スパイス。(零夢)【R15】
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それはほんのちょっとした出来心だった。
言い換えるならば、料理をしていて何か味が足りないな、塩胡椒を入れてみようかな、塩だけで良いかな、とちょっとスパイスを足してみようとしただけ。
昼は眠たいから、と。夜は練習が、仕事が、とあまり構ってくれない彼を困らせてみたかっただけだった。
最初は純粋に相談をしていただけ。
本当に私のことが好きなんだろうか?何となく付き合っているだけで別に誰でも良かったんじゃないだろうか?それこそ彼は、女の子が欲しいと思えば引く手あまただろうから。
そう思った名前は彼と同じ境遇である彼のユニットのメンバーに相談を持ちかけた。
「どうしたのー?名前ちゃんから相談相手に選ばれるなんて光栄だけど、これ朔間さんに怒られたりしないー?」
「大丈夫だと思いますよ。私に興味あるかどうかも分かんないですし」
「ん?どういうこと?あ、それより先に相談事聞いた方が良い感じかなぁ?」
「相談事もこの話なので、お気になさらず。……零さんって私のこと本当に好きなんですかね」
「……名前ちゃんは何でそう思うの?」
名前の彼氏である朔間零と同じユニットに所属し、2枚看板と呼ばれる羽風薫はなぜ名前がそういう思いに至ったか分からない顔だった。
「だって、お昼とか絶対寝てますし、放課後デートなんて1ヶ月に1度あれば良いほうですよ?そりゃあ、向こうは学生だけどアイドルで、忙しいのは分かりますけど……。もう少し時間作ってくれても良いと思いません?」
「あははは、朔間さんがそんなに甲斐性なのも見てみたいけどね」
薫の中で女の子のために時間を割く零の姿は想像できない、ということだろう。
ということは、名前の不満もただの杞憂だ。周りがそれをあり得ない、と証明している。
名前もだてに零のことを好きなったわけではないので、そういった零の性格のことは理解している。理解をしているが、寂しさは別物だ。
名前が寂しいと言えば、謝られるし、慰めてもくれる。でもそれで終わり。だからといってその先の日々に改善される訳でも無いし、また同じ事を繰り返す日々。別に名前でなくても良いんじゃないのか。零のあの性格だから、優しさ故に慰めで名前と付き合っているだけなのではないのか。
「……零さんじゃなくて、羽風先輩だったら、こんな悩みもなかっただろうなぁ」
ついポロッと出た言葉だった。その言葉は目の前の人にしっかり届いたらしく、目を丸くさせたかと思うと、薫はニッと悪そうな顔で笑った。
「じゃあさ、俺たち付き合っちゃわない?」
「……は?」
「あれ?駄目かなぁ?名前ちゃんは今の朔間さんじゃ満足できない。俺は純粋に名前ちゃんに興味がある。別に悪い話じゃ無いと思うけどなぁ」
「いやいやいや。だって私、零さんと付き合ってるんですよ?それなのに羽風先輩と付き合うなんて」
「俺は別に名前ちゃんが朔間さんと付き合っていようが別に気にしないよ?今までだってそんな女の子はいたしね」
サラリと問題発言をした目の前の男は一際甘い顔を覗かせながら、「ねぇ、2人で朔間さんを困らせてみようよ」と言った。それは今の名前にとってとんでもなく甘美な誘惑だった。
薫は名前の予想通り、ひたすらに名前を甘やかせてくれた。
お昼に一緒に過ごすことはさすがに周りの目も憚られるので中々出来なかったが、メールにはずっと付き合ってくれるし、会いたいと言えばすぐに会ってくれた。それが例えユニット練習の後でも。
名前の求めていた恋人らしさとはこのことだ。「好き?」と聞けば、「好き」と応えてくれる。「ギュッとして」と言えばギュッとしてくれる。それは名前にとって満たされた日々だった。
零を困らせるだけ。一緒にお話ししたり、一緒にいるだけ、と決めていたボーダーラインはあっという間にズルズルと下がっていき、気が付けば口付けをかわしていた。さすがにマズいとは思っていたが、それでも薫は一際甘い顔で「好きだよ」と名前だけを見て囁いてくれる。そんな顔をされたら名前も逃れることは出来なかった。
