poison remover
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どくジムに融資してくれている数少ないスポンサーの内の一社との今後に関する打ち合わせを終え、慣れない話し合いに疲労を感じながら自宅に帰ってきた俺を出迎えたのは。
「よぉ、おかえりなまえ。遅かったじゃねーか」
ガラルが誇るトップジムリーダー様の、それはもうお前の自宅か?って錯覚するくらいリラックスしたご様子で。
リビングの中で、買ってきたのだろう酒を片手にソファに座り、ヘラヘラと目尻を垂れさせて手を振るそいつに、思わず天を仰ぐ。
おかしい。どう考えたっておかしい。
あまりにも理解ができない現実に、目の前がまっくらになりそうになる。
「……なんっで、俺の家にてめぇがいんだよ!」
こいつの身勝手ぶりに、頭の血管がブチ切れそうになる。
外から俺の家を見た時に、なんか部屋の電気ついてんなと思ったのは、決してキノコの光が反射してとかそういう見間違いじゃなかったのか。
ったく、アラベスクのセキュリティどうなってんだ。
そもそもお前、フェアリータイプ苦手なんだからこっちに来んなよな。
「なんでって、なまえに会いに行こうとしたら偶然ポプラさんに会ってよ。なまえに会いてぇっつったらスペアキー渡してくれた」
「あのクソババアッ……!」
なんで勝手に家に入れんのかと思ったらスペア持ってやがったのかよ……!
しかもなんでこいつに渡しちまうんだよおかしいだろ!?
これだから小さい街は変に防犯意識が低くて嫌なんだ!
あのバアさん、今度会ったら自慢のフェアリーポケモン全員毒まみれにしてやる!
「っ……返せ! 俺んちのカギだ!」
「やだね、もうオレさまのもんだかんな」
ひらひらとスペアキーを掲げて笑うあいつに、いよいよマジ切れしそうになる。
とびかかる勢いで鍵を奪い返そうとするも、嫌味なくらい長い腕は、ひょいと俺の動きを上手くかわす。
「ってめ……調子に乗んなよな……!」
「おーこわ。悔しかったら取り返してみなー」
ケラケラとソファにふんぞり返って笑う性悪に、ついに我慢の限界を迎える。
そっちがその気なら、もう容赦はしねぇ。
「このっ……さっさと、返しやがれ!」
「う、わっ!?」
全力で奴に飛びかかり、両肩を掴んで思い切り体重をかける。
いきなりの俺の行動に面食らったのか、咄嗟の判断ができなかったそいつはあっけなく体勢を崩した。
スペアキーを持っていた手を掴んで無理やり奪い取り、取り返されねぇようにその辺に放り投げる。
「っ……どうだ。あまり俺をバカにしてっと、痛い目見っからな」
急に動いて上がってしまった息を整えながら、ソファに倒したそいつを見おろす。
そいつはアイスブルーの瞳をぱちくりさせながら、何も言わずに俺を見上げていた。
……んん? なんで何も反応がねーんだ。
いつもなら、俺をバカにしたように笑って、そんでもって。
「……うわぁ。なまえってば、意外と大胆なんだな」
ちょっと頬を赤らめて、わずかに吊り上がった目で挑発するかのように俺を見上げてきて。
ちょっと待て、おかしい。こいつの反応は明らかにおかしい。
……いや、待て。おかしいのは今の俺達の体勢か?
ソファの上、俺より長身の男の肩を押さえつけて押し倒してる俺と、黙って俺に押し倒されてるトップジムリーダー。
やばい。これはいわゆる、事案というやつなのでは。
「ち、ちがっ……俺はただ、スペアキーを……!」
とても嫌な予感がしてこいつから離れようとすれば、その前にガッシリと両の二の腕を掴まれる。
くそ、びくともしねぇ! 畜生、無駄に鍛えやがって!
「おいこら、放しやがれっ。からかうのもいい加減にしろ!」
「んー。オレさま、別にからかってるつもりはねーんだけどよ」
うそだ、これはどう考えてもからかってやがる。
でないとこいつが、こんなに楽しそうに笑うわけがない。
「放して欲しかったらさ。オレさま、なまえにひとつお願いがあんだけどよ」
「っなんだよ……」
じっと見つめられたら、なんだかとても居た堪れない気持ちになってきて、ふいと顔を逸らす。
そしたら片手で頬に触れられて、無理やり目の前の男のほうに再度向かされた。
なんだ、なんなんだこいつは。
一体俺に何がしてぇんだ。
「いいかげんさ、オレさまのこと名前で呼んでくんね?」
キバナ、ってよ。そう目の前で囁かれ、ぞわりと背筋を何かが駆け巡った気がした。
こいつ、俺がわざと名前で呼ばなかったの、気づいてやがったのか。
「っなんでだよ。別に、呼ばなくてもいいだろ」
「いーや、良くないね。このキバナさまの名前を一度も呼ばねぇなんて、なまえくらいだぜ?」
「うるせぇ……んなこと、どうでもいいだろ」
「へぇ、じゃあお前は一生、オレさまを押し倒したまんまだな」
ついでにロトムに撮ってもらうか、なんてのん気に自分のスマホロトムを呼び出そうとするこいつに、途端に血の気が引くのを感じた。
ただでさえ嫌な絵面だってのに、それが映像として残るなんてことになったら、俺はきっとこのネタで一生いじられる。
そんなことは絶対にごめんだ!
「わ、わかった、呼べばいいんだろ!」
「そーそー、最初から素直にそうしろよな」
じゃあ早速呼んでみな、と満面の笑みで言われ、う、と言葉に詰まる。
別に、こいつの名前が嫌いだとか、こいつ自身が嫌だからなんて理由で、こいつを名前で呼んでこなかったわけじゃない。
ただ、俺みてぇにジムの運営もままならねぇ未熟なジムリーダーが、トップジムリーダーであるこいつの名前を気安く呼ぶのは、何となく憚られて。
いけ好かねぇ野郎だけど、こいつのことは一応すげぇ奴だとも思ってるし、絶対言いはしねぇけど、まぁ、尊敬もしてる。
それに、なんとなくというか、こんな風に思うのはおかしいのかもしれねぇが。
「……キ、キバ、ナ……」
…………単純に、こいつのことを名前で呼ぶのが、恥ずかしい。
「……へぇ。そんな顔すんだな」
めちゃくちゃ熱くなった顔をまじまじと見られ、猛烈に顔を逸らしたいけどこいつの手がそうさせてくれなくて。
あとで覚えてろよ、なんてこの後の報復を考えていると。
「やっぱお前、かわいいわ」
なんて、意味がわからないことを言われて。
俺が固まっていると、こいつの顔が近づいてきて、唇の端に何かが触れた感触がして。
それがこいつの唇だということを理解するのに、たっぷり5秒はかかってしまった。
「はっ、な……っ!?」
「はは、ごちそーさん」
俺が口を抑えてこいつから離れようとしたら、二の腕はすっかり解放されていてあっさり距離をあけることができた。
今さっきの出来事に頭の処理が追いついていない間に、奴……キバナはソファから降りて部屋を出ようとしていた。
「じゃ、また遊びにくるからなー」
ひらひらと手を振って俺の家を後にするキバナを、俺は目で追うこともできなかった。
まだあいつの体温が残るソファに顔を思い切り叩きつけ、何とか平静を取り戻そうと試みる。
「なんっだよ、あいつ……!」
しばらくの間、俺はあいつのせいでその場から動くことはできなかった。
そして、そのせいで俺が床に放り投げたスペアキーを再びキバナに奪われていたことに気付いたのが、1時間後となってしまった。