君と奏でる音楽。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「それにしても、レオちんに続いて千加ちんも学院に戻って来るとは。さすがはプロデューサーだよな」
黄色の髪をなびかせながら男にしては小柄な可愛らしい男子が千加の席の前で腰に手を当てていた。本当に男かと疑いたくなる容姿になんとも言えない気持ちになる。
「えっと……、あんた誰だっけ?」
「ヒメ〜、酷いやつだな!そいつは……えっと、誰だっけ?」
「お、おみゃえりゃ〜!いいきゃげん、なみゃえくりゃい覚えりょよ!」
千加だけでなく、レオが立て続けに名前を思い出せずにいると、徐に言葉を噛みながら騒ぎ始めるので、最早何を言っているか分からない。
ちなみに、不登校組は不登校組らしく、1番後ろの真ん中で二人仲良く机が並べられていたのでレオとは必然的に隣の席だった。と言っても、授業にレオがまともに出ることもそんなに多くないので、隣の席は空席だったりそうでなかったり。卒業する気は本当にあるのだろうかとも不安になる。
千加も3年になって出席したことがなかったので、こうしてクラスを見渡すと中々濃いメンバーのようだ。と言っても、顔は覚えていても名前は全く分からない。千加自身、名前を覚えるのが苦手だからだ。
目の前で騒ぎ立てているやつも見たことはあったが、名前は思い出せなかった。
「あれだろ?あんた、斎宮宗と一緒にいたやつ。名前までは覚えてないよ、悪いな」
「仁兎なずなだよ、クラスメートなんだし覚えてやってくれ。というか、一緒にナイトキラーズとして歌ったじゃねぇか」
レオが「おぉ、クロ!」と赤い髪のいかにも武闘派系のやつに挨拶をすると、仁兎なずなと呼ばれたやつが「紅郎ちん〜」と涙ながらに縋っていた。
千加が学院に戻って早々、レオは瀬名泉が率いていた現状のKnightsにぬるい、と呆れたようで、限定ユニットを作りKnightsを壊そうとした。そこで組まれたユニットには、レオと目の前の2人に加え、天祥院英智がいた。何故かそのユニットに千加まで加えられ、先日までナイトキラーズとして歌っていた。あの天祥院英智と仲良くする気もさらさら無かったので、全く乗り気ではなかったのだが、レオの作った新しい曲をレオと歌える、という魅力には勝てなかった。
俺がアイドルになったのはあんたの歌が原因なんだからしっかり責任とって欲しい。
最近になってレオに言った言葉だった。レオは笑って、じゃあ一緒に歌おう!Knights戻ってくるか?と聞かれたが戻る気はさらさら無かった。戻れる資格も権利もない。
何にせよ、レオがこうして笑顔でまた学院に通い、ユニット活動をやっていることが千加にとってはとても嬉しく、恐らくそれは瀬名泉もだろう。本人は絶対認めないだろうけど。
「あんたは知ってる。いかにもな見た目と名前で。えっと、鬼龍紅郎だろ?」
「なんでレオちんと言い、紅郎ちんの名前だけみんな覚えるんだよ!」
「名前と見た目のインパクトかな」
「俺は面白いやつならみんな大好きだ!だからお前のことも覚えてるぞ」
レオが仁兎なずなに向け言ってはいるが、あんたさっきまで名前誰だっけとか言ってたじゃん。何の説得力も無い。
「仁兎なずな、な。覚えた覚えた。つーか逆に良く俺のこと知ってんね。接点とかあったっけ」
「いや、なかったけど、千加ちんも目立つ風貌だしなぁ。なんでフードずっと被ってるんだ?」
千加の見た目最大の特徴は白いフードをずっと被っていることだろう。顔に自信がないからではない。ただ安心するからだ。
