poison remover
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なまえを初めて見たのは、2年前。
あいつがどくジムのジムリーダーに就任した時だった。
前任のどくジムリーダーに連れてこられたあいつは、ジムのタイプ色によく似た毒色の瞳を伏せ、何もかもに期待していないような表情でそっぽを向いていた。
当時のオレさまはそんななまえを、可愛くねぇ奴だな、ぐらいにしか思っていなかった。
前任者も変わり者だったが、今回のジムリーダーも中々に変わり者かもしれない。
とにかく、あいつに対する第一印象はあまり良くはなかったんだ。
ジムリーダーになったばかりのなまえは、今とは少し違うやさぐれ方をしていた。
引き継ぎのためにと付き添っていた前任のジムリーダーとしかまともに話さなかったし、その人以外の言う事も素直に聞かなかった。
前任者以外の人のことは全く眼中にないって雰囲気を、全身に纏わせていた。
『あの新任のどくジムリーダー、ちょっと怖くない?』
そんなあいつの性格と言動は、ジム関係者やスポンサーだけでなく、一般人にもあまり受け入れられることはなかった。
『あんなやつがジムリーダーとか、どくジム何考えてんだよ』
SNSであいつに対して囁かれる中傷も、あいつに対して向けられる嫌悪の目も、オレさまは見て見ぬふりをしていた。
同じジムリーダーとして注意や助言をすべきだとは思ったが、それは前任のジムリーダーがやったはずであり、それでもこの状態だというなら、もはや前任者の人選ミスだと諦めざるをえないと考えた。
オレさまにとってのあいつは、その程度の感情しか持てねぇ人間だったんだ。
「お前さ、ジムリーダー向いてねーんじゃねぇの」
あれは、あいつがジムリーダーに就任してから、ひと月ぐらい経った頃だったか。
所用でどくジムに足を運んだ時、執務室で書類と睨めっこしていたあいつに対してそんなことを言い放った。
あいつは書類に向けられた深紫の瞳をオレさまに向けたけど、すぐ興味なさげに書類へと戻って。
それがなんだか、ひどく癪にさわった。
「お前、なんとか言ったらどうなんだ」
舌打ちしたくなるようなムカつく気分を抑えながら、なまえの前まで歩み寄る。
机を挟んで、椅子に座っているなまえの顔を見下ろしても、なまえはオレさまの方を見ることはなくて。
それが余計に、オレさまの神経を逆撫でした。
「……別に、俺だってジムリーダー向いてるなんて思ってないっすよ」
文字の羅列を面倒くさそうに追いながら、なんでもない風になまえは呟く。
本当に、何にも感じていないように。
オレさまの言葉に、微塵も心を動かされなかったとでも言うように。
「でも、俺にはここしか居場所はないし、俺以外のやつがどくタイプのトップに立つなんて考えられないし」
秒針の音に混じって紡がれるなまえの声は、抑揚なんて欠片もなかった。
その視線は相変わらず書類に注がれていて、オレさまのことなんてまるで見えていないみたいに思えた。
だけど、近くで見たなまえの瞳は、微かに揺らめいて。
「……誰がなんて言ったとしても、俺は、あの人にこのジムを任された、から……」
声の感じが、先程と少し変わった気がした。
カサリ、と紙の音が聞こえたところへ目をやれば、書類を持つなまえの手が小さく震えてることに気付く。
「……もう、いいでしょう。さっさと帰ってくれませんか」
今度はハッキリと、なまえの声が大きく乱れた。
俯きかけた顔を再度見てみれば、なまえの瞳は水分を多分に含み、今にも零れ落ちそうになっていて――。
泣き出しそうななまえの表情を見て、初めて気付いた。
こいつはオレさまの言葉に興味がなく、また聞く耳を持っていないんじゃない。
むしろ、ぶつけられた言葉をよく聞いて自分の中に溜め込んで。
このままではダメだと分かっているが、どうしたら上手くいくのかは分からない。
不安で押しつぶされそうな気持ちを表に出さないよう、必死で平静を装っていたんだ。
だけど、今こいつの心のダムは決壊寸前で、きっと誰も知らないであろうこの姿を見られるのは、この場にオレさまひとりだけで。
「帰らねぇよ、ばーか」
なまえの顎を軽く指で掴み、こちらに向かせる。
自分が今何をされてるか分からないって顔で、オレさまを見上げる大きな瞳。
ようやく真っ直ぐにオレさまを見たその瞳から、透明な雫が一筋流れていった。
「……え、あ……?」
「泣いちまうぐらい辛く感じる前に、誰かに相談とかしろ。なんなら、オレさまがジムリーダーの何たるかを教えてやってもいいぜ?」
顎先まで伝った涙を拭ってニヤリと笑えば、ようやく自分が何をされているか理解したなまえが一気に顔を真っ赤に染め上げて。
そんな表情をオレさまがさせているって考えると、なんだかぞくりとしたものが込み上げてきた。
「っ……だ、誰がてめぇなんかに教えてもらうかよ! いいから早く出てけ!」
椅子ごとオレさまから身を引いてビシッと扉を指さすなまえ。
