君と奏でる音楽。
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「瀬名泉、ちょっと付き合え」
朝礼も始まる前、隣のクラスにいる瀬名泉の机の前に千加はいた。
「はぁ?突然やってきて輩かなんかなの、あんた。チョ〜うざいんだけど」
腕を組んで仁王立ちをしている千加の立ち姿に少しの圧倒を感じながらもなんでもないかのような返答はさすがの瀬名泉。だが、そんなことを気にするわけもなく。
「良いから来い」
「ちょっと、まじで何なの。腕引っ張んないでよ!」
そしてそのまま千加は瀬名泉を引っ張り、ガーデンテラスへと連れ込んだ。
「いい加減、離してよねぇ!用はなんなの」
千加から腕を振りほどいた瀬名泉は無理やり引っ張ってきたからか、すこぶる機嫌が悪い。そんな瀬名泉を前に千加はその口を開いた。
「羽風薫のこと教えろ。あんた同じクラスなんだろ?」
「はぁ?そんなことのために呼んだわけ?ていうか、気になるなら自分で聞けばいいでしょ。そんなことのためにこんなとこに連れ込まれる意味が分かんないんだけど」
「それができないからあんたに聞いてんだろ。あいつまじで何なの」
千加の真剣な様子に気圧されたのか、泉も真剣な顔つきになった。
「……何かされたのぉ?」
「聞くな」
「……はぁ。俺もそんなに仲良いわけでもないから。あんま絡まないし」
「あぁ、あんたまだ友達いないの」
「一言余計なんだけどぉ!?それに、あんたにだけは言われたくない」
「いや、俺は元々作る気なかったし。レオがいればそれで十分」
あまりにも真顔で答えたからか、瀬名泉は面食らったように千加の方を見据え、盛大なため息を付いた。
あんたも大概重傷だよねぇ、全く。と呟く声が聞こえるが、それはお互い様だろう?……あぁ、だからあんた「も」って付けたのか。
「それで、かおくんのことでしょ?UNDEADていうユニットのメンバーの一人で、女好き、ていう認識かな。とはいえ、UNDEADにいるんだし、それなりの実力があるくらいには練習とかしてんじゃないの。あとはそうだねぇ……、意外と不器用そうだよ、かおくんも」
「へぇ、意外と見てんじゃん。まあでも、大幅はそのまんまだな、やっぱり。面倒臭い」
「ていうかぁ、本当にこれだけの用のために俺呼び出されたわけぇ?さっきチャイム鳴ったんだけど。まぁ、1時間目体育だったし、日焼けしなくてすんだけどぉ」
真面目か、瀬名泉。いや、瀬名泉は元来真面目か。
千加が瀬名泉を呼び出したのは羽風薫のことを聞きたかった、というのもあったが、それ以外のこともあった。
少しの沈黙の後、もう用が済んだなら帰るよぉ、と戻ろうとする瀬名泉の腕を少し引っ張り、待て、と留めさせる。ちょっとなぁに?と不機嫌そうな声。そんなことを言われてもこちらもまだ心の準備が出来ていないんだから。少しは待て。
よし、と自身の中で気合いを入れる。
「……瀬名泉、その、ありがとう……な、レオの居場所を、Knightsを守り続けてくれて」
突然の千加の言葉に驚いたのか、千加の目の前の男は目を見開いて千加の方を見ていた。
「ちょっと、突然なんなの。別にあんたのために守ったわけじゃないし、お礼言われる筋合いないんだけどぉ。ていうか、そう思うなら、なんでKnightsに戻ってこないわけ?れおくんも言ってたけど。まぁ、俺は別にどっちでも良いけど」
いつの間にやらレオのことを王さまと呼ぶ瀬名泉が今、れおくん、と呼んだのは敢えてなのだろう。昔、呼び合っていたその名は千加を過去の記憶へと連れて行く。
「瀬名泉、今日はバイクか?」
「はぁ?何突然。そうだけど……」
「海が見たい」
「……だからあんたは輩かなんかなわけぇ!?」
そうこう文句を言っても海に連れて行こうとするあたり、瀬名泉はやはり優しいやつなのだろうな、と千加は思う。
「振り落とされても俺は放っておくからねぇ。せいぜい落とされないようにしなよ」
全く、なんでこんなことになったんだか、とぶつくさ聞こえるが、ヘルメットを被って聞こえないふりをする。
瀬名泉が連れて来てくれたのは、学院近くの海ではなく、だからと言ってそんなに遠くない場所の海だった。放課後までには帰るから、と行きしに言われたのは、どうやら今日はKnightsのユニット練習のようだ。
「それで?こんなところまで連れて来られたんだから早く言いなよねぇ」
あくまでいつもと変わらない雰囲気の瀬名泉に感謝の念を感じながら千加は口を開いた。
「……俺、さ。子供の頃からレオとずっと過ごしててさ、」
「ストップ。今だけは誰もいないし、『千加』にもどってもいいんじゃないの、ひめくん」