市姫千加は女である。親同士が友人で家も近所であったレオとは物心が付く前から一緒に居たし、小さい頃からレオは歌作りに関しては天才的だった。そんなレオの歌を歌うのが日常的になっていたおかげで昔から歌を歌うのは好きだった。レオからも歌が上手いと言われ続けていたので、好きだったというよりは生活の1部となっていた。だからこそ、レオがアイドルになる、と言ったときは迷いもなく自分もなる、と決めていたし、夢ノ咲学院について行くこともすぐに決めた。その頃から純粋無垢で誰も彼も大好きだ、と疑うことを知らないレオが心配だったのもあるし、何よりレオの近くでレオの作った歌をレオと一緒に歌いたかった、というのが最大の要因である。そして母親と血縁関係のある元アイドル佐賀美陣に懇願し、どうにかこうにか誤魔化してもらい誰にも知られることなくしれっと男のアイドルとして夢ノ咲学院に入学した。女にしては低めの少し甘いハスキーボイスは女性の声と言われればそうだし、男性の声と言われても不思議はなく、中性的な魅惑のボイスだと逆に評価された。身長だって元々背の高い家系だったので172cmと男性としても十分。胸は多少やはりあるが、さらしを巻き、だぼついたパーカーを着ていれば見た目では絶対に分からない。顔だけはどうしようもないので、常にパーカーを被る、というので落ち着いた。とは言っても、入学してみると今、千加の目の前に居る仁兎なずなのような可愛らしい顔をした男子も少なからずはいたので、そこまで固執して隠す必要もない気もするが、やれることはやっておくに超したことはない。バレてしまえばそれまでだ、とも思っていたが、いざバレる、となったらそうでもなかった自分がいたことに気付いたのは千加が引きこもる前の話。
「何だって俺の勝手だろ。あんたには関係ない」
「わはははは!相変わらずのツンデレぶりだな」
「いや、デレてないんだけど」
ていうか、レオ、あんた私のことツンデレていう認識だったのかよ。
「まぁ何にせよ、月永と言い、せっかく学院に戻ってきたんだ。仲良くしようぜ。市姫、三毛縞と同じ制度のソロユニットなんだろ?」
「そうだよ、千加ちん。てっきりKnightsに入るもんだと思ってたんだけど」
「俺もKnightsに入るかって聞いたんだけど断られた!なんでそんなに意固地になってんだ?……あ、待って待って!やっぱり言わないで!憶測するから、妄想するから!」
「憶測でも妄想でもなんでもしてくれ。何て言われようが、俺はKnightsには入らないから」
入れない。もう、戻れないから。憶測しようが妄想しようが、レオには絶対に分からないだろう。分からせるつもりもない。
目の前で以前のように笑うレオを見ると、新生Knightsは順調そうだ。本当に良かったと思う。レオの笑顔とともに、レオが戻るまで必死になって守ったであろう灰髪の男の顔が浮かんだ。
放課後になって、帰ろうかと思ったところに、授業には一切出てこなかった男が教室へと入ってきた。
長めの緩くウェーブがかった黒髪は相変わらずだが、彼の纏う空気は以前に比べ、どこか和らげなものに感じる。
「あんたも同じクラスだったんだな。戻って何日か経つけど、初めて見るのが放課後ってどういうことだよ」
昔何度か歌を聞かれてユニットに誘われたこともあったので、まさか忘れられていることは無いだろう、と声を掛けた。
「おぉ、噂には聞いておったが、本当に市姫くんかぇ?久しぶりじゃのう」
「……あんただれ?」
千加の目の前でヒラヒラと手を振る姿は間違いなく朔間零だと思ったのだが、どうやら別人だったようだ。こんな喋り方をするやつではない。
「なんじゃ、お主から話しかけたのに名前忘れられているとは、我輩悲しいのぅ。朔間零じゃよ」
「いやいやいや、どっか頭ぶつけたか、洗脳でもされたわけ? 俺の知ってる朔間零とは別人なんだけど」
「そこはほら、我輩、吸血鬼じゃから」
