Pairs.(晃夢)
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『今日はあんずと用事があるから無理』
あんずと同様にこの学院で数少ない女子でありながらプロデューサーである名前から素っ気なく送られてきたメール。
同じクラス、そして軽音部に所属していることもあり、名前との距離感はそんなに遠くない。それに何故か名前はUNDEADのことをよく気に掛けてくれているからなおさらだ。
今日はUNDEADとしてのユニット練もなく、軽音部の後輩である2winkの双子も仕事でいないと事前に聞いていた。部長である零が放課後にわざわざ起きてギターを鳴り響かせるわけがないことは分かっている。だからこそ、一緒にセッションをしようかと誘った結果がこれだ。
先約があるなら仕方ねーか。
そう思いながら放課後にガーデンテラス付近を歩いているときだった。
「あーもう、良いから!早く行くよ、羽風先輩」
UNDEAD内1、いやもしかすると学院内1の女好きであり、良くあんずにちょっかいを出しては困らせている羽風薫の腕を引っ張ってどこかに行こうとする名前の姿を見つけてしまった。
「ちょっとちょっとー。名前ちゃんとならどこにでも行くからさ、腕そんなに強く引っ張らないでよね」
困ったようにそう言いながらも女とデートが嬉しいのか、その顔に締まりはあまり感じられなかった。
「わんこ」
はぁ、あいつあんずと用事があるって言ってたのに。
「これ、わんこや」
なんでチャラ男野郎なんかと。
「わんこ、いい加減にせい。そんな乱暴に扱ってはギターが可哀想じゃ」
突然、ギターとアンプを繋いでいたケーブルを抜かれ、一瞬の大きい音とともに軽音部から音がなくなる。どうやら、零が抜いたようだ。
「うおっ!?吸血鬼野郎!突然何しやがる!ビックリするだろうが」
「我輩さっきから何度も呼んでおったのに無視をしておったのはそっちじゃろう。ギターにあたるなんて珍しいのう。なんかあったのかえ?」
どれだけギターをかき鳴らそうが決して起きてこない零が起きてわざわざ演奏を止めるとは相当酷い弾き方をしていたらしい。申し訳なさからそっとギターを撫でる。
「……。何でもねぇよ」
「何でもないやつはそんな弾き方しないがのう。……仕方ない。ほれわんこ、我輩のギターを用意してくれんかのう?」
「はぁ!?なんで俺様が!」
「そうじゃのう。我輩もギター弾きたくなったからわんこ、一緒に弾いてくれんかのう?」
あからさまな晃牙を気に掛けての行動は気にくわないが、気付かないふりをする。
「……ちっ、仕方ねぇから一緒に弾いてやるよ」
ノロノロと軽音部の部室に常設してある棺桶から零が立ち上がろうとしている間にギターを用意する。晃牙を心配してこその行為だとは分かっていても零と弾ける機会は滅多とない。先程までの気持ちが少し晴れてしまう自分に現金だとは分かっていても顔が少し緩むのを止めることはできなかった。
◇
嫌なことや腹立たしいことがあったときは、その本人に素直に気持ちをぶつける晃牙が無意識のうちに物にあたるというのは本当に珍しい。ましてや、ギターなど、音楽に絡む物にあたる、というのは零が知っている晃牙の中ではよっぽどである。普段ならばいくら晃牙やひなた、ゆうたたちが騒ごうと気にすることはないのだが、こんな状態の晃牙を放っておけるほど零は器用に生きれない。
若いうちは悩んでなんぼ、とは言うがさすがに放っておけないのう。
しかし、 一緒にギターをかき鳴らして早30分くらいが経とうとしているが、零は晃牙に事情を聞こうとはしなかった。
聞いたところで素直に答えるとも思えんし、自ら口を開くのを待つが良かろう。
そんなことを思いながら、適当に弾く晃牙に合わせてギターを鳴らしていると、少しは落ち着いたのか、晃牙の演奏も先程よりは穏やかなものになっている。
「……なぁ」
そんな演奏の変化に併せ、晃牙が口を開く。