まあ、俺には関係ないけどぉ、と言いつつも、じっと千加を見据えるその目は千加に詰め寄るわけでもなく、千加を労るただ優しい目をしていた。そんな瀬名泉の言葉に甘え、ずっと被っていたフードを外す。髪を通り抜ける風がとても気持ち良く、少しだけ息がしやすくなる感じがした。
ふぅ、と一息。
「子供の頃からレオとずっと過ごしててさ、レオの作った曲を歌うのが当たり前みたいになってた。レオも俺……わたしの歌声を褒めてくれてさ、その時間がすごく幸せだったの。レオが夢ノ咲に行くって言ったときも当たり前のように、こんな格好をしてまでついて行って。それでレオとアイドルを目指す高校時代もすごく楽しい予感がしてた。でも瀬名泉、あんたに会ってさ、オセロだかバックギャモンだか、あの時代は本当に嫌い。周りがレオを道具としか見ていなかった。あぁ、瀬名泉あんたは別だよ。本当、曲さえあればレオの存在なんかどうでも良くて、そんなあいつらが嫌いで。……瀬名泉、あんたはただのケンカだと思ってた、レオが腕を骨折したときがあったでしょ?」
ただじっと千加の話を聞いていた泉は突然話を振られたことに驚きつつも、過去を思い出したのか、少し顔を伏せた。うん、あったね、と呟きながら。
「あの時もさ、あんたは知らなかったようだけど、わたしはその理由を実は知ってた。あのレオが腕を折るまでにケンカするとは思わなかったからさ、レオに問い詰めて、何か知ってる風だった三毛縞斑に問い詰めて。あんたには絶対言わないでくれ、て言われたから言わなかったけど。でも、レオが腕を折ったときまで曲を作ってた、て三毛縞斑に聞いたとき初めてレオが怖いと思った。わたしとは違う次元の人なんだ、て素直に思った。近くにいたのに実はすごく遠くにいたんだな、て。だからって離れようとは思わなかったし、だからこそ、近くでレオを絶対に守ろう、て決めたの。わたしだけは絶対にレオにしがみついてみせる。わたしがこんな格好をしてまでここに来たのはそのためだったんだろう、て」
海の近くだからか、風は少し強くそして海水のおかげでベタついていた。後ろから吹く風は千加の顔に髪を纏わり付かせて、少し鬱陶しい。
「そう思ってた矢先にさ、天祥院英智は現れた。天祥院英智がレオを学院の改革の一部に使おうと色々してたのも途中で察したし、まぁレオが良しとするなら甘んじてたんだけど、ボロボロになっていくレオを見るのも正直限界だったし、チェックメイトライブの前日にさ、いい加減レオに手を出すな、て言いに行こうと病室に行ったら天祥院英智に言われちゃったんだ。君、女の子だよね、て。屈託のない笑顔で。最初はシラを切ってたんだけど、言いふらしたらどうなるかな、てまるで新しい玩具を見つけたかのような顔で言われてただの脅しじゃないことを悟った。レオを守ろうとしたのに、自身の鎧を全部剥がされた。だから、わたしは……俺は逃げたんだ。自分を守るために……ごめん。ごめん……瀬名泉」
ごめんという言葉が出てしまえば最後、千加は溢れ出る涙を止めることは出来なくなった。啜った鼻水がツンと千加の鼻を刺激した。
入学前はバレてしまえばその時はその時、潔く辞めようと決めていた。だけど、あまりにもレオとの、瀬名泉との学院生活は楽しすぎた。その小さな場所を守るためには逃げるしか選択肢がなかった。
「……で?」
「……え?」
「だからって戻ってこない理由にはなってないよねぇ?」
思ってもなかった瀬名泉の返答に面食らってしまい、しどろもどろになってしまう。
「いや、だから……その……、レオを、Knightsを守れずに逃げてしまった自分にそんな資格はないだろ」
「ばっかじゃないの。あんたは自分のことを逃げてしまった卑怯者とでも思ってるんだろうけど、俺が聞く限り十分あんたは守ったんじゃないのぉ?」
「……はぁ?どこをどう聞いたら、」
「その時、ひめくんがそれでもれおくんを守るために、て意地になってKnightsとして戦ってたらそれでこそ天祥院のことだし、あんたのことも、それを隠してた俺やれおくんももしかしたら退学とかになってたかもしれないでしょ。そうならないために、あんたは自ら引いたんでしょ。そういう意味ではあんたは自分を犠牲にしてまでKnightsを守ったんじゃないの」
「瀬名泉……」
だからさ、と言った瀬名泉の目はいつものツンとした目ではなく、とても優しい、子どもをあやすような目をしていた。
「今のKnightsがあるのはひめくんのおかげでもあるんだよ」
◇
「落ち着いたぁ?」
「あ、あぁ……」