まるで音符マークでも付きそうなテンションで言われても俄に信じがたい。
「……やっぱり頭でも打ったわけ?」
「くくく。久しぶりに姿を見かけたと思ったが、相変わらず物事をハッキリ言うのぅ。そういうところ、好きじゃよ」
「そりゃどうも」
そういえば昔、いつも寝ている朔間凛月になんでそんな寝てるか聞いたとき、あいつも吸血鬼だから、とかなんとか言ってた気がする。そのときも、軽く流したけど。
「まぁいいや。この学院変なやつ多いし、いちいち突っ込んだら負けな気がしてきた」
「そういうお主も中々変わった人だと思うがの」
「ほっとけ。それにしても、こんな時間から来るとか、重役出勤過ぎだろ。むしろ何しに来たんだよ」
「我輩、昼間はどうしても弱くてのぅ。今日ここに来たのも人に呼ばれたからじゃよ」
零があくびを噛み殺しながら話していたその時、丁度教室のドアが開き、金髪の少し長めの、一見すると朔間零とも似通う髪型の男が「朔間さんやっと捕まえたよー」と入ってきた。
どうやら朔間零の待ち人のようだ。見た目チャラ男。うん、ホストとかにいそう。
「探させたようですまんのぅ、薫くん」
「本当だよ。いつもの場所行っても居ないしさー、電話にも中々繋がらないしさ」
教室に入ってくるや否や、「機械はどうも苦手での」などと言い訳している朔間零を横目に、千加に向け「誰?」と声をかけてくる。むしろ、顔を覗いて来やがった。
「パーカーとか暑くない?外せば良いのに」
「触んなっ」
その上あろうことか、パーカーに手を掛けようとしてきたので、払いのけると、「ちょっと痛いんだけどー!? 動物がなんかなの、この子」と騒ぎ立ててきた。勝手に手を出してくる方も方だと思う。
「おや、男には興味の無い薫くんが気にするとは珍しいのぅ」
「うぅーん、そうなんだけどね。何て言うか、ほんと、なんでだろ」
苦笑気味に笑う薫と呼ばれた男を横目に朔間零のほうを見ると意味ありげにニヤニヤと笑っている。そういうことか、この野郎。
この学院で千加の性別を知っている人間は5人。入学に協力してくれた佐賀美陣やレオは勿論、昔ユニットを組んでいた際に不都合だから、と瀬名泉にも他言無用で伝えた。あの時は、瀬名泉にあんた馬鹿なんじゃないの、と散々罵られたが。
そして、千加とレオを引きこもりへと追い込ませた天祥院英智と、いつの間にかバレていた千加の目の前に居る男、朔間零だ。あの時のことは思い出したくもない記憶なので、記憶から抹消した。
零が千加の目の前でニヤニヤと笑っているのも男に興味がないと言われた薫という男が反応を示しているからだろう。男に興味がない、と言うからには女には興味があるということだ。見るからにそんな感じもするし。本当に昔から悪趣味だ。
「じゃあ、俺行くから」
意趣返し、と軽く朔間零の机の脚を蹴り、そう告げその場を立ち去ると「くくく、本当に面白いのう」と言う声が後ろから聞こえた。本当に悪趣味。
◇
「ちょっとちょっとちょっと、朔間さん、今の子なんなのー!?晃牙くんよりキレやすくない!?」
「ちょー怖かったんだけど!?」と大袈裟に驚く薫を宥めながら、零は現状を楽しんでいた。
「くくく、万年反抗期なんじゃろう。彼は市姫千加。前まで引きこもっておったんじゃが、ほれ、最近戻ってきた月永くんと同じ頃戻ってきたらしいのう」
彼、という言葉をやんわりと強調したことに気付かない薫は「ふーん」と言った後、元々の用事を零に伝えた。
◇
次の日も朔間零は、放課後から教室にやってきた。こいつも卒業する気はあるのだろうか。
ていうか、この学校、アイドル活動以外のこと結構緩すぎだろ。ちなみにレオは朝からインスピレーションがー!とか騒ぎながらどこかに行っている。
「朔間零、ちょっと来い」
昨日のこともあったので、釘を刺しておこうと声を掛けた。が、どこ吹く風、朔間零は柔和に微笑むだけだった。
