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約束の音楽2。(レオあん)

「ととさま、ちゃんと 3 日後にかえってきてくれるかな?」

 子どもが寝るには丁度良い時間、ベッドに潜り込み眠い目を擦らせながら幸子はあんずに問う。ととさま、と呼ばれたこの家の主であるレオは 1ヶ月前くらいから Knights のライブのために家を空けている。

「勿論。さっちゃん良い子にしてるからととさまもちゃんと約束守ってくれるよ。それに何より、3日後はさっちゃんの大事な大事な誕生日だもの」

 彼によく似たオレンジ色の髪をそっと撫でる。くすぐったそうにしながらも幸子は母親であるあんずに撫でられて嬉しいのだろう、これまた彼によく似た切れ長の目を細め嬉しそうに笑った。
 来たる3日後はレオとあんずの愛娘である幸子の誕生日だ。撮影も重なり、レオが戻ってくるのは丁度3日後。それも、ライブが終わってすぐにこっちに戻ってくるので朝方だ。
 疲れているのに申し訳ない、と謝ると幸子のためだと彼らしい無邪気な顔で応えてくれた。










「つきながさちこ、5さいです」

 指をパーに広げ、自分の顔の前に突き出し、幸子は目の前の男性に挨拶をした。

「天祥院英智、20云歳です」

 そんな幸子に応えるかのように、立派な机を前に、これまた立派なイスに座った目の前の男は笑顔で返した。

「にじゅううんさい、てなんさいー?」
「何歳だろうね。……ふふ、きみのお父さんと同じ歳だよ、これでも。
 そういえば、月永くんはどこに行ったんだい?」

 幸子はあんずの膝の上で「ととさまはにじゅううんさい」と呟いている。後で正しいことを言わなければ、とあんずは小さく苦笑した。

「レオさんなら、英智先輩がいらっしゃるのを待っている間にトイレだと行って席を外してそのままです……。恐らくは迷われたのではないかと……」

 レオの迷子癖は未だ健在で、気の向くままに動くレオにとっては英智の広い屋敷など、好奇心の塊だろう。レオが「トイレ行って来る〜」と陽気に出て行ったことを止めなかった自分にあんずは後悔した。

「全く。久しぶりに会ったというのに、彼らしいね。使用の者に電話して捜索するように伝えておくよ」

 そう言って英智は彼が座っている席に置いてある電話に手を掛け電話をかけ始める。内容的にも内線電話のようだ。

「ご迷惑おかけして申し訳ないです……」

 シュンとするあんずに「そんな気にすることではないよ」と英智は優しく微笑んだ。

「それにしても、幸子ちゃんももう5歳になるのか。時が経つのは早いものだね。僕も歳を取るわけだ」
「英智先輩、その台詞すっごく年寄り臭いですよ」

 ふふ、とあんずが笑うと「ふぅ」と小さな溜息。

「まあ、僕ももう30近いからね。これくらいは許して欲しいな。幸子、という名前を聞いたときは彼らしくもなく普通の名前をつけたものだと思ったのが懐かしいよ」
「これでも少しもめたんですよ」

 当時のことを思い出してつい笑ってしまう。

「へぇ?やっぱり変わった名前にしようとしてたとかかな」
「レオさんの名前が片仮名、わたしの名前が平仮名だから、この子は英語しかない!て言い出しちゃって。マリアンヌとかジョセフィーヌとかエリザベスとか」

 苦笑交じりに伝えると、英智も予想外の名前だったのか、目を見開き肩を震わした。

「何とか説得して『幸せな子になりますように』て願いを込めて幸子にしたんです」

 言葉では簡単に言うものの、実際はそんなに容易ではなかった。どうしても英語が良いと言い張るレオに英語の名前の不便さ、それにより名付け親のあんずたちが恨まれるかもしれないなど、様々な理由を付けて長い時間をかけて説得した結果だ。

「本当、5年前に月永くんが突然来たときはどうしようかと思ったけれど。君と幸子ちゃんのおかげで彼を今この世界につなぎとめることが出来てるんだ、僕も協力した甲斐があったというものだね」

 そう言って英智が優しく微笑んだのであんずもつられて笑った。



 5年前、学生アイドルではなく、ただのアイドルとしてKnightsが世間的に人気が出始めた頃、レオは突然英智のもとへとやって来た。

「テンシ〜!今こそ借りを返す時だ!俺に誰にも見つからない、誰も追ってこないような場所を5年くらい貸してくれ!出来れば、フィレンツェあたりが良いんだけど」

 矢継ぎ早でそう告げたレオは妙に興奮気味だった。
 この時彼が言った借りというのは、学生時代彼を利用し、彼を壊すまで追い詰めてしまったあのことであり、ここに来てその借りを返せというからには相当大きな問題ごとがあったのだろう。

「誰にも見つからない、てきみ悪いことでもする気かい?もしそうならば貸すことは出来ないよ」
「なんだなんだ!愚直な考えだな、お前らしくもない。わははは、耄碌したか、皇帝」
「酷い言いようだね。これから貸して貰う、という立場の人間に」