あれから、声をしゃくり上げるほど泣くと、少し気持ちがスッキリしたのか、海に連れて来る前とは違う優しい顔をしている千加を見やる。まるで憑きものが取れたようなそんな顔だった。
チェックメイトライブの前夜、その電話は明日に備えて早く寝ようとしていた泉に突然掛かってきた。
「ごめん、瀬名泉。明日のライブ、俺は行けないや」
「……はぁ?突然何言ってんの?」
「……ごめん。守れなくてごめん」
「はぁ?ちょ、ひめく、」
そう言って切れた電話に2度と繋がることは無かったし、電話の主は次の日もライブに来ることはなく、学院に姿を現すこともなくなった。
レオに家の場所を聞いて行こうかとも思ったが、理由もなくこういったことをする人間ではないことは泉も分かりきっていたし、正直なところ泉も学院のゴタゴタに巻き込まれていて、そこまで考える余裕がなかった。
そうしてレオまで学院に来なくなって、3人で作り上げたKnightsは気づけば1人だけになっていた。嵐や凛月がいたから3人ではあったのだが。レオがいつ戻って来ても良いように、と守っていたKnightsは気が付けばクソ生意気な1年生まで入り、その形は最初のものとは違うものになったが、泉にとっても気が付けば居心地の良い空間になっていた。
まさかレオが戻って来て千加まで戻ってくるとは想像していなかったのだが。だがこうして経緯を知り、少しでも千加の背負っていたものが軽くなったのなら、最初は強引に連れて来られたこの時間も必要だったのだろう。
◇
「じゃあ、帰るよぉー」
涙も落ち着き、ぐしゃぐしゃになった顔を整えていると、タイミングを見計らっていたのだろう、ヘルメットを投げられた。
「……瀬名泉、その……」
「はいはい、王さまには言わないでおくよぉ」
腕を組みながら片手を上げるポーズは瀬名泉の代名詞とも言えるポーズだろう。ため息1つもオプションだ。
「物分かりが大変良くて助かる」
ありがとう、という言葉は瀬名泉のかけたバイクのエンジン音とともにかき消えていった。
「おぉ!?懐かしい組み合わせだな!なんだなんだ、ヒメ、いないなーと思ったらセナとサボってたのか-?」
学院に着いてそうそう今一番会いたくない人間に会うとはどんな悪戯だ。
「2人で俺を置いてどこ行ってたんだ!?あ、待って待ってやっぱ言わないで!この妄想だけで1つ曲がかけそうな気がする!」
「海見に行ってた」
「あぁ、なんで言うんだよ!」
本気で落胆するレオを横目に千加は無意識的に目元にあるフードを深くさせた。その下にある少し腫れぼったい目元を隠すために。
そんなことを微塵も気にすることなくレオはぶつくさと未だに消えたインスピレーションを悲しんでいた。
「全く、朝来て早々海に連れ出すとか、本当、輩じゃないんだからさぁ。今どきやめなよねぇ」
「朝から輩、輩って人をヤクザみたいに言うなよな」
「十分ヤクザだったっての。ほぉんと、チョ〜うざぁい」
「あんたこそその口調、女子高生かっての。直したほうがいいんじゃないの」
「はぁあ!?ひめくんにだけは言われたくないっての!」
「俺もあんたには言われたくない」
「わはははは!本当、2人って似たもの同士だよな!」
「どこが!?一緒にしないでよねぇ!(すんなっての!)」
瀬名泉と声が重なると、「ほらな!」とニヤニヤ顔のレオを前に何も言えなくなってしまった。
「それで?何か用だったんじゃないの」
レオが人の居場所を探すと言うことは、滅多とない。それこそ、用事があるときくらいだ。
「あぁ、そうだったそうだった!ヒメにこれをやろうと思って!」
そう言って、今まで片手に持っていた紙をレオは千加に手渡した。何枚か重ねられた4つ折りにされていたその紙を開くと最早見慣れてしまった5線符と見慣れた癖のある文字や音符。1枚目の上部には『Mon chevalier』と殴り書きで書かれてあった。
「おぉ!?ヒメ、どしたどした!?」
レオの驚いた声で我に返ると、頬に冷たいものが流れていた。楽譜に書かれた音符を奏でているうちにどうやら涙が流れていたようだ。
瀬名泉も「ちょっと、何渡したの!?」と紙を覗いて来る始末。
だってこれは。ズルい。
「……何これ」
声を出してしまうと嗚咽が出てきそうなのを堪えて、楽譜に涙を落とすまいと必死だった。
「んー、昨日、ヒメのこと考えてたら出来た歌だ。だからこれはヒメの歌だと思って」
その声の主のほうに向くことは出来ないけれど、今だけはあんたがどんな顔をしているか分かる。その声、その息遣いで。
今まで気付かなかった。お前は離れることでKnightsのことを守ってくれてたんだろう?ありがとう、そしてこれからもよろしくな!
