Angel of Death-プロローグ-(いずあん+Knights:死神パロ)
どうかお願い。神様とやらがこの世にいるのならばこんな悲劇で終わらせるのではなく喜劇になることを。
そんな願いも虚しく、泉の前に現れたのは神様でも救世主でもなく、死神だった。
「泉さんのタキシード姿、皆に見てもらうの本当に楽しみなんです」
「俺はあんずのウェディング姿なんて出来れば誰にも見せたくないけどねぇ」
嬉々と話すあんずとは対照的に泉は「はぁあ」とため息を付く。そんな泉の姿もあんずの目からすれば不愉快には感じられないようで、「ふふ」とニヤける頬をつねった。泉のことを呼び、「いらいれふ」と言う顔も愛おしくてしょうがない。
夢ノ咲学院で様々なアイドルのユニットをプロデュースしていた敏腕プロデューサーであったあんずは今や、泉の婚約者であり、明日2人は結婚式を迎える。泉からすればKnightsというアイドルとして活動している以上、そこまでの道のりは決して楽で楽しいばかりではなかったが、あんずの献身的な支えと長い間待っていてくれたからこそ明日という日を迎えることが出来る。だからこそ、結婚式に妥協はしないし、あんずがしたいことは全て叶える気持ちでいっぱいだった。とは言うものの、あんずの性格である。泉が願うよりもわがままもなく、予算のことも気にしないで良い、と言ったのに多額となることはなかった。
「自分たちの結婚式も大切ですけど、将来的に産まれる子どものためにお金を使いたいです」
あんずらしい言い分だな、と泉は優しく笑った。何より、当たり前のように泉との子どもを産むつもりのあんずに対しても愛おしくてしょうがなかった。
「こういうときくらい精一杯わがまま言えば良いのにねぇ」
そう返した泉に「これでもか、てくらいわがまま言いましたよ」とあんずは言った。
明日の結婚式にはKnightsのメンバーはもちろん、昔のクラスメイトも何人か来るのでちょっとした同窓会のような結婚式になっている。その面でも2人揃って結婚式を迎えることを楽しみにしていた。
順風満帆、まさにそんな言葉が似合うと思っていた。その時を迎えるまでは。
「瀬名さん、よろしいでしょうか?」
身体に色々なコードが繋がれ眠っているあんずをぼんやりと眺めていると不意に横開きのドアがノックされ、開かれた。
「奥様の状態のことでお話がありますので、処置室に来て頂いてもよろしいでしょうか」
白いパンツスタイルの看護師が申し訳なさそうに声を掛け、泉は「はい」と機械的に返事をした。
ピッピッと定期的に機械音がするあんずをしっかりと見届けた後、泉は看護師に連れられ処置室へと向かった。
その時は一瞬だった。ボールを追いかけ、突然道路に飛び出した見ず知らずの子どもを助けるためにあんずは飛び出し、車にはねられた。泉の目の前で。止める暇も何もなかった。ドン、と突き出すように押された子どもはそのまま転がるようにこけただけで命に別状はなかったが、あんずは違った。泣き叫ぶ子どもを放置し、あんずに駆け寄ると、あちこちが傷だらけで血だらけだった。
処置室へと連れられた泉が医者から聞いたのは今日が峠だということ。ずっと傍に寄り添ってあげて下さい、ということだった。端的に言うと、もう長くない、ということだ。
「ほぉんと、バカなんじゃないの?見ず知らずの子どもを助けるために飛び出してあんたが死にそうになるなんて。ほぉんと、バカ。大バカなんだから」
いまだにピッピッと定期的に機械音がするあんずを前に泉の目からは人知れず涙が溢れていた。傷だらけの顔をそっとなでるとあんずはまだ温かい。その温かさを感じてまた涙が出てきた。
ついさっき、今朝までは明日の結婚式に向け笑顔で話をしていたのに。今はその顔が笑顔になることも、声を聞くことも出来ない。
「お願い。お願いだからあんず、目を覚まして。俺を置いていかないで」
消え入るように呟いたその声はあんずに届くことはない。
「ふぅ、ここか。俺、病院とか病室とか本当嫌いなんだよなぁ」
「そもそもMasterは仕事自体にそんな乗り気ではないじゃないですか。それに私たちが―――である以上、病院病室からは避けられない定めでしょう」
どうやらいつの間にか眠っていた泉だったが、聞き覚えのある声に「ん……」と目を覚ますと見覚えのある面子があんずの横に立っていた。しかしその格好に泉は見覚えはない。
泉が学生時代、血のにじむ思いで守り抜き、そして今も現役アイドルとして活躍しているKnightsの面々は紺と金を基調としたローブのような服に黒のヴェールを羽織り、ベッドと窓の狭い空間に並んでいた。
「……王、さま?」
Knightsのリーダーであり、メンバーから王さまと呼ばれるレオに向けポロッと呟くが、その夜闇に神々しいくらいに光って見えるエメラルド色の目は泉を捉えることはない。
「相変わらず――は口喧しいやつだな!まあ良い。なんでこんな案件に俺たち4人が呼ばれたかも分からんけど、ひとまずこいつの魂を刈れば終わりだろ?さっさとやってしまおう」
レオと思わしき存在はあんずのことを「こいつ」と呼び、目の前にいる泉には全く目もくれない。横にいる司や嵐、凛月らしき存在もあんずが目の前で死にそうになっているのに何にも言うことなく、ただレオのすべきことを見守っている様子だった。
「何……してるの?ねぇ、王さまでしょ?くまくんも、かさくんもなるくんも……。そんな変な格好してなんでここにいるの?ねぇ、あんずに何しようとしてるの?」
叱責するように4人に向け声を掛けるとやっと泉の存在に気付いたのか、少し驚いたような顔をこちらに向けた。しかし、レオだけはその驚いた顔をすぐに崩し、泉が見たことのない薄ら笑いのような笑みを向けてきた。
「へぇ……。お前、俺たちのこと見えるのか?」
「はぁ?見えるも何も、王さまでしょ?」
段々と鼓動が早くなるのを感じながらも、さも当たり前の質問を投げかけるが、その質問は否定される、そんな予感がしていた。レオのはずだと思いつつも、どこかでこの目の前の存在はレオではない、そう思うのはあまりにも4人から感じられる気配がいつもの彼らとは違うこと、そして何となく人間ではない禍々しさも感じられていたからだろう。
「王さま?誰だ、それは」
何より、泉の知っているレオはこんな話し方ではない。まるで誰かがレオに化けて一生懸命にレオに似せた話し方をしている、そんな口調だった。
「……誰なの?」
レオらしき男に問いかけるとまるで泉をあざ笑うかのような顔。
「例えお前に名乗ったとしても、その名前はきっと届かないだろう。だから名乗るだけ無駄だな。精一杯、想像しろ、妄想しろ」
目の前の男の言い方に本当のレオと重なる。泉は頭が痛くなりそうなのを我慢し、今の状況を整理させようとしていた。
夢……?ではなさそうだけど。
自身の腕を軽くつまむと痛みを感じ、夢落ち説を無くす。
「……死神」
ポロッとこぼれ落ちた言葉にレオらしき男はニマッと笑う。
「お前たちの世界では死神という存在が1番近いだろう。……なるほどな、それで俺たち4人が駆り出された、てわけか」