 全く、と腕を組みながら溜息をつくも、レオは意に介していない様子でテンションが高めだった。

「ふっふっふ、聞いて驚くなよ。出来たんだ、俺とあんずの子〜!おかげで昨日から音楽が鳴り止まなくて困ってるんだけどっ!あぁ、出来そう!今も出来そう!名曲が生まれそうだ。紙とペンどこだ!?」
「出来た、て君たち結婚もまだだよね?えっと……、ちょっと順序立てて話してくれないかな、作曲は今良いから。まぁ君には難しいかもしれないけれど。でないと残念だけれど貸すことは出来ないよ」

 貸せない、という言葉に反応してレオは珍しく作曲を始めること無く訳を話し始めた。
 それほどまでに切羽詰まっている、ということだろう。









「つまり。あんずちゃんとの結婚を事務所側から認められなかったから、強硬手段として事に運んだら、見事その1回でできてしまった、と。……全く。 敬人がいたら度し難いって説教2時間コースだよ。出来てしまったことは仕方ないけれど」

 それにしてもここまでの話を解読するのに1時間も掛かってしまうとは。
 話が右に言ったり左に言ったりと方向修正だけでも30分は掛かった。

「セナにはすっごい怒られたけどな」
「そりゃ、瀬名くんだって怒るだろうね。それでKnightsのメンバーと話し合った結果、3〜5年くらい君が雲隠れする、という結論になって僕のところに来た、と。まぁ、君たちの現状の人気ぶりを見ても事務所側は結婚を止めるだろうし、ましてや出来たという発表もよろしくない」
「あぁ、だからいつものように俺は旅に出ることにする。あいつらにも内緒で3年くらい旅に出る設定だ。まぁその間も定期的に曲は送り続けるし、俺がいなくても今のあいつらなら大丈夫だろ。逆に俺がいなくてどうにかなるようなKnightsなら続けるべきじゃないと思うしな」

 相変わらずの自己評価の低さだが、彼の言うことにも一理はある。レオという王様の不在がKnightsにどこまで影響があるか見てみたい好奇心もあった。アイドル業界としては痛手になるのは間違いないので、英智としては手放しでは喜べない。

「それで。なんでフィレンツェのほうなんだい?」
「んー、あそこの方だったら、卒業後に何年かセナと住んでたし、俺が多少は勝手が分かるほうがあんずも安心すると思って。国内に超したことはないけど、さすがに危険すぎるし。まぁ、お前に頼めば国内で誰にも見つからないような場所くらい用意してくれるんだろうけど、あんずの気も休まらないだろうし」

 意外と言えば意外で。思い付きでも何でも無く、しっかりと考えてきたのだと感心する。内に入った人間にはとことん優しく大事にするレオらしい。

「分かったよ。良いよ、用意しよう。こちら側としても今きみのスキャンダルは勘弁して欲しいからね」

 アイドル業界を担うものとしては、人気絶頂にあるKnightsのリーダーの出来た報告のほうがレオが行方不明になるよりよっぽど痛手だ。ましてやレオの放浪癖はファンの中では公認となりつつあるのでまたか、という気持ちの方が強いだろう。

「ただし。絶対にバレるような行動だけは控えて貰おうかな。まあ、言うまでもないことだろうけど」










「月永レオさんがまたも行方不明、ということですが何か相談や連絡はあったんですか?」

 それから数日してレオとあんずは予定通りフィレンツェのほうに引っ越した。レオには事務所とマスコミ宛に直筆で行方不明になる旨を送らせた。

『しばらく旅に出ます、探さないで下さい。アスタラビスタベイビ〜★ 月永レオ』

 次の日、各所に送られたそれはあっという間に話題になった。

「私たちも突然いなくなって、突然の書き置きで戸惑っているんです。少し確認をする時間を下さい」

 テレビの向こう側で銀髪の青年が礼儀正しく回答する。

「ちょっと自由すぎるのでは、芸能界を舐めているのでは、という声が上がっておりますが、それについては他の方々はどうお考えですか?」

 出て来る批判的なマスコミの声。そしてこれは少なからず世間の声でもある。

「確かに、うちの月永のせいで世間を騒がせてしまったことは大変申し訳ございませんでした。そちらは深く謝罪をさせて頂きます。また、今後も恐らく月永がご迷惑をお掛けすることがたくさんあると思います。……ですが、私たちの見解としましては、彼を束縛してしまったら彼らしさが消えてしまい、Knightsの王、月永レオというキャラクターが消えてしまうものだと考えております。多少の自由さ、それが彼の良さであり、今彼が作った曲があるのだと思っております。そんな彼を許し、理解してそれでもついて行くと決めたのが我々Knightsです。そしてそんな彼の居場所、存在を守るのもまた、我々Knightsです。皆様にはご迷惑をお掛けすることも多々あると存じますが、これからもKnightsをよろしくお願いいたします」

 テレビ越しに深々と頭を下げる銀髪の男。Knightsをずっと守ってきた瀬名泉の、学生時代にはほとんどの人間が見ることはなかった、頭を素直に下げる姿がそこには映し出されていた。そんな彼に続き、他のメンバーも恭しく頭を下げるとフラッシュの光がより一層強くなる。テレビ画面の右下には『強いフラッシュの点滅にご注意下さい』と表示されている。

