第1話
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名前の人生の中で一番の大きな出来事は凛月と付き合えたことだと名前は自負する。人に心を開くまでは辛辣で、中々人に懐かないのが朔間凛月。当初は最早同じ空間に存在してないかのように空気扱いされていたあの頃に比べると、凛月が名前の名前を呼び甘えてくるだけでとても愛しく感じ、愛を感じる。
「名前〜。ねぇ、結婚しようか」
だからこそ。あの凛月が名前に向かってサラッとプロポーズなんてした今、名前は「……え?」としか言えなかった。
だって今は凛月の部屋で彼を膝枕して、さっきまで凛月は寝ていて、仕方がないから名前は携帯をつつくしかできなかったのだ。確かに名前の膝の上で幸せそうに寝る凛月を見ては微笑ましくもあったが、さっきまで凛月は寝ていたのだ。もしや寝ぼけているのでは?と名前が思うのも仕方のないことで。間抜けな声しか出ないと、凛月からすかさず、「嫌なの?」と返ってくる。
嫌なわけない。だが、シチュエーションとタイミングが明らかに違って明らかにおかしいではないか。
「嫌なわけ……ないよ。ただ凛月、寝ぼけてない……よね?」
「えぇ〜、名前は俺が寝ぼけてこんなこという男だと思ってるの……?それはそれで心外だなぁ……」
明らかにふて腐れた様子の凛月に素直に「ごめん」と謝る。
「だってさっきまで寝てたし、そんな雰囲気一切なかったから……」
「んー、名前の膝で寝ててこうしてふと起きたら名前が目の前にいて、俺幸せだなぁ〜て思っちゃって。結婚したくなっちゃった」
膝の上で名前を見上げながらにっこり微笑む凛月を見て、同じ事を思って幸せを感じていたことが名前は凄く嬉しくなった。
「それで〜?俺と結婚してくれる?」
改めて尋ねられた質問に名前は「うん」と満面の笑みで応えた。
凛月には右腕と左腕がいる。
一人は、学生時代、彼の姿を見つけては愛を振りまき、そして邪険にされていた凛月の兄でもある朔間零。凛月と付き合うことになったとき、正直零の存在は名前にとって恐怖の対象でもあった。「我輩の愛しの凛月を……!」とでも言ってコソッと圧を掛けられたらどうしよう、と思っていたのだ。それくらい彼は凛月のことを思い慕っていたことは誰の目にも明らかで。そこに第三者の名前が割って入ったのだ。正直ヘタをすれば殺される、とまで感じていた。
だが、凛月と付き合うことになって、凛月がそのことを零に言った、と報告を受けた後、零は怒るどころか「ありがとう」と名前に言ってきた。お礼を言われる理由が思い付かなかった名前がキョトンとしていると、彼は優しく微笑んだ。
「我輩、凛月のことは本当に目に入れても痛くないくらいに大好きなんじゃが、凛月のあの性格であろう?あの子が誰か一人の女性に対して「好き」という感情を抱き、「傍にいたい」という感情を抱いたことが凄く嬉しくてのう。あの子がそんな女性に出会えたことも、それを我輩に報告してくれたこともとても嬉しいんじゃよ。じゃから、名前の嬢ちゃんにはありがとう、という気持ちでいっぱいじゃ」
それは大好きな弟を優しく見守るお兄さんの顔だった。
「何か凛月が困らせたりしたらいつでも我輩に言うが良いぞ。我輩は二人の味方じゃ」
まさか感謝の念を抱かれるとは微塵も思っていなかったので、恐怖の念を抱いていた自分を名前は恥じた。
良いお兄さんだね、凛月にそう伝えると俺には勿体ない『お兄ちゃん』だよ、と学校とは裏腹な態度で彼は優しく微笑んだ。
もう一人は凛月の幼馴染み、衣更真緒である。学生時代、凛月の9割の世話を彼は担っていたと言っても過言ではなく、名前が凛月に恋心を抱きつつも絶対叶わない恋なんだろうと思っていたのは真緒のせいだった。彼のことを「ま〜くん」と呼び、全力で甘え尽くしていた姿に幾度となく嫉妬をしたし、その度にそんな自分に自己嫌悪していた。だが、名前が真緒に嫉妬するのも仕方のない部分はある。凛月は名前と付き合うことになっても、真緒に甘えまくっていたからだ。
