってるん、」
「何でじゃない!あぁもう!身体もこんなに冷たくして!風邪でも引いたらどうすんの!こういうの本当にやめてよ……。お願いだからさ……」
目元がじんわりと熱くなってくるのが分かって、あぁ自分は泣きそうなんだと千加は自覚した。
「怒ってたと思ったら今度は泣きそう!?なんで!?待って待って!曲ならもう出来るから!」
「はぁ!?なんでこのタイミングで曲なんだよ!曲なんかよりも自分の身体を大事にしてよ、バカなんじゃないの!?」
千加が大きな声で叱咤したからかレオの頭の上には、はてなマークでも飛びそうな顔。
「え?曲が欲しかったんじゃないのか?」
「はぁ?なんでそうなるわけ」
スタフェスに向け曲を書いて貰う約束はしたが、いつまでに、という約束をしたわけでもないし、間に合わなければそれはそれで良いとも思っていた。ただ単に作って欲しい訳ではない。レオの想いがそこに込もってなければ意味がない。新曲が欲しいのではない。レオの作った曲が好きでそれを歌いたいだけなのだ。
千加の勢いに圧倒されたのか「え、だって……」とレオにしては歯切れが悪くごにょごにょと言い淀む。
「今からクリスマスパーティ、てときにヒメ帰っちゃうし、聞けば練習するから、て言うから、てっきり曲も渡さずにクリスマスパーティしてることに怒っちゃったのか、て」
本気でしょげているところを見ると、レオなりに千加のことを心配し、考えた結果なのだと感じ取れる。
千加が盛大に溜息を付くと、「ほら怒ってるんだろ」とワタワタし始めるレオに怒りを通り越して思わず笑いが出た。
「まぁ、何も言わずに出て行ったこっちにも否はあるけど、俺がそんなことで怒ると思ったんだ。ったく。そんなことで怒るわけないだろ。俺はレオが作りたいときに作った曲が歌いたいの。義務や強制で作った曲なんかに興味はないよ。何度も言ってるだろ。他でもない、レオの曲だから歌いたいんだ。レオが楽しく作った、俺に歌って欲しい歌が歌いたい。……今度そんなこと言ったら本気で怒るからな」
泉から千加が登校拒否になった後のことは聞いた。その時にレオの心は壊れたと言っていた。千加はその時のレオを知らない。見ていない。でも見なくて良かったとも思う。千加の知っているレオは楽しそうに曲を作る。小さな時からずっと見てきた。そして楽しそうに歌う姿だ。
義務で焦りから作る姿を今初めて見た。千加が声を掛けても届かない。いつもの没頭とはまた違う。余裕のない姿。心がゾクッとした。身体が冷たくなってもそのことにも気付いていない。普段からそのきらいがあるのはあったが、纏うオーラが、雰囲気が違った。
「……ごめん」
しゅんと謝る姿は親に怒られた子どものようで。またもクツクツと笑いが込み上げる。
「とは言え、ありがと。俺のために作ってくれようとしたんだろ? でもなんでこんな寒空で。家までもう少しなんだから家で書けば良かっただろ」
「んー、なんでだろな。歩きながら色々考えてたんだけど、確かに降りてこなくて焦ったのかも。でも今、ヒメの顔見たら降りてきた!きたきた!これだ!紙!ペン!」
そう言ったレオの顔はいつもの楽しそうな顔。この様子だと本当に降りてきたのだろう。だが、それとこれとは別で。この状況下で書き始めるレオにため息。
「だ、か、ら!こんなところで書き始めるな!家まであと少しなんだから帰ってやれよ!」
ペンを取り上げようとするが、「だめ!今動かさないで!」と言われてしまうと、千加のものを作られている手前、どうすることもできない。レオ自身もマフラーも何もないいつもの姿なので身体はどんどん冷えていく一方だ。夜も更けてきて辺りも暗い。
よくこんな中で作曲なんて出来るな。
ふぅ、とため息一つつくとその場でレオに背中を預ける形で座り込んだ。
これで少しは寒さも軽減されるだろ。
千加の後ろでは鼻歌交じりに音符を五線譜に書き込んでいる。はっきりとは聞こえないが、微かに聞こえるその曲からはレオらしい、そして冬らしい曲だと分かる。完成を待ちわびながら、千加はその曲を耳に、身を預けた。