「まぁ、王さまのことだし、ひょこっとまた帰ってくると思うけどねぇ」

 しばらく頭を下げた後、黒髪の男が発する先程の空気を壊すかのような緩やかな声。

「そうそう、アタシたちは王さまの留守をしっかり守るだけ」
「えぇ、騎士らしく。王がいなくても城を守り通してみせるのが騎士の勤め。お姫さま方には少し寂しい想いをさせてしまうかもしれませんが、私たちがしっかりescortさせて頂きます」
「ちょっとぉ、せっかく俺がキレイに終わらせようと思ったのにあんたたち勝手に喋んないでくれる?……まぁ、そういうことだから。お姫さまたち、少しの間だけ俺たちだけだけど、心配要らないからねぇ。王さまも。どこで何してるか分かんないけど、ちゃんと旅のけじめだけはつけてから帰ってきなよねぇ。俺たちは心配要らないからさぁ」

 事務所に詰め寄られたマスコミたちに向け、残されたメンバーはあくまでも知らない体を装いつつ、Knightsらしくその場を終息させた。泉が発した『旅のけじめ』とは、あんずのことで、彼等にしか伝わらない隠語のようなもので「こっちは心配するな」と告げたのだろう。
 引っ越しだ何だと中継を見ることの出来なかったレオたちに一連の映像を送りつけると、直ぐさまレオから連絡が来た。

「テンシ、このやろっ!俺の奥さん泣かせるようなビデオ送りつけて来やがって。どういう当てつけだっ!」

 開口一番聞こえる怒声。

「きみの愚行のおかげでこうやって頭を下げる人間もいたんだよ、ということを知らせておこうと思ってね。そう言えば月永くん、あんずちゃんも最初からきみの行為に賛成だったのかい?僕の思う姿とは少しかけ離れてる気がするのだけど」
「行為って中出しのことか?」
「きみね、もうちょっとオブラートという言葉を覚えた方が良いよ」
「なんだ、穢れを知らん巫女でもあるまいし。
 俺が勢いでやったからなぁ。めちゃくちゃあんずには怒られた!ましてやそれで出来ちゃうしな!わははは」
「……全く。あんずちゃんに酷く同情するよ。男としても最低だね、きみ」
「そうか?逆に俺はすっごい運命を感じたけどな。って、そうじゃなくて!お前の送りつけてきた映像のおかげでお腹の子に悪影響かかったら一生恨んで出てやるからな!」

 そう吐き捨ててレオからの電話は切れた。










 元々Knightsはバラエティには滅多に出ない。ライブを中心に、後は各々個人で俳優やモデルをやっている。学生時代と変わらない個々を基調とした集団だ。そのおかげか、別段レオがいなくても困ることはなかった。何より、彼らを彼らしめる武器の補充が定期的にされることでファンもKnightsが解散することはない、と安心感を与えたからである。
 武器というのは勿論、彼らの音楽、すなわち新曲である。

「リーダーである月永さんが不在中でも変わらず新曲は出されるんですね」

 とある歌番組で、司会者でもある新人アナウンサーがトークとしてKnightsに投げかけた。Knightsが揃ってトークする機会はライブを除くと歌番組くらいだ。

「えぇ。定期的に音源を送ってくるんです。それに歌詞を付けて僕らは歌っています。だから残念ですけど、4人だけの曲になりますが。それでもたまに歌詞付きで送られてくるものに関しては彼も歌入りで送ってくるので、たまに5人の新曲も出ているんですよ」

 少し嫌みの入った質問も泉はさらりとかわした。

「それも何パターンも。そんなことするくらいなら帰ってくれば良いのにねぇ。律儀に消印もぜーんぶ違う場所なの。徹底してるよねぇ」
「最近はどちらから?」

 レオの情報にアナウンサーが食いつく。

「えぇっと……、今回はNew Yorkのほうだったかと。その前はたしか中国でした」
「世界一周旅行でもしてるのかしらァ、て感じよねェ」

 もちろん世界各地から、というのは方便であり、実際は一カ所からである。
 イタリア、フィレンツェの人里離れた場所に英智は彼等を引っ越させた。



「きみはフィレンツェについて行くことは嫌じゃ無かったのかい?」

 使用人が淹れたであろう一際高そうなカップに入った紅茶をソーサーごと口元まで運び、英智はあんずに問うた。

「さすがにはじめはびっくりしましたけど……。レオさんを好きになる、てこういうところからだろうな、て。どこでもついて行く気でしたから。まさかいきなり海外に連れ出されるとは本当に思わなかったんですけど」

 たしかにレオが突然「フィレンツェに行こう!」と言いだしたときは驚いた。はじめは旅行かな、とも思っていたが、話を聞いてみるとそうではなかった。それまで海外で生活したことのないあんずは行く前は不安の方が大きかったが、何よりレオと英智の協力体制があんずを安心させた。
 日本人スタッフを何人か在住させ、基本的な身の回りの世話はやってくれた。初めのうちはフィレンツェの生活に慣れるため、あんずも同行したりしていたが、幸子が生まれるとどうしてもそうはいかなかったので、とても助かった。
 資金繰りはレオの印税があったので、苦しくなることはなかった。それにレオ自ら街で歌ったりしてお金を稼いだりとむしろ裕福な生活だった。驚くべきは、レオがずっとあんずのそばを離れず一緒にいてくれたことで、レオにアイドルをさせてやれないことにあんずは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 それについて謝ると決まって回答は「なんであんずが謝るんだ?」だった。