「ま〜くん、おんぶして」「ま〜くん、連れてって」「ま〜くん、ずっと傍にいてね」そんなやり取りを続けられたらさすがの名前も男に対して嫉妬を覚えても仕方ない。
凛月と付き合うことになって、真緒は名前に対し、「これで凛月の世話は名前に任せられるな」と言っていた。だからこそ、凛月が甘える度に真緒は「いい加減俺から卒業しろ」「凛月には名前がいるだろ」と言ってきた。
「ま〜くんは俺のこと嫌いになったの……?」
だが、その度に回答は同じで、それに対して真緒も凛月のことを切ることは出来ず、結局今までと変わらず、甘え甘えられの日々。
それに対して真緒を責めるつもりは名前にはなかった。凛月がただ真緒に甘えて、真緒は優しいからそれに付き合っているだけ。
誰が悪いと強いて言うならば、それに対して名前が凛月に「もうやめて」と言えないことだろう。正直怖い部分もあった。凛月にそれを言って「俺からま〜くん取り上げるの?」と名前のことを嫌いになったら、「もう別れよう」と言われたら。そう思うと名前は凛月に強く言えず、今までと変わらない日々。ただただ凛月が真緒に甘える姿を何事も無いかのように見るしか出来なかった。
凛月の彼女になっても、凛月の1番には絶対になれない。真緒には叶わない。凛月と付き合う上でそれがとても悲しいことだった。
「むぅ〜。荷物の整理面倒だなぁ……」
結婚するにあたり、まずは住まいを一緒にすることにした。俗に言う同棲というやつだ。2人の荷物を借りた部屋に運んで貰い、それをバラして荷物を整理する。そういったことが大の苦手な凛月はすでに音を上げ気味で。
このペースだと何日も掛かってしまいそうだなぁ。
そんなことを思うも、凛月の性格を知っているので別段嫌ではなかった。2人で新しいことを始めて、2人でそれをする。それだけでも新婚感が出て、それを考える度に頬がニヤけてしまうのを抑えることは出来なかった。
「ゆっくりでも良いからちゃんとやろ、ね」
凛月が1つの荷物を片付けている間に2、3個の荷物を片付けながら名前は苦笑する。
「むぅ。……そうだ。ま〜くん呼んじゃってま〜くんに手伝って貰おうよ〜」
そんな名前に聞きたくなかったワードが飛び込んでくる。
また『ま〜くん』。
凛月はまるで名案だというように「携帯携帯〜」と呼び出す気満々だ。そんな凛月に向け、「駄目!」と声を少し張り上げてしまう。名前の目の前には突然の大きな声に驚いた凛月の顔。
「あ……、ごめん、大きな声出しちゃって……。えっと……、その、真緒くんだって忙しいかもだし、突然呼び出しちゃったら悪いし、しかも2人のことなのに、こんなこと手伝わせちゃったら悪いよ。だから真緒くん抜きで頑張ろ、ね?」
最後の方は、もごもごと言ってしまったが、凛月には何となく伝わったようで、「ん〜」と言いながらも、「仕方ないなぁ……」と何となく納得したようだった。
真緒に連絡しないことにホッとしながらも、自分の嫉妬心に名前は嫌になった。
これ以上、凛月と結婚すると決まってからも、『ま〜くん』に2人の生活を邪魔されたくない。男相手にこんな嫉妬を抱くことに自己嫌悪を感じながらも名前の心にある黒い気持ちを抑えることは出来なかった。
『ピンポーン』
何となく気まずい空気になった空間に、部屋のベルが鳴る。タイミング悪く手が離せなかった名前に気付いたのか、「俺出るね」と凛月がインターホンに向かう。「ありがとう」そう言おうとした時だった。
「おい〜っす」
今、名前が1番聞きたくない声が聞こえた。
インターホンに真緒の姿が映ると、一目散に扉の鍵を開け、凛月は真緒を迎えに行った。その後ろ姿を見つめながらまた何とも言えない気持ちになる。