「で、これどういう状態?」
「瀬名……泉……、マジで寒い無理助けて」
レオが作曲を初めて数十分。とっくに寒さで身体は限界だった。
「状況を説明しろって言ってんの。突然連絡してきたと思ったら、『寒い。無理。毛布』だけって意味分かんないんだけど」
鬼のような形相で毛布を千加に手渡しながら「ま、大体は察したけど」と言ってくる辺りはさすがだ。「これも」と暖かい缶コーヒーも手渡される。ブラックなのは抜かりない。
「思ったより長ぇの。すぐ終わると思った、ていうかキリの良いところで中断させようと思ったんだけど全然終わんねぇの」
何度か声は掛けたが、全く反応をしないレオに生きていることだけは確認しつつ、時間だけが経過したが、身体がすぐに限界を迎えた。
「バカなんじゃないの、本当に。終わるわけないでしょ。風邪でも引いたらどうすんの。本番までもう時間ないんだから」
「いや、こればっかりはもう、面目ない……」
「全く。……ついでだし、これ渡しとく」
そう言って千加に手渡したのは大きめの紙袋。「何これ」と袋のを開けると中には毛糸のニット帽が入っていた。
「……毛糸が余ったから、ついでに」
「は?てことは、あんたが作ったの?」
「クリスマスだし、Knightsのメンバーに作ったし、ついでに。冬くらいパーカー外してマフラーでもしなよ。体調管理はアイドルの基本でしょ」
目を逸らしつつ素っ気なく話す姿を見ながら千加は小さくふふっと笑った。
「何が可笑しいわけ」
「いや?……似たもの同士、か」
クツクツと笑う千加に「意味分かんないんだけど」言われるが、まさか考えてたことが一緒でした、なんて絶対言わない。そんな時だった。千加の背中越しから「できたー!やっぱり俺は天才だ!最高傑作だ!」と聞こえてくる。
「うぉ、身体冷たっ!ていうかなんで毛布被ってんだっけ?宇宙人からのプレゼントか?……って、あれ?セナ?なんでいるんだ?待って待って。さっきまでヒメと話してて、その後の記憶がないぞ。んー……」
色々なことに気付いたレオが状況を確認する。泉とともに千加は盛大なため息をつきつつ、「とりあえず、家帰るぞ」とだけ告げた。
形としてはあんずと千加が企画の大枠を決め、それを泉に持っていき、千加と泉で内容を固めた。
レオは「何で俺に相談がなかったんだ」とふて腐れていたが、どうやら千加と泉が2人で決めた、というところに引っかかりを覚えたようだ。
「最近あんた、なるくんと仲良くなったんだってぇ?」
昼休み、混んでいる食堂を避け、たまにはと屋上に向かうと一人ベンチに座りながら手作りの弁当を食べる泉の姿を見つける。はたと目が合うと、珍しく泉の方から声を掛けてきた。
「お昼に一人とかあんたも寂しい男だよね、本当」
「そっくりそのまま返してあげるよ」
弁当箱に入った、計算尽くされたであろうサラダ中心のお弁当を食べる泉の横のベンチに座る。
「ちょっと、席なら空いてんだから余所座りなよ」
「ここが1番陽当たり良いの。なんなら、あんたが座ってるところが俺の特等席なんだけど。……それでさっき何て言ったの」
「あぁ、別に大した話じゃないけど。あんずとなるくんと女子会したとかって聞いたってだけ。聞いた、ていうかなるくんが勝手に話してきたんだけど」
「なるくん……?あぁ、鳴上嵐のこと。一緒に行った、ていうかあんずに誘われて行ったらあいつがいただけ。帰ろうかとも思ったけどさすがにそれもどうかと思って」
そう言いながら弁当箱を広げる。朝から作ったにしてはリンゴも兎型に切れ中々の出来だ。
「そういうところ、あんたって意外と器用だよねぇ」
目敏く兎の形のリンゴを見つけた泉がさも興味なさそうに放つ。
「意外とは失礼。……つぅか、あんずを使うとかあいつ卑怯」
そう呟くと、「相変わらずの口の悪さ」と言われる。
放っとけ。
「あんたって、あんずには気を許してるよね」
唐突に泉に指摘される。いきなりどうした、とついつい泉の方を見た。