「どうしたんじゃ?」
「名前とチャラ男野郎ってよ……、……いや、やっぱり何でもねぇ」
まだ自身の中で考えがまとまっていないのか、言いかけたところで口を紡ぐ。どうやら、今回の原因は薫にあるようだ。
「ふむ。薫くんと名前の嬢ちゃんが仲良く一緒に歩いているとこでも見たのかえ?」
「なっ……!」
「なんじゃ、図星か。じゃがまあ、名前の嬢ちゃんもプロデューサー。薫くんと一緒にいることがあっても何ぞおかしくはないじゃろう」
言い当てられたからか、晃牙の演奏がいつの間にか止まっていた。顔まで真っ赤になっている。
「なっ、べ、別にあいつが誰といようと俺様には関係ねぇよ!ねぇ……んだけどよ」
「なんじゃわんこ、歯切れが悪いのう。お主らしくもない」
晃牙にしては珍しく言い淀んでいるところを見ると、本人に自覚があるかどうかは別として、名前に対して同級生以上の感情があることは分かった。
「うるせぇ!吸血鬼野郎には関係ないだろ!あーくそっ、俺様は帰る!付き合ってくれてありがとうよ!」
そう言って晃牙は部室を出て行く。言葉こそは激しいものの、ギターを丁寧に置いて馬鹿丁寧にお礼を言うところがなんとも憎めないところだと、零は「くくく」と笑った。
「おや、名前の嬢ちゃん。今からお昼なのかの?」
「ひっ!?ちょ、そんな地べたで寝ないで下さいよ、びっくりするじゃないですか!」
名前がビックリするのも仕方の無いことで、零は食堂のテーブル下で寝ていた。晃牙が荒れていたその次の日、名前を探そうと何とはなしに食堂に来たのだが、昼間から起きるには少しつらく、力尽きていたようだ。名前が食堂に来て零の近くを通るとは運が良かった。
「すまぬすまぬ。我輩どうやら力尽きておったようじゃ。おや、今日は一人かえ?」
「力尽きるくらいなら無理して来なくても……。本当は真緒と凛月と来る予定だったんですけどね。凛月が、なんか嫌な予感がするから行かない、て駄々こね始めたんで、真緒置いて一人で来ちゃいました。凛月の予感って朔間先輩のことだったんですね。さすが」
「……なんじゃろうか、我輩寂しいんじゃが。しかし、我輩のことを察知するとはさすがは愛しの凛月じゃのう」
「ふふ、ほぉんと、凛月のこと好きですよね。それで?朔間先輩もお昼ですか?」
「そうじゃのう……。名前や、一緒にお昼でもどうかの?」
突然の提案に少し驚きつつも、名前は「はぁ」となんとも気の抜けた返事をした。
「名前は薫くんと仲が良いのかえ?」
急な話題にビックリしたのか、名前のご飯を食べている手が止まる。今日の昼ご飯はオムライスらしく、スプーンに盛ったオムライスを口に運ぼうとして固まっていたので、なんとも間抜けな顔である。
「は?……えっと、質問の意図がちょっと……?仲が良い……?仲が良いかと言われると普通?いや、普通ってなんだ?」
思いのほか名前を困惑させたようで、スプーンを置いてごにょごにょと一人考える名前に「すまぬすまぬ」と声をかける。
「昨日ちょっと名前と薫くんが仲睦まじく歩いておった姿を見かけたものでのう。少し気になったんじゃ」
見かけたのは晃牙なのだが。
「あぁ、もしかして、羽風先輩と変な関係なんじゃないかって、リーダー的に心配してるんです?それなら安心してください。別に羽風先輩とは何もないですし、何よりアイドルとプロデューサーがどうこうなろうなんて考えてないですから。まあ、わたしはあんずのおまけみたいなプロデューサーで、全然役立たずなんですけどね」
困ったように笑うその名前の姿に「おまけとな?」と返す。
「名前はおまけでも何でも無く、立派なプロデューサーだと思うがのう?我らのことも良くしてくれておるし」
最近ではTrickstarの活躍に仕事量が追いついていないあんずに代わり、名前は良くUNDEADのプロデュースをしている。だが、名前はそんなことは一切感じていないようだった。
「ふふ、ありがとうございます。でも良いんですよ。生徒会長にもそんな感じに言われてますし」