頑なにKnightsに戻ろうとしない千加のことをレオなりに憶測したのだろう。その結果できた曲にはそんな思いが込められていた。
「もうKnightsに戻ってこいとは言わないけどさ、俺の曲はこれからも歌ってくれるんだろ?」
「……当たり前。言っただろ、俺がアイドルになったのはあんたのせいなんだから、責任、しっかり取ってくれって」
「ははっ、そうだったそうだった!俺はヒメの歌う姿大好きだ!歌声も全て大好きだ!改めてよろしくな!Mon chevalier」
レオが発した単語は上手く聞き取ることが出来なかったけれど、それまでの言葉で十分すぎるものをもらった。どこまでもついて行くよ、当然だろ?我らが王よ。
◇
「後でKnightsの練習風景見学しに行くから」
そう言い残して今日だけでどれだけ泣いたか分からない千加は去って行った。こんな時でさえ、その口調、態度は変わることなく、発した言葉も疑問形ではなくて確定事項だった。
どうでも良いけど、そのはにかんだ顔どうにかしないと見る人が見たら一発アウトだからねぇ。絶対に言わないけど。
後に残された泉は今からKnightsのレッスンで丁度良かったので、レオを逃がさないようレッスン室へと連れて行っていた。レオは先ほどのことがあったからか、上機嫌で鼻歌交じりにその足を進めていた。
「全く……。なんだかんだ王さまたちも似たもの同士だよねぇー」
ふぅ、とひと息つくと、「そうかー?」と横から聞こえる。
似たもの同士というか、結局はアイドルバカなのだ。そして確実に両想いなのにその想いは男女間で生まれるそれとは違う。
「ありがとう、瀬名泉。聞いてくれて。スッキリした。やっぱり俺はKnightsとしての市姫千加ではなく、今の場所から今度こそ胸を張ってレオを守るよ」
海で全てを話し終え、涙も落ち着いて来た頃、降ろしていたフードを被りながら言ったその言葉は決意に満ちていた。
「ふぅん」
「ソロユニットのほうが色々と便利なときもあるし。……まぁ、そこら辺は三毛縞斑の受け入りなんだけどな」
苦笑したその顔は先ほどまでの『千加』とは違う、自分のことを『俺』という顔だった。
「まぁ、俺は別にどっちでも良いけどぉ。ひめくんがそれで幸せならそれで良いんじゃない?」
「はは、馬鹿だな、瀬名泉。俺はレオのそばでレオの歌を歌えるだけで十分幸せだよ。瀬名泉、あんたもだろ?」
優しく微笑むその顔は泉を素直にさせるには十分すぎる顔だった。
「……ふふ、ほぉんと馬鹿だよねぇ、俺たち」
自分が作った歌を愛を込めて歌う千加が好き。
レオの作ってくれる歌が好き。そんな歌を作るレオが好き。
誰がどう見ても両想いのその姿は歌というものに支えられて出来ている。仮に歌がなくても2人はそばにいるのだろうが、今の姿にはなり得ていないだろう。
まぁ、俺もそんな2人に感化されてるし、今のKnightsもだいぶひめくんの思考に感化されつつあるよねぇ。
結局のところみんなレオ馬鹿なんだろう。だからこそ、泉達は『王』のためにKnightsとして歌うのだ。形こそ違えど、千加も結局はそうなのだ。
ほぉんと、変なのに捕まっちゃったもんだよねぇ。チョ〜うざぁい。
「んん?セナ、どうかしたのかー?気持ち悪い顔してるぞー?」
「なんでもないよ、王さまぁ。ほらぁ、ひめくんが来る前にさっさとレッスン室行くよぉ」
気持ち悪い顔とは本当、失礼だよねぇ。まぁ、仕方ないから、もう少し2人の行く末、見守っといてあげるよ。本当、手のかかる王さまとお姫様だこと。
朝礼も始まる前、隣のクラスにいる瀬名泉の机の前に千加はいた。
「はぁ?突然やってきて輩かなんかなの、あんた。チョ〜うざいんだけど」
腕を組んで仁王立ちをしている千加の立ち姿に少しの圧倒を感じながらもなんでもないかのような返答はさすがの瀬名泉。だが、そんなことを気にするわけもなく。
「良いから来い」
「ちょっと、まじで何なの。腕引っ張んないでよ!」
そしてそのまま千加は瀬名泉を引っ張り、ガーデンテラスへと連れ込んだ。
「いい加減、離してよねぇ!用はなんなの」
千加から腕を振りほどいた瀬名泉は無理やり引っ張ってきたからか、すこぶる機嫌が悪い。そんな瀬名泉を前に千加はその口を開いた。
「羽風薫のこと教えろ。あんた同じクラスなんだろ?」