「我輩、今日も薫くんを待っておるんじゃがのう」
「その薫くんとかいうやつの話だよ」
「はて。なんかあったかのう?あの後、薫くん本気で怖がっておったから、言葉遣いには気を付けたほうが良いぞ、市姫くん」
「ほっとけ。つーか、とぼけんな。あいつがなんだか知らないけど、余計なことだけは絶対に言うなよ。お前まじで信用ならん」
「余計なこととは何かのう。我輩よく分からんのう」
あくまでしらばっくれるつもりかこの野郎。てか、こいつこんなに性格悪かったっけ。ニヤニヤニヤニヤしやがって。
「朔間さーん、今日は何?用事なら昨日のついでに終わらせといてよね」
そう喋りながら入ってきたのは今、話題にしていた男だった。その横を舌打ちしながら千加はその場を離れた。
◇
「えぇー……。またあの子じゃん。今日は舌打ちされたんだけど、俺なんかしたっけ」
昨日に引き続きこうもあからさまな態度を取られると相手が男といえど、さすがに傷つく。
「市姫くんはだいたい常にあんな態度だったからのう。薫くんだから、というのは無いと思うが……。もしかしたら、はじめにパーカー外そうとしたのがいけなかったのかもしれんのう」
そんな薫の気持ちを悟ってか、さりげなく零にフォローされる。
「えぇー、それだけの理由であんなに噛みつかれちゃうの、俺」
「何なら本人に聞いてみてはどうじゃ?」
「俺から知らない男に話すとかないでしょー。想像しただけでゲロゲロなんだけど」
「それにしては気にしておるように見えるがのう」
言われてみれば、放っておけば良いものの、何か気に掛かっている。パーカーの陰ではっきりとは見えなかったが、顔はキレイな顔立ちだったと思う。それがコンプレックスなのだったりするのだろうか。
「まぁいいや。それより用は何、朔間さん」
これ以上男のことをあれこれ考えるのも性に合わないので、考えすぎる前に思考に蓋をした。
◇
あいつに会ったのはこれで3度目。転校生と歩きながら今後について打ち合わせをしていたときだった。ソロ活動をするつもりなので、ライブ活動等、プロデューサーでもある転校生に何かあったら声を掛けてくれ、とお願いしていた。
「やっほー、転校生ちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だね。お茶でもしない?」
羽風薫には千加の姿が見えていないのだろうか、という声掛けに苛立ちが募ったのも確かだ。
「あんた、俺のこと見えてないわけ?どう見ても今、話してるよな、俺」
「あぁ、俺、興味ない男は見えない主義だからさ」
「その割に返答してくれるんだね、そりゃどうも。なんつーか、見た目を裏切らない男だな、あんた」
「可愛い子はみんな大好きだからね。ね、転校生ちゃん、その話終わってからでいーよ、お茶しに行かない?」
あろうことか目の前でナンパ光景が拝めるとは思わなかった。わたわたしながら首を横に振る転校生の姿とそれでも食い下がらない目の前の男の姿にどうしたものか、と思案。
「本当、見た目を裏切らない男だな。チャラ男、しつこい男は嫌われるぞ」
「へ?あ、チャラ男って俺のこと-?俺には羽風薫、て名前がちゃんとあるんだけどなあ。あ、そうだ、市姫くんだっけ?そのパーカー、降ろしてみてよ」
突然の話の移り替わりに頭が一瞬フリーズしてしまった。
は?何を言ってるんだ、この男は。何故そんな話に突然なるのかマジで意味分からん。
「いやいや待て待て。なんでそうなる?あんたに関係ないだろ」
「んー、色々と考えたんだけどね。俺の生理的予感がさ、ちょっとね」
生理的予感てなんだ。
「は?意味分かんないんだけど」
「ふーん、まあ良いけどね。俺の予感が外れるとも思わないし。覚悟しときなよ」