「生徒会長……と言うと、天祥院くんかえ?」
「はい。わたし夏前に編入してきたじゃないですか。その時に言われたんです」
『君には、今SSに向けて忙しいあんずちゃんのフォロー役としてみんなのプロデュースをして欲しい。さすがにあの子1人じゃ手が回らなくなってきたからね。しっかりフォローしてあげたまえ』
「なので、わたしはあくまでもあの子をバックアップするプロデューサーなんで」
眉尻を垂れ下げながら寂しそうに笑う名前をじっと見据える。
やれやれ、天祥院くんも要らぬ呪いをかけたものじゃのう。
「だから昨日も、Trickstarの明星くんに最近働き詰めなあんずを休ませて欲しいから遊びに連れて行ってあげて、て頼まれちゃって。放課後にお出かけする予定でガーデンテラスに集合してたらそこにちょうど羽風先輩が通りがかって、2人でお出かけなら俺も混ぜてよ、て。そしたらあんずの顔が少し引きつっちゃったんでこれはまずいと思い、羽風先輩の手を引いて連れ出した次第です。あんずのことはその後嵐ちゃんに頼んだから少しは休めたんじゃないかと。
一個人としては羽風先輩のこと別になんとも思ってないし好きなんですけど、あくまでも昨日はあんずを休ませる日だったので羽風先輩には我慢してもらいました。せっかく放課後に晃牙がセッション誘ってくれて申し訳なかったんですけど」
「……ということらしいぞ、わんこや」
寂しそうに笑う名前に向けそう呟くと、零の後ろからガタガタと騒がしい音と、名前の「へ?」という間抜けな声が聞こえる。
「なっ……!?吸血鬼野郎!気付いてやがったのかよ!?」
「そりゃ、我輩、吸血鬼じゃもん〜」
鼻歌交じりに後ろにいるであろう晃牙に向けて言うと「吸血鬼は関係なくないですか?」と名前に苦笑された。
「晃牙……?何でいるの?」
きょとんとした顔で名前にそう言われると、「な、べ、別に良いだろ!」と謎の逆ギレに「くくく」と笑いが込み上げる。
「それにアドニスくんまで」
「俺は大神の様子が少しおかしかったので心配になってついてきただけだ」
表情一つ淡々と答えるアドニスに「アドニスてめぇ!」と晃牙が食ってかかると「朝から変な晃牙」と名前は優しく微笑んだ。
「なんじゃ、朝からわんこは様子がおかしかったのかえ?」
「えぇ、目が合っても目を逸らされちゃうし、何か言おうとして口パクパクさせるんですけど、結局何も言わずに去って行ったりとすっごく挙動不審でした」
その時のことを思い出したのか、名前はふふっと笑ってしまっていた。
「――――っ!元はと言えば、昨日あんずと用事があるって言っておきながらチャラ男野郎と帰るお前が悪いんだろ!」
「へ!?なんでそこでキレるの!?」
「違うぞい、嬢ちゃん。わんこはキレておるのではなく、照れておるんじゃよ。その証拠にほれ」
晃牙のほうを一瞥させると顔を晃牙は真っ赤にしている。
「ちょ!?逆に何でそんな顔赤くしてるの!?」
「わんこは安心したんじゃろうて。それか勘違いに恥ずかしくなったか」
「へ?安心?勘違い?本当にどういうこと?」
「あぁもう!うるせぇうるせぇうぜぇ!何でもねぇよ!名前!」
怒鳴るような名指しに名前も背筋を正して「はい!」と妙に威勢の良い返事だった。
「てめぇも!別にお前はあんずのサブでも何でも無く胸張ってこの夢ノ咲学院のプロデューサーって名乗って良いんだよ!あの生徒会長に何言われたか分かんねぇけど、そんな気持ちで自分を犠牲にしようとするんじゃねぇ。あんずもそんな関係望んでねぇだろ」
突然の晃牙からの指摘に「あの、えっと……?」と名前もたじろいでいる。
こういうときわんこは素直で潔くて良いのう。
「……じゃねぇと、お前に惚れちまった俺様も惨めになんだろうが」
しかし、今日最大級の爆弾に、名前も今日何度目かの間抜けな声しかもれず、さすがの零も固まるしかない。アドニスだけがやはり表情一つ変えず、その様子を見守っていた。