「おれがあんずに黙ってやったことに対してむしろ、あんずは俺を責めるべきであって、謝ることなんてひとつもないだろ」

 あんずとしては、責めるべき点が見つからなかったので、押し黙るほかなかった。強いて言うならば、勝手にやった、ということだろうか。正直いきなりされたことにはびっくりしたが、レオとの子どもはやはり欲しかったし、レオも同じ気持ちだったのだなと思うと嬉しい気持ちもあったと言えば嘘ではない。元プロデューサーとしては良くはない考え方なのは重々承知。

 そしてもう一つ、あんずとしては喜ばしい意外なこととして、レオが子どもをこんなに可愛がってくれるとは思わなかった。
 幸子が生まれて第一声は「猿みたいだな!」だったが、それでもレオはその目を輝かせ、その日も曲をたくさん作ってくれた。
 幸子が寝返りを打つ度、ハイハイをする度、初めて言葉を発した時、その一つ一つにレオは酷く目を輝かせては、その度に曲が溢れていく。そして、その瞬間をレオとともに立ち会えることも嬉しかった。
 レオが溺愛する妹のルカと同じくらいに彼は幸子を溺愛した。極めつけと言えば、父親になった男の常套句でもある「サチは誰にもやらん!」とまで言ったことだろう。
 あんずにとってこの逃避行とも言えるフィレンツェでの生活は幸せなことしかなかった。










「さて、思い出に浸っているところ申し訳ないけれど、そろそろ帰りなさい。どうやら月永くんも見つかったようだしね」

 スマートフォンの画面を見ながら英智はあんずに告げる。どうやら電話の後、使用人とはスマートフォンでやり取りをしていたようだ。

「君たちが帰国して僕も入院したりと中々会えなかったからこそこうして顔を見せに来てくれたんだろうけど、今日は大事な人の誕生日なんだろう?こんなところで油を売ってないでしっかりと祝ってあげなさい」

 そう言って英智はあんずの上で大人しく座って音の鳴るピアノの絵本で遊んでいる幸子に微笑んだ。血は争えないとは言うが、すでに幸子は音楽に興味を持ち、家でもピアノを弾いたり、外でもこうしてピアノをおもちゃだがずっと触っている。
 身体のこともあり、アイドル業界の前線から身を引きつつも天祥院財閥の主としてアイドル業界を裏から支えるその姿はあんずと学院時代過ごした英智そのものであり、こうして今も支えられていることに感謝しかない。

「本当に色々とありがとうございました」
「僕は月永くんに言われて借りを返しただけだからね。気にしないで結構だよ」
「……レオさん、英智先輩に悪いことした、て言ってましたよ」
「と言うと?」
「過去のことをとやかく言ったって仕方ないし、自分の中ではとっくに消化させたことなのに今回の件で古傷を触ってしまった、て。レオさんにとっては、今こうして今までもこれからも瀬名先輩たちに囲まれてKnightsをやっているこの世界が幸せで、この世界のきっかけとなったのは結果的に英智先輩のおかげだから。全然借りでも何でも無いんだ、て。なのに借りを返せ、なんて言ってしまった、友達に言うことじゃないよな、て。……レオさんには内緒にして下さいね」

 あんずが申し訳なさそうに笑うと、英智はそれこそ鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をしていた。

「……そっか、彼は僕のことを友達だと思ってくれてるんだね」
「当たり前です。だって、月永レオですよ?嫌いな人なんて彼の世界にはいないと思いますし、レオさんが頼るんですから。
 ……英智先輩もお身体、ご無理ないようにして下さいね。また遊びに来ます」
「そうだね、ありがとう。
 ふふ、いつでも待ってるよ。……さて、エントランスまで送ろう。月永くんもそこにいるようだし、1度くらいは顔を見せて欲しいからね」
「テンシ、もう身体”いたいいたい”ない?」

 あんずに帰ることを促されると勢い良く顔を上げ、英智に向かって問う。「こら、英智さんでしょ」と叱るも、「テンシ!」とすっかりレオの真似。
 英智も突然で驚いたのか、目を見開き、幸子の方を見やる。だがその顔はすぐに優しい笑顔へと変わる。ファンの方が見たら卒倒しそうな優しい笑顔だった。

「ふふ、ありがとう。もう大丈夫だよ。そうだね、君が成人するまでは少なくとも生きていたいなぁ」
「英智先輩、不吉なこと言わないで下さい」

 英智お得意のブラックジョークなのだろうが、全く面白くない。案の定、「冗談のつもりだったんだけれど」と返ってきた。

「テンシ”いたいいたい”ないなら良かった!でも、おまじないしてあげるね」

 そう言ってあんずの膝の上からピョンと飛び降りると英智の元へと向かい、顔を近づけるように促す。何事かと英智も幸子に顔を近付けると、そのまま、頬にチュッと口付けた。「うっちゅ〜」の言葉とともに。