「はぁ?そんなことのために呼んだわけ?ていうか、気になるなら自分で聞けばいいでしょ。そんなことのためにこんなとこに連れ込まれる意味が分かんないんだけど」
「それができないからあんたに聞いてんだろ。あいつまじで何なの」
千加の真剣な様子に気圧されたのか、泉も真剣な顔つきになった。
「……何かされたのぉ?」
「聞くな」
「……はぁ。俺もそんなに仲良いわけでもないから。あんま絡まないし」
「あぁ、あんたまだ友達いないの」
「一言余計なんだけどぉ!?それに、あんたにだけは言われたくない」
「いや、俺は元々作る気なかったし。レオがいればそれで十分」
あまりにも真顔で答えたからか、瀬名泉は面食らったように千加の方を見据え、盛大なため息を付いた。
あんたも大概重傷だよねぇ、全く。と呟く声が聞こえるが、それはお互い様だろう?……あぁ、だからあんた「も」って付けたのか。
「それで、かおくんのことでしょ?UNDEADていうユニットのメンバーの一人で、女好き、ていう認識かな。とはいえ、UNDEADにいるんだし、それなりの実力があるくらいには練習とかしてんじゃないの。あとはそうだねぇ……、意外と不器用そうだよ、かおくんも」
「へぇ、意外と見てんじゃん。まあでも、大幅はそのまんまだな、やっぱり。面倒臭い」
「ていうかぁ、本当にこれだけの用のために俺呼び出されたわけぇ?さっきチャイム鳴ったんだけど。まぁ、1時間目体育だったし、日焼けしなくてすんだけどぉ」
真面目か、瀬名泉。いや、瀬名泉は元来真面目か。
千加が瀬名泉を呼び出したのは羽風薫のことを聞きたかった、というのもあったが、それ以外のこともあった。
少しの沈黙の後、もう用が済んだなら帰るよぉ、と戻ろうとする瀬名泉の腕を少し引っ張り、待て、と留めさせる。ちょっとなぁに?と不機嫌そうな声。そんなことを言われてもこちらもまだ心の準備が出来ていないんだから。少しは待て。
よし、と自身の中で気合いを入れる。
「……瀬名泉、その、ありがとう……な、レオの居場所を、Knightsを守り続けてくれて」
突然の千加の言葉に驚いたのか、千加の目の前の男は目を見開いて千加の方を見ていた。
「ちょっと、突然なんなの。別にあんたのために守ったわけじゃないし、お礼言われる筋合いないんだけどぉ。ていうか、そう思うなら、なんでKnightsに戻ってこないわけ?れおくんも言ってたけど。まぁ、俺は別にどっちでも良いけど」
いつの間にやらレオのことを王さまと呼ぶ瀬名泉が今、れおくん、と呼んだのは敢えてなのだろう。昔、呼び合っていたその名は千加を過去の記憶へと連れて行く。
「瀬名泉、今日はバイクか?」
「はぁ?何突然。そうだけど……」
「海が見たい」
「……だからあんたは輩かなんかなわけぇ!?」
そうこう文句を言っても海に連れて行こうとするあたり、瀬名泉はやはり優しいやつなのだろうな、と千加は思う。
「振り落とされても俺は放っておくからねぇ。せいぜい落とされないようにしなよ」
全く、なんでこんなことになったんだか、とぶつくさ聞こえるが、ヘルメットを被って聞こえないふりをする。
瀬名泉が連れて来てくれたのは、学院近くの海ではなく、だからと言ってそんなに遠くない場所の海だった。放課後までには帰るから、と行きしに言われたのは、どうやら今日はKnightsのユニット練習のようだ。
「それで?こんなところまで連れて来られたんだから早く言いなよねぇ」
あくまでいつもと変わらない雰囲気の瀬名泉に感謝の念を感じながら千加は口を開いた。
「……俺、さ。子供の頃からレオとずっと過ごしててさ、」
「ストップ。今だけは誰もいないし、『千加』にもどってもいいんじゃないの、ひめくん」
まあ、俺には関係ないけどぉ、と言いつつも、じっと千加を見据えるその目は千加に詰め寄るわけでもなく、千加を労るただ優しい目をしていた。そんな瀬名泉の言葉に甘え、ずっと被っていたフードを外す。髪を通り抜ける風がとても気持ち良く、少しだけ息がしやすくなる感じがした。
ふぅ、と一息。