「ま〜くん!どうしたの?」
玄関の方で部屋に来たであろう真緒に向け、凛月が問いかける。
「あぁ、今日が引っ越しの日って聞いてたし、凛月もそんなに手伝いとかしてないんだろうな、てちょっと心配になって来たんだ」
そうして、真緒はリビングに入り、名前に向かって「おい〜っす」と挨拶をする。
「いらっしゃい、真緒くん。散らかっててごめんね」
ちゃんと笑えているだろうか。自分が今どんな顔をしているのか、名前には全く分からない。上手く笑えていると良いのだが。「気にすんなって。それを承知で来たんだし」そう言ってくれたからには、変な顔はしていないんだろう。
「さすが俺のま〜くんだなぁ。さっき、ま〜くん呼ぼうよ、て言ってたんだよ。名前に迷惑だから駄目、て言われたけど。ね、名前」
「お前なぁ……。まぁ、こっちもそのつもりで来たけど少しは努力とかしろよ、りっちゃん」
「えぇ〜。俺がそんな人間じゃないことはま〜くんは百も承知でしょ?だから来たんだろうし」
『ま〜くん』『りっちゃん』二人の呼びあいの声だけが妙に頭の中でこだまする。
真緒の腕を組み、先程までのやる気の無さから一転して、凛月はウキウキだった。
「ま〜くんが来たからにはあっという間だ……ね……、名前……?」
そんな凛月がふと名前のほうを見やる。
「……どうしたの?」
何がだろう。何か変なことでもあっただろうか。
そう思っていると、座っている名前の膝に冷たいものが落ちた。落ちてから気付いた。
あぁ、自分は今泣いているのだ、と。
「名前?段ボールで指でも切ったのか!?」
真緒も突然名前が泣いていたからか、驚きの声をあげた。
「え……、あ、うん。あはは、切っちゃったみたい。本当、大丈夫だから。気にしないで。真緒くんも来てくれたのに今何も飲み物無いからちょっと飲み物買ってくるね。凛月、適当に片付けてて」
矢継ぎ早にそう伝えると2人の顔もまともに見ず、徐に名前は玄関へと走って行った。後ろからは「あ、おい!」と真緒の呼び止める声が聞こえたが気にせず名前は外に出た。
「うぅ……。どうしよう。ていうか私のバカ。本当に大バカ……」
財布を忘れてしまったことにマンションのエントランスまで飛び出てから気付く。だが、そう簡単に戻ることも出来ず、エントランスの階段に腰掛けていた。
戻ったところで凛月と真緒が仲良く片付けをしているところだろうし、そんな姿を見て平常心でいられる自信がない。
「むしろ私いないほうが凛月も嬉しかったりするんじゃないかなぁ……」
名前がポロッと呟いた時だった。
「名前〜。なんでそう思うの?」
階段で膝を立て、頬杖をついていると頭上から突然凛月の声が聞こえる。反射的に飛び退くと「おい〜っす」といつもの挨拶に少し気が抜けた。
「へぁ……?凛月?なんでここに……?」
「間抜けな間抜けな名前が財布も持たずに飛び出ていったからさ、すぐに追いかけたんだけど、いつ気付くかな〜と思ってつけてたら、財布ないことに気付いたみたいなのに部屋には戻らないし、階段に座り出すし、あげくの果てに変なこと言うんだもんねぇ。……で、何でそう思ったの……?手を切った、てのも嘘みたいだし?」
最初から最後まで見られていたのだと思うと、何も言えず「う……」と変な声しか出ない。
「……名前?」
「……凛月、付き合う前からも、付き合ってからもずっとそうだけど、私より真緒くんといるほうがずっと楽しそうだし。ことあるごとに二人が仲良くしてるの見ると、男同士なの分かっていても変な気持ちになっちゃうし。真緒くんはただただ優しいだけだから、優しさでやってくれてるだけなのに、そんな真緒くんに嫉妬しちゃう自分が嫌だし……。だからってそんなこと凛月に言っちゃったら、きら……、嫌われちゃうと思ったんだもん」