「ささささっちゃん!?」

 誰の真似かは一目瞭然で。今恐らくエントランスまで引きづられながら移動しているであろう『彼』の姿を浮かべては幸子に駆け寄り「英智先輩、すみません!」とこちらに引き戻そうとしたが、「あんずちゃん」とそのままにするよう促された。

「ありがとう、幸子ちゃん。では僕も。うっちゅ〜」

 そうして幸子が英智にしたように、英智も幸子の頬にそっと口付けを落とした。

「テンシ、幸子”いたいいたい”ないよ?」
「これは痛いところがあるときにするのかな?だとしたら、僕もおまじないだよ」
「テンシもおまじない使えるの!?ととさまと一緒だね!ありがとう、テンシ!」

 そう言った笑顔の幸子と英智のやり取りにただただポカンとするしかなかった。







「本当に、もう、すみません……」

 エントランスへと向かう途中、先程の一連の流れを謝罪した。

「おや、謝られるようなことはされていないつもりだよ。彼女も僕を気遣ってのことだしね。寧ろ、そんな風にされたことはないから嬉しいくらいだよ。あれは月永くん直伝かな」
「……恐らくは」
「ふふふ、それにしても流行らなかったのに、まだ流行らせようとしているんだね、その言葉」
「我が家では大流行ですよ。レオさんが幸子にやりたがるものだから」

 チラッと手を繋いだ先の幸子を見ると「うっちゅちゅ〜」と謎の宇宙ソングを歌っている。

「僕もうっかり欲しくなりそうだよ」

 そう言って英知は一際大きな扉を開ける。どうやらエントランスへと繋がる扉だったらしく、扉の先にはレオの姿。地べたに座り込んで紙に筆を走らせている。近くには慌てた様子の使用人らしき姿。英智の客が地べたに座り込んでいることに慌てているのだろう。「お立ちください」と半分泣きそうな顔である。
 父の姿を見つけたからか、幸子はあんずとの手を離し一目散にレオのもとへと駆け寄った。幸子に勢い良く飛びつかれたレオは驚きつつも、あっさり作曲を手放し幸子を受け止めた。父子仲睦まじい姿につい微笑ましくなる。

「そういえば、何をですか?」

 ドアを開きながら放った英智の言葉に今更ながら反応する。

「僕とあんずちゃんの子。あんなに可愛いんだもの。僕たちでも可愛い愛らしい子が産まれると思わない?」

 さらりと放たれた言葉に思考回路が停止すると、「テンシーーー!!!」と大きな声が聞こえる。

「お前、聞こえてるからな!?」
「ふふふ、冗談だよ。僕に会いに来てくれたというのに一切顔を見せてくれなかった月永くんに意地悪してみただけ。さて君たち、もうお帰り。君たちの今日はこれからだろう?」
「お前が言うと冗談か本気か分からん!けどまぁ、そうだな。帰ろっか、あんず。テンシも元気そうで良かったよ。来るの遅くなっちゃったけど。借りだとかダシにしちゃったけど色々とありがとうな。今度は卑怯な手使わず、素直に助けを乞うよ。本当ごめんな」
「ふふ、こちらこそ。少し引け目も感じていた部分があったからね。僕もこれからは一友人として3人の幸せを願うよ。また困ったことがあったらいつでも言いなさい」





「あれ、セナ?」

 自宅前に停まる1台の車。見知ったその車は泉の愛車だった。車の横に停車すると運転席の窓から除かせる銀髪の男性。レオも併せて助手席の窓を開けた。

「おぉ、やっぱりセナだ。なんだなんだ?みんなもいるのか?」
「俺を待たせるなんて良い度胸してるよねぇ」

 開口一番泉らしい物言いに学生時代を思い出し、あんずは少し萎縮してしまう。

「やっほ-、王さま。ふわぁふ、帰り待ってたんだよ」

 泉の車から覗かせる黒髪の男性は欠伸をしながらアイマスクを目元から上にずらした。すかさず、運転席から「あんたは寝てただけでしょ」と鋭いツッコミ。

「何でいるんだ?おまえら。あ、待って待って!あれだろ、サチの誕生日祝いに来てくれたんだろ」
「良いから。さっさと車停めなよねぇ。話はそれから」

 泉に促され、レオは鼻歌交じりに車を駐車させた。








「で?何でいるんだ?」

 車の中ですっかり眠たくなってしまい、スヤスヤと眠る幸子を抱きかかえながら、レオは「まぁ入れよ」と玄関のドアを開けた。

「やっぱりうちのお姫さまのことを祝いに来てくれたんだろ?何てったって今日は可愛い可愛いサチの誕生日だからなっ。あぁもう絶対嫁になんか行かせないぞ!」

 ギュッと強く抱いたおかげでレオの腕の中でスヤスヤと眠る幸子の顔が苦しそうになる。

「レオさん、起きちゃいますよ」

 すかさず注意すると「あぁ、ごめんごめん」とその腕を緩めた。
 そのままリビングへと入り込むレオの後に続き、幸子が寝るための簡単な布団をタンスから引っ張り出す。そうしてそっとレオは幸子をその布団の上へと置いた。人肌恋しいのか、ギュッとレオをつかんで離そうとしない幸子を宥めるように頭を撫で、トントンと胸を優しく叩くと、その力は次第に緩まり、レオは自由になった。
 その一連の流れを見届けてくれてからKnightsの面々はそっと口を開いた。