その間も零は一切気付いている様子はなく、今まで通りの日々。会ってお出かけするのは1ヶ月に1度あれば良いほう、やはり昼は寝ていることが多かった。それはそれで寂しい気持ちもあったが、気付かれていない、その気持ちが名前の罪悪感を緩くさせてしまう。
零と『したこと』が無いわけではない。そんな雰囲気になったときに1、2回寝たことはある。凄く気持ち良かったし、そんなに欲がある方でもない。だから名前は本当に自分でも自分の気持ちに追いつくことができない。
まさか薫といて『してみたい』と思うなんて。
「じゃあ、帰ろっか。今日も楽しかったね、名前ちゃん」
学校帰り、ご飯を食べ終わった後だった。学院から少し離れたお洒落なカフェを見つけては、薫は名前を連れてくる。名前もただただその優しさに甘えてしまっていた。
お店から出て、薫の顔をジッと見つめていると、ソッと唇を被せてくる。今まではそれだけのフレンチなものですぐに唇は離れていったが、そおっと名前は薫の唇を舐めてみた。薫のビックリした空気が感じられたが、その舌はすぐに薫の口の中へと受け入れられた。受け入れられてしまえばもうそれは男女の世界で。薫も名前の口の中を、歯列をなぞるように舐めてはそれを受け入れていた。それはとても長い行為で名前の中の酸素がどんどんと薄くなっていく。
「んっ……ふっ、あ……」
とても甘く感じられるそれは名前の頭をボーッとさせるには充分で、薫もまた次第に止まらなくなっていく。
服の上から器用にブラホックを外し、スルッと落ちそうになる下着の動きだけでビクッと感じてしまう。
「薫……さん、場所……」
残りわずかな理性で、そう告げると「そうだよね」と酷く甘い顔をして薫は名前を近くの公園へと引っ張っていく。手を引っ張られ歩いている間も、胸の妙にスースーした違和感と先ほどの甘いキスのことを考えては頭がボーッとする。
零のことを思い出す余裕なんて全くなかった。
その後も薫との関係は続いた。夜ご飯を食べに行ったり、時には身体を重ねたり。初めて身体を交わした日、寝る前になって零に対する罪悪感がようやく生まれた。このまま薫といるならば零との関係には決着をつけなければいけない。
これは自分でまいた種だ。自分で決着をつけなければ。
零と久しぶりのデートはそんなことのあった次の日だった。
零とのデートは家に誘われることが多い。今日も零の部屋に招かれ、他愛ない話をしているときだった。
「最近、名前はご機嫌じゃのう。何か良いことでもあったのかえ?」
「そうかな?久しぶりに零さんと一緒だからかな?」
そんなことを聞かれ、鼓動が早くなっていくのを感じながらも努めて冷静に返したつもりだった。
零は「ふうん」と返したかと思うと、突然謝ってきた。
「あんまり構えなくてすまんのう。UNDEADとしても今が頑張り時じゃからどうしても後回しになってしまい、申し訳なく思っておるよ」
「ううん。忙しいのは理解してるから、気にしないで」
「ありがとう。名前は良い子じゃの。おいで、名前。……好きじゃよ」
そう言って塞がれた唇に顔の熱が急上昇しているのが分かった。それと同時に理解した。
零を嫌いになったわけではない。どちらも好きになってしまったのだと。
「良いんじゃないの-?そういうの、良くあることだし、俺は別に今の関係でも満足してるしね。まあ、相手が朔間さん、てのがちょっとドキドキするけど、この緊張感も良いスパイスかなぁって」
薫に正直に今の気持ちを話してみると、意外にも名前の気持ちがすんなりと受け入れられ、名前のほうが逆に驚きを隠せなかった。
それがまた名前の罪悪感を薄くさせる。
だからこそ、零と薫とのこの関係をズルズルと続けてしまった。
その日も薫と夜ご飯を食べてキスを交わして。そんなことをして夜も遅くなっていた。家までの帰り道、今日のことを考えては頬が緩んでしまう。そんな時だった。
制服の上着ポケットに入れた携帯が震える。
画面表示には『羽風先輩』の文字。
さっきまで一緒に居たのに電話を掛けてくるとは、何かあったのだろうか?