きっと、今まで誰かに「相談してくれ」なんて言われたことがなかったのだろうし、こいつ自身も誰かに頼ろうとか思わなかったんだろう。
人に頼ることも甘えることもできず、人からの親切も素直に受け取りきれねぇ。
可愛くねぇ性格をしてるはずなのに、今はどうしてか、こいつのことをもっとよく知ってみたいと、こいつに頼られてみたいと思う自分がいる。
ほんの数分前まで、こいつに対して何も感じていなかったのに。
ついさっき、こいつにジムリーダーなんて向いてねぇとすら言っちまったくせに。
「はいはい。んじゃ、また来るからな〜」
「うるせぇ、もう来んな!」
なまえに渋々従って執務室から立ち去る。
去り際に見えたあいつの怒りながら照れた顔を思い出し、胸の奥底でぽつりと芽吹いたこの感情は、はたしてなんていう名前だったか。
そんなことを考えながら、オレさまはどくジムを後にした。
(……なーんてこともあったな)
あれからもう2年も経ったのか、なんて感慨にふけりながら、キノコの明かりに照らされたアラベスクの街を歩く。
あの後からあいつに構うようになって、姿を見かければ目で追うようになって、あいつのことを少しずつ知っていって。
段々となまえがオレさまや周囲と打ち解けられるようになって、ジムリーダー業を着実に覚えていって。
そうして時が過ぎていくほどに、胸の中で勝手に育った芽は、無視できないほどのものとなって。
今ではもう、オレさま一人では持て余しちまうぐらい、大きな花を咲かせてしまった。
(……なんで、このオレさまが)
頭をガシガシと掻いて、ひとつため息を吐く。
オレさまは別に、男が好きなわけじゃない。
今まで女としか付き合ったことはないし、男に対して一度もそういう感情を持ったことはなかった。
そういう話に偏見は持っていないはずだが、それでもオレさまにはどこか関係ない話だと思っていた。
それなのに、まさか。
「あ、てめぇ! また性懲りも無く来やがって!」
ふいに背後から投げつけられた怒声に、思わず口角が緩みそうになる。
それをあえて隠さずにヘラりと笑いながら振り返れば、眉間にシワを寄せてオレさまを睨むなまえの姿があった。
「お、なまえじゃねーか。奇遇だな〜」
「こんなとこまで来ておいて、奇遇もなにもねぇだろ!」
「冷てぇなー、この前キスした仲なの、」
「わぁあああ!! てめっほんと……っ、信じらんねぇ!」
こんな往来でなんてこと口走るんだ、なんて真っ赤な顔でオレさまの口を両手で塞ぐなまえの反応は、本当に可愛くて仕方がない。
あの時は唇の端に少し触れただけだったから、厳密に言えばちゃんとしたキスではなかったんだが、こいつはしっかりとあれをキスだと認識してくれている。
そんなことが思ったより嬉しく感じて、ちゃんとしたやつをしてやったら、こいつはどんな反応を見せてくれるんだろう、なんて欲が出そうになる。
「とにかく、もう俺に関わるんじゃ、」
「それは出来ねぇ相談だな」
「なっ、わ……っ!」
口を塞がれてた手の首を掴んで、少しだけ自分のほうに引き寄せる。
思った以上に軽いこいつは、ちょっと力を入れるだけで簡単にオレさまの胸へダイブした。
驚きと羞恥が入り交じった顔でオレさまを見上げるなまえに、胸の中の花が艶やかさを増していく。
あぁ、思っていた以上に、この花は厄介かもしれねぇな。
「今更なまえに関わらないなんて、出来るわけねぇだろ」
「っ……な、んでだよ……。なんでそんなに、俺に構うんだよ……」
なまえの声音が不安そうに揺らぎ、視線が動揺で泳ぐ。
そんなに怖がらなくても、別に取って食いやしねぇのに。
「さて、なんでだろうな〜」
「は、はぁっ!?」
ぱっと手を離してなまえを解放してやれば、なまえはオレさまから数歩分の距離を取って、意味が分からないとでも言いたげな目で睨んできた。
なんだよそれ、なんて呟いてそっぽを向くなまえの顔には、さっきまでの不安も動揺もなくなっていて。
代わりに、望むものを得られなくて拗ねた子どもみたいな可愛らしさを感じてしまい、思わず吹き出してしまう。
「な、なんで笑うんだよ!」
「わりぃわりぃ、あんまりなまえが可愛いから、ついな」
「だっ……てめぇ、やっぱ俺のことからかってんだろ!」
この野郎、なんて言いながら掴みかかろうとするなまえをひらりとかわして、その頭をぐしゃぐしゃとかき撫でる。
今はまだ、この胸に咲く花の存在をこいつに伝えるつもりは微塵もない。
勝算だってないし、男同士だし、そもそも好き嫌い以前に信用されているかどうかも怪しいときた。
第一、どくジムのことで手一杯のこいつに、誰かを好きになる余裕なんてないだろうから。
だから今は、たまにちょっかいを出しつつ一人でなまえのことを好きになっていよう、なんてことを考えているわけで。
「ったく、健気なオレさまに感謝しろよー?」
「はぁ? 何言ってんだ」
ジロリと睨むなまえに力なく笑いながら、今度は愛しさを込めてその頭を優しく撫でた。
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