ニヤリと笑う羽風薫を睨みつけながら、千加は行くよ、と転校生の腕を引っ張ってその場を去った。
黄色の髪をなびかせながら男にしては小柄な可愛らしい男子が千加の席の前で腰に手を当てていた。本当に男かと疑いたくなる容姿になんとも言えない気持ちになる。
「えっと……、あんた誰だっけ?」
「ヒメ〜、酷いやつだな!そいつは……えっと、誰だっけ?」
「お、おみゃえりゃ〜!いいきゃげん、なみゃえくりゃい覚えりょよ!」
千加だけでなく、レオが立て続けに名前を思い出せずにいると、徐に言葉を噛みながら騒ぎ始めるので、最早何を言っているか分からない。
ちなみに、不登校組は不登校組らしく、1番後ろの真ん中で二人仲良く机が並べられていたのでレオとは必然的に隣の席だった。と言っても、授業にレオがまともに出ることもそんなに多くないので、隣の席は空席だったりそうでなかったり。卒業する気は本当にあるのだろうかとも不安になる。
千加も3年になって出席したことがなかったので、こうしてクラスを見渡すと中々濃いメンバーのようだ。と言っても、顔は覚えていても名前は全く分からない。千加自身、名前を覚えるのが苦手だからだ。
目の前で騒ぎ立てているやつも見たことはあったが、名前は思い出せなかった。
「あれだろ?あんた、斎宮宗と一緒にいたやつ。名前までは覚えてないよ、悪いな」
「仁兎なずなだよ、クラスメートなんだし覚えてやってくれ。というか、一緒にナイトキラーズとして歌ったじゃねぇか」
レオが「おぉ、クロ!」と赤い髪のいかにも武闘派系のやつに挨拶をすると、仁兎なずなと呼ばれたやつが「紅郎ちん〜」と涙ながらに縋っていた。
千加が学院に戻って早々、レオは瀬名泉が率いていた現状のKnightsにぬるい、と呆れたようで、限定ユニットを作りKnightsを壊そうとした。そこで組まれたユニットには、レオと目の前の2人に加え、天祥院英智がいた。何故かそのユニットに千加まで加えられ、先日までナイトキラーズとして歌っていた。あの天祥院英智と仲良くする気もさらさら無かったので、全く乗り気ではなかったのだが、レオの作った新しい曲をレオと歌える、という魅力には勝てなかった。
俺がアイドルになったのはあんたの歌が原因なんだからしっかり責任とって欲しい。
最近になってレオに言った言葉だった。レオは笑って、じゃあ一緒に歌おう!Knights戻ってくるか?と聞かれたが戻る気はさらさら無かった。戻れる資格も権利もない。
何にせよ、レオがこうして笑顔でまた学院に通い、ユニット活動をやっていることが千加にとってはとても嬉しく、恐らくそれは瀬名泉もだろう。本人は絶対認めないだろうけど。
「あんたは知ってる。いかにもな見た目と名前で。えっと、鬼龍紅郎だろ?」
「なんでレオちんと言い、紅郎ちんの名前だけみんな覚えるんだよ!」
「名前と見た目のインパクトかな」
「俺は面白いやつならみんな大好きだ!だからお前のことも覚えてるぞ」
レオが仁兎なずなに向け言ってはいるが、あんたさっきまで名前誰だっけとか言ってたじゃん。何の説得力も無い。
「仁兎なずな、な。覚えた覚えた。つーか逆に良く俺のこと知ってんね。接点とかあったっけ」
「いや、なかったけど、千加ちんも目立つ風貌だしなぁ。なんでフードずっと被ってるんだ?」
千加の見た目最大の特徴は白いフードをずっと被っていることだろう。顔に自信がないからではない。ただ安心するからだ。