確かに最近の放課後はたまにあんずと行動もしているが、それはライブの相談であって、千加としては気を許した気持ちはなかった。あくまでもアイドルとプロデューサーとしての関係性。更に言えば、蓮巳敬人から卒業したければ、と突きつけられた条件をクリアするための相談でもある。
まぁ、あんずの性格上、話しやすさはあるので間違いではないか。確かに今まで放課後に友達と出掛けるとかもなかったし。
不思議そうな顔で泉の方を見たからか、泉には逆に怪訝そうな顔をされる。
「なに?」
「いーや?気になる?俺とあんずの関係性」
にぃ、と笑うと冗談でもない、と顔で返される。
「はぁ?そんな訳ないでしょ。ふと思っただけ」
「ふぅん。まぁ、色々とね。卒業に向けて動いてるだけ。心配してくれてありがと。ふふ、あんたは俺の母親か」
苦笑交じりに伝えると「母親とか死んでもごめんだけど」と突っぱねられた。
こっちだってごめんだ。
「スタフェスのこともあるし。その相談で最近はまぁ。ソロは気楽だけど、構成とか一人で考えるのがどうも難点だな」
スタフェス、それはクリスマスに行われる大規模なライブであり、『S1』と呼ばれる、成績も絡んでくるライブだ。出ないという選択肢は蓮巳敬人に早い段階で消された。卒業は正直どちらでも良いが、留年も中退もどうにも後味が悪いので選択肢としては卒業しかない。
「あぁ、一応スタフェスには出るつもりなんだ」
「出ないと卒業出来ない、て脅されたからな。まぁ、先日のハロウィンライブでも昔のファンが待ってくれてたこと分かったし。待ってる子達がいるなら俺はその人たちのために歌うよ」
10月に行われたハロウィンライブはここ最近夢ノ咲学院で主催された大規模なライブの中では千加の凱旋ライブにもなった。待っている人間なんていないだろうと思っていたが、昔千加を見に来てくれた見知った顔を何人か見つけた。それは両手で数えきれるかきれないか程度ではあったが、千加としては「お帰り」と団扇を持っている、その人間がいると知っただけで歌う理由は十分だった。
「まぁ、後半戦には出れるくらいには前半戦も頑張るつもりだから。ソロだとそこら辺の調整が難しくてかなわん。そのための作戦を今あんずと練ってるとこ。レオにも曲書いて貰う約束したしな」
「はぁ?あいつ敵に塩送るとか何考えてるんだか」
「それくらい許せよ、瀬名泉。俺からレオの曲奪ったらあんたでも許さん。戦争するか?」
泉の方をジッと睨む。
「全く。王さまといい、あんたと言い、どうしてそう口が悪いわけ」
千加の物騒な物言いに溜息をついた後、泉は「まぁ、せいぜい頑張りなよねぇ」と言って食べ終わった弁当を持ち屋上を後にした。
「悪いな、あんず。休日なのに呼び出しちゃって。あんたって平日なかなか捕まらないからさ、つい休日に呼んじゃったよ」
雪も降る寒い日、休日だと言うのに千加に呼び出された目の前の女の子は小さく首を横に振るう。別に気にしない、とでも言わんばかりに。
「呼び出して来て貰っといてなんだけどさ、あんたも休んだりしたかったら断って良いんだからね。働きすぎ。高校生のうちからそんな働いてどうするんだか」
はぁあ、とため息をつくとあんずはクスクスと笑っている。
「なに?……は?瀬名泉みたいって?本気でやめて。……なんか、鳴上嵐もそんなこと言ってたっけ。……想像しただけで寒気がする」
身体をブルッと震わせると更にあんずがクスクスと笑った。
「ったく。まぁいいや、それでスタフェスの作戦なんだけどさ」
スタフェスの前半、程々には戦わないと後半戦に支障が出る。それはつまり成績にも支障が出るということで、そうなってしまうとスタフェス出場の意味が無くなってしまう。だからこそ、あんずの休みを奪ってまで計画を立てていた。どう動けば良いか、1人で考えるよりもよっぽど良い作戦が生まれそうだ。
そうしてあんずと廊下を話ながら歩いているときだった。
「あ」
やいのやいのと騒ぎながら泉の横を歩いている司と泉の姿を見つける。
千加が声を出したからか、2人もこちらに気付き、先程まで騒いでいた司が顔を輝かせながら「お姉さま!……と市姫先輩」と言った。