爆弾を投下した本人は言ってしまって恥ずかしくなったのか先程よりも顔を更に赤くさせている。
「え……っと……?今、なんて?」
「はぁ!?」
「いや、待って、分かってる、聞こえてた、聞こえてたけど、夢かな、て」
「夢ってなんだよ、夢な訳ねぇだろ。……あぁクソ、俺様は孤高の狼のハズなのによ」
ごにょごにょと尻すぼみに消えていく言葉を名前が聞き取れているかは定かではないが、未だ頭の整理が出来ていないのか、「ええっと……」と戸惑う声が聞こえる。
「名前。泣いているのか?」
「何でお前が泣いてんだよ!?」
アドニスと晃牙の同時突っ込みに名前のほうを見やると確かに名前は静かに涙を流していた。
「うぇぇぇ、だって、昨日羽風先輩とそんな話をしたばかりだったの。だから。……晃牙、晃牙は自分のこと孤高の狼だって言うけど、狼だって家族は作るし群れはなすものだよ」
名前は鼻を啜りしゃくり上げながら言葉を生成していく。
「でもね、私たちはアイドルとプロデューサーだよ?アイドルを輝かせるのが仕事なのに私たちがそんな関係になっちゃうときっとどこかで支障が出ちゃう。だから」
「はぁ!?んなこと関係ねぇよ!言っただろうが。自分を犠牲にすんじゃねぇ!お前はお前が思うように生きれば良いんだよ」
なんとも男らしいのう。それでこそ晃牙。
2人の顛末を静かに見守っていた零はついニヤけてしまう。アイドルのリーダーとしては今後アイドルとして活躍していくならばあまり許された行為ではないにしても、零個人としては何とも応援してしまいたくなる複雑な気持ちだ。
昔に比べ、今はアイドルにも恋愛の自由はある。しかも我らはまだまだ学生。少しくらいは青春を謳歌してもバチは当たらないだろう。
「……好き。大好き」
晃牙の言葉により先程より酷い顔になった名前がそう呟くと晃牙はペロッと名前の頬を舐めた。それはまるで狼がじゃれ合うような光景だった。
「はっ、しょっぺ」
「なっ!?」
何するんだとばかりに大きく目を見開いた名前が大きく後退ると、逃がさないとばかりに晃牙が名前の腕を掴む。そしてそのまま名前の口を静かに塞いだ。
あんずと同様にこの学院で数少ない女子でありながらプロデューサーである名前から素っ気なく送られてきたメール。
同じクラス、そして軽音部に所属していることもあり、名前との距離感はそんなに遠くない。それに何故か名前はUNDEADのことをよく気に掛けてくれているからなおさらだ。
今日はUNDEADとしてのユニット練もなく、軽音部の後輩である2winkの双子も仕事でいないと事前に聞いていた。部長である零が放課後にわざわざ起きてギターを鳴り響かせるわけがないことは分かっている。だからこそ、一緒にセッションをしようかと誘った結果がこれだ。
先約があるなら仕方ねーか。
そう思いながら放課後にガーデンテラス付近を歩いているときだった。
「あーもう、良いから!早く行くよ、羽風先輩」
UNDEAD内1、いやもしかすると学院内1の女好きであり、良くあんずにちょっかいを出しては困らせている羽風薫の腕を引っ張ってどこかに行こうとする名前の姿を見つけてしまった。
「ちょっとちょっとー。名前ちゃんとならどこにでも行くからさ、腕そんなに強く引っ張らないでよね」
困ったようにそう言いながらも女とデートが嬉しいのか、その顔に締まりはあまり感じられなかった。
「わんこ」
はぁ、あいつあんずと用事があるって言ってたのに。
「これ、わんこや」
なんでチャラ男野郎なんかと。
「わんこ、いい加減にせい。そんな乱暴に扱ってはギターが可哀想じゃ」
突然、ギターとアンプを繋いでいたケーブルを抜かれ、一瞬の大きい音とともに軽音部から音がなくなる。どうやら、零が抜いたようだ。
「うおっ!?吸血鬼野郎!突然何しやがる!ビックリするだろうが」
「我輩さっきから何度も呼んでおったのに無視をしておったのはそっちじゃろう。ギターにあたるなんて珍しいのう。なんかあったのかえ?」
