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瀬名泉という男。(いずあん+嵐)

 とあるマンションの1室の前。チャイムを鳴らし、部屋の住民が出てくるのを瀬名泉は待っていた。出てくるべき人間は「ちょっと待ってろよー」と言っただけなのですぐ出るとは思っているが、その少しの時間でさえ今の瀬名にとっては長く感じてしまうので出来れば本当にすぐ出てきて欲しい。

「待たせたな!どーしたどーした?またケンカか?セナ、ケンカのたびに俺んち来るもんな。まぁ別に気にしないけど!」

 矢継ぎ早に用件を当てられたので何も言い返せずにいると、「とりあえず上がれよ」と自室へと戻っていくレオの後ろ姿に甘え、「お邪魔します」とついていった。そんな瀬名の前を「セッナがケンカ、セッナがケンカ」と上機嫌に歌う声にまた深く気分は落ちて行く。玄関からリビングに行くまではほんのわずかな距離にも関わらず、いつもよりも長く感じてしまう。先に入ったレオが何やら部屋で話しているところを見るとどうやら先客がいたようだ。玄関に靴があることにも気付いていないとは自分でも相当のものだと思う。
 廊下の先のドアを開けると部屋には先ほどまで一緒に仕事をしていたKnightsのメンバーが勢揃いしていた。

「瀬名先輩!?どうしたのですか?Leaderが上機嫌に歌っていたのは瀬名先輩のことだったのですね」
「今日は早く帰れるから、て上機嫌に帰ったわりにはさっきぶりだねぇ……」

 リビングにあるレオお気に入りの大きな炬燵に入ったKnightsのメンバーがこちらを見上げてくる。
 そういえば王さまが仕事終わりに珍しくお酒が飲みたい、と騒いでいたっけ。
 最近は仕事続きで帰りも遅い日が続き、久しぶりに早い時間に帰れるということで瀬名は真っ先に帰ることを告げたが、他のメンバーはどうやらそのまま集まったようだ。
 炬燵の上を見ると、スーパーで買ったであろう缶ビールやちょっとしたつまみが広がっていた。

「あらあらあら、泉ちゃんがここに来たということはそろそろアタシのほうに電話が掛かってくるかしらァ」

 そう言いながら嵐がスマホの画面を確認すると丁度良く鳴る電子音。チラリと画面を一瞥すると先程まで一緒に居た人間の名前が表示されているのにドキリとした。「はいはァい、お姉ちゃんよォ」と電話に出ながら廊下へと出て行く嵐をただ見ることしかできないでいると、「まぁ入れよ、セナ」とレオが促して来たのでそれに甘えて少しのため息とともに炬燵へと入った。
 嵐は故意なのか偶然なのか、廊下へと続くドアを少し開けて出ていったようで、会話内容までは聞こえないが、漏れ聞こえる声がいちいち気に障る。

「それで?今度は何を言って怒らせたんだ?」

 少しのため息を吐くと、いつもと変わらない笑顔を向けながらレオが問うて来た。

「……ちょっと、何で俺が怒らせた前提なわけ?」
「いっつもそうだろー。だいたいセナが余計なこと言ってあいつ怒らせてるしな!これくらいは妄想しなくても想像付く」
「そりゃ王さま、今日ケンカになる、て言ったらこれじゃないの」

 そう言って凛月が見せてきたのはスマホ上に映った1つのニュース記事。
 スクープとして上げられたのは今日の昼過ぎ。先日、たまたま行った先のお店で知り合いの女優と鉢合わせし、少し話をしていたその場面を面白おかしく書かれていた。相手方は前にテレビドラマで少し共演しただけのただの仕事仲間。瀬名自身がめったにそういうスクープを撮られない方なので記者側も変に騒ぎ立てた、という次第だろう。

「いや、それに関しては別に気にしてなかったようだけど。あいつの方から大変ですね、て言ってきたくらいだし」

 芸能界では良くある手法なので、瀬名自身は別段気にしていなかったし、あいつも帰って早々に「泉さんがこういうの撮られるの珍しいですね」と全く気にしていないようだった。