こっちはおまけか。
「なんであんたたちがいるわけ?」
「そっくりそのまま返してやるよ、瀬名泉」
質問に質問で返すと「何それ」とため息。全く気が付かなかったが、どうやら気付けばKnightsの居場所となっているスタジオの前にいたようだ。
この時期に休日返上してまで集まるなんて、理由は想像がつく。司はまさか休日にあんずに会えるとは思わなかったのだろう、目を輝かせながら何かをあんずに誘っていた。しかしあんずは、「でも」と千加の方を見ながら少しどもっている。
「どうかしたか、あんず?」
それとなく促すと唐突にスタジオの扉が開く音。扉の向こうから現れたのはボウルに生クリームが乗り、ホイッパーを持った凛月の姿だった。
「……なんでホイッパー?」
「それにしてもお姉さまとクリスマスパーティーが出来るとは思ってもいませんでした」
「……なんでクリスマスパーティーなんてやってんだか」
全く、と呟く千加とは裏腹にとても嬉しそうな司につられ、あんずもどこか嬉しそうだった。
「まあ、あんずが楽しそうだから良いけど。それにしても俺らも良かったのか?急に参加なんかしちゃって」
「良いんじゃないの?王さまもあんたとあんずなら特に文句も言わないでしょ」
「なら良いけど」
スタジオを少し飾り付けし、隅には小さくはあるがツリーも飾られている。経緯を聞いたとは言え、遊びに来てんじゃん完璧に、と千加は思う。あまり学生らしいことが出来ないこの学院ではたまには良いだろうが、敬人あたりが見たらキレそうだな、と思うと千加の頭の中で「度し難い」という姿が思い浮かぶ。
「見て下さい!お姉さま!凛月先輩が珍しくgrotesqueな見た目ではないcakeを作ってくださったのですよ」
特にはしゃいでいるのは今も小さなカップに入ったプチケーキをつまんでいる司だった。もぐもぐと食べては「お味も良好です」と最早何個目か分からない試食を繰り返している。
スタジオに置いてある炬燵の上には色とりどりのケーキやお菓子たち。軽くつまめる塩系のものまであるのはさすがだ。
「これ全部、朔間凛月、あんたが作ったの?」
「まぁね〜、お菓子作りは好きなんだよね」
ふふん、と少し嬉しそうな凛月の顔を見る限り、お菓子作りは本当に好きなのだろう。パクリと一つ摘まむが味もとても美味しい。
アイドルではなくパティシエ狙えるんじゃないか。
「ていうか、ス〜ちゃん、食べ過ぎ。まだ王さまとナッちゃんが戻ってきてないんだからねぇ、食べ尽くさないでよ。俺はあんずの血があれば満足だけど〜、他のみんなは普通のお菓子とかが必要でしょ」
もぐもぐと食べる司に対し凛月が叱責する。
あいつあんなに甘いもの好きだったのか。
「……瀬名泉、あんなこと言ってるけど、朔間凛月って実際まじで吸血鬼なの?」
「……俺が知るわけないでしょ」
「あぁそっか。あんたは吸血鬼って信じてたもんな。悪い悪い」
少しの間とともに答える泉に疑問を抱くもそういうことか、とすぐに合点がいく。この間少し恥ずかしい思いをしたからだろう、気まずそうな顔持ちだった。軽く弄ると「うるさいよ」と叱責。よっぽど前の一件が恥ずかしかったと見える。
「絶対長い間サンタの存在を信じてたタイプだよな、あんたって」
「はぁ?そんな訳ないでしょ」
「ふぅん……。俺は可愛げがあって良いと思うけどな。……あ、もしかしてまだ信じてたりした?だとしたら悪、」
「あんたまじでそろそろキレるよ」
被せてくる辺り、本気でキレる寸前だ。危ない危ない。
「それよりもあんず、顔色が良くない気がするけど。どしたの、大丈夫……?」
凛月と司が何か話をしていたが、矛先があんずに向かう。それは確かに気になっていたところで、目の下のクマだって隠しきれていない。だからこそ呼び出してしまったことに反省をしていたのだが。
「ま〜た働き過ぎてるんでしょ、あんず。神さまだって週に1度は休んでるよぉ、サンタさんじゃあるまいし……。年末年始のこの時期くらい、まったり過ごしなよ」