「ねぇマスター、面倒だし、さっさと終わらせようよ、こんな仕事」
一人勝手に納得していたレオらしき男の裾を甘えるように引っ張る男。その気怠そうな物言いも姿も泉の知っている凛月にとてもよく似ている。
「――――も相変わらずだな。全く。まあ少しは楽しまないと。さっさと刈ってしまっては駆り出され損だろ?」
「本当、マスターも物好きよねェ。あたしも――――に賛成よォ。さっさと終わらせちゃいましょうよォ」
嵐に似たような男も口を開くが、そのお姉口調は泉の知っている嵐そのもので、泉は本格的に頭が痛くなり、咄嗟にあんずのほうに目を向けた。そこにいるあんずの姿だけがこの異様な空間を現実にさせてくれる。
どうやら彼らは互いに名前を呼びあっているようだが、その名前が泉の耳に入ることはなかった。まるでその部分だけ聞いたこともない多言語で呼び合っているような、そんな変な感覚。
例えお前に名乗ったとしても、その名前はきっと届かないだろう。
先ほど男が言っていたのはこのことなのだろうか。
「おい、お前。大丈夫か?顔色真っ青だぞ」
ぼうっと思案していた泉を覗き込むようにレオらしき男に声をかけられ、反射的に後退る。音もなければ気配もない。本能的に実感した。彼らはヒトではないと。
「何……しにきたの……?」
「何?想像ついてるんだろう?お前たちがいう死神に近い存在だと分かって聞くのか?だとしたら浅はかだな、人間」
ニッと笑うその顔にぞっとする。嘘でもなく冗談でもなければ本気だと感じさせるには十分だった。
「……かないで。お願い。お願いだから連れて行かないで」
「お願い?人間のお願いを俺たちが聞くとでも?」
泉と対峙するその顔は泉が学生時代全力で守り抜いたレオそのもので、そのレオにこんなに気持ちを落とされるとは夢にも思わなかった。レオだけではない。見慣れた周りのメンバーたちの顔も泉の知っているその顔だが、その顔にいつもの親しみやすさはない。まるで泉に興味ないその顔は泉の知っている彼らではない。
「……なんで?なんでその顔でその姿でこんなことを」
「質問ばかりだな、つまらん。もう少し頭を使えよ、考え妄想し想像しろよ。全く。
……まぁ良い。珍しく俺たちの姿が見える人間に会えた礼だ。――」
レオらしき男が誰かの名前を呼ぶと「はい」と司らしき男が前に出てくる。そこで泉は気付いた。彼らとKnightsと絶対的に違う部分。
彼らはレオらしき男を全面的に立て、決して前に出ようとしない。必ず1歩後ろでレオらしき男の動向を窺っている。彼らはレオらしき男のことをマスターと呼んでいた。きっと、彼らにとってレオらしき男は主なのだろう。泉たちもレオのことを王さまとは呼ぶが、それに含まれる意味合いとは全く異なる。
自由奔放に動くKnightsとは似て非なる存在だと思い知る。
「私たちに実体はありません。なので本来ならば人間に姿が見えることはないのですが、稀に貴方のような存在がいます。そんな時、今貴方が私たちのことをどう見えているかは分かりませんが、良く言われているのは、貴方、つまり見えている人間の中で印象の強い人間の姿として目に映る、ということです」
「……口調は?話し方まで似るようなものなの?」
「そこら辺も私たちは体感したことはないので確定は出来ませんが、それだけ強く似ているということは、それだけ貴方の中でそれらの存在が強く大きいということかと。脳内で貴方が理解しやすいように、分かりやすいように変換が行われている、とでも思えば十分かと思います」
「ということだ、人間。よく分かったか?」
一通りの説明を終えたかと思うと、サッと後ろに下がる司らしき男。その姿もやはり、泉の知る姿とは違う。
正直話半分だったが、それでもこうして目の前にいる以上、認めざるを得ない。彼らはKnightsとは違う。それだけは泉が本能で感じ取っていた。
「さて、そろそろお前との話にも飽きた。いい加減にしないと――――も退屈するしな。この女の命、刈らせてもらう」
ちらりと凛月らしき男のほうを見やると何もなかったレオらしき男の手に大きな鎌が出現する。それは俗に言う死神の鎌のような形だった。
「……っ!だめ!お願い!俺の命ならいくらでもあげる。いくらでもあげるから……、お願い、あんずの命だけは……取らないで」
咄嗟に手を広げ、あんずとレオらしき男の間に入り込むとまたもや男の驚く顔。
「Master!」
Knightsのメンバーによく似た男たちがレオらしき男への身の危険を感じ取ったのか、司らしき男の手にも鎌が出現し始める。
「やめろ!――!お前らも大丈夫だ、落ち着け」
「ですがっ……!」
「こいつに何か出来る訳がない」
そう言って司らしき男を宥めるとレオらしき男は泉のほうへ冷たい笑みを向けながら口を開いた。その目は全く笑っておらず、背筋に嫌な汗が流れるのを感じる。
「人間、名はなんという」
「瀬名……。瀬名泉」
「そうか。人間、お前は勘違いをしている。まず1つ。命は人間に一人1つだ。先ほどお前はいくらでも、と言ったが平等に1つしかない。それを間違えるな。そして2つ目。お前が仮に命を差し出したとして、この女が助かるとする。それを知ったこの女は喜ぶとでも?どこまでも傲慢だな、人間。まあ、俺に知ったこっちゃないけどな」
「……じゃあどうすれば良いっていうの。あんずは……、あんたたちの目の前で死にそうになっているこの女の子は、誰もが謳歌すべき青春時代に突然転校生として連れて来られて、俺たちのために身を粉にして働いて……。卒業してからも俺と付き合ったばっかりに普通の女の子が喜ぶような幸せも楽しみも与えられることが出来なくて。ようやく彼女を幸せにすることが出来ると思ったの。そんな時にこんなことになって……。ねぇ、ここで死んじゃったらこの子の人生なんだったの」
あんずと初めて会ったときの印象は、「チョ〜うざい女」だった。突然やってきて泉の溺愛する真の周りをうろちょろするポッと出の女。最初は厳しく冷たく当たった。それでもあんずは分からないことがあれば、怖いのを我慢し、勇気を振り絞って泉に食らいついてきた。何度冷たくしても適当にあしらっても、彼女は決して逃げようとはしなかった。そんな性格だったからこそ、Trickstarを見事DDDで優勝させることが出来たとも思うし、SSに対しての準備は勿論のこと、夢ノ咲学院のユニットたちをあれやこれやと牽引してきた。時には、夢ノ咲学院の皇帝と呼ばれる英智にも屈さず、帝王と呼ばれた宗すらも懐柔させた。それは一重に、彼女のユニットたちに対する献身的なプロデュース姿がなし得たことだろう。だからこそ、彼女のことを悪く言う人は学院内にはいなかったし、あんずはみんなに愛された。それは泉も例外ではなく、あんずの献身的な姿に惹かれ、最初はうざいただの後輩だったのに気が付けば好きになっていた。
「明日から瀬名先輩がいないんだな、て思うと凄く寂しいです。卒業してもたまに連絡してアドバイスもらっても良いですか?」
卒業式前日、恐らく卒業するやつら全員に会っていったであろうあんずは泉に向けそういった。