「やぁっぱり忘れちゃってるんじゃない?俺の勝ちっぽいね、ス〜ちゃん」

 フフッと笑う凛月に「いえ!まだ!まだ分かりませんよ?」と司が答える。

「王さま、今日は何の日?」

 泉がレオに聞くと、何を言ってるんだ?と言わんばかりの顔で「サチの誕生日だろ?」と答えた。

「ウフフ、王さま、今日は何月何日?」
「なんだこれ?謎々か何かかっ?あはは、面白そうだっ!今日だろ?……えーっと、何日だっけ。ライブがあっただろ、それからだからえーっと……。……分かった!5月5日だろ!……あれ?」

 レオの不思議そうな顔に「ほぉら、俺の勝ち〜」と聞こえた。

「じゃあ、もう一度。王さま、今日は何の日?」

 泉の問いかけに皆が優しくレオの回答を見守る。当の本人は今気付いたかのように少し呆けながらその口を開いた。

「サチと……俺の誕生日?」

 もう耐えきれない、とばかりに凛月が「そういうこと」と吹き出した。それに続いて「信じらんない」と泉が一言。

「あんずに言われて半信半疑だったけど、自分の誕生日忘れるかなぁ、普通」
「私も正直驚きを隠せません……。leader、さすがに自分の誕生日くらいは覚えておきましょうよ」
「え?だって今日はサチの誕生日で……。え、俺とサチって同じ誕生日だったのか?」

 幸子が生まれた日は、陣痛やら妊娠やら何やらでレオの誕生日を祝うことは出来なかった。それ以降、フィレンツェにいるときは一緒にお祝いをしていたのだが、去年帰国やらのバタバタのせいで幸子とレオの誕生日を一緒に祝うことが出来ず、別日にお祝いをしたのがきっかけだろう。

「幸子の誕生日の日、帰れそうですか?」
「当たり前だろ〜!絶対帰るから」
「なら良かったです。今年は一緒にお祝いできそうですね」
「うんうん、去年は幸子におめでとう、て電話だったもんなぁ」

 この時、あんずが言った「一緒に」は「レオの誕生日と一緒に」ということだったが、少し的外れな回答に疑問を覚える。

「あ、そうじゃなくて、誕生日を一緒に、てことです」
「へ?だから、幸子の誕生日を一緒に、だろ?」

 その回答にもしや、と思い泉にコッソリと連絡を取った。
 そうして今日に至る。








「すっごい今更だけど。そういうことぉ。ということで誕生日おめでとう、王さま」
「王さま、おめでと」
「ウフフ、おめでとォ、王さま」
「おめでとうございます、leader」
「お誕生日おめでとうございます、レオさん」

 皆にお祝いされたからかレオは照れくさそうに「ありがとう」と答えた。










「あんず!俺も何か手伝うぞ〜。何かさせて!」
「レオさん、主役なんだから座ってて下さい」

 キッチンへとやって来たレオは用意していたサラダボールからプチトマトを1つつまみ食い。
 手伝うのか食べるのか、どちらかにして欲しい。

「サチの誕生日でもあるだろ。俺もサチに何か作りたい〜」

 レオの言うことにも一理あるので、何か出来る簡単なことを探す。

「……それじゃあ、このグラタンのホワイトソースをお皿に分けてオーブンに入れて貰っても良いですか?」
「おう!任せとけ」

 その鼻から放たれる音楽は恐らく『グラタン作るぞ』の歌で、楽しそうな曲であることは間違いない。そんなレオを見守りながらあんずはそっと笑った。



「なぁんか、王さまのあんな姿滅多に見られないし、レアだよねぇ」

 そう言って凛月はスマートフォンで夫婦仲睦まじく準備する姿を撮影していた。「料理は任せてください」と張り切っていたあんずに全てを任せ、Knightsの面々は部屋の準備。レオの家には何度か行っているため、そういった準備もそろそろお手の物だ。
 2人の姿をジッと見ていると先程まで写真を撮りまくっていた凛月から「なぁに、セッちゃん」と含み顔で声を掛けられる。

「『セッちゃんの』王さまじゃなくなったからって、寂しいの?」
「はぁ?何言ってんの。むしろ清々してるんだけど」
「清々、ねぇ」

 またもやいつもの含み顔で言われ「何が言いたいわけぇ?」と泉も意図を探った。
 先程まで寝ていた幸子もどうやら目も覚め、司や嵐と遊んでいたが、今は司とキッチンのほうへと向かっていた。いつ見てもレオそっくりのその姿に初めて会ったときはレオが幼児化したのかと目を疑ったほどだ。







 幸子を身籠もったあんずを連れ、2人がフィレンツェへと旅立った3年後、唐突にレオは戻ってきた。「うっちゅ〜」と気の抜けた挨拶と共に。
 事務所に集合を掛けられたKnightsの面々は何事かと思っていたらそれである。拍子抜けも良いとこだ。