泉からサンタというワードがこぼれたことに千加は思わずつい吹き出しそうになる。
絶対長い間信じてた口だ。
「まぁ【スタフェス】だ『SS』だって、この時期は大規模なイベントが盛りだくさんだしねぇ……。『プロデューサー』は大忙しなんだろうけど。師走とは言うけどさぁ、マジな話……ぶっ倒れられても迷惑だから。ちょっとは俺らと一緒に、甘いもんでも食べてお茶でも飲んで一息いれていきなよ」
泉から出た発言に呆気に取られていると、後ろの方で司と凛月がコソコソと同じような感想を述べている。
泉がそんな風に誰かを労うなんて想像だにしなかった。
元来、泉が優しい心根の持ち主なのは知っていたが、それを口に出すのはよっぽどだ。
千加に散々あんずには気を許している、と言っていたがどの口が言う、だ。
あんたも気を許しまくりじゃん。
「ちょっと、何を小声でぶつくさ言ってるの?そういうのって、チョ〜うざぁい!あんたも。何ニヤニヤしてんの」
「べっつに〜。それよりさ、あんず……イッちゃんも。王さまとナッちゃんを見かけなかった?なぜか戻ってこないんだよねぇ、赤穂浪士みたいにどっかに討ち入りしてるのかな?」
「赤穂浪士って、それだと騎士じゃなくて武士じゃん朔間凛月。特に見てないけど何、そんなに帰ってきてないわけ?」
「はい……、心配ですね、また遭難したのかもしれません」
心配そうな顔をする司を見て不謹慎ながらもレオの居場所を再確認して少し安心する。Knightsにはレオという存在が必要不可欠なのだとみんなの顔が物語っている。それは千加にとってもとても嬉しいことだった。
「ん〜、プレゼント選びに手間取ってるんじゃないの。王さまはともかく、なるくんはそういうの変にこだわるから」
それにしても嵐とレオが一緒に行動、というのも中々珍しい。まあ同じユニット内だし、そういうこともあるんだろうが。
心を見せない限りはレオも心見せることはないだろうし、そういう時間を作っているのかもしれない。
「わはは☆たっだいま〜っ、王の帰還……!」
そんなことを思っているときだった。スタジオのドアが開き、大きな声とともに機嫌良さそうにレオが入ってくる。
「あれ?あんずがいる。ヒメも。なんだなんだ?うっちゅ〜」
「はいはい、うっちゅ〜」
いつものポーズでピースをしながら笑顔を向けてくるのでそのまま返事をするも、千加の返事が気に入らなかったのか「最近雑だ!」と罵られてしまった。中々浸透しない挨拶を返すだけマシだと思って欲しい。
「……おっと、噂をすれば影だねぇ?あんたどこで何してたわけ、お腹が空いたし待ちきれずに先におっ始めちゃってるよぉ?」
「ごめんごめん!何かナズのやつが困ってる様子だったからさ〜、手助けしてた!あいつは『ナイトキラーズ』の仲間だし、おまえらもさんざん世話になったみたいだしな……。恩返しをしとこう、と思って」
「ナズって、なずにゃん?どうかしたの、あいつ……?」
泉のなずなに対する呼び方も気になるところだが、突っ込める雰囲気でもないので黙っているとスタジオのドアが再び開く音。それと同時に嵐が「ただいま〜」と機嫌良く帰ってきた。
「さて……と、俺はそろそろ行くかな」
Knightsの面々が雑談に花咲いてる中、そっと放つ。
「やっと揃って今から始まるのに何言ってんの、イッちゃん」
そんな中、ふわぁふ、といつものように欠伸をしながら凛月には耳聡く聞こえていたみたいだ。
「んー、もう少し練習もしたいし、あんたのケーキ食べたから腹ごなししないとな。サンキュ、ケーキ美味しかったよ。あぁ、あんず、あんたはせっかくだから参加して来なよ。俺との打ち合わせもほぼ終わってたしな。助かったよ」
矢継ぎ早にそう告げると「そっか」とだけ返される。こういうところ、察してくれるからありがたい。
何があった訳ではない。ただ単にこの場に居てはならない気がしただけだ。もちろん、千加の気のせいだとは分かっているのだが。
そっとスタジオを出ようとすると「なんだ?ヒメ、トイレか?」とレオの見当違いの言葉に「まぁそんなとこ」と返す。「早く帰って来いよ」とニカッと笑うレオに「はいはい」と軽く返事をして賑やかなその場所を千加は後にした。