「別にたまにとは言わず毎日連絡してくればぁ?ねぇ、俺たち付き合おうよ」
殊更平然を装って言ったつもりだったが、内心はとても心臓がバクバクで、今まで仕事でもこんなに緊張したことはないだろう、と言えるくらいには緊張していた。
「ちょ、何泣いてんのぉ!?」
「だって……、瀬名先輩がさらりとそんなこと言うから」
顔を涙でぐしゃぐしゃにしながらあんずは「よろしくお願いします」と言った。頬を伝うその涙はとても奇麗な涙だった。
そこからの2人の恋人生活は言葉で言い表せるほど簡単な物ではない。泉は高校卒業と共に本格的な芸能生活への仲間入り。Knightsとしての活動も司が卒業するまでは休止していたが卒業とほぼ同時に再開した。そうなるとKnightsのユニット属性を見ても容易に想像できることだが、あっという間に女性ファンが急増した。あんずとの付き合いはKnightsのメンバーにしか公言していない上に、彼らには絶対の箝口令を敷いた。彼らもファンが知ったらあんずに対する攻撃がどうなるかは想像に難くないので周りに言いふらすこともなかったし、普通に大学へと進学したあんずも周りに言いふらすことは全くなかった。
2人が会うのは良くて月に1回。へたをすれば3,4ヶ月会えないことは当たり前で、会うのも泉の部屋にお忍びで入るだけのデートとも言えないお粗末な物だった。それでも電話やメールは仕事に支障が出ない程度にほぼ毎日やっていたし、携帯でテレビ電話が出来るようになってからはテレビ電話で会うことが専らだった。初めの頃はKnightsのメンバーも気を遣ってくれ、メンバーと一緒にあんずも飲みに行く、ということをたまにやっていたが、人気が沸騰していくにつれ、その機会も意識的に減らした。変なやっかみを受けないための優しさだった。
「ごめんね、こんな付き合い方しかできなくて」
あんずに会う度に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そんな。私、本当に今すごく幸せなんです。泉さんに大事にされているのも凄く伝わりますし、泉さんだけじゃなくて、Knightsの皆さんにもこんなに大切にしてもらって。本当に私のほうこそ申し訳ないくらいです」
卒業してすぐ、「瀬名先輩」から「泉さん」と呼び方を変えたあんずはどんなときでも泉の前では絶対に笑顔だった。そのことがまた泉を申し訳ない気持ちにさせる。無理をさせているんじゃないか、本当はこんな面倒な男なんて捨て置いて新しい恋を見つけさせたほうがあんずにとっても幸せなんじゃないか。それでも、あんずを手放したくない気持ちを捨てることはできずにずるずるとあんずに甘えてしまっていることに嫌悪する。
昔は一人でも十分だったのに。いつからこんなに自分は弱くなってしまったのだろう。
だからこそ。あんずだけは絶対に守り抜く。その思いだけは誰にも負けないつもりだった。
「セナ!結婚だ!結婚〜!」
そんな生活を何年か続け、互いに適齢期と呼ばれる年齢になった頃、Knightsのメンバーに、話があると泉は呼び出された。改まって何事だろう、と思い当たることが見つからないままに指定された場所に行くと扉を開けた瞬間開口一番にレオからそんな言葉が放たれた。
「はぁ?俺、男を好きになる趣味なんてないんだけどぉ!?しかも王さまとなんて心臓がいくつあっても足りないでしょ」
「わはははは!その言い方は引っかかるけど、俺だってそんな気はないから安心しろ!」
「じゃあ何、王さま結婚でもするわけ?」
泉とではなければ、てっきりレオが誰かと結婚するものかとも思ったが、「俺は音楽と結婚してるから無理だ!」とレオらしい言葉をもらう。
「leader、圧倒的に言葉不足です」
高校時代に比べるとあどけなさが無くなり、初めてあったときよりも身長が伸びてますます可愛げがなくなったKnightsの末っ子、司は「全く」と呆れ気味。
「つまりねぇ、セッちゃん」
「泉ちゃんとあんずちゃんの結婚式よォ!」
「……は?」
まさか話題が泉に振られるとは全くもって思ってもいなかったことなので思考が一旦止まる。嵐は自分のことのように嬉しそうだった。
「ほら、このままずっと隠し通す、て訳にも行かないでしょうし、アタシたちとしても本当に今まであんずちゃんには申し訳ないことをした気持ちでいっぱいなのよォ」
「いや、でも今このタイミングでそんなことしたらファンが黙っていられないでしょ?」
Knightsの人気は乗りに乗り、曲を出せばオリコン上位に必ず入るし、ライブをすればチケットは即日完売と今、最高潮と言っても申し分ない。そんな中でメンバーの一人が結婚報道でもしようものならKnightsの人気が変動することぐらい誰もが分かることである。
「泉ちゃん、アタシたちは騎士よ。ファンであるお姫様たちを守ることも勿論大切だけど、1番近くにいる1番大事な女の子1人守れないで何がKnightsよ」
「なんだなんだ?セナ1人の結婚くらいでKnightsの人気が落ちるとでも思ったか?だとしたら自惚れだぞ!セナらしいけど!」
「瀬名先輩がお姉さまを大事にしているのは分かりますが、私たちもお姉さまの幸せを1番に願っているのです」
「そろそろ堂々とあんずの膝枕もしたいしねぇ」
それぞれの言い分はそれぞれらしいが、泉とあんずを気遣ってのものである。
「みんな……」
「泉ちゃんが今も昔もKnightsを大事にして守ってくれてるのは重々承知よ。でも私たちもKnightsなの。その一員なの。そろそろ一緒にその重たい荷物を背負わせて。ね」
お願い、と言う嵐の顔は神妙な面持ちで、彼らの言葉が冗談ではなく泉のために真剣に考えられて出された結論なのだろう。
「本当に良いの?」
「当たり前だろ!」
「……ありがとう」
お礼と共に頭を下げる。「ふふふ、セッちゃんのこんな素直な姿初めて見た」と凛月が軽口を叩くが、その声色に茶化しは感じられないことにまた、Knightsの暖かさを感じられた。
「まぁ、ス~ちゃんは最後まで駄々こねてたけどねぇ」
泉が頭を上げるとすっかりいつもの様子の凛月が鼻歌交じりに告げる。
「なっ!?凛月先輩!それは言わない約束では!」
「ふぅん、そうなの?」
慌てふためく司のほうを見やると顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
「だって瀬名先輩とお姉さまが結婚ですよ……?私のお姉さまがついに瀬名先輩のものになってしまうのですよ……?」
「ちょっとス~ちゃん、俺のあんずなんだけどぉ……?」
「あらァ!アタシだって負けてないわよォ?」
「スオ〜!俺だって欲しいぞー!」
「あんたらねぇ……。チョ〜うざぁい!俺のあんずなんだけどぉ!」
それぞれの主張をぶった切る勢いでそう告げると泉の目の前で凛月が携帯を構えている。
「はい、セッちゃんの俺の物宣言頂きました〜」
音符マークでも付きそうなほどノリノリな発言にやられた、と心の中で毒づく。
「ちょっとくまくん!?消しなよねぇ!」