「では何が原因で瀬名先輩はお姉さまを怒らせてしまったのですか?」
「かさくんまで俺が怒らせた前提なのがムカつくんだけど」

 とか強がってみたものの、実際は全くもってその通りなのでぐぅの音も出ないのが事実である。
 廊下からは嵐の笑い声。どうやら女子話に花が咲いているようだ。

「……ねぇ、俺ってそんなに口うるさいかな」

 ポツリと言ったその言葉に3人はまじまじと瀬名の方を見つめてきた。

「……なにを今更って感じかなぁ」
「わはははは!そうだな、セナは昔から俺のこともネチネチ注意してくるし!何なら今もしてくるしな」
「そうです!私のSweet Timeも食べ過ぎ注意、といつも仰っていましたし」

 自分で聞いといて何だが、散々な言われようだ。たしかに、自身の生活の中でもこれだけは、と譲れないことはたくさんあるが、周りが無頓着過ぎるのも事実ではないだろうか。レオは放っておくと人間らしい生活自体をしないし、凛月も同じだ。昼夜逆転の生活が当たり前だし、司もお菓子になると見境無く食べ始める。仮にもアイドルであり、体型キープは基本の基本なのだから言っていることは至極まともなことだと思うのだが。そう考えると瀬名自身が口うるさいのではなく、周りが無頓着過ぎる、これに尽きるのではないかと思うのだが、周りからするとそうではないようだ。

「でもそれが瀬名先輩(セッちゃん)(セナ)でしょう(でしょ)(だろ)?」

 やっぱりそうなのか、と気分が更に落ちようとしていると三者から示し合わせたかのように同じ答えが聞こえた。

「だいたいセナから口うるささ取っちゃったら最早セナじゃないしな!」
「まあ俺は口うるさくないほうが安眠できそうで良さそうだけど……」
「凛月先輩はもう少し時と場合を考えた睡眠をしたほうが私も良いと思いますが」
「そっかそっか、結局セナがまた余計なこと言って怒らせたんだな」
「余計なことっていうか……」

「やだァ!あなた女の子一人でそんなとこいるのォ!?」

 廊下の方から嵐の一際大きい声が聞こえたのは、瀬名が今日のことの顛末を話そうと口を開いたときだった。

「良いこと?お姉ちゃんがすぐに行くから。あなたはそこで待ってないとダメよォ!分かったわね?」

 ピッと通話の切れる音が聞こえるや否や、嵐がリビングの方へと入ってくる。

「王さまごめんなさいねェ、今日は先に帰るわ」
「……あいつ、どこにいるって?」

 忙しなく荷物をまとめ、上着を羽織ろうとする嵐に向け声を掛けるも返事はなく、そのまま玄関へと向かっていった。ご丁寧に瀬名のほうを一瞥して。いつもの温厚な嵐とは違う、まさに瀬名を責めているようなその目にカッと頭に血が上り、そのまま思うより先に嵐を追いかけていた。

「ちょっと待ちなよ、なるくん!」

 靴を履こうと玄関に腰掛けていた嵐の肩を掴み、無理やり瀬名のほうを向かせると先ほどと同じような瀬名を責め立てる目を真っ向から見据えた。

「……あら、なァに?」
「俺を無視するとか良い度胸じゃん。あいつどこにいるか聞いてんの」
「泉ちゃん今はケンカ中なんでしょ?関係ないんじゃないかしらァ」
「はぁ?関係ないわけないでしょ。良いからどこにいるかって聞いてんだけど」

 その問いかけには答えようとはせず、沈黙が流れていると、リビングのほうから「なんだなんだ今度はセナとナルがケンカか?」「ナッちゃんが珍しいねぇ」「とと、止めなくて良いのですか?」「んー、好きにやらせとけば良いんじゃなぁい?」と面白半分で見に来た外野の声が耳に付く。

「外野は黙っててよねぇ!……ねぇ、聞こえてんの」
「そんなに心配するくらいなら初めっからケンカなんかしなければ良いじゃない。泉ちゃん、あの子が理由もなくそんなことすると思う?自分の価値観押し付ける前になんでそうなったかの理由くらい聞いてあげても良いんじゃないかしら?」

 あいつからケンカ理由を聞いたからこその口ぶりに何も言えなくなる。今回のケンカは全面的に瀬名が悪い、と責め立てられているようで。そしてそのことに瀬名も薄々勘付いていたからこそ気分が滅入っていたのだ。