集中してたらすっかり暗くなったなぁ。
学院からの帰り道、辺りはすっかり暗く、肌に当たる風も冷たかった。朝から降り続く雪も止むことを知らず、練習で少し火照った身体に当たるとその雪は直ぐに水滴へと変わる。
マフラーそろそろ買うか……。風邪引いても面倒だし。
普段から頭にパーカーを被っているおかげで、千加の首元にマフラーはない。
パーカーにマフラーなんてあり得ないし、一緒にニット帽でも買うかな。
ふぅ、と吐き出す白い息を纏い歩きながら帰っていると、家の前に見慣れた制服の人間が座り蹲っているのを見つける。
あのズボン……。うちの学院のズボンだよな。
千加の方にはお尻が向けられている状態で顔の認識は出来ないが、蹲っている以上声を掛けない訳にはいかない。
「おい……。大丈夫か?」
近付きながら声を掛けると見慣れたオレンジ頭。となればやっていることはひとつだ。
だが、いつもの作曲に集中しているのか、千加の声は届いていない。
自然とふぅ、とため息が出る。
「レオ」
名前を呼ぶも目の前の男は紙に音符を走らせることを止めない。よく見ればうっすらと頭に雪が積もっている。
おいおい、いつからここにいたんだよ。
「レオ……!レオ!」
何度か声を掛けるがやはり意識は五線譜に向いたままだ。
そっと頭の上の雪を払いのけると頭がとてつもなく冷たいことに気付きそのままの勢いで頭を鷲づかみにして上を向かせた。
「痛!あ痛!なんだなんだ!宇宙人の襲来か!?でも待って!今良いところだか、」
「レオ!このバカ!作曲するにしても場所ってもんがあるだろ!」
「え、何!?ヒメ何で怒ってるん、」
「何でじゃない!あぁもう!身体もこんなに冷たくして!風邪でも引いたらどうすんの!こういうの本当にやめてよ……。お願いだからさ……」
目元がじんわりと熱くなってくるのが分かって、あぁ自分は泣きそうなんだと千加は自覚した。
「怒ってたと思ったら今度は泣きそう!?なんで!?待って待って!曲ならもう出来るから!」
「はぁ!?なんでこのタイミングで曲なんだよ!曲なんかよりも自分の身体を大事にしてよ、バカなんじゃないの!?」
千加が大きな声で叱咤したからかレオの頭の上には、はてなマークでも飛びそうな顔。
「え?曲が欲しかったんじゃないのか?」
「はぁ?なんでそうなるわけ」
スタフェスに向け曲を書いて貰う約束はしたが、いつまでに、という約束をしたわけでもないし、間に合わなければそれはそれで良いとも思っていた。ただ単に作って欲しい訳ではない。レオの想いがそこに込もってなければ意味がない。新曲が欲しいのではない。レオの作った曲が好きでそれを歌いたいだけなのだ。
千加の勢いに圧倒されたのか「え、だって……」とレオにしては歯切れが悪くごにょごにょと言い淀む。
「今からクリスマスパーティ、てときにヒメ帰っちゃうし、聞けば練習するから、て言うから、てっきり曲も渡さずにクリスマスパーティしてることに怒っちゃったのか、て」
本気でしょげているところを見ると、レオなりに千加のことを心配し、考えた結果なのだと感じ取れる。
千加が盛大に溜息を付くと、「ほら怒ってるんだろ」とワタワタし始めるレオに怒りを通り越して思わず笑いが出た。
「まぁ、何も言わずに出て行ったこっちにも否はあるけど、俺がそんなことで怒ると思ったんだ。ったく。そんなことで怒るわけないだろ。俺はレオが作りたいときに作った曲が歌いたいの。義務や強制で作った曲なんかに興味はないよ。何度も言ってるだろ。他でもない、レオの曲だから歌いたいんだ。レオが楽しく作った、俺に歌って欲しい歌が歌いたい。……今度そんなこと言ったら本気で怒るからな」
泉から千加が登校拒否になった後のことは聞いた。その時にレオの心は壊れたと言っていた。千加はその時のレオを知らない。見ていない。でも見なくて良かったとも思う。千加の知っているレオは楽しそうに曲を作る。小さな時からずっと見てきた。そして楽しそうに歌う姿だ。