どれだけギターをかき鳴らそうが決して起きてこない零が起きてわざわざ演奏を止めるとは相当酷い弾き方をしていたらしい。申し訳なさからそっとギターを撫でる。
「……。何でもねぇよ」
「何でもないやつはそんな弾き方しないがのう。……仕方ない。ほれわんこ、我輩のギターを用意してくれんかのう?」
「はぁ!?なんで俺様が!」
「そうじゃのう。我輩もギター弾きたくなったからわんこ、一緒に弾いてくれんかのう?」
あからさまな晃牙を気に掛けての行動は気にくわないが、気付かないふりをする。
「……ちっ、仕方ねぇから一緒に弾いてやるよ」
ノロノロと軽音部の部室に常設してある棺桶から零が立ち上がろうとしている間にギターを用意する。晃牙を心配してこその行為だとは分かっていても零と弾ける機会は滅多とない。先程までの気持ちが少し晴れてしまう自分に現金だとは分かっていても顔が少し緩むのを止めることはできなかった。
◇
嫌なことや腹立たしいことがあったときは、その本人に素直に気持ちをぶつける晃牙が無意識のうちに物にあたるというのは本当に珍しい。ましてや、ギターなど、音楽に絡む物にあたる、というのは零が知っている晃牙の中ではよっぽどである。普段ならばいくら晃牙やひなた、ゆうたたちが騒ごうと気にすることはないのだが、こんな状態の晃牙を放っておけるほど零は器用に生きれない。
若いうちは悩んでなんぼ、とは言うがさすがに放っておけないのう。
しかし、 一緒にギターをかき鳴らして早30分くらいが経とうとしているが、零は晃牙に事情を聞こうとはしなかった。
聞いたところで素直に答えるとも思えんし、自ら口を開くのを待つが良かろう。
そんなことを思いながら、適当に弾く晃牙に合わせてギターを鳴らしていると、少しは落ち着いたのか、晃牙の演奏も先程よりは穏やかなものになっている。
「……なぁ」
そんな演奏の変化に併せ、晃牙が口を開く。
「どうしたんじゃ?」
「名前とチャラ男野郎ってよ……、……いや、やっぱり何でもねぇ」
まだ自身の中で考えがまとまっていないのか、言いかけたところで口を紡ぐ。どうやら、今回の原因は薫にあるようだ。
「ふむ。薫くんと名前の嬢ちゃんが仲良く一緒に歩いているとこでも見たのかえ?」
「なっ……!」
「なんじゃ、図星か。じゃがまあ、名前の嬢ちゃんもプロデューサー。薫くんと一緒にいることがあっても何ぞおかしくはないじゃろう」
言い当てられたからか、晃牙の演奏がいつの間にか止まっていた。顔まで真っ赤になっている。
「なっ、べ、別にあいつが誰といようと俺様には関係ねぇよ!ねぇ……んだけどよ」
「なんじゃわんこ、歯切れが悪いのう。お主らしくもない」
晃牙にしては珍しく言い淀んでいるところを見ると、本人に自覚があるかどうかは別として、名前に対して同級生以上の感情があることは分かった。
「うるせぇ!吸血鬼野郎には関係ないだろ!あーくそっ、俺様は帰る!付き合ってくれてありがとうよ!」
そう言って晃牙は部室を出て行く。言葉こそは激しいものの、ギターを丁寧に置いて馬鹿丁寧にお礼を言うところがなんとも憎めないところだと、零は「くくく」と笑った。
「おや、名前の嬢ちゃん。今からお昼なのかの?」
「ひっ!?ちょ、そんな地べたで寝ないで下さいよ、びっくりするじゃないですか!」
名前がビックリするのも仕方の無いことで、零は食堂のテーブル下で寝ていた。晃牙が荒れていたその次の日、名前を探そうと何とはなしに食堂に来たのだが、昼間から起きるには少しつらく、力尽きていたようだ。名前が食堂に来て零の近くを通るとは運が良かった。
「すまぬすまぬ。我輩どうやら力尽きておったようじゃ。おや、今日は一人かえ?」
「力尽きるくらいなら無理して来なくても……。本当は真緒と凛月と来る予定だったんですけどね。凛月が、なんか嫌な予感がするから行かない、て駄々こね始めたんで、真緒置いて一人で来ちゃいました。凛月の予感って朔間先輩のことだったんですね。さすが」