「子供の頃からレオとずっと過ごしててさ、レオの作った曲を歌うのが当たり前みたいになってた。レオも俺……わたしの歌声を褒めてくれてさ、その時間がすごく幸せだったの。レオが夢ノ咲に行くって言ったときも当たり前のように、こんな格好をしてまでついて行って。それでレオとアイドルを目指す高校時代もすごく楽しい予感がしてた。でも瀬名泉、あんたに会ってさ、オセロだかバックギャモンだか、あの時代は本当に嫌い。周りがレオを道具としか見ていなかった。あぁ、瀬名泉あんたは別だよ。本当、曲さえあればレオの存在なんかどうでも良くて、そんなあいつらが嫌いで。……瀬名泉、あんたはただのケンカだと思ってた、レオが腕を骨折したときがあったでしょ?」
ただじっと千加の話を聞いていた泉は突然話を振られたことに驚きつつも、過去を思い出したのか、少し顔を伏せた。うん、あったね、と呟きながら。
「あの時もさ、あんたは知らなかったようだけど、わたしはその理由を実は知ってた。あのレオが腕を折るまでにケンカするとは思わなかったからさ、レオに問い詰めて、何か知ってる風だった三毛縞斑に問い詰めて。あんたには絶対言わないでくれ、て言われたから言わなかったけど。でも、レオが腕を折ったときまで曲を作ってた、て三毛縞斑に聞いたとき初めてレオが怖いと思った。わたしとは違う次元の人なんだ、て素直に思った。近くにいたのに実はすごく遠くにいたんだな、て。だからって離れようとは思わなかったし、だからこそ、近くでレオを絶対に守ろう、て決めたの。わたしだけは絶対にレオにしがみついてみせる。わたしがこんな格好をしてまでここに来たのはそのためだったんだろう、て」
海の近くだからか、風は少し強くそして海水のおかげでベタついていた。後ろから吹く風は千加の顔に髪を纏わり付かせて、少し鬱陶しい。
「そう思ってた矢先にさ、天祥院英智は現れた。天祥院英智がレオを学院の改革の一部に使おうと色々してたのも途中で察したし、まぁレオが良しとするなら甘んじてたんだけど、ボロボロになっていくレオを見るのも正直限界だったし、チェックメイトライブの前日にさ、いい加減レオに手を出すな、て言いに行こうと病室に行ったら天祥院英智に言われちゃったんだ。君、女の子だよね、て。屈託のない笑顔で。最初はシラを切ってたんだけど、言いふらしたらどうなるかな、てまるで新しい玩具を見つけたかのような顔で言われてただの脅しじゃないことを悟った。レオを守ろうとしたのに、自身の鎧を全部剥がされた。だから、わたしは……俺は逃げたんだ。自分を守るために……ごめん。ごめん……瀬名泉」
ごめんという言葉が出てしまえば最後、千加は溢れ出る涙を止めることは出来なくなった。啜った鼻水がツンと千加の鼻を刺激した。
入学前はバレてしまえばその時はその時、潔く辞めようと決めていた。だけど、あまりにもレオとの、瀬名泉との学院生活は楽しすぎた。その小さな場所を守るためには逃げるしか選択肢がなかった。
「……で?」
「……え?」
「だからって戻ってこない理由にはなってないよねぇ?」
思ってもなかった瀬名泉の返答に面食らってしまい、しどろもどろになってしまう。
「いや、だから……その……、レオを、Knightsを守れずに逃げてしまった自分にそんな資格はないだろ」
「ばっかじゃないの。あんたは自分のことを逃げてしまった卑怯者とでも思ってるんだろうけど、俺が聞く限り十分あんたは守ったんじゃないのぉ?」
「……はぁ?どこをどう聞いたら、」
「その時、ひめくんがそれでもれおくんを守るために、て意地になってKnightsとして戦ってたらそれでこそ天祥院のことだし、あんたのことも、それを隠してた俺やれおくんももしかしたら退学とかになってたかもしれないでしょ。そうならないために、あんたは自ら引いたんでしょ。そういう意味ではあんたは自分を犠牲にしてまでKnightsを守ったんじゃないの」
「瀬名泉……」
だからさ、と言った瀬名泉の目はいつものツンとした目ではなく、とても優しい、子どもをあやすような目をしていた。
「今のKnightsがあるのはひめくんのおかげでもあるんだよ」
◇
「落ち着いたぁ?」
「あ、あぁ……」
あれから、声をしゃくり上げるほど泣くと、少し気持ちがスッキリしたのか、海に連れて来る前とは違う優しい顔をしている千加を見やる。まるで憑きものが取れたようなそんな顔だった。
チェックメイトライブの前夜、その電話は明日に備えて早く寝ようとしていた泉に突然掛かってきた。
「ごめん、瀬名泉。明日のライブ、俺は行けないや」