義務で焦りから作る姿を今初めて見た。千加が声を掛けても届かない。いつもの没頭とはまた違う。余裕のない姿。心がゾクッとした。身体が冷たくなってもそのことにも気付いていない。普段からそのきらいがあるのはあったが、纏うオーラが、雰囲気が違った。
「……ごめん」
しゅんと謝る姿は親に怒られた子どものようで。またもクツクツと笑いが込み上げる。
「とは言え、ありがと。俺のために作ってくれようとしたんだろ? でもなんでこんな寒空で。家までもう少しなんだから家で書けば良かっただろ」
「んー、なんでだろな。歩きながら色々考えてたんだけど、確かに降りてこなくて焦ったのかも。でも今、ヒメの顔見たら降りてきた!きたきた!これだ!紙!ペン!」
そう言ったレオの顔はいつもの楽しそうな顔。この様子だと本当に降りてきたのだろう。だが、それとこれとは別で。この状況下で書き始めるレオにため息。
「だ、か、ら!こんなところで書き始めるな!家まであと少しなんだから帰ってやれよ!」
ペンを取り上げようとするが、「だめ!今動かさないで!」と言われてしまうと、千加のものを作られている手前、どうすることもできない。レオ自身もマフラーも何もないいつもの姿なので身体はどんどん冷えていく一方だ。夜も更けてきて辺りも暗い。
よくこんな中で作曲なんて出来るな。
ふぅ、とため息一つつくとその場でレオに背中を預ける形で座り込んだ。
これで少しは寒さも軽減されるだろ。
千加の後ろでは鼻歌交じりに音符を五線譜に書き込んでいる。はっきりとは聞こえないが、微かに聞こえるその曲からはレオらしい、そして冬らしい曲だと分かる。完成を待ちわびながら、千加はその曲を耳に、身を預けた。
「で、これどういう状態?」
「瀬名……泉……、マジで寒い無理助けて」
レオが作曲を初めて数十分。とっくに寒さで身体は限界だった。
「状況を説明しろって言ってんの。突然連絡してきたと思ったら、『寒い。無理。毛布』だけって意味分かんないんだけど」
鬼のような形相で毛布を千加に手渡しながら「ま、大体は察したけど」と言ってくる辺りはさすがだ。「これも」と暖かい缶コーヒーも手渡される。ブラックなのは抜かりない。
「思ったより長ぇの。すぐ終わると思った、ていうかキリの良いところで中断させようと思ったんだけど全然終わんねぇの」
何度か声は掛けたが、全く反応をしないレオに生きていることだけは確認しつつ、時間だけが経過したが、身体がすぐに限界を迎えた。
「バカなんじゃないの、本当に。終わるわけないでしょ。風邪でも引いたらどうすんの。本番までもう時間ないんだから」
「いや、こればっかりはもう、面目ない……」
「全く。……ついでだし、これ渡しとく」
そう言って千加に手渡したのは大きめの紙袋。「何これ」と袋のを開けると中には毛糸のニット帽が入っていた。
「……毛糸が余ったから、ついでに」
「は?てことは、あんたが作ったの?」
「クリスマスだし、Knightsのメンバーに作ったし、ついでに。冬くらいパーカー外してマフラーでもしなよ。体調管理はアイドルの基本でしょ」
目を逸らしつつ素っ気なく話す姿を見ながら千加は小さくふふっと笑った。
「何が可笑しいわけ」
「いや?……似たもの同士、か」
クツクツと笑う千加に「意味分かんないんだけど」言われるが、まさか考えてたことが一緒でした、なんて絶対言わない。そんな時だった。千加の背中越しから「できたー!やっぱり俺は天才だ!最高傑作だ!」と聞こえてくる。
「うぉ、身体冷たっ!ていうかなんで毛布被ってんだっけ?宇宙人からのプレゼントか?……って、あれ?セナ?なんでいるんだ?待って待って。さっきまでヒメと話してて、その後の記憶がないぞ。んー……」
色々なことに気付いたレオが状況を確認する。泉とともに千加は盛大なため息をつきつつ、「とりあえず、家帰るぞ」とだけ告げた。
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