「やだ。みんなそれなりには悔しいんだからこれくらいは我慢してよねぇ」
あんずにはその日のうちにプロポーズをした。
「あんず、俺たち結婚しよっか」
殊更平静を装って言ったその一言は、高校卒業時に告白した以来の今までに無い緊張だった。
突然会いたい発言にびっくりしたあんずは、泉からのプロポーズは全くの想定外だったらしく、その発言にまたもや大粒の奇麗な涙を流した。
「ふふっ、絶対に泣くと思った」
「だって、泉さん、こんな時ですらさらりと言うから」
「これでもすごく緊張してるんだからねぇ?あんずに断られちゃったらどうしようって」
「そんな……!そんなことするわけないじゃないですか!……あの時みたいですね」
優しく笑うあんずに優しく微笑み返す。
「それで?答えを聞かせてくれる?お姫様」
よろしくお願いします、と全くあの時と同じように顔を涙でぐしゃぐしゃにしながらあんずは笑顔で応えた。「でも良いんですか?」と聞くあんずに今日あったことを報告すると更に顔をぐしゃぐしゃにさせた。
「あんずはこれから堂々と一緒に外を歩くことが出来る、てすごく喜んでくれた。周りの女の子たちが当たり前に出来ることをずっと我慢させてて、そんな当たり前のことをすごい幸せそうに喜んでくれる、そんな女の子なの。あんずの幸せはこれからだったの。
だからお願い……。どうか連れて行かないで」
心から祈る。あんずにどうか幸せを。
「……ふぅん。良いだろう。お前はこの女のためならなんでもするか?」
レオらしき男はやはり冷たい笑みを泉に向けながら言うと、「Master!?」と司らしき男が声を張り上げた。まさか助けるなんて選択肢はあり得なかったのだろう。
「する。俺の命はあげられないけど、それ以外なら何でもする」
「ははっ!学習能力のあるやつは好きだ!お前のこと少しは好きになれそうだっ」
ニッと悪そうな顔で笑うレオらしき男をじっと見据える。先程目の前の男が言っていた。自分の命をあげて助かったあんずが何を思うか。どう思うか。自分には関係ないけれど、とは言っていたが、その言葉は泉の心に深く響いた。
「そうだな。お前の命を半分もらおう。その半分をこの女に渡す。そしてお前には俺たちの仕事を手伝ってもらおう」
「Master!?ななな何を仰ってるんですか!?」
「――は黙ってろ」
驚きあり得ない、という顔の司らしき男を横目に見る。嵐や凛月のような男は最早諦めの顔だった。
「……手伝うって?」
「そのままだ。正に今俺たちがやっていることをお前にもやってもらう。まぁ簡単に言うと、魂を刈るお仕事だな」
「分かった。それであんずが助かるならば」
考える余地もなく即決だった。
「ははっ、契約完了だな」
言い終わるや否やレオらしき男は大きな鎌をその手に出現させ、大きく振りかぶって泉ごとあんずへと振り下ろした。鎌が落ちる瞬間、反射的に目を瞑る。しかしその鎌は泉の体をすり抜けあんずへと届くが、痛みを感じることはなかった。
「これでお前も俺たちの仲間入りだ。いや、お前の場合は半端物だな」
レオらしき男が何かを言っているが、急激な眠気が泉を襲い、その言葉はまともに入ってこなかった。ただ直感的にあんずはこれで大丈夫、それだけは分かった。
「今は眠れ。また仕事が出来たら呼んでやるよ、セナ」
◇
「みさん……、泉さん」
あんずのベッドに肘に蹲る形で泉は寝ていた。この様子だと、つきっきりで傍にいてくれたのだろう。
「あ……んず……?」
あんずの声で泉は起き上がるが、まだ意識が覚醒していないのか、その目は少し虚ろだ。しかし、あんずの姿を視認するとその意識は一気に覚醒され、勢い良く起き上がる。
「あんず!目覚ましたの!?良かった……。あ、看護師、看護師呼ばないと」
珍しく慌てふためく泉を見る限り、相当心配させてしまったんだろう。まだ体は言うことをきかないため、わたわたと動く泉を目で追いかける。ナースコールを押し、目を覚ましたことを伝えた泉は安心したかのようにあんずの顔を触った。
「泉さん……?」
「本当にばっかじゃないの?見ず知らずの子ども助けてあんたが死にそうになっちゃってさぁ。俺がどれだけ心配したと思ってるのぉ?」
学生時代と変わらない憎まれ口に少し安心するが、その顔を見ると本当に申し訳無い気持ちでいっぱいになる。憎まれ口とは反対にとても泣きそうな顔をした泉がそこにはいた。学生時代でも付き合ってからもこんな顔の泉は見たことがなかった。
いつでも強く、自分にも他人にも厳しく、だけど本当はとても優しい。その優しさを人に伝えるのが少し苦手で良く周りの人には誤解されてて。でも本人はそれを気にしてなくて。そんな凜とした泉が、出会ってからあんずに弱さを見せる機会は全くと言ってほどなかった。だからこそ、そんな顔をさせてしまったことに胸が痛くなる。
「ごめんなさい。放っておけなくて、つい……」
体を動かすことは出来なかったので、言葉だけで謝ると「本当、大馬鹿だよねぇ」と泉は優しく微笑んだ。その笑顔が何故か泣きそうに見えた気がして、「泉さん」と呼びかけようとすると、部屋をノックする音が聞こえた。どうやら、医者と看護師が到着したようだった。
◇
それから数日してあんずは無事に退院した。
「ごめんなさい、結婚式結局流れちゃって……」
あんずが起きて心配したことは、結婚式のことだった。
「別に結婚式なんてまたすれば良いしねぇ。しようがするまいが俺たちが夫婦になることは変わらないんだしぃ?そんな気にしなくて良いんじゃないの」
努めて普通に返すと、「でも費用が……」と金銭面を心配するあんずにらしいな、と笑う。
「また落ち着いて改めてしよう」
そう言うと、笑顔で「はい」と応えた。
「本当に奇跡としか言いようがありません」
その日がヤマだと思っていた医者は目が覚めたあんずを診察するとそう言った。
あの日来た彼らは本当は神様だったのかもしれない。結果はどうあれ、彼らはあんずを助けてくれた。それだけは事実で。
あんずはあの日、夢を見たと言った。
「Knightsの皆さんが死神になって私を助けに来てくれたんです」
死神は普通、魂を刈りに来るんじゃない?と返すと「それもそうですね。でも夢ですから」とその夢に感謝をしているようだった。あながち間違えではないその夢の内容に泉は良かったね、と返した。
そして今日もまた夜がやって来る。
あの日から変わったこと。それは夜に外出が増えたことだ。夜寝なくても大丈夫な体になった。だからといって疲れがなくなったわけではないので休息は必要なのだけれど。
「ようセナ。時間だ。準備は良いか?」
今宵もまた彼らはやって来る。泉の一番近くにいる大切な人たちの顔で。でも彼らとは異なる、人間でもない、彼らがやって来る。
あんずは知らない。でもこれは泉が自分で決めたこと。あんずに言うつもりもなかった。
「それじゃああんず、行って来るね」
泉と一緒のベッドの中で眠るあんずをそっと撫でる。「ん……」と寝返りをうつあんずを愛しく眺めるとそのまま泉は窓から外に出た。
「さぁて、仕事の時間だ」
目の前のレオらしき男がニッと笑う。