不思議に思いつつ、名前は通話ボタンを押した。
「薫さん?どうかしたんですか?さては、もう寂しくなっちゃったんですか?」
いつの間にか2人でいるときは薫さん呼びになった名前が冗談交じりにそんなことを言ってみるも、電話口からは何も聞こえない。
「……薫さん?どうかしました?」
少し不安を覚えつつ、何度か名前を呼びかけるとようやく小さな声で「ごめん」と聞こえた。その声はかろうじて聞こえる程度で、名前もまた「え?」と聞き返してしまう。
「……ごめん。本当にごめん」
それだけ聞こえると、電話口からは「ツーツー」ともう既に切られた音が聞こえた。
「ちょ……え、かお、」
薫さん、と言いかけた時だった。名前の家の前に立つ一人の男が見えた。その男が持つ2つの赤い瞳が妙に夜闇に光り輝いて見え、名前は本能的にビクッとなった。
「……零……さん……?」
「おぉ、名前。今日は遅くまで出掛けておったんじゃのう?我輩寒くて凍えるところだったぞい」
「え……、あ、ごめんなさい。今日約束か何かしてましたっけ……?」
「いいや?名前の顔が見たくなってつい来てしまってのう。じゃから名前が気にすることはないぞ」
いつも通り。いつも通りに笑うその穏やかな顔は見慣れているはずなのに、何故か背筋に嫌な汗を感じる。
「……零さん?」
「して名前」
少しの沈黙の後、突然いつものように名前を呼ばれ「はい?」と返すと零はじりじりと名前のほうに詰め寄ってきた。零から感じられる嫌な空気に当てられ、つい後ろへじりじりと下がってしまう。
そんな名前を逃がさない、とでも言うかのように零もまた、詰め寄ってくる。
「今日は楽しかったかえ?」
「え……?楽しかったです……よ……?」
先ほどまで一緒にいた人のことを思い出すと、素直に「はい」とは言えず、しどろもどろになってしまう。
「そうかそうか。それは何よりじゃ。して、何していたのかえ?」
「今日……ですか?今日は友達とご飯食べてて……。そしたらついついこんな時間になっちゃって」
あははは、と自分でも下手くそだと思いつつ乾いた笑いが口から出てしまった。
「そうかそうか。『友達』と。いくら何でも、学生の身分でこんなに遅くまで出歩いては危ないから気を付けた方がよいぞ」
妙に『友達』という部分が強調されたような気がしつつも、心配をしてくれる零に「ありがとうございます」と返すと、腕を組みながら「そうじゃ」とまた穏やかな顔を名前に向けてくる。
「我輩、さっき薫くんと会ってのう」
「……え?」
「ん?どうかしたかえ?」
咄嗟に出てしまった声だったが、努めて冷静に「いえ」と返す。
「くくく、変な名前じゃのう。……まあよい。さっき薫くんと会ってのう。ユニット練習にも参加せず、何をしておったんじゃ、と聞いたら『友達』とご飯、と言っておったんじゃよ。まったく、薫くんにもほとほと困ったもんじゃと思わんか?」
「……練習参加しなかったんですか?」
確か、薫は練習に参加してから来た、と言っていたがどうやら嘘をついていたということだ。
「そうなんじゃよ。だからのう。ちょっと最近目に余るものもあったし、我輩薫くんに少しお灸を添えてきたんじゃよ。これで改心してくれると良いんじゃが」
「……お灸、ですか……?」
そもそも何故零はこんな話を名前にするのか。あくまでも穏やかに話す零と、妙に怪しく光る2つの赤い瞳に次第に鼓動は早くなる。
「くくく、そうじゃよ。お灸じゃよ。……気づいてないと思ってるなら、大きな思い違いじゃよ~ってのう」
気が付けば、名前の後ろは向かいの家の壁で、これ以上下がりようのないところまで来ている。そして壁に背中を付けた時だった。目の前にいる男は腕を組んだまま、右足を壁にガンッとあげた。その足は名前のわずか腰横にある。反射的にビクッと目を瞑ってしまった名前がそおっと目を開けるといつも通りの穏やかな顔。今となってはその穏やかな顔がとても怖い。
「して名前」
名前の名前を呼んだかと思うと、零はそこで少し間をあけた。あくまでもいつも通りをふるまいつつも、纏う空気は普通じゃない零に何も言うことができない。そして彼はそっと口を開いた。