「……はぁ?突然何言ってんの?」
「……ごめん。守れなくてごめん」
「はぁ?ちょ、ひめく、」
そう言って切れた電話に2度と繋がることは無かったし、電話の主は次の日もライブに来ることはなく、学院に姿を現すこともなくなった。
レオに家の場所を聞いて行こうかとも思ったが、理由もなくこういったことをする人間ではないことは泉も分かりきっていたし、正直なところ泉も学院のゴタゴタに巻き込まれていて、そこまで考える余裕がなかった。
そうしてレオまで学院に来なくなって、3人で作り上げたKnightsは気づけば1人だけになっていた。嵐や凛月がいたから3人ではあったのだが。レオがいつ戻って来ても良いように、と守っていたKnightsは気が付けばクソ生意気な1年生まで入り、その形は最初のものとは違うものになったが、泉にとっても気が付けば居心地の良い空間になっていた。
まさかレオが戻って来て千加まで戻ってくるとは想像していなかったのだが。だがこうして経緯を知り、少しでも千加の背負っていたものが軽くなったのなら、最初は強引に連れて来られたこの時間も必要だったのだろう。
◇
「じゃあ、帰るよぉー」
涙も落ち着き、ぐしゃぐしゃになった顔を整えていると、タイミングを見計らっていたのだろう、ヘルメットを投げられた。
「……瀬名泉、その……」
「はいはい、王さまには言わないでおくよぉ」
腕を組みながら片手を上げるポーズは瀬名泉の代名詞とも言えるポーズだろう。ため息1つもオプションだ。
「物分かりが大変良くて助かる」
ありがとう、という言葉は瀬名泉のかけたバイクのエンジン音とともにかき消えていった。
「おぉ!?懐かしい組み合わせだな!なんだなんだ、ヒメ、いないなーと思ったらセナとサボってたのか-?」
学院に着いてそうそう今一番会いたくない人間に会うとはどんな悪戯だ。
「2人で俺を置いてどこ行ってたんだ!?あ、待って待ってやっぱ言わないで!この妄想だけで1つ曲がかけそうな気がする!」
「海見に行ってた」
「あぁ、なんで言うんだよ!」
本気で落胆するレオを横目に千加は無意識的に目元にあるフードを深くさせた。その下にある少し腫れぼったい目元を隠すために。
そんなことを微塵も気にすることなくレオはぶつくさと未だに消えたインスピレーションを悲しんでいた。
「全く、朝来て早々海に連れ出すとか、本当、輩じゃないんだからさぁ。今どきやめなよねぇ」
「朝から輩、輩って人をヤクザみたいに言うなよな」
「十分ヤクザだったっての。ほぉんと、チョ〜うざぁい」
「あんたこそその口調、女子高生かっての。直したほうがいいんじゃないの」
「はぁあ!?ひめくんにだけは言われたくないっての!」
「俺もあんたには言われたくない」
「わはははは!本当、2人って似たもの同士だよな!」
「どこが!?一緒にしないでよねぇ!(すんなっての!)」
瀬名泉と声が重なると、「ほらな!」とニヤニヤ顔のレオを前に何も言えなくなってしまった。
「それで?何か用だったんじゃないの」
レオが人の居場所を探すと言うことは、滅多とない。それこそ、用事があるときくらいだ。
「あぁ、そうだったそうだった!ヒメにこれをやろうと思って!」
そう言って、今まで片手に持っていた紙をレオは千加に手渡した。何枚か重ねられた4つ折りにされていたその紙を開くと最早見慣れてしまった5線符と見慣れた癖のある文字や音符。1枚目の上部には『Mon chevalier』と殴り書きで書かれてあった。
「おぉ!?ヒメ、どしたどした!?」
レオの驚いた声で我に返ると、頬に冷たいものが流れていた。楽譜に書かれた音符を奏でているうちにどうやら涙が流れていたようだ。
瀬名泉も「ちょっと、何渡したの!?」と紙を覗いて来る始末。
だってこれは。ズルい。
「……何これ」
声を出してしまうと嗚咽が出てきそうなのを堪えて、楽譜に涙を落とすまいと必死だった。
「んー、昨日、ヒメのこと考えてたら出来た歌だ。だからこれはヒメの歌だと思って」
その声の主のほうに向くことは出来ないけれど、今だけはあんたがどんな顔をしているか分かる。その声、その息遣いで。
今まで気付かなかった。お前は離れることでKnightsのことを守ってくれてたんだろう?ありがとう、そしてこれからもよろしくな!