こうして泉は死神になった。
そんな願いも虚しく、泉の前に現れたのは神様でも救世主でもなく、死神だった。
「泉さんのタキシード姿、皆に見てもらうの本当に楽しみなんです」
「俺はあんずのウェディング姿なんて出来れば誰にも見せたくないけどねぇ」
嬉々と話すあんずとは対照的に泉は「はぁあ」とため息を付く。そんな泉の姿もあんずの目からすれば不愉快には感じられないようで、「ふふ」とニヤける頬をつねった。泉のことを呼び、「いらいれふ」と言う顔も愛おしくてしょうがない。
夢ノ咲学院で様々なアイドルのユニットをプロデュースしていた敏腕プロデューサーであったあんずは今や、泉の婚約者であり、明日2人は結婚式を迎える。泉からすればKnightsというアイドルとして活動している以上、そこまでの道のりは決して楽で楽しいばかりではなかったが、あんずの献身的な支えと長い間待っていてくれたからこそ明日という日を迎えることが出来る。だからこそ、結婚式に妥協はしないし、あんずがしたいことは全て叶える気持ちでいっぱいだった。とは言うものの、あんずの性格である。泉が願うよりもわがままもなく、予算のことも気にしないで良い、と言ったのに多額となることはなかった。
「自分たちの結婚式も大切ですけど、将来的に産まれる子どものためにお金を使いたいです」
あんずらしい言い分だな、と泉は優しく笑った。何より、当たり前のように泉との子どもを産むつもりのあんずに対しても愛おしくてしょうがなかった。
「こういうときくらい精一杯わがまま言えば良いのにねぇ」
そう返した泉に「これでもか、てくらいわがまま言いましたよ」とあんずは言った。
明日の結婚式にはKnightsのメンバーはもちろん、昔のクラスメイトも何人か来るのでちょっとした同窓会のような結婚式になっている。その面でも2人揃って結婚式を迎えることを楽しみにしていた。
順風満帆、まさにそんな言葉が似合うと思っていた。その時を迎えるまでは。
「瀬名さん、よろしいでしょうか?」
身体に色々なコードが繋がれ眠っているあんずをぼんやりと眺めていると不意に横開きのドアがノックされ、開かれた。
「奥様の状態のことでお話がありますので、処置室に来て頂いてもよろしいでしょうか」
白いパンツスタイルの看護師が申し訳なさそうに声を掛け、泉は「はい」と機械的に返事をした。
ピッピッと定期的に機械音がするあんずをしっかりと見届けた後、泉は看護師に連れられ処置室へと向かった。
その時は一瞬だった。ボールを追いかけ、突然道路に飛び出した見ず知らずの子どもを助けるためにあんずは飛び出し、車にはねられた。泉の目の前で。止める暇も何もなかった。ドン、と突き出すように押された子どもはそのまま転がるようにこけただけで命に別状はなかったが、あんずは違った。泣き叫ぶ子どもを放置し、あんずに駆け寄ると、あちこちが傷だらけで血だらけだった。
処置室へと連れられた泉が医者から聞いたのは今日が峠だということ。ずっと傍に寄り添ってあげて下さい、ということだった。端的に言うと、もう長くない、ということだ。
「ほぉんと、バカなんじゃないの?見ず知らずの子どもを助けるために飛び出してあんたが死にそうになるなんて。ほぉんと、バカ。大バカなんだから」
いまだにピッピッと定期的に機械音がするあんずを前に泉の目からは人知れず涙が溢れていた。傷だらけの顔をそっとなでるとあんずはまだ温かい。その温かさを感じてまた涙が出てきた。
ついさっき、今朝までは明日の結婚式に向け笑顔で話をしていたのに。今はその顔が笑顔になることも、声を聞くことも出来ない。
「お願い。お願いだからあんず、目を覚まして。俺を置いていかないで」
消え入るように呟いたその声はあんずに届くことはない。
「ふぅ、ここか。俺、病院とか病室とか本当嫌いなんだよなぁ」
「そもそもMasterは仕事自体にそんな乗り気ではないじゃないですか。それに私たちが―――である以上、病院病室からは避けられない定めでしょう」
どうやらいつの間にか眠っていた泉だったが、聞き覚えのある声に「ん……」と目を覚ますと見覚えのある面子があんずの横に立っていた。しかしその格好に泉は見覚えはない。
泉が学生時代、血のにじむ思いで守り抜き、そして今も現役アイドルとして活躍しているKnightsの面々は紺と金を基調としたローブのような服に黒のヴェールを羽織り、ベッドと窓の狭い空間に並んでいた。
「……王、さま?」
Knightsのリーダーであり、メンバーから王さまと呼ばれるレオに向けポロッと呟くが、その夜闇に神々しいくらいに光って見えるエメラルド色の目は泉を捉えることはない。
「相変わらず――は口喧しいやつだな!まあ良い。なんでこんな案件に俺たち4人が呼ばれたかも分からんけど、ひとまずこいつの魂を刈れば終わりだろ?さっさとやってしまおう」
レオと思わしき存在はあんずのことを「こいつ」と呼び、目の前にいる泉には全く目もくれない。横にいる司や嵐、凛月らしき存在もあんずが目の前で死にそうになっているのに何にも言うことなく、ただレオのすべきことを見守っている様子だった。
「何……してるの?ねぇ、王さまでしょ?くまくんも、かさくんもなるくんも……。そんな変な格好してなんでここにいるの?ねぇ、あんずに何しようとしてるの?」
叱責するように4人に向け声を掛けるとやっと泉の存在に気付いたのか、少し驚いたような顔をこちらに向けた。しかし、レオだけはその驚いた顔をすぐに崩し、泉が見たことのない薄ら笑いのような笑みを向けてきた。
「へぇ……。お前、俺たちのこと見えるのか?」
「はぁ?見えるも何も、王さまでしょ?」
段々と鼓動が早くなるのを感じながらも、さも当たり前の質問を投げかけるが、その質問は否定される、そんな予感がしていた。レオのはずだと思いつつも、どこかでこの目の前の存在はレオではない、そう思うのはあまりにも4人から感じられる気配がいつもの彼らとは違うこと、そして何となく人間ではない禍々しさも感じられていたからだろう。
「王さま?誰だ、それは」
何より、泉の知っているレオはこんな話し方ではない。まるで誰かがレオに化けて一生懸命にレオに似せた話し方をしている、そんな口調だった。
「……誰なの?」
レオらしき男に問いかけるとまるで泉をあざ笑うかのような顔。
「例えお前に名乗ったとしても、その名前はきっと届かないだろう。だから名乗るだけ無駄だな。精一杯、想像しろ、妄想しろ」
目の前の男の言い方に本当のレオと重なる。泉は頭が痛くなりそうなのを我慢し、今の状況を整理させようとしていた。
夢……?ではなさそうだけど。
自身の腕を軽くつまむと痛みを感じ、夢落ち説を無くす。
「……死神」
ポロッとこぼれ落ちた言葉にレオらしき男はニマッと笑う。
「お前たちの世界では死神という存在が1番近いだろう。……なるほどな、それで俺たち4人が駆り出された、てわけか」
「ねぇマスター、面倒だし、さっさと終わらせようよ、こんな仕事」