市姫千加は女である。親同士が友人で家も近所であったレオとは物心が付く前から一緒に居たし、小さい頃からレオは歌作りに関しては天才的だった。そんなレオの歌を歌うのが日常的になっていたおかげで昔から歌を歌うのは好きだった。レオからも歌が上手いと言われ続けていたので、好きだったというよりは生活の1部となっていた。だからこそ、レオがアイドルになる、と言ったときは迷いもなく自分もなる、と決めていたし、夢ノ咲学院について行くこともすぐに決めた。その頃から純粋無垢で誰も彼も大好きだ、と疑うことを知らないレオが心配だったのもあるし、何よりレオの近くでレオの作った歌をレオと一緒に歌いたかった、というのが最大の要因である。そして母親と血縁関係のある元アイドル佐賀美陣に懇願し、どうにかこうにか誤魔化してもらい誰にも知られることなくしれっと男のアイドルとして夢ノ咲学院に入学した。女にしては低めの少し甘いハスキーボイスは女性の声と言われればそうだし、男性の声と言われても不思議はなく、中性的な魅惑のボイスだと逆に評価された。身長だって元々背の高い家系だったので172cmと男性としても十分。胸は多少やはりあるが、さらしを巻き、だぼついたパーカーを着ていれば見た目では絶対に分からない。顔だけはどうしようもないので、常にパーカーを被る、というので落ち着いた。とは言っても、入学してみると今、千加の目の前に居る仁兎なずなのような可愛らしい顔をした男子も少なからずはいたので、そこまで固執して隠す必要もない気もするが、やれることはやっておくに超したことはない。バレてしまえばそれまでだ、とも思っていたが、いざバレる、となったらそうでもなかった自分がいたことに気付いたのは千加が引きこもる前の話。
「何だって俺の勝手だろ。あんたには関係ない」
「わはははは!相変わらずのツンデレぶりだな」
「いや、デレてないんだけど」
ていうか、レオ、あんた私のことツンデレていう認識だったのかよ。
「まぁ何にせよ、月永と言い、せっかく学院に戻ってきたんだ。仲良くしようぜ。市姫、三毛縞と同じ制度のソロユニットなんだろ?」
「そうだよ、千加ちん。てっきりKnightsに入るもんだと思ってたんだけど」
「俺もKnightsに入るかって聞いたんだけど断られた!なんでそんなに意固地になってんだ?……あ、待って待って!やっぱり言わないで!憶測するから、妄想するから!」
「憶測でも妄想でもなんでもしてくれ。何て言われようが、俺はKnightsには入らないから」
入れない。もう、戻れないから。憶測しようが妄想しようが、レオには絶対に分からないだろう。分からせるつもりもない。
目の前で以前のように笑うレオを見ると、新生Knightsは順調そうだ。本当に良かったと思う。レオの笑顔とともに、レオが戻るまで必死になって守ったであろう灰髪の男の顔が浮かんだ。
放課後になって、帰ろうかと思ったところに、授業には一切出てこなかった男が教室へと入ってきた。
長めの緩くウェーブがかった黒髪は相変わらずだが、彼の纏う空気は以前に比べ、どこか和らげなものに感じる。
「あんたも同じクラスだったんだな。戻って何日か経つけど、初めて見るのが放課後ってどういうことだよ」
昔何度か歌を聞かれてユニットに誘われたこともあったので、まさか忘れられていることは無いだろう、と声を掛けた。
「おぉ、噂には聞いておったが、本当に市姫くんかぇ?久しぶりじゃのう」
「……あんただれ?」
千加の目の前でヒラヒラと手を振る姿は間違いなく朔間零だと思ったのだが、どうやら別人だったようだ。こんな喋り方をするやつではない。
「なんじゃ、お主から話しかけたのに名前忘れられているとは、我輩悲しいのぅ。朔間零じゃよ」
「いやいやいや、どっか頭ぶつけたか、洗脳でもされたわけ? 俺の知ってる朔間零とは別人なんだけど」
「そこはほら、我輩、吸血鬼じゃから」
まるで音符マークでも付きそうなテンションで言われても俄に信じがたい。
「……やっぱり頭でも打ったわけ?」