今までの思いを全て爆発させてしまうとまたも涙が止まらない。おまけに鼻水まで出て来るものだから、最早鼻水と涙で顔はぐちゃぐちゃだ。
手のひらで目を拭うと、名前の前に微笑む凛月がいた。
「ふふふ。……馬鹿だねぇ、名前は」
そう言った後、凛月はそっと名前の頭を撫でた。
「……嫌いにならないで」
止まらない涙を腕で、手のひらで拭いているとその腕をそっと下ろされ、凛月の指でそっと涙を拭われる。
「嫌いになんてなるわけないでしょ。むしろやっと言ってくれたなぁ、て感じかなぁ」
「……え?」
「だって俺がま〜くんま〜くん言っても名前は困った顔で笑うだけなんだもん。ふふふ、我慢してるんだと思ったら、ね」
「……悪趣味」
「嫌いになった?」
「……なるわけない」
「でしょう?」
「ずるい」
「ずるいのは名前だよ。こんなところでやっと本音言ってくれるんだもん。俺、学生時代から待ってたのになぁ」
悪戯っ子ぽい顔で凛月が笑うとそっと頬に伝う涙を舐められ、そのまま口を塞がれた。
「ま〜くん、お待たせ〜」
すったもんだした後、部屋へと戻ると段ボールが2、3個は減っていた。どうやら凛月が出て行った後も分かる範囲で片付けをしていたようで申し訳なくなる。
「なぁにが、お待たせ〜だよ。なんで俺が家主もいないのに引っ越し荷物を片付けてんだよ。いやまぁ、片付けてる俺も俺なんだけど」
「ふふふ、ま〜くんのそういうところ本当に好きだよ」
「ごごご、ごめんね……。真緒くん!」
「いやまぁ、元々手伝うつもりで来てたし、全然それは良いんだけど。それよか」
真緒に手招きされたので何事かと名前が近付くとそっと耳打ちされる。
「凛月に素直に言えたか?……後、これは引越祝いな」
いつから気付いてたのか、どこから気付いてたのか。
この幼馴染み2人には一生勝てそうにない、そう思いつつそっと真緒に「ありがとう」と言い、真緒の言う引越祝いとは?と部屋をキョロキョロすると凛月が不機嫌そうに「ちょっと〜」と声を尖らせる。
「ま〜くん、俺の名前を誑かさないでくれる?」
そんなことを言うもんだから、真緒を見て恥ずかしそうに微笑むと真緒も「な?」と笑った。
「名前〜。ねぇ、結婚しようか」
だからこそ。あの凛月が名前に向かってサラッとプロポーズなんてした今、名前は「……え?」としか言えなかった。
だって今は凛月の部屋で彼を膝枕して、さっきまで凛月は寝ていて、仕方がないから名前は携帯をつつくしかできなかったのだ。確かに名前の膝の上で幸せそうに寝る凛月を見ては微笑ましくもあったが、さっきまで凛月は寝ていたのだ。もしや寝ぼけているのでは?と名前が思うのも仕方のないことで。間抜けな声しか出ないと、凛月からすかさず、「嫌なの?」と返ってくる。
嫌なわけない。だが、シチュエーションとタイミングが明らかに違って明らかにおかしいではないか。
「嫌なわけ……ないよ。ただ凛月、寝ぼけてない……よね?」
「えぇ〜、名前は俺が寝ぼけてこんなこという男だと思ってるの……?それはそれで心外だなぁ……」
明らかにふて腐れた様子の凛月に素直に「ごめん」と謝る。
「だってさっきまで寝てたし、そんな雰囲気一切なかったから……」
「んー、名前の膝で寝ててこうしてふと起きたら名前が目の前にいて、俺幸せだなぁ〜て思っちゃって。結婚したくなっちゃった」
膝の上で名前を見上げながらにっこり微笑む凛月を見て、同じ事を思って幸せを感じていたことが名前は凄く嬉しくなった。
「それで〜?俺と結婚してくれる?」
改めて尋ねられた質問に名前は「うん」と満面の笑みで応えた。
凛月には右腕と左腕がいる。