一人勝手に納得していたレオらしき男の裾を甘えるように引っ張る男。その気怠そうな物言いも姿も泉の知っている凛月にとてもよく似ている。
「――――も相変わらずだな。全く。まあ少しは楽しまないと。さっさと刈ってしまっては駆り出され損だろ?」
「本当、マスターも物好きよねェ。あたしも――――に賛成よォ。さっさと終わらせちゃいましょうよォ」
嵐に似たような男も口を開くが、そのお姉口調は泉の知っている嵐そのもので、泉は本格的に頭が痛くなり、咄嗟にあんずのほうに目を向けた。そこにいるあんずの姿だけがこの異様な空間を現実にさせてくれる。
どうやら彼らは互いに名前を呼びあっているようだが、その名前が泉の耳に入ることはなかった。まるでその部分だけ聞いたこともない多言語で呼び合っているような、そんな変な感覚。
例えお前に名乗ったとしても、その名前はきっと届かないだろう。
先ほど男が言っていたのはこのことなのだろうか。
「おい、お前。大丈夫か?顔色真っ青だぞ」
ぼうっと思案していた泉を覗き込むようにレオらしき男に声をかけられ、反射的に後退る。音もなければ気配もない。本能的に実感した。彼らはヒトではないと。
「何……しにきたの……?」
「何?想像ついてるんだろう?お前たちがいう死神に近い存在だと分かって聞くのか?だとしたら浅はかだな、人間」
ニッと笑うその顔にぞっとする。嘘でもなく冗談でもなければ本気だと感じさせるには十分だった。
「……かないで。お願い。お願いだから連れて行かないで」
「お願い?人間のお願いを俺たちが聞くとでも?」
泉と対峙するその顔は泉が学生時代全力で守り抜いたレオそのもので、そのレオにこんなに気持ちを落とされるとは夢にも思わなかった。レオだけではない。見慣れた周りのメンバーたちの顔も泉の知っているその顔だが、その顔にいつもの親しみやすさはない。まるで泉に興味ないその顔は泉の知っている彼らではない。
「……なんで?なんでその顔でその姿でこんなことを」
「質問ばかりだな、つまらん。もう少し頭を使えよ、考え妄想し想像しろよ。全く。
……まぁ良い。珍しく俺たちの姿が見える人間に会えた礼だ。――」
レオらしき男が誰かの名前を呼ぶと「はい」と司らしき男が前に出てくる。そこで泉は気付いた。彼らとKnightsと絶対的に違う部分。
彼らはレオらしき男を全面的に立て、決して前に出ようとしない。必ず1歩後ろでレオらしき男の動向を窺っている。彼らはレオらしき男のことをマスターと呼んでいた。きっと、彼らにとってレオらしき男は主なのだろう。泉たちもレオのことを王さまとは呼ぶが、それに含まれる意味合いとは全く異なる。
自由奔放に動くKnightsとは似て非なる存在だと思い知る。
「私たちに実体はありません。なので本来ならば人間に姿が見えることはないのですが、稀に貴方のような存在がいます。そんな時、今貴方が私たちのことをどう見えているかは分かりませんが、良く言われているのは、貴方、つまり見えている人間の中で印象の強い人間の姿として目に映る、ということです」
「……口調は?話し方まで似るようなものなの?」
「そこら辺も私たちは体感したことはないので確定は出来ませんが、それだけ強く似ているということは、それだけ貴方の中でそれらの存在が強く大きいということかと。脳内で貴方が理解しやすいように、分かりやすいように変換が行われている、とでも思えば十分かと思います」
「ということだ、人間。よく分かったか?」
一通りの説明を終えたかと思うと、サッと後ろに下がる司らしき男。その姿もやはり、泉の知る姿とは違う。
正直話半分だったが、それでもこうして目の前にいる以上、認めざるを得ない。彼らはKnightsとは違う。それだけは泉が本能で感じ取っていた。
「さて、そろそろお前との話にも飽きた。いい加減にしないと――――も退屈するしな。この女の命、刈らせてもらう」
ちらりと凛月らしき男のほうを見やると何もなかったレオらしき男の手に大きな鎌が出現する。それは俗に言う死神の鎌のような形だった。
「……っ!だめ!お願い!俺の命ならいくらでもあげる。いくらでもあげるから……、お願い、あんずの命だけは……取らないで」
咄嗟に手を広げ、あんずとレオらしき男の間に入り込むとまたもや男の驚く顔。
「Master!」
Knightsのメンバーによく似た男たちがレオらしき男への身の危険を感じ取ったのか、司らしき男の手にも鎌が出現し始める。
「やめろ!――!お前らも大丈夫だ、落ち着け」
「ですがっ……!」
「こいつに何か出来る訳がない」
そう言って司らしき男を宥めるとレオらしき男は泉のほうへ冷たい笑みを向けながら口を開いた。その目は全く笑っておらず、背筋に嫌な汗が流れるのを感じる。
「人間、名はなんという」
「瀬名……。瀬名泉」
「そうか。人間、お前は勘違いをしている。まず1つ。命は人間に一人1つだ。先ほどお前はいくらでも、と言ったが平等に1つしかない。それを間違えるな。そして2つ目。お前が仮に命を差し出したとして、この女が助かるとする。それを知ったこの女は喜ぶとでも?どこまでも傲慢だな、人間。まあ、俺に知ったこっちゃないけどな」
「……じゃあどうすれば良いっていうの。あんずは……、あんたたちの目の前で死にそうになっているこの女の子は、誰もが謳歌すべき青春時代に突然転校生として連れて来られて、俺たちのために身を粉にして働いて……。卒業してからも俺と付き合ったばっかりに普通の女の子が喜ぶような幸せも楽しみも与えられることが出来なくて。ようやく彼女を幸せにすることが出来ると思ったの。そんな時にこんなことになって……。ねぇ、ここで死んじゃったらこの子の人生なんだったの」
あんずと初めて会ったときの印象は、「チョ〜うざい女」だった。突然やってきて泉の溺愛する真の周りをうろちょろするポッと出の女。最初は厳しく冷たく当たった。それでもあんずは分からないことがあれば、怖いのを我慢し、勇気を振り絞って泉に食らいついてきた。何度冷たくしても適当にあしらっても、彼女は決して逃げようとはしなかった。そんな性格だったからこそ、Trickstarを見事DDDで優勝させることが出来たとも思うし、SSに対しての準備は勿論のこと、夢ノ咲学院のユニットたちをあれやこれやと牽引してきた。時には、夢ノ咲学院の皇帝と呼ばれる英智にも屈さず、帝王と呼ばれた宗すらも懐柔させた。それは一重に、彼女のユニットたちに対する献身的なプロデュース姿がなし得たことだろう。だからこそ、彼女のことを悪く言う人は学院内にはいなかったし、あんずはみんなに愛された。それは泉も例外ではなく、あんずの献身的な姿に惹かれ、最初はうざいただの後輩だったのに気が付けば好きになっていた。
「明日から瀬名先輩がいないんだな、て思うと凄く寂しいです。卒業してもたまに連絡してアドバイスもらっても良いですか?」
卒業式前日、恐らく卒業するやつら全員に会っていったであろうあんずは泉に向けそういった。
「別にたまにとは言わず毎日連絡してくればぁ?ねぇ、俺たち付き合おうよ」
