Special Human
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窓を激しく打ち付ける雨音と時折聞こえる雷鳴が、音の洪水となって外界から遮断された室内をも占領する。
他にはなにも聞こえない。
もう、なにも聞きたくない。
「女はどこにいる!」
遠くから聞こえる怒声、ガシャンと何かが壊れる音。
雨と雷以外の音たちがじわじわと近づいてくる。うずくまったままの身体の震えが止まらない。
「大丈夫だ、ここならしばらく見つからない」
すぐそばで聞こえる、少し低くて優しい男の声。
俯いていた顔を上げると、澄んだ海を思わせる瞳が心配そうにこちらを見つめていることに気付く。
長身を屈ませて、しゃがみこんだ私と同じ目線になって力なく笑いかける彼に、心を蝕んでいた恐怖が幾ばくか和らいだ気がした。
「……ありがとう。ごめんなさい」
感謝の言葉は、幼い頃にふたりの秘密基地にしていたこの屋根裏部屋で、今こうして一緒に隠れてくれていることに対して。
謝罪の言葉は、今起こっている悪夢のような出来事に、彼を巻き込んでしまったことに対して。
そしてーー。
「馬鹿、なんでなまえが謝るんだよ」
男は呆れるような声で溜め息を吐き、私の片目を親指の腹で軽く擦った。
擦られた場所が濡れているような気がして、そこで初めて自分が泣いていたことを知る。
こんな時でも優しい彼に、罪悪感が胸を圧迫する。
息苦しい気持ちを吐き出すように、小さく口を開けた。
「だって、私、あなたに……」
「おいおい、いつものワガママお嬢様っぷりはどこ行った?」
「……私、いつもワガママ言ってた?」
「は、自覚なしだったか」
まいったな、と目尻を垂れさせて気の抜けた笑顔を見せる彼。
ふたりきりの時だけに見せてくれるその笑顔も、もうじき見られなくなる。
そんなことを考えてしまい、また目頭が熱くなった。
新たに溢れた涙が彼の親指を伝い、手のひらをじわりと濡らす。
「ほんと、なまえは泣き虫だな」
「……ごめんなさい」
「謝るなって。お嬢様の願いを叶えるのは、オレさまの役目だからな」
だから、何も気にすんな。
あやすように、諭すように告げられ、また謝りそうになった言葉をぐっと飲み込む。
代わりに、ぎこちなく笑いかけた。
「おい、この部屋は調べたか?」
乱暴に扉が開けられる音と、知らない男のイラついた声が真下から聞こえ、反射的にひゅっと喉が鳴った。
ああ、とうとうあの恐ろしいものがここまで来てしまった。
収まりかけた震えがまた戻ってくる。雨音が、一層激しさを増していく。
頬に、目元に触れられていた彼の熱が離れ、それと同時に彼の気配が少し強張ったような気がした。
「……守りきれなくて、ごめんな」
今まで聞いたことがないくらいに悲しそうな声で謝られ、めいっぱい首を振った。
あなたはここまで私を守ってくれた。自慢のポケモンを犠牲にしてまで、私を守り抜いてくれた。
むしろ、あなたに酷なことをさせる私のほうが、余程罪深いのに。
「なぁ、なまえ。最後にもう一度だけ、笑ってくれよ」
ひどく優しい声でお願いされ、自然と固く瞑っていた瞼をそろりと開いた。
涙で滲んだ視界の片隅に、彼が私に向けて伸ばさなかった方の腕が映る。
だらりと降ろしたその先に、光を持たない銀灰色がちらついて。
それに向かって手を伸ばそうとすれば、さりげなく腕を引いて避けられる。
そのままゆっくりと、彼の腕が頭上へ上がっていった。
「……ごめんなさい」
最後の言葉は、こんな悲しみに満ちたものにしたくなかった。
本当なら、この胸にしまった想いを伝えたかった。
しかし今更、そんなことが許されるはずがなく。
ただ、彼の願い通りに浮かべた泣き笑いに、彼への想いをそっと乗せた。
「 」
彼の口が、小さくなにかを呟いた。
しかし、彼が紡いだ言葉を聞き取ろうとする前に、彼が振り下ろしたナイフによって意識は赤に染まり。
私の命は、終わりを迎えた。
***
ざあざあと聴覚を刺激する音に、感覚が夢の中から這い上がってくる。
ゆっくりと瞼を開いてベッドのすぐ傍にある窓へ視線を移せば、外は激しい雨に見舞われていた。
「……」
未だに夢うつつな頭の中は、あまり物事を深く考えられなくて。
けれど、あの夢のせいで色んなものが胸の中でないまぜになったような気分を感じ、何でもいいから言葉を発したい衝動に駆られる。
小さく唇を開けるが、しかし声帯を震わせることはできず、結局短い息を吐いただけとなった。
雨の日は、決まってあの夢を見る。
あまりにも恐ろしく、鮮烈で、残酷な悪夢。
それをただの夢だと片付けてしまえたら、忘れてしまえたら、どんなに楽だっただろう。
どんなに、幸せだっただろう。
「……一番残酷なのは、私だ」
ようやく吐き出せた声に、抑揚はなかった。
夢になんてできない。忘れるなんて、許されない。
だって、あれは「前の私」が最後に犯した罪の記憶なのだから。
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