「迎えに行って、ちゃんとごめんなさいするのよォ。そして、ちゃんと話を聞いてあげて。分かったかしら?」

 瀬名が「分かった」と伝えると「ここに居るから迎えに行ってあげて」と住所を伝えられる。一応こっちが先輩だということを分かっているのだろうか、とも思うがそんなことよりも足が走り出していた。
 タクシーの方が早いか、とマンションを降りてすぐタクシーに乗り込み、瀬名は彼女が待つもとへと向かった。



「全くもォ、世話が焼けるんだから」

 履きかけた靴を脱ぎ、ふぅ、とため息を付きながら嵐がレオのお気に入りの炬燵に入って行くと、先程の出歯亀状態からすでに3人は先ほどの隊形に戻っていた。

「お疲れ様、ナッちゃん」
「本当よォ。いっつもあの2人の仲介はなんだかんだアタシがやってるんだからァ。まぁ、今回は泉ちゃんが全面的に悪いわねェ」
「セナのあんな姿こういうときしか見れないから面白いよな。あ、インスピレーション湧いてきた!セナがケンカした歌!今度あいつ来たときに歌ってやろ。紙っとペン〜」

 言い終わるや否やどこからか作曲をし始めるレオに「Leader、相変わらずですね」と司も呆れ顔だ。そんなレオを一瞥しながら嵐は先程の彼女の話を思い出していた。

「そもそもねェ、アイドルでも何でも無いんだからあの子が何食べたって良いじゃないのねェ。さすがに毎日不摂生は良くないけど、たった2日よォ?」
「ナッちゃんナッちゃん、俺たち結局、事の顛末分かんないから」
「あら、そうなの?うーん、まァ言っちゃっても問題ないわよねェ。泉ちゃんたら、あの子が2日連続でお昼にカップ麺食べていたのに気付いて大喧嘩よォ?たしかに今日はスクープもあったから気が立ってたんでしょうけど。それにしたってねェ、事情くらい聞いてあげなさいよォ、て感じよねェ」

 すっかりぬるくなってしまったカロリー控えめの缶酎ハイを飲みほしながら嵐が話していると横からご機嫌な鼻歌が聞こえる。どうやら作曲は順調なようだ。

「え、セッちゃんってもしかして食べるものとか食べさせるものとかも管理しちゃうタイプ?まぁ、セッちゃんぽいけどさ」

 そりゃ、どっかで息もつまるでしょ、ないない、と付け加えながら凛月も呆れ顔だ。

「しかも、あの子ったら昨日から身体が怠かったらしくて。それでおかしいな、と思って今日病院行ったそうなのよォ。病気的な意味では問題なかったようだけど」

 うふふふ、と笑顔たっぷりに嵐はそこでいったん話を区切った。

「え、ナッちゃん、気持ち悪いんだけど」
「あらやだ、凛月ちゃんたら失礼ね」

 嵐が頬を膨らませていると、横で「出来たぞ!」という声。それでも霊感は収まらないのか、次の曲を書き出したようだ。

「そういえば、お姉さまは結局どこにいたのですか?」

 先ほどの話だと、危険な場所だとか、と心配する司に嵐はにっこりと笑顔を向けた。

「ふふ、それなら心配ないわよ」



 タクシーに揺られながらケンカから今までを瀬名は振り返っていた。
 たしかにあいつはアイドルでも何でも無いんだから何を食べたって良いし、こちらが文句を言う筋合いはない。むしろ今までも良く付き合ってくれたほうだ。
 瀬名のご飯は野菜中心でカロリーは少なめ。ご飯の量も腹8分目が絶対であるし、炭水化物なんて以ての外だ。そんな生活だからこそ、コンビニご飯やカップ麺など、瀬名にとってはあり得ない食事であり、それを彼女にも強いていた。彼女の方も分かった、と付き合っていてくれていたので、2日も不摂生なものを食べている彼女に対して変な裏切りを感じてしまった。気にはしていないとは言っても、やはり昼のスクープで多少気が立っていた部分もあるだろう。それで今回のケンカである。