「今日は楽しかったかえ?」
言い換えるならば、料理をしていて何か味が足りないな、塩胡椒を入れてみようかな、塩だけで良いかな、とちょっとスパイスを足してみようとしただけ。
昼は眠たいから、と。夜は練習が、仕事が、とあまり構ってくれない彼を困らせてみたかっただけだった。
最初は純粋に相談をしていただけ。
本当に私のことが好きなんだろうか?何となく付き合っているだけで別に誰でも良かったんじゃないだろうか?それこそ彼は、女の子が欲しいと思えば引く手あまただろうから。
そう思った名前は彼と同じ境遇である彼のユニットのメンバーに相談を持ちかけた。
「どうしたのー?名前ちゃんから相談相手に選ばれるなんて光栄だけど、これ朔間さんに怒られたりしないー?」
「大丈夫だと思いますよ。私に興味あるかどうかも分かんないですし」
「ん?どういうこと?あ、それより先に相談事聞いた方が良い感じかなぁ?」
「相談事もこの話なので、お気になさらず。……零さんって私のこと本当に好きなんですかね」
「……名前ちゃんは何でそう思うの?」
名前の彼氏である朔間零と同じユニットに所属し、2枚看板と呼ばれる羽風薫はなぜ名前がそういう思いに至ったか分からない顔だった。
「だって、お昼とか絶対寝てますし、放課後デートなんて1ヶ月に1度あれば良いほうですよ?そりゃあ、向こうは学生だけどアイドルで、忙しいのは分かりますけど……。もう少し時間作ってくれても良いと思いません?」
「あははは、朔間さんがそんなに甲斐性なのも見てみたいけどね」
薫の中で女の子のために時間を割く零の姿は想像できない、ということだろう。
ということは、名前の不満もただの杞憂だ。周りがそれをあり得ない、と証明している。
名前もだてに零のことを好きなったわけではないので、そういった零の性格のことは理解している。理解をしているが、寂しさは別物だ。
名前が寂しいと言えば、謝られるし、慰めてもくれる。でもそれで終わり。だからといってその先の日々に改善される訳でも無いし、また同じ事を繰り返す日々。別に名前でなくても良いんじゃないのか。零のあの性格だから、優しさ故に慰めで名前と付き合っているだけなのではないのか。
「……零さんじゃなくて、羽風先輩だったら、こんな悩みもなかっただろうなぁ」
ついポロッと出た言葉だった。その言葉は目の前の人にしっかり届いたらしく、目を丸くさせたかと思うと、薫はニッと悪そうな顔で笑った。
「じゃあさ、俺たち付き合っちゃわない?」
「……は?」
「あれ?駄目かなぁ?名前ちゃんは今の朔間さんじゃ満足できない。俺は純粋に名前ちゃんに興味がある。別に悪い話じゃ無いと思うけどなぁ」
「いやいやいや。だって私、零さんと付き合ってるんですよ?それなのに羽風先輩と付き合うなんて」
「俺は別に名前ちゃんが朔間さんと付き合っていようが別に気にしないよ?今までだってそんな女の子はいたしね」
サラリと問題発言をした目の前の男は一際甘い顔を覗かせながら、「ねぇ、2人で朔間さんを困らせてみようよ」と言った。それは今の名前にとってとんでもなく甘美な誘惑だった。
薫は名前の予想通り、ひたすらに名前を甘やかせてくれた。
お昼に一緒に過ごすことはさすがに周りの目も憚られるので中々出来なかったが、メールにはずっと付き合ってくれるし、会いたいと言えばすぐに会ってくれた。それが例えユニット練習の後でも。
名前の求めていた恋人らしさとはこのことだ。「好き?」と聞けば、「好き」と応えてくれる。「ギュッとして」と言えばギュッとしてくれる。それは名前にとって満たされた日々だった。
零を困らせるだけ。一緒にお話ししたり、一緒にいるだけ、と決めていたボーダーラインはあっという間にズルズルと下がっていき、気が付けば口付けをかわしていた。さすがにマズいとは思っていたが、それでも薫は一際甘い顔で「好きだよ」と名前だけを見て囁いてくれる。そんな顔をされたら名前も逃れることは出来なかった。