一人は、学生時代、彼の姿を見つけては愛を振りまき、そして邪険にされていた凛月の兄でもある朔間零。凛月と付き合うことになったとき、正直零の存在は名前にとって恐怖の対象でもあった。「我輩の愛しの凛月を……!」とでも言ってコソッと圧を掛けられたらどうしよう、と思っていたのだ。それくらい彼は凛月のことを思い慕っていたことは誰の目にも明らかで。そこに第三者の名前が割って入ったのだ。正直ヘタをすれば殺される、とまで感じていた。
だが、凛月と付き合うことになって、凛月がそのことを零に言った、と報告を受けた後、零は怒るどころか「ありがとう」と名前に言ってきた。お礼を言われる理由が思い付かなかった名前がキョトンとしていると、彼は優しく微笑んだ。
「我輩、凛月のことは本当に目に入れても痛くないくらいに大好きなんじゃが、凛月のあの性格であろう?あの子が誰か一人の女性に対して「好き」という感情を抱き、「傍にいたい」という感情を抱いたことが凄く嬉しくてのう。あの子がそんな女性に出会えたことも、それを我輩に報告してくれたこともとても嬉しいんじゃよ。じゃから、名前の嬢ちゃんにはありがとう、という気持ちでいっぱいじゃ」
それは大好きな弟を優しく見守るお兄さんの顔だった。
「何か凛月が困らせたりしたらいつでも我輩に言うが良いぞ。我輩は二人の味方じゃ」
まさか感謝の念を抱かれるとは微塵も思っていなかったので、恐怖の念を抱いていた自分を名前は恥じた。
良いお兄さんだね、凛月にそう伝えると俺には勿体ない『お兄ちゃん』だよ、と学校とは裏腹な態度で彼は優しく微笑んだ。
もう一人は凛月の幼馴染み、衣更真緒である。学生時代、凛月の9割の世話を彼は担っていたと言っても過言ではなく、名前が凛月に恋心を抱きつつも絶対叶わない恋なんだろうと思っていたのは真緒のせいだった。彼のことを「ま〜くん」と呼び、全力で甘え尽くしていた姿に幾度となく嫉妬をしたし、その度にそんな自分に自己嫌悪していた。だが、名前が真緒に嫉妬するのも仕方のない部分はある。凛月は名前と付き合うことになっても、真緒に甘えまくっていたからだ。
「ま〜くん、おんぶして」「ま〜くん、連れてって」「ま〜くん、ずっと傍にいてね」そんなやり取りを続けられたらさすがの名前も男に対して嫉妬を覚えても仕方ない。
凛月と付き合うことになって、真緒は名前に対し、「これで凛月の世話は名前に任せられるな」と言っていた。だからこそ、凛月が甘える度に真緒は「いい加減俺から卒業しろ」「凛月には名前がいるだろ」と言ってきた。
「ま〜くんは俺のこと嫌いになったの……?」
だが、その度に回答は同じで、それに対して真緒も凛月のことを切ることは出来ず、結局今までと変わらず、甘え甘えられの日々。
それに対して真緒を責めるつもりは名前にはなかった。凛月がただ真緒に甘えて、真緒は優しいからそれに付き合っているだけ。
誰が悪いと強いて言うならば、それに対して名前が凛月に「もうやめて」と言えないことだろう。正直怖い部分もあった。凛月にそれを言って「俺からま〜くん取り上げるの?」と名前のことを嫌いになったら、「もう別れよう」と言われたら。そう思うと名前は凛月に強く言えず、今までと変わらない日々。ただただ凛月が真緒に甘える姿を何事も無いかのように見るしか出来なかった。
凛月の彼女になっても、凛月の1番には絶対になれない。真緒には叶わない。凛月と付き合う上でそれがとても悲しいことだった。
「むぅ〜。荷物の整理面倒だなぁ……」
結婚するにあたり、まずは住まいを一緒にすることにした。俗に言う同棲というやつだ。2人の荷物を借りた部屋に運んで貰い、それをバラして荷物を整理する。そういったことが大の苦手な凛月はすでに音を上げ気味で。
このペースだと何日も掛かってしまいそうだなぁ。
そんなことを思うも、凛月の性格を知っているので別段嫌ではなかった。2人で新しいことを始めて、2人でそれをする。それだけでも新婚感が出て、それを考える度に頬がニヤけてしまうのを抑えることは出来なかった。