「ねぇ、これどういうこと?」
「昨日俺注意したよねぇ?」
「なんでそんなことも守れないわけ?あんたも元プロデューサーなら食生活が大切なことくらい分かるでしょ?」

 昨日食べていたことに関しては、たまにならば、と注意で終わったが、今日帰ってゴミを見つけた瞬間にカッと矢継ぎ早に責め立てた。そこで止まっておけばまだ良かったのだが、「ほんっと、頭悪いんじゃないの?」と付け加えてしまったら彼女は目の前で泣きそうな顔になっていた。その顔を見るに堪えず、そのまま部屋を飛び出してきてしまい、レオのマンションへと至る。
 我ながら最低だ。嵐の言うとおり、まずは事情なり体調なりを気にすべきところであって、責め立てることではない。
 今日何度目かのため息を付きながら窓の外を見やると見覚えのある道だった。
 そういえば、なるくんから聞いた住所、1度聞いただけなのに何で反復できたんだろう。普通1度聞いたくらいでは、諳んじるなんてまず無理だ。
 タクシーに乗り込み、嵐から告げられた住所をスラスラと運転手に告げれたことに今更ながら気づく。
 嵐に聞いた住所をもう一度頭の中で反復してみると、確かに聞いたことのある住所だった。何度も何度も反復すると、瀬名の中で女性の声が響く。

「私の住所、最後が11-2なんですよ。泉さんの誕生日だから覚えやすいですよね、たまたまとはいえ、すごくないですか?」
「ふぅーん。まぁ、覚えやすいんじゃないのぉ」

 瀬名が自宅の住所を彼女に教えたときにそういえば、と彼女が自分の住所を言い出した。
 そうか、あいつの……。やられた。

「あんのクソおかま」

 瀬名がボソッと呟いたとほぼ同時にタクシーが目的地へと着いた。



「そっかぁ、あの2人ってまだ半同棲だったんだっけねぇ」
「そぉよォ。まァ、あの子がほぼ泉ちゃんのお家にいるからほぼ同棲みたいなものなんだけど。ほら、泉ちゃん律儀だから、結婚するまでは〜、とかなんとか言っちゃってたじゃない?でもまァ、今回の件でそうもいかなくなっちゃったんじゃないかしらァ?」
「ん?どういうことです?」



 瀬名がチャイムを鳴らすとすぐに出てきた彼女は、瀬名の顔を見るや否や、青ざめた顔ですぐにドアを閉めようとしたので、咄嗟に足をドアに滑り込ませる。

「なんっで、泉さんがここにいるんですかっ」

 ガチャガチャとそれでもドアを閉めようとするので、手を入れ無理やりドアを開けると、彼女は泣きそうな顔をしながら玄関に突っ立っていた。
 はたから見ると完璧に強盗犯か何かの類に間違えられそうだ。
 だが、今の自分では、そんな顔をさせてしまうんだな、と心がチクリと痛む。

「なるくんが行こうとしたんだけど、俺が無理矢理変わったの。ごめんねぇ、期待した人じゃなくて」

 瀬名が来たことに対してひとつも期待していなかったんだな、と思うと自然に悪態をついていた。向こうも「嵐ちゃん、嵐ちゃんは……?」と狼狽えながらスマホを操作している。

「あーもう、そうじゃない、そうじゃなくて」

 瀬名の声に逐一ビクつく彼女の両腕を掴みながら右肩に頭を乗せ、小さな声で呟いた。
 向こうもスマホを落としたようで瀬名の声と落下音が重なる。

「え?なんですか?」
「だからぁ、ごめん、て言ってんの」

 顔を見ながら言うことは出来なかったので逸らしながらの謝罪は、我ながら可愛くない謝り方だった。
 しかしその後、何も動かない、喋らない彼女に、「ちょっと聞こえてるの」と顔を見やると、大粒の涙を流していた。

「ちょっと!なんであんたが泣いてるわけぇ!?いや、たしかに俺の言い方もきつかったけどさぁ」
「いえ、その……。泉さんに嫌われちゃったんだな、て思っていたので、その、別れ話とかだったらどうしよう、て。違ったんだなって思ったら自然と涙がで」