その間も零は一切気付いている様子はなく、今まで通りの日々。会ってお出かけするのは1ヶ月に1度あれば良いほう、やはり昼は寝ていることが多かった。それはそれで寂しい気持ちもあったが、気付かれていない、その気持ちが名前の罪悪感を緩くさせてしまう。
零と『したこと』が無いわけではない。そんな雰囲気になったときに1、2回寝たことはある。凄く気持ち良かったし、そんなに欲がある方でもない。だから名前は本当に自分でも自分の気持ちに追いつくことができない。
まさか薫といて『してみたい』と思うなんて。
「じゃあ、帰ろっか。今日も楽しかったね、名前ちゃん」
学校帰り、ご飯を食べ終わった後だった。学院から少し離れたお洒落なカフェを見つけては、薫は名前を連れてくる。名前もただただその優しさに甘えてしまっていた。
お店から出て、薫の顔をジッと見つめていると、ソッと唇を被せてくる。今まではそれだけのフレンチなものですぐに唇は離れていったが、そおっと名前は薫の唇を舐めてみた。薫のビックリした空気が感じられたが、その舌はすぐに薫の口の中へと受け入れられた。受け入れられてしまえばもうそれは男女の世界で。薫も名前の口の中を、歯列をなぞるように舐めてはそれを受け入れていた。それはとても長い行為で名前の中の酸素がどんどんと薄くなっていく。
「んっ……ふっ、あ……」
とても甘く感じられるそれは名前の頭をボーッとさせるには充分で、薫もまた次第に止まらなくなっていく。
服の上から器用にブラホックを外し、スルッと落ちそうになる下着の動きだけでビクッと感じてしまう。
「薫……さん、場所……」
残りわずかな理性で、そう告げると「そうだよね」と酷く甘い顔をして薫は名前を近くの公園へと引っ張っていく。手を引っ張られ歩いている間も、胸の妙にスースーした違和感と先ほどの甘いキスのことを考えては頭がボーッとする。
零のことを思い出す余裕なんて全くなかった。
その後も薫との関係は続いた。夜ご飯を食べに行ったり、時には身体を重ねたり。初めて身体を交わした日、寝る前になって零に対する罪悪感がようやく生まれた。このまま薫といるならば零との関係には決着をつけなければいけない。
これは自分でまいた種だ。自分で決着をつけなければ。
零と久しぶりのデートはそんなことのあった次の日だった。
零とのデートは家に誘われることが多い。今日も零の部屋に招かれ、他愛ない話をしているときだった。
「最近、名前はご機嫌じゃのう。何か良いことでもあったのかえ?」
「そうかな?久しぶりに零さんと一緒だからかな?」
そんなことを聞かれ、鼓動が早くなっていくのを感じながらも努めて冷静に返したつもりだった。
零は「ふうん」と返したかと思うと、突然謝ってきた。
「あんまり構えなくてすまんのう。UNDEADとしても今が頑張り時じゃからどうしても後回しになってしまい、申し訳なく思っておるよ」
「ううん。忙しいのは理解してるから、気にしないで」
「ありがとう。名前は良い子じゃの。おいで、名前。……好きじゃよ」
そう言って塞がれた唇に顔の熱が急上昇しているのが分かった。それと同時に理解した。
零を嫌いになったわけではない。どちらも好きになってしまったのだと。
「良いんじゃないの-?そういうの、良くあることだし、俺は別に今の関係でも満足してるしね。まあ、相手が朔間さん、てのがちょっとドキドキするけど、この緊張感も良いスパイスかなぁって」
薫に正直に今の気持ちを話してみると、意外にも名前の気持ちがすんなりと受け入れられ、名前のほうが逆に驚きを隠せなかった。
それがまた名前の罪悪感を薄くさせる。
だからこそ、零と薫とのこの関係をズルズルと続けてしまった。
その日も薫と夜ご飯を食べてキスを交わして。そんなことをして夜も遅くなっていた。家までの帰り道、今日のことを考えては頬が緩んでしまう。そんな時だった。
制服の上着ポケットに入れた携帯が震える。
画面表示には『羽風先輩』の文字。
さっきまで一緒に居たのに電話を掛けてくるとは、何かあったのだろうか?