「ゆっくりでも良いからちゃんとやろ、ね」
凛月が1つの荷物を片付けている間に2、3個の荷物を片付けながら名前は苦笑する。
「むぅ。……そうだ。ま〜くん呼んじゃってま〜くんに手伝って貰おうよ〜」
そんな名前に聞きたくなかったワードが飛び込んでくる。
また『ま〜くん』。
凛月はまるで名案だというように「携帯携帯〜」と呼び出す気満々だ。そんな凛月に向け、「駄目!」と声を少し張り上げてしまう。名前の目の前には突然の大きな声に驚いた凛月の顔。
「あ……、ごめん、大きな声出しちゃって……。えっと……、その、真緒くんだって忙しいかもだし、突然呼び出しちゃったら悪いし、しかも2人のことなのに、こんなこと手伝わせちゃったら悪いよ。だから真緒くん抜きで頑張ろ、ね?」
最後の方は、もごもごと言ってしまったが、凛月には何となく伝わったようで、「ん〜」と言いながらも、「仕方ないなぁ……」と何となく納得したようだった。
真緒に連絡しないことにホッとしながらも、自分の嫉妬心に名前は嫌になった。
これ以上、凛月と結婚すると決まってからも、『ま〜くん』に2人の生活を邪魔されたくない。男相手にこんな嫉妬を抱くことに自己嫌悪を感じながらも名前の心にある黒い気持ちを抑えることは出来なかった。
『ピンポーン』
何となく気まずい空気になった空間に、部屋のベルが鳴る。タイミング悪く手が離せなかった名前に気付いたのか、「俺出るね」と凛月がインターホンに向かう。「ありがとう」そう言おうとした時だった。
「おい〜っす」
今、名前が1番聞きたくない声が聞こえた。
インターホンに真緒の姿が映ると、一目散に扉の鍵を開け、凛月は真緒を迎えに行った。その後ろ姿を見つめながらまた何とも言えない気持ちになる。
「ま〜くん!どうしたの?」
玄関の方で部屋に来たであろう真緒に向け、凛月が問いかける。
「あぁ、今日が引っ越しの日って聞いてたし、凛月もそんなに手伝いとかしてないんだろうな、てちょっと心配になって来たんだ」
そうして、真緒はリビングに入り、名前に向かって「おい〜っす」と挨拶をする。
「いらっしゃい、真緒くん。散らかっててごめんね」
ちゃんと笑えているだろうか。自分が今どんな顔をしているのか、名前には全く分からない。上手く笑えていると良いのだが。「気にすんなって。それを承知で来たんだし」そう言ってくれたからには、変な顔はしていないんだろう。
「さすが俺のま〜くんだなぁ。さっき、ま〜くん呼ぼうよ、て言ってたんだよ。名前に迷惑だから駄目、て言われたけど。ね、名前」
「お前なぁ……。まぁ、こっちもそのつもりで来たけど少しは努力とかしろよ、りっちゃん」
「えぇ〜。俺がそんな人間じゃないことはま〜くんは百も承知でしょ?だから来たんだろうし」
『ま〜くん』『りっちゃん』二人の呼びあいの声だけが妙に頭の中でこだまする。
真緒の腕を組み、先程までのやる気の無さから一転して、凛月はウキウキだった。
「ま〜くんが来たからにはあっという間だ……ね……、名前……?」
そんな凛月がふと名前のほうを見やる。
「……どうしたの?」
何がだろう。何か変なことでもあっただろうか。
そう思っていると、座っている名前の膝に冷たいものが落ちた。落ちてから気付いた。
あぁ、自分は今泣いているのだ、と。
「名前?段ボールで指でも切ったのか!?」
真緒も突然名前が泣いていたからか、驚きの声をあげた。
「え……、あ、うん。あはは、切っちゃったみたい。本当、大丈夫だから。気にしないで。真緒くんも来てくれたのに今何も飲み物無いからちょっと飲み物買ってくるね。凛月、適当に片付けてて」
矢継ぎ早にそう伝えると2人の顔もまともに見ず、徐に名前は玄関へと走って行った。後ろからは「あ、おい!」と真緒の呼び止める声が聞こえたが気にせず名前は外に出た。