「いきなり何戻って来ちゃってるわけ?ていうか。戻るなら連絡くらい寄越しなよね」
「わははは!悪い悪い。そろそろ潮時だろ、と思ってな」
「王さま、おかえり。あんずはぁ?俺そろそろあんずに膝枕されたい」

 ふわぁふ、と欠伸をしながら凛月がレオに問うと、「まだ向こう」と簡潔な返答が返ってくる。

「あんずとお姫さまにはもう少し、そうだな、半年くらい向こうで過ごして貰って、その内に俺がごちゃごちゃを片付けておこうと思って」
「ごちゃごちゃさせたのはあんたのせいだしねぇ」

 はぁあ、と泉が溜息をつくと、横から分かりやすいくらい残念そうな顔をした司が「お姉さまは元気ですか?」と問うた。

「わははは!元気も元気!」
「やァだ、みんなそこも大切だけど、今王さまさらりと爆弾発言しちゃったわよォ?……ウフフ、女の子だったのね、王さま」

 目の付け所がさすがの嵐だが、「あれ?言ってなかったっけ?」とレオの間抜けな発言。

「あんたからは武器の補給しかなかったからね」
「聞こうと思えば聞けたんだけど、変に知っちゃうとボロが出ちゃうかもしれないしねぇ」
「はい、皆さんで話し合って何も知らないでいようと決めたのです」
「まぁ、一番不安だったのはス〜ちゃんだったんだけどねぇ」

 凛月の発言に「私ですか?」と司から疑問の声。

「うっかり何か言っちゃいそうだなぁ、て」
「えぇ!?さすがに大丈夫ですよ!」

 凛月の発言が心外だったのか、司と凛月が言い合いをしている間に今後どうするつもりなのかレオに問おうと見やる。

「なぁにニヤついてるの?全く。ただでさえ締まりがない顔なんだからね」

 そこにはニヤニヤと2人を見ていたレオがいた。

「わははは、帰ってきたなぁ、と思ってな〜。俺の大好きなKnightsだ。……ありがとうな、セナ。また留守を守って貰っちゃったな」
「べっつにぃ?俺はただ自分の居場所を守っただけだしねぇ。あんたのことは二の次。ていうかそう思うなら、あんたがしっかりしてよねぇ。Knightsのリーダーはあんたでしょ?かさくんに預けてもちゃんと取りに戻ったんだから」
「わははは、大丈夫。俺も守るもんたくさん出来ちゃったし、これからはちゃんとするよ。まぁ、まずは会見が待ってるんだけど。あんずたちのためにも、な」

 そう言ったレオの顔は学生時代見ていた顔とは異なり、すっかりお父さん顔だった。家族を守るためなら何だって厭わないだろう、そんな危なげな顔にも見える。










 それから数日後、レオは結婚報告をマスコミに流した。その後には当然、記者会見が待っており、その記者会見では、レオは一切の責任を負った。Knightsのメンバーは本当に知らなかったのか?とかなり言及をされていたが、全く知らない、彼女がいる、くらいの話はしたが、結婚やましてや妊娠などは全く言わず、2人を守るために勝手に海外に行っていた、と。
 何より、ざわつかせた、1番カメラを抜かれたのは記者から「無責任では?」という質問が出たときだ。

「俺は学生時代からアイドルやってて、一時期アイドルが本当に嫌になって逃げてた時期もあったけど、そんなときに俺を迎えに来てくれたのが今の奥さんです。そして、連れて行ってくれた先にいたのが今のKnightsのメンバーです。特にセナ……、瀬名にはずっと迷惑を掛けっぱなしで。俺が逃げてる間も、俺があいつのせいにして籠もっている間も、瀬名はずっとKnightsという場所を守ってくれてました。それを瀬名に言ったら、ツンデレなあいつのことだから、別にあんたのためじゃない、て言うかもだけど。初めは仲良しこよしでやってるKnightsに引導を渡して俺自身も引退しようかとも思ったけれど、思ったよりも一番下のスオ……、朱桜がハリボテだらけのKnightsに夢見て一生懸命で、払いのけようとしても食らいついてきて。ナル……鳴上やリッツ、朔間って呼ばれるのはあいつが嫌うから凛月、って呼ばせてもらうけど、2人とは本当に卒業ギリギリまで上辺だけの付き合いで、中を見せようともしないで。でも卒業前の学院でやったライブでようやくKnightsというメンバー皆の本当の姿を知ることができて俺は更にKnightsが、アイドルが大好きになりました」

 慣れていない敬語、丁寧語を使おうと一生懸命のレオの言葉を控室からKnightsのメンバーは見守る。司などは、レオが一生懸命、たどたどしくも発する言葉に時折「Leader……」と呟くばかり。 嵐も凛月もジッとレオの姿を見守っていた。