殊更平然を装って言ったつもりだったが、内心はとても心臓がバクバクで、今まで仕事でもこんなに緊張したことはないだろう、と言えるくらいには緊張していた。
「ちょ、何泣いてんのぉ!?」
「だって……、瀬名先輩がさらりとそんなこと言うから」
顔を涙でぐしゃぐしゃにしながらあんずは「よろしくお願いします」と言った。頬を伝うその涙はとても奇麗な涙だった。
そこからの2人の恋人生活は言葉で言い表せるほど簡単な物ではない。泉は高校卒業と共に本格的な芸能生活への仲間入り。Knightsとしての活動も司が卒業するまでは休止していたが卒業とほぼ同時に再開した。そうなるとKnightsのユニット属性を見ても容易に想像できることだが、あっという間に女性ファンが急増した。あんずとの付き合いはKnightsのメンバーにしか公言していない上に、彼らには絶対の箝口令を敷いた。彼らもファンが知ったらあんずに対する攻撃がどうなるかは想像に難くないので周りに言いふらすこともなかったし、普通に大学へと進学したあんずも周りに言いふらすことは全くなかった。
2人が会うのは良くて月に1回。へたをすれば3,4ヶ月会えないことは当たり前で、会うのも泉の部屋にお忍びで入るだけのデートとも言えないお粗末な物だった。それでも電話やメールは仕事に支障が出ない程度にほぼ毎日やっていたし、携帯でテレビ電話が出来るようになってからはテレビ電話で会うことが専らだった。初めの頃はKnightsのメンバーも気を遣ってくれ、メンバーと一緒にあんずも飲みに行く、ということをたまにやっていたが、人気が沸騰していくにつれ、その機会も意識的に減らした。変なやっかみを受けないための優しさだった。
「ごめんね、こんな付き合い方しかできなくて」
あんずに会う度に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そんな。私、本当に今すごく幸せなんです。泉さんに大事にされているのも凄く伝わりますし、泉さんだけじゃなくて、Knightsの皆さんにもこんなに大切にしてもらって。本当に私のほうこそ申し訳ないくらいです」
卒業してすぐ、「瀬名先輩」から「泉さん」と呼び方を変えたあんずはどんなときでも泉の前では絶対に笑顔だった。そのことがまた泉を申し訳ない気持ちにさせる。無理をさせているんじゃないか、本当はこんな面倒な男なんて捨て置いて新しい恋を見つけさせたほうがあんずにとっても幸せなんじゃないか。それでも、あんずを手放したくない気持ちを捨てることはできずにずるずるとあんずに甘えてしまっていることに嫌悪する。
昔は一人でも十分だったのに。いつからこんなに自分は弱くなってしまったのだろう。
だからこそ。あんずだけは絶対に守り抜く。その思いだけは誰にも負けないつもりだった。
「セナ!結婚だ!結婚〜!」
そんな生活を何年か続け、互いに適齢期と呼ばれる年齢になった頃、Knightsのメンバーに、話があると泉は呼び出された。改まって何事だろう、と思い当たることが見つからないままに指定された場所に行くと扉を開けた瞬間開口一番にレオからそんな言葉が放たれた。
「はぁ?俺、男を好きになる趣味なんてないんだけどぉ!?しかも王さまとなんて心臓がいくつあっても足りないでしょ」
「わはははは!その言い方は引っかかるけど、俺だってそんな気はないから安心しろ!」
「じゃあ何、王さま結婚でもするわけ?」
泉とではなければ、てっきりレオが誰かと結婚するものかとも思ったが、「俺は音楽と結婚してるから無理だ!」とレオらしい言葉をもらう。
「leader、圧倒的に言葉不足です」
高校時代に比べるとあどけなさが無くなり、初めてあったときよりも身長が伸びてますます可愛げがなくなったKnightsの末っ子、司は「全く」と呆れ気味。
「つまりねぇ、セッちゃん」
「泉ちゃんとあんずちゃんの結婚式よォ!」
「……は?」
まさか話題が泉に振られるとは全くもって思ってもいなかったことなので思考が一旦止まる。嵐は自分のことのように嬉しそうだった。
「ほら、このままずっと隠し通す、て訳にも行かないでしょうし、アタシたちとしても本当に今まであんずちゃんには申し訳ないことをした気持ちでいっぱいなのよォ」
「いや、でも今このタイミングでそんなことしたらファンが黙っていられないでしょ?」
Knightsの人気は乗りに乗り、曲を出せばオリコン上位に必ず入るし、ライブをすればチケットは即日完売と今、最高潮と言っても申し分ない。そんな中でメンバーの一人が結婚報道でもしようものならKnightsの人気が変動することぐらい誰もが分かることである。
「泉ちゃん、アタシたちは騎士よ。ファンであるお姫様たちを守ることも勿論大切だけど、1番近くにいる1番大事な女の子1人守れないで何がKnightsよ」
「なんだなんだ?セナ1人の結婚くらいでKnightsの人気が落ちるとでも思ったか?だとしたら自惚れだぞ!セナらしいけど!」
「瀬名先輩がお姉さまを大事にしているのは分かりますが、私たちもお姉さまの幸せを1番に願っているのです」
「そろそろ堂々とあんずの膝枕もしたいしねぇ」
それぞれの言い分はそれぞれらしいが、泉とあんずを気遣ってのものである。
「みんな……」
「泉ちゃんが今も昔もKnightsを大事にして守ってくれてるのは重々承知よ。でも私たちもKnightsなの。その一員なの。そろそろ一緒にその重たい荷物を背負わせて。ね」
お願い、と言う嵐の顔は神妙な面持ちで、彼らの言葉が冗談ではなく泉のために真剣に考えられて出された結論なのだろう。
「本当に良いの?」
「当たり前だろ!」
「……ありがとう」
お礼と共に頭を下げる。「ふふふ、セッちゃんのこんな素直な姿初めて見た」と凛月が軽口を叩くが、その声色に茶化しは感じられないことにまた、Knightsの暖かさを感じられた。
「まぁ、ス~ちゃんは最後まで駄々こねてたけどねぇ」
泉が頭を上げるとすっかりいつもの様子の凛月が鼻歌交じりに告げる。
「なっ!?凛月先輩!それは言わない約束では!」
「ふぅん、そうなの?」
慌てふためく司のほうを見やると顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
「だって瀬名先輩とお姉さまが結婚ですよ……?私のお姉さまがついに瀬名先輩のものになってしまうのですよ……?」
「ちょっとス~ちゃん、俺のあんずなんだけどぉ……?」
「あらァ!アタシだって負けてないわよォ?」
「スオ〜!俺だって欲しいぞー!」
「あんたらねぇ……。チョ〜うざぁい!俺のあんずなんだけどぉ!」
それぞれの主張をぶった切る勢いでそう告げると泉の目の前で凛月が携帯を構えている。
「はい、セッちゃんの俺の物宣言頂きました〜」
音符マークでも付きそうなほどノリノリな発言にやられた、と心の中で毒づく。
「ちょっとくまくん!?消しなよねぇ!」
「やだ。みんなそれなりには悔しいんだからこれくらいは我慢してよねぇ」
あんずにはその日のうちにプロポーズをした。
「あんず、俺たち結婚しよっか」