「うぅ……。どうしよう。ていうか私のバカ。本当に大バカ……」
財布を忘れてしまったことにマンションのエントランスまで飛び出てから気付く。だが、そう簡単に戻ることも出来ず、エントランスの階段に腰掛けていた。
戻ったところで凛月と真緒が仲良く片付けをしているところだろうし、そんな姿を見て平常心でいられる自信がない。
「むしろ私いないほうが凛月も嬉しかったりするんじゃないかなぁ……」
名前がポロッと呟いた時だった。
「名前〜。なんでそう思うの?」
階段で膝を立て、頬杖をついていると頭上から突然凛月の声が聞こえる。反射的に飛び退くと「おい〜っす」といつもの挨拶に少し気が抜けた。
「へぁ……?凛月?なんでここに……?」
「間抜けな間抜けな名前が財布も持たずに飛び出ていったからさ、すぐに追いかけたんだけど、いつ気付くかな〜と思ってつけてたら、財布ないことに気付いたみたいなのに部屋には戻らないし、階段に座り出すし、あげくの果てに変なこと言うんだもんねぇ。……で、何でそう思ったの……?手を切った、てのも嘘みたいだし?」
最初から最後まで見られていたのだと思うと、何も言えず「う……」と変な声しか出ない。
「……名前?」
「……凛月、付き合う前からも、付き合ってからもずっとそうだけど、私より真緒くんといるほうがずっと楽しそうだし。ことあるごとに二人が仲良くしてるの見ると、男同士なの分かっていても変な気持ちになっちゃうし。真緒くんはただただ優しいだけだから、優しさでやってくれてるだけなのに、そんな真緒くんに嫉妬しちゃう自分が嫌だし……。だからってそんなこと凛月に言っちゃったら、きら……、嫌われちゃうと思ったんだもん」
今までの思いを全て爆発させてしまうとまたも涙が止まらない。おまけに鼻水まで出て来るものだから、最早鼻水と涙で顔はぐちゃぐちゃだ。
手のひらで目を拭うと、名前の前に微笑む凛月がいた。
「ふふふ。……馬鹿だねぇ、名前は」
そう言った後、凛月はそっと名前の頭を撫でた。
「……嫌いにならないで」
止まらない涙を腕で、手のひらで拭いているとその腕をそっと下ろされ、凛月の指でそっと涙を拭われる。
「嫌いになんてなるわけないでしょ。むしろやっと言ってくれたなぁ、て感じかなぁ」
「……え?」
「だって俺がま〜くんま〜くん言っても名前は困った顔で笑うだけなんだもん。ふふふ、我慢してるんだと思ったら、ね」
「……悪趣味」
「嫌いになった?」
「……なるわけない」
「でしょう?」
「ずるい」
「ずるいのは名前だよ。こんなところでやっと本音言ってくれるんだもん。俺、学生時代から待ってたのになぁ」
悪戯っ子ぽい顔で凛月が笑うとそっと頬に伝う涙を舐められ、そのまま口を塞がれた。
「ま〜くん、お待たせ〜」
すったもんだした後、部屋へと戻ると段ボールが2、3個は減っていた。どうやら凛月が出て行った後も分かる範囲で片付けをしていたようで申し訳なくなる。
「なぁにが、お待たせ〜だよ。なんで俺が家主もいないのに引っ越し荷物を片付けてんだよ。いやまぁ、片付けてる俺も俺なんだけど」
「ふふふ、ま〜くんのそういうところ本当に好きだよ」
「ごごご、ごめんね……。真緒くん!」
「いやまぁ、元々手伝うつもりで来てたし、全然それは良いんだけど。それよか」
真緒に手招きされたので何事かと名前が近付くとそっと耳打ちされる。
「凛月に素直に言えたか?……後、これは引越祝いな」
いつから気付いてたのか、どこから気付いてたのか。
この幼馴染み2人には一生勝てそうにない、そう思いつつそっと真緒に「ありがとう」と言い、真緒の言う引越祝いとは?と部屋をキョロキョロすると凛月が不機嫌そうに「ちょっと〜」と声を尖らせる。
「ま〜くん、俺の名前を誑かさないでくれる?」
そんなことを言うもんだから、真緒を見て恥ずかしそうに微笑むと真緒も「な?」と笑った。