「俺がアイドルが嫌になって引き籠ってアイドルの世界を見限る前から見守っていてくれたお姫様たち……、ファンの皆さんは勿論、Knightsの王さまとして復活してからついてきてくれたお姫様たち、皆が大好きです。俺は音楽バカだから。音楽を通じてしか皆に感謝の気持ちを届けることしかできないし、それは俺の誇りでもあります。アイドルが何より大好きだから。
 ……えぇーっと、何が言いたいのかちょっと自分でも分からなくなってきたけど、俺はKnightsが大好きで、アイドルが大好きで、そんな俺たちを見守ってくれるお姫様たちが大好きです。そんな大好きにもう一つ増えたのが、俺の奥さんです。学生時代からずっと見守ってくれて、俺が卒業して海外とかあっちこっちいくのも常に心配してくれて。瀬名とは手紙とかでやり取りしてたみたいだけど、俺は携帯もなくしちゃうし、連絡なんてこまめにとるやつでもないから相当心配させてたみたいで。そんで時折日本に帰ったときに姿を見せると「お元気そうで良かったです」って凄い心配そうな顔してくれてさ。それで落ちちゃった、わはははは!って惚気話は今良いんだった」

 あんずの話になると途端に敬語が無くなること、レオは気づいているのだろうか。何より今のその顔。
 あんたがそんな風に誰かを思って優しく笑うなんてねぇ。ほぉんと幸せそうな顔だこと。
 カメラマンも泉と同じことを思ったのか、フラッシュが一層強くなる。

「ふふっ、王さまのあんな顔。見せるのセッちゃんに対してかあんずに対してかぐらいだよねぇ~」

 横からの見当違いな発言に泉は「はぁ?」と素っ頓狂な声を出すが、レオが続きを始めてしまったので不問となった。

「俺はこれからもアイドルを続けていきます。何より、音楽が俺を手放してくれそうにないし。俺のインスピレーションが続く限り俺は音楽を続けます。今の俺の音楽があるのは瀬名と奥さんのおかげです。Knights……特に瀬名の近くにいると俺は音楽が止まらなくなります。それと同じくらい、俺の奥さんからもたくさん音楽に対するインスピレーションが止まらなくなります。もちろん、ライブを通じてお姫様たちに触れ合うともっと音楽が止まらなくなります。だから無責任なんかじゃありません。俺は音楽を与え続けてくれる人たちに感謝して、それを返しているだけだから。だからどうか優しく見守って下さい。よろしくお願いします」

 言い終わると同時に席を立ち、深々と頭を下げ続ける姿に今日一番のフラッシュがたかれる。レオは長い間頭を下げ続けていた。
 そうして暫くしてレオはようやくその頭を上げる。すると、すぐさま「おこさんについてのお話をお聞かせください」との記者の声。

「姫さん?それについては俺の本当に軽率な考えと行動のせいで迷惑かけちゃったんです。いやぁ、瀬名にすっごい怒られたのなんの。今回の旅はみなさんご想像の通り、俺の奥さんと姫さんを守る旅でした。でも、逃げ続けちゃってもしょうがないから。こうして自身でけじめをつけて出てきました。瀬名にはすっごい怒られちゃったけど。鬼か般若か、っていう形相で……はっ!思い出したらインスピレーション来た!ちょっとだけ待ってもらっても良い!?今すぐこれ書き留めたい!」

 レオの突拍子もない行動にあたりは静寂に包まれる。何が始まったのか頭が追い付いていない記者たちは一同ポカン、だ。

「あんの馬鹿……。あれほど突然曲作るのだけは絶対NGって言ったのに……」
「あらあら、でも王さまにしては結構持った方なんじゃないかしらァ?」
「はい、ス~ちゃん俺の勝ち~。王さまがそんな簡単に曲作りやめられるわけないでしょ」
「Leader……」

 泉がうなだれる中、凛月の緊張感のない声。大事な記者会見で何賭け事をしているのか。
 そうこうして最後はグダグダと記者会見は終了した。
 最後こそは歴史に残るようなグダグダさだったが、それまでのレオの誠実な態度と言葉は思いのほか好印象でファンが減るどころか、むしろファンが増えたくらいだった。むしろあのレオを御するあんずに同情票も多いくらいで、頑張れ奥さん、と応援をもらっていた。その結果にレオは微妙に不服そうだ。そして、既存のKnightsファンからはレオが時折泉のことを言っていたおかげで2人の関係に黄色い声をあげる人も少なくなかった。










「セナ?どこか”いたいいたい”?幸子がなおしてあげるよ!」

 先程までキッチンにいた幸子はいつの間にやらリビングの方へと移動してきていたらしくしゃがむようにせがまれる。何事かと泉がしゃがむと「うっちゅ~」の声とともに頬に触れる小さな温もり。
 それを見ていた凛月からは「わあ、サッちゃんてば大胆~」と茶化され、キッチンの方からは「さっちゃんそれはととさまとかかさま以外禁止!」とあんずの慌てた声。「セナ!?サチと結婚は認めないからな!?」と何故かレオからは責められる始末。
 キスをした当の本人を見やるとキラキラとした切れ長の丸い瞳。

「ふふ、ありがとう、お姫様。そしてハッピーバースデー、お姫様」

 お返しとばかりに頬にキスをすると「セナも魔法が使えるの!?」と素っ頓狂な回答。
 純真無垢に育ったその姿は言わずもがな、あんずの賜物で、どこをどう見てもレオとあんずの子であることは間違いないその顔に泉はレオの幸せを見た。

「……ハッピーバースデー、れおくん」

 そうして、そっと呟いたその声は泉の口から出たと同時にレオの家を包む暖かい空気に溶けていった。
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