殊更平静を装って言ったその一言は、高校卒業時に告白した以来の今までに無い緊張だった。
突然会いたい発言にびっくりしたあんずは、泉からのプロポーズは全くの想定外だったらしく、その発言にまたもや大粒の奇麗な涙を流した。
「ふふっ、絶対に泣くと思った」
「だって、泉さん、こんな時ですらさらりと言うから」
「これでもすごく緊張してるんだからねぇ?あんずに断られちゃったらどうしようって」
「そんな……!そんなことするわけないじゃないですか!……あの時みたいですね」
優しく笑うあんずに優しく微笑み返す。
「それで?答えを聞かせてくれる?お姫様」
よろしくお願いします、と全くあの時と同じように顔を涙でぐしゃぐしゃにしながらあんずは笑顔で応えた。「でも良いんですか?」と聞くあんずに今日あったことを報告すると更に顔をぐしゃぐしゃにさせた。
「あんずはこれから堂々と一緒に外を歩くことが出来る、てすごく喜んでくれた。周りの女の子たちが当たり前に出来ることをずっと我慢させてて、そんな当たり前のことをすごい幸せそうに喜んでくれる、そんな女の子なの。あんずの幸せはこれからだったの。
だからお願い……。どうか連れて行かないで」
心から祈る。あんずにどうか幸せを。
「……ふぅん。良いだろう。お前はこの女のためならなんでもするか?」
レオらしき男はやはり冷たい笑みを泉に向けながら言うと、「Master!?」と司らしき男が声を張り上げた。まさか助けるなんて選択肢はあり得なかったのだろう。
「する。俺の命はあげられないけど、それ以外なら何でもする」
「ははっ!学習能力のあるやつは好きだ!お前のこと少しは好きになれそうだっ」
ニッと悪そうな顔で笑うレオらしき男をじっと見据える。先程目の前の男が言っていた。自分の命をあげて助かったあんずが何を思うか。どう思うか。自分には関係ないけれど、とは言っていたが、その言葉は泉の心に深く響いた。
「そうだな。お前の命を半分もらおう。その半分をこの女に渡す。そしてお前には俺たちの仕事を手伝ってもらおう」
「Master!?ななな何を仰ってるんですか!?」
「――は黙ってろ」
驚きあり得ない、という顔の司らしき男を横目に見る。嵐や凛月のような男は最早諦めの顔だった。
「……手伝うって?」
「そのままだ。正に今俺たちがやっていることをお前にもやってもらう。まぁ簡単に言うと、魂を刈るお仕事だな」
「分かった。それであんずが助かるならば」
考える余地もなく即決だった。
「ははっ、契約完了だな」
言い終わるや否やレオらしき男は大きな鎌をその手に出現させ、大きく振りかぶって泉ごとあんずへと振り下ろした。鎌が落ちる瞬間、反射的に目を瞑る。しかしその鎌は泉の体をすり抜けあんずへと届くが、痛みを感じることはなかった。
「これでお前も俺たちの仲間入りだ。いや、お前の場合は半端物だな」
レオらしき男が何かを言っているが、急激な眠気が泉を襲い、その言葉はまともに入ってこなかった。ただ直感的にあんずはこれで大丈夫、それだけは分かった。
「今は眠れ。また仕事が出来たら呼んでやるよ、セナ」
◇
「みさん……、泉さん」
あんずのベッドに肘に蹲る形で泉は寝ていた。この様子だと、つきっきりで傍にいてくれたのだろう。
「あ……んず……?」
あんずの声で泉は起き上がるが、まだ意識が覚醒していないのか、その目は少し虚ろだ。しかし、あんずの姿を視認するとその意識は一気に覚醒され、勢い良く起き上がる。
「あんず!目覚ましたの!?良かった……。あ、看護師、看護師呼ばないと」
珍しく慌てふためく泉を見る限り、相当心配させてしまったんだろう。まだ体は言うことをきかないため、わたわたと動く泉を目で追いかける。ナースコールを押し、目を覚ましたことを伝えた泉は安心したかのようにあんずの顔を触った。
「泉さん……?」
「本当にばっかじゃないの?見ず知らずの子ども助けてあんたが死にそうになっちゃってさぁ。俺がどれだけ心配したと思ってるのぉ?」
学生時代と変わらない憎まれ口に少し安心するが、その顔を見ると本当に申し訳無い気持ちでいっぱいになる。憎まれ口とは反対にとても泣きそうな顔をした泉がそこにはいた。学生時代でも付き合ってからもこんな顔の泉は見たことがなかった。
いつでも強く、自分にも他人にも厳しく、だけど本当はとても優しい。その優しさを人に伝えるのが少し苦手で良く周りの人には誤解されてて。でも本人はそれを気にしてなくて。そんな凜とした泉が、出会ってからあんずに弱さを見せる機会は全くと言ってほどなかった。だからこそ、そんな顔をさせてしまったことに胸が痛くなる。
「ごめんなさい。放っておけなくて、つい……」
体を動かすことは出来なかったので、言葉だけで謝ると「本当、大馬鹿だよねぇ」と泉は優しく微笑んだ。その笑顔が何故か泣きそうに見えた気がして、「泉さん」と呼びかけようとすると、部屋をノックする音が聞こえた。どうやら、医者と看護師が到着したようだった。
◇
それから数日してあんずは無事に退院した。
「ごめんなさい、結婚式結局流れちゃって……」
あんずが起きて心配したことは、結婚式のことだった。
「別に結婚式なんてまたすれば良いしねぇ。しようがするまいが俺たちが夫婦になることは変わらないんだしぃ?そんな気にしなくて良いんじゃないの」
努めて普通に返すと、「でも費用が……」と金銭面を心配するあんずにらしいな、と笑う。
「また落ち着いて改めてしよう」
そう言うと、笑顔で「はい」と応えた。
「本当に奇跡としか言いようがありません」
その日がヤマだと思っていた医者は目が覚めたあんずを診察するとそう言った。
あの日来た彼らは本当は神様だったのかもしれない。結果はどうあれ、彼らはあんずを助けてくれた。それだけは事実で。
あんずはあの日、夢を見たと言った。
「Knightsの皆さんが死神になって私を助けに来てくれたんです」
死神は普通、魂を刈りに来るんじゃない?と返すと「それもそうですね。でも夢ですから」とその夢に感謝をしているようだった。あながち間違えではないその夢の内容に泉は良かったね、と返した。
そして今日もまた夜がやって来る。
あの日から変わったこと。それは夜に外出が増えたことだ。夜寝なくても大丈夫な体になった。だからといって疲れがなくなったわけではないので休息は必要なのだけれど。
「ようセナ。時間だ。準備は良いか?」
今宵もまた彼らはやって来る。泉の一番近くにいる大切な人たちの顔で。でも彼らとは異なる、人間でもない、彼らがやって来る。
あんずは知らない。でもこれは泉が自分で決めたこと。あんずに言うつもりもなかった。
「それじゃああんず、行って来るね」
泉と一緒のベッドの中で眠るあんずをそっと撫でる。「ん……」と寝返りをうつあんずを愛しく眺めるとそのまま泉は窓から外に出た。
「さぁて、仕事の時間だ」
目の前のレオらしき男がニッと笑う。
こうして泉は死神になった。
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