「くくく。久しぶりに姿を見かけたと思ったが、相変わらず物事をハッキリ言うのぅ。そういうところ、好きじゃよ」
「そりゃどうも」
そういえば昔、いつも寝ている朔間凛月になんでそんな寝てるか聞いたとき、あいつも吸血鬼だから、とかなんとか言ってた気がする。そのときも、軽く流したけど。
「まぁいいや。この学院変なやつ多いし、いちいち突っ込んだら負けな気がしてきた」
「そういうお主も中々変わった人だと思うがの」
「ほっとけ。それにしても、こんな時間から来るとか、重役出勤過ぎだろ。むしろ何しに来たんだよ」
「我輩、昼間はどうしても弱くてのぅ。今日ここに来たのも人に呼ばれたからじゃよ」
零があくびを噛み殺しながら話していたその時、丁度教室のドアが開き、金髪の少し長めの、一見すると朔間零とも似通う髪型の男が「朔間さんやっと捕まえたよー」と入ってきた。
どうやら朔間零の待ち人のようだ。見た目チャラ男。うん、ホストとかにいそう。
「探させたようですまんのぅ、薫くん」
「本当だよ。いつもの場所行っても居ないしさー、電話にも中々繋がらないしさ」
教室に入ってくるや否や、「機械はどうも苦手での」などと言い訳している朔間零を横目に、千加に向け「誰?」と声をかけてくる。むしろ、顔を覗いて来やがった。
「パーカーとか暑くない?外せば良いのに」
「触んなっ」
その上あろうことか、パーカーに手を掛けようとしてきたので、払いのけると、「ちょっと痛いんだけどー!? 動物がなんかなの、この子」と騒ぎ立ててきた。勝手に手を出してくる方も方だと思う。
「おや、男には興味の無い薫くんが気にするとは珍しいのぅ」
「うぅーん、そうなんだけどね。何て言うか、ほんと、なんでだろ」
苦笑気味に笑う薫と呼ばれた男を横目に朔間零のほうを見ると意味ありげにニヤニヤと笑っている。そういうことか、この野郎。
この学院で千加の性別を知っている人間は5人。入学に協力してくれた佐賀美陣やレオは勿論、昔ユニットを組んでいた際に不都合だから、と瀬名泉にも他言無用で伝えた。あの時は、瀬名泉にあんた馬鹿なんじゃないの、と散々罵られたが。
そして、千加とレオを引きこもりへと追い込ませた天祥院英智と、いつの間にかバレていた千加の目の前に居る男、朔間零だ。あの時のことは思い出したくもない記憶なので、記憶から抹消した。
零が千加の目の前でニヤニヤと笑っているのも男に興味がないと言われた薫という男が反応を示しているからだろう。男に興味がない、と言うからには女には興味があるということだ。見るからにそんな感じもするし。本当に昔から悪趣味だ。
「じゃあ、俺行くから」
意趣返し、と軽く朔間零の机の脚を蹴り、そう告げその場を立ち去ると「くくく、本当に面白いのう」と言う声が後ろから聞こえた。本当に悪趣味。
◇
「ちょっとちょっとちょっと、朔間さん、今の子なんなのー!?晃牙くんよりキレやすくない!?」
「ちょー怖かったんだけど!?」と大袈裟に驚く薫を宥めながら、零は現状を楽しんでいた。
「くくく、万年反抗期なんじゃろう。彼は市姫千加。前まで引きこもっておったんじゃが、ほれ、最近戻ってきた月永くんと同じ頃戻ってきたらしいのう」
彼、という言葉をやんわりと強調したことに気付かない薫は「ふーん」と言った後、元々の用事を零に伝えた。
◇
次の日も朔間零は、放課後から教室にやってきた。こいつも卒業する気はあるのだろうか。
ていうか、この学校、アイドル活動以外のこと結構緩すぎだろ。ちなみにレオは朝からインスピレーションがー!とか騒ぎながらどこかに行っている。
「朔間零、ちょっと来い」
昨日のこともあったので、釘を刺しておこうと声を掛けた。が、どこ吹く風、朔間零は柔和に微笑むだけだった。
「我輩、今日も薫くんを待っておるんじゃがのう」