「……なんじゃろうか、我輩寂しいんじゃが。しかし、我輩のことを察知するとはさすがは愛しの凛月じゃのう」
「ふふ、ほぉんと、凛月のこと好きですよね。それで?朔間先輩もお昼ですか?」
「そうじゃのう……。名前や、一緒にお昼でもどうかの?」
突然の提案に少し驚きつつも、名前は「はぁ」となんとも気の抜けた返事をした。
「名前は薫くんと仲が良いのかえ?」
急な話題にビックリしたのか、名前のご飯を食べている手が止まる。今日の昼ご飯はオムライスらしく、スプーンに盛ったオムライスを口に運ぼうとして固まっていたので、なんとも間抜けな顔である。
「は?……えっと、質問の意図がちょっと……?仲が良い……?仲が良いかと言われると普通?いや、普通ってなんだ?」
思いのほか名前を困惑させたようで、スプーンを置いてごにょごにょと一人考える名前に「すまぬすまぬ」と声をかける。
「昨日ちょっと名前と薫くんが仲睦まじく歩いておった姿を見かけたものでのう。少し気になったんじゃ」
見かけたのは晃牙なのだが。
「あぁ、もしかして、羽風先輩と変な関係なんじゃないかって、リーダー的に心配してるんです?それなら安心してください。別に羽風先輩とは何もないですし、何よりアイドルとプロデューサーがどうこうなろうなんて考えてないですから。まあ、わたしはあんずのおまけみたいなプロデューサーで、全然役立たずなんですけどね」
困ったように笑うその名前の姿に「おまけとな?」と返す。
「名前はおまけでも何でも無く、立派なプロデューサーだと思うがのう?我らのことも良くしてくれておるし」
最近ではTrickstarの活躍に仕事量が追いついていないあんずに代わり、名前は良くUNDEADのプロデュースをしている。だが、名前はそんなことは一切感じていないようだった。
「ふふ、ありがとうございます。でも良いんですよ。生徒会長にもそんな感じに言われてますし」
「生徒会長……と言うと、天祥院くんかえ?」
「はい。わたし夏前に編入してきたじゃないですか。その時に言われたんです」
『君には、今SSに向けて忙しいあんずちゃんのフォロー役としてみんなのプロデュースをして欲しい。さすがにあの子1人じゃ手が回らなくなってきたからね。しっかりフォローしてあげたまえ』
「なので、わたしはあくまでもあの子をバックアップするプロデューサーなんで」
眉尻を垂れ下げながら寂しそうに笑う名前をじっと見据える。
やれやれ、天祥院くんも要らぬ呪いをかけたものじゃのう。
「だから昨日も、Trickstarの明星くんに最近働き詰めなあんずを休ませて欲しいから遊びに連れて行ってあげて、て頼まれちゃって。放課後にお出かけする予定でガーデンテラスに集合してたらそこにちょうど羽風先輩が通りがかって、2人でお出かけなら俺も混ぜてよ、て。そしたらあんずの顔が少し引きつっちゃったんでこれはまずいと思い、羽風先輩の手を引いて連れ出した次第です。あんずのことはその後嵐ちゃんに頼んだから少しは休めたんじゃないかと。
一個人としては羽風先輩のこと別になんとも思ってないし好きなんですけど、あくまでも昨日はあんずを休ませる日だったので羽風先輩には我慢してもらいました。せっかく放課後に晃牙がセッション誘ってくれて申し訳なかったんですけど」
「……ということらしいぞ、わんこや」
寂しそうに笑う名前に向けそう呟くと、零の後ろからガタガタと騒がしい音と、名前の「へ?」という間抜けな声が聞こえる。
「なっ……!?吸血鬼野郎!気付いてやがったのかよ!?」
「そりゃ、我輩、吸血鬼じゃもん〜」
鼻歌交じりに後ろにいるであろう晃牙に向けて言うと「吸血鬼は関係なくないですか?」と名前に苦笑された。
「晃牙……?何でいるの?」
きょとんとした顔で名前にそう言われると、「な、べ、別に良いだろ!」と謎の逆ギレに「くくく」と笑いが込み上げる。
「それにアドニスくんまで」
「俺は大神の様子が少しおかしかったので心配になってついてきただけだ」