 彼女が言い終わる前に自然と抱きしめてしまったので、腕の中で「泉さ、くるし」と息も絶え絶えな声が聞こえる。

「はぁ、あんた可愛すぎ」
「え?なんですか?」

 良く聞こえない、と言う彼女を解放しながら涙を拭い、「なんでもなぁいー」と答えると不思議そうな顔を向けてきた。

「別にあんたが何食べたって良いし、あんたが食べるなら食べるでそれなりの理由があるに決まってるじゃんねぇ。少なからず昼間の件で気が立ってたみたい。ほんとごめん」

 瀬名が謝ると、静かに彼女は首を振った。

「ううん、わたしもメールとかで先に言えば良かったんですけど、どうしても会って、自分の口で言いたかったことがあったから、変に誤解させちゃいました。ごめんなさい」
「え?何のこと?」

 言っていることの理解ができず、疑問を投げかけると、彼女はちょっと待っててくださいね、と部屋に走って行き、何かを持って戻ってきた。
 えへへ、と言いながらニヤけた顔で瀬名の前に見せたそれには『母子手帳』と書いてあった。

「あ、でも迷惑だったらごめんなさい……」
「え?は?え?」

 我ながら本当に変な声が出たと思う。



「え?え?何て言いました?鳴上先輩」
 嵐の言葉に司は聞き間違えではないかともう一度問いただすと、「だからおめでたよォ!」と嬉しそうにはしゃいでいた。
「へぇ、昼間のスクープよりスクープじゃん」
「うふふ、何か私のことのように嬉しいものなのねェ。あの子から話を聞いたときはびっくりしたけれど」



 突然突き出されたものを頭で理解するのに時間がかかったらしく、不安そうな顔で「泉さん……?」と覗かれ、我に返った。

「そっか。……ねぇ、結婚しよっか。今も我慢させちゃってるし、今後も色々と我慢させちゃうことになると思うけど。結婚したら今よりはコソコソする必要もなくなるし、変なスクープ撮られることも無くなると思うし」

 いや、変なスクープは書かれるときは書かれるだろうけど、と付け加えると涙声で「良いんですか?」と聞こえた。

「むしろ、順序が逆になっちゃってごめん。気の利いたプロポーズでも何でも無いけどさぁ、あんたさえ良ければ、その、俺と結婚して下さい。こだわりも強いし、これからも仕事のために制限させちゃうこともあるけど、それでも良ければ、お願いします」

 婚約指輪も無い、顔も絶対赤いし、格好いいところなんてひとつも無い。
 今だってまともに彼女の顔すら見ることができず、ただただ頭を下げるだけだ。
 普段からもう少し素直に物を言っていればもう少し何かが変わったのだろうか。
 そんな瀬名を受け止めるように、彼女は「顔をあげて下さい」と言った。

「何言ってるんですか。それでこそ、瀬名泉じゃないですか。ぶっきらぼうで仕事一筋で。仕事のためならどんなことだってやりきるし、やり遂げる。そのための努力は絶対に惜しまない。そんな泉さんだからこそ、尊敬もするし、好きになったんです。嫌なことなんてあるわけないじゃないですか」

 そこまで言い切って彼女は俯いてしまった。

「だから……その、こちらこそよろしくお願いします」

 大粒の涙を流しながらはにかむ彼女を瀬名は強くそして優しく抱きしめた。



「あら、王さま、今歌ってるのは何の歌かしら」
「んーー、セナとあいつに捧げるおめでたい歌!これも書き留めておかなくちゃな!こんなインスピレーション次にいつ湧くか分かんないし。今度一緒に歌ってやろっと。それにしてもセナがパパねぇ……。んー、いまいち想像がつかん!」
「俺たちがその歌歌ったら、セッちゃんの照れながら嫌がる顔が目に浮かぶねぇ」
「ふふ、そうねェ。……あら、そんな泉ちゃんからメールよォ。……うふふ、『ありがと』って珍しく素直ねェ。この様子だとうまくいったみたいね。ほぉんと、世話の焼ける二人なんだから。迷惑しちゃう」
「ニヤけながら言っても何の説得力もないよ、ナッちゃん」
「あら、それもそうね。ほんと、おめでとう、泉ちゃん」

~fin~
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