不思議に思いつつ、名前は通話ボタンを押した。
「薫さん?どうかしたんですか?さては、もう寂しくなっちゃったんですか?」
いつの間にか2人でいるときは薫さん呼びになった名前が冗談交じりにそんなことを言ってみるも、電話口からは何も聞こえない。
「……薫さん?どうかしました?」
少し不安を覚えつつ、何度か名前を呼びかけるとようやく小さな声で「ごめん」と聞こえた。その声はかろうじて聞こえる程度で、名前もまた「え?」と聞き返してしまう。
「……ごめん。本当にごめん」
それだけ聞こえると、電話口からは「ツーツー」ともう既に切られた音が聞こえた。
「ちょ……え、かお、」
薫さん、と言いかけた時だった。名前の家の前に立つ一人の男が見えた。その男が持つ2つの赤い瞳が妙に夜闇に光り輝いて見え、名前は本能的にビクッとなった。
「……零……さん……?」
「おぉ、名前。今日は遅くまで出掛けておったんじゃのう?我輩寒くて凍えるところだったぞい」
「え……、あ、ごめんなさい。今日約束か何かしてましたっけ……?」
「いいや?名前の顔が見たくなってつい来てしまってのう。じゃから名前が気にすることはないぞ」
いつも通り。いつも通りに笑うその穏やかな顔は見慣れているはずなのに、何故か背筋に嫌な汗を感じる。
「……零さん?」
「して名前」
少しの沈黙の後、突然いつものように名前を呼ばれ「はい?」と返すと零はじりじりと名前のほうに詰め寄ってきた。零から感じられる嫌な空気に当てられ、つい後ろへじりじりと下がってしまう。
そんな名前を逃がさない、とでも言うかのように零もまた、詰め寄ってくる。
「今日は楽しかったかえ?」
「え……?楽しかったです……よ……?」
先ほどまで一緒にいた人のことを思い出すと、素直に「はい」とは言えず、しどろもどろになってしまう。
「そうかそうか。それは何よりじゃ。して、何していたのかえ?」
「今日……ですか?今日は友達とご飯食べてて……。そしたらついついこんな時間になっちゃって」
あははは、と自分でも下手くそだと思いつつ乾いた笑いが口から出てしまった。
「そうかそうか。『友達』と。いくら何でも、学生の身分でこんなに遅くまで出歩いては危ないから気を付けた方がよいぞ」
妙に『友達』という部分が強調されたような気がしつつも、心配をしてくれる零に「ありがとうございます」と返すと、腕を組みながら「そうじゃ」とまた穏やかな顔を名前に向けてくる。
「我輩、さっき薫くんと会ってのう」
「……え?」
「ん?どうかしたかえ?」
咄嗟に出てしまった声だったが、努めて冷静に「いえ」と返す。
「くくく、変な名前じゃのう。……まあよい。さっき薫くんと会ってのう。ユニット練習にも参加せず、何をしておったんじゃ、と聞いたら『友達』とご飯、と言っておったんじゃよ。まったく、薫くんにもほとほと困ったもんじゃと思わんか?」
「……練習参加しなかったんですか?」
確か、薫は練習に参加してから来た、と言っていたがどうやら嘘をついていたということだ。
「そうなんじゃよ。だからのう。ちょっと最近目に余るものもあったし、我輩薫くんに少しお灸を添えてきたんじゃよ。これで改心してくれると良いんじゃが」
「……お灸、ですか……?」
そもそも何故零はこんな話を名前にするのか。あくまでも穏やかに話す零と、妙に怪しく光る2つの赤い瞳に次第に鼓動は早くなる。
「くくく、そうじゃよ。お灸じゃよ。……気づいてないと思ってるなら、大きな思い違いじゃよ~ってのう」
気が付けば、名前の後ろは向かいの家の壁で、これ以上下がりようのないところまで来ている。そして壁に背中を付けた時だった。目の前にいる男は腕を組んだまま、右足を壁にガンッとあげた。その足は名前のわずか腰横にある。反射的にビクッと目を瞑ってしまった名前がそおっと目を開けるといつも通りの穏やかな顔。今となってはその穏やかな顔がとても怖い。
「して名前」
名前の名前を呼んだかと思うと、零はそこで少し間をあけた。あくまでもいつも通りをふるまいつつも、纏う空気は普通じゃない零に何も言うことができない。そして彼はそっと口を開いた。
「今日は楽しかったかえ?」
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