「その薫くんとかいうやつの話だよ」
「はて。なんかあったかのう?あの後、薫くん本気で怖がっておったから、言葉遣いには気を付けたほうが良いぞ、市姫くん」
「ほっとけ。つーか、とぼけんな。あいつがなんだか知らないけど、余計なことだけは絶対に言うなよ。お前まじで信用ならん」
「余計なこととは何かのう。我輩よく分からんのう」
あくまでしらばっくれるつもりかこの野郎。てか、こいつこんなに性格悪かったっけ。ニヤニヤニヤニヤしやがって。
「朔間さーん、今日は何?用事なら昨日のついでに終わらせといてよね」
そう喋りながら入ってきたのは今、話題にしていた男だった。その横を舌打ちしながら千加はその場を離れた。
◇
「えぇー……。またあの子じゃん。今日は舌打ちされたんだけど、俺なんかしたっけ」
昨日に引き続きこうもあからさまな態度を取られると相手が男といえど、さすがに傷つく。
「市姫くんはだいたい常にあんな態度だったからのう。薫くんだから、というのは無いと思うが……。もしかしたら、はじめにパーカー外そうとしたのがいけなかったのかもしれんのう」
そんな薫の気持ちを悟ってか、さりげなく零にフォローされる。
「えぇー、それだけの理由であんなに噛みつかれちゃうの、俺」
「何なら本人に聞いてみてはどうじゃ?」
「俺から知らない男に話すとかないでしょー。想像しただけでゲロゲロなんだけど」
「それにしては気にしておるように見えるがのう」
言われてみれば、放っておけば良いものの、何か気に掛かっている。パーカーの陰ではっきりとは見えなかったが、顔はキレイな顔立ちだったと思う。それがコンプレックスなのだったりするのだろうか。
「まぁいいや。それより用は何、朔間さん」
これ以上男のことをあれこれ考えるのも性に合わないので、考えすぎる前に思考に蓋をした。
◇
あいつに会ったのはこれで3度目。転校生と歩きながら今後について打ち合わせをしていたときだった。ソロ活動をするつもりなので、ライブ活動等、プロデューサーでもある転校生に何かあったら声を掛けてくれ、とお願いしていた。
「やっほー、転校生ちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だね。お茶でもしない?」
羽風薫には千加の姿が見えていないのだろうか、という声掛けに苛立ちが募ったのも確かだ。
「あんた、俺のこと見えてないわけ?どう見ても今、話してるよな、俺」
「あぁ、俺、興味ない男は見えない主義だからさ」
「その割に返答してくれるんだね、そりゃどうも。なんつーか、見た目を裏切らない男だな、あんた」
「可愛い子はみんな大好きだからね。ね、転校生ちゃん、その話終わってからでいーよ、お茶しに行かない?」
あろうことか目の前でナンパ光景が拝めるとは思わなかった。わたわたしながら首を横に振る転校生の姿とそれでも食い下がらない目の前の男の姿にどうしたものか、と思案。
「本当、見た目を裏切らない男だな。チャラ男、しつこい男は嫌われるぞ」
「へ?あ、チャラ男って俺のこと-?俺には羽風薫、て名前がちゃんとあるんだけどなあ。あ、そうだ、市姫くんだっけ?そのパーカー、降ろしてみてよ」
突然の話の移り替わりに頭が一瞬フリーズしてしまった。
は?何を言ってるんだ、この男は。何故そんな話に突然なるのかマジで意味分からん。
「いやいや待て待て。なんでそうなる?あんたに関係ないだろ」
「んー、色々と考えたんだけどね。俺の生理的予感がさ、ちょっとね」
生理的予感てなんだ。
「は?意味分かんないんだけど」
「ふーん、まあ良いけどね。俺の予感が外れるとも思わないし。覚悟しときなよ」
ニヤリと笑う羽風薫を睨みつけながら、千加は行くよ、と転校生の腕を引っ張ってその場を去った。