表情一つ淡々と答えるアドニスに「アドニスてめぇ!」と晃牙が食ってかかると「朝から変な晃牙」と名前は優しく微笑んだ。
「なんじゃ、朝からわんこは様子がおかしかったのかえ?」
「えぇ、目が合っても目を逸らされちゃうし、何か言おうとして口パクパクさせるんですけど、結局何も言わずに去って行ったりとすっごく挙動不審でした」
その時のことを思い出したのか、名前はふふっと笑ってしまっていた。
「――――っ!元はと言えば、昨日あんずと用事があるって言っておきながらチャラ男野郎と帰るお前が悪いんだろ!」
「へ!?なんでそこでキレるの!?」
「違うぞい、嬢ちゃん。わんこはキレておるのではなく、照れておるんじゃよ。その証拠にほれ」
晃牙のほうを一瞥させると顔を晃牙は真っ赤にしている。
「ちょ!?逆に何でそんな顔赤くしてるの!?」
「わんこは安心したんじゃろうて。それか勘違いに恥ずかしくなったか」
「へ?安心?勘違い?本当にどういうこと?」
「あぁもう!うるせぇうるせぇうぜぇ!何でもねぇよ!名前!」
怒鳴るような名指しに名前も背筋を正して「はい!」と妙に威勢の良い返事だった。
「てめぇも!別にお前はあんずのサブでも何でも無く胸張ってこの夢ノ咲学院のプロデューサーって名乗って良いんだよ!あの生徒会長に何言われたか分かんねぇけど、そんな気持ちで自分を犠牲にしようとするんじゃねぇ。あんずもそんな関係望んでねぇだろ」
突然の晃牙からの指摘に「あの、えっと……?」と名前もたじろいでいる。
こういうときわんこは素直で潔くて良いのう。
「……じゃねぇと、お前に惚れちまった俺様も惨めになんだろうが」
しかし、今日最大級の爆弾に、名前も今日何度目かの間抜けな声しかもれず、さすがの零も固まるしかない。アドニスだけがやはり表情一つ変えず、その様子を見守っていた。
爆弾を投下した本人は言ってしまって恥ずかしくなったのか先程よりも顔を更に赤くさせている。
「え……っと……?今、なんて?」
「はぁ!?」
「いや、待って、分かってる、聞こえてた、聞こえてたけど、夢かな、て」
「夢ってなんだよ、夢な訳ねぇだろ。……あぁクソ、俺様は孤高の狼のハズなのによ」
ごにょごにょと尻すぼみに消えていく言葉を名前が聞き取れているかは定かではないが、未だ頭の整理が出来ていないのか、「ええっと……」と戸惑う声が聞こえる。
「名前。泣いているのか?」
「何でお前が泣いてんだよ!?」
アドニスと晃牙の同時突っ込みに名前のほうを見やると確かに名前は静かに涙を流していた。
「うぇぇぇ、だって、昨日羽風先輩とそんな話をしたばかりだったの。だから。……晃牙、晃牙は自分のこと孤高の狼だって言うけど、狼だって家族は作るし群れはなすものだよ」
名前は鼻を啜りしゃくり上げながら言葉を生成していく。
「でもね、私たちはアイドルとプロデューサーだよ?アイドルを輝かせるのが仕事なのに私たちがそんな関係になっちゃうときっとどこかで支障が出ちゃう。だから」
「はぁ!?んなこと関係ねぇよ!言っただろうが。自分を犠牲にすんじゃねぇ!お前はお前が思うように生きれば良いんだよ」
なんとも男らしいのう。それでこそ晃牙。
2人の顛末を静かに見守っていた零はついニヤけてしまう。アイドルのリーダーとしては今後アイドルとして活躍していくならばあまり許された行為ではないにしても、零個人としては何とも応援してしまいたくなる複雑な気持ちだ。
昔に比べ、今はアイドルにも恋愛の自由はある。しかも我らはまだまだ学生。少しくらいは青春を謳歌してもバチは当たらないだろう。
「……好き。大好き」
晃牙の言葉により先程より酷い顔になった名前がそう呟くと晃牙はペロッと名前の頬を舐めた。それはまるで狼がじゃれ合うような光景だった。
「はっ、しょっぺ」
「なっ!?」
何するんだとばかりに大きく目を見開いた名前が大きく後退ると、逃がさないとばかりに晃牙が名前の腕を掴む。そしてそのまま名前の口を静かに塞いだ。