頑なにKnightsに戻ろうとしない千加のことをレオなりに憶測したのだろう。その結果できた曲にはそんな思いが込められていた。
「もうKnightsに戻ってこいとは言わないけどさ、俺の曲はこれからも歌ってくれるんだろ?」
「……当たり前。言っただろ、俺がアイドルになったのはあんたのせいなんだから、責任、しっかり取ってくれって」
「ははっ、そうだったそうだった!俺はヒメの歌う姿大好きだ!歌声も全て大好きだ!改めてよろしくな!Mon chevalier」
レオが発した単語は上手く聞き取ることが出来なかったけれど、それまでの言葉で十分すぎるものをもらった。どこまでもついて行くよ、当然だろ?我らが王よ。
◇
「後でKnightsの練習風景見学しに行くから」
そう言い残して今日だけでどれだけ泣いたか分からない千加は去って行った。こんな時でさえ、その口調、態度は変わることなく、発した言葉も疑問形ではなくて確定事項だった。
どうでも良いけど、そのはにかんだ顔どうにかしないと見る人が見たら一発アウトだからねぇ。絶対に言わないけど。
後に残された泉は今からKnightsのレッスンで丁度良かったので、レオを逃がさないようレッスン室へと連れて行っていた。レオは先ほどのことがあったからか、上機嫌で鼻歌交じりにその足を進めていた。
「全く……。なんだかんだ王さまたちも似たもの同士だよねぇー」
ふぅ、とひと息つくと、「そうかー?」と横から聞こえる。
似たもの同士というか、結局はアイドルバカなのだ。そして確実に両想いなのにその想いは男女間で生まれるそれとは違う。
「ありがとう、瀬名泉。聞いてくれて。スッキリした。やっぱり俺はKnightsとしての市姫千加ではなく、今の場所から今度こそ胸を張ってレオを守るよ」
海で全てを話し終え、涙も落ち着いて来た頃、降ろしていたフードを被りながら言ったその言葉は決意に満ちていた。
「ふぅん」
「ソロユニットのほうが色々と便利なときもあるし。……まぁ、そこら辺は三毛縞斑の受け入りなんだけどな」
苦笑したその顔は先ほどまでの『千加』とは違う、自分のことを『俺』という顔だった。
「まぁ、俺は別にどっちでも良いけどぉ。ひめくんがそれで幸せならそれで良いんじゃない?」
「はは、馬鹿だな、瀬名泉。俺はレオのそばでレオの歌を歌えるだけで十分幸せだよ。瀬名泉、あんたもだろ?」
優しく微笑むその顔は泉を素直にさせるには十分すぎる顔だった。
「……ふふ、ほぉんと馬鹿だよねぇ、俺たち」
自分が作った歌を愛を込めて歌う千加が好き。
レオの作ってくれる歌が好き。そんな歌を作るレオが好き。
誰がどう見ても両想いのその姿は歌というものに支えられて出来ている。仮に歌がなくても2人はそばにいるのだろうが、今の姿にはなり得ていないだろう。
まぁ、俺もそんな2人に感化されてるし、今のKnightsもだいぶひめくんの思考に感化されつつあるよねぇ。
結局のところみんなレオ馬鹿なんだろう。だからこそ、泉達は『王』のためにKnightsとして歌うのだ。形こそ違えど、千加も結局はそうなのだ。
ほぉんと、変なのに捕まっちゃったもんだよねぇ。チョ〜うざぁい。
「んん?セナ、どうかしたのかー?気持ち悪い顔してるぞー?」
「なんでもないよ、王さまぁ。ほらぁ、ひめくんが来る前にさっさとレッスン室行くよぉ」
気持ち悪い顔とは本当、失礼だよねぇ。まぁ、仕方ないから、もう少し2人の行く末、見守っといてあげるよ。本当、手のかかる王さまとお姫様だこと。