みじかいお話
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オレにとってポケモンバトルは唯一の楽しみであり、生きがいであり、麻薬である。
スタジアムの熱気、互いのポケモンがぶつかりあう様子、その先に見えるチャレンジャーの、勝利を掴もうとするあの表情。
様々な思惑、願い、策略、希望が混ざり合うあの場所で、ただオレは勝利だけを渇望する。
チャンピオンというものは、他人が欲しがるものを決して奪わせない生き物だ。
だから、勝利に浸る権利は絶対に誰にも奪わせない。
勝利を自分の元へ手繰り寄せた時に感じるすさまじい高揚感の、あの甘さときたら!
ああ、昂る気持ちが醒めてしまう前に、早く、はやく次の勝利を味わいたい!
勝利は、オレだけのものだ!
***
「……どうやら、私の勝ちみたいですね」
ワイルドエリアのどこだったか、見晴らしのいい場所でたまたま出会ったトレーナーにバトルを挑んでみた時、オレはまた自分が勝利するものだと信じて疑わなかった。
だから、目の前の状況と、対戦相手の彼女が放った言葉の意味が、うまく理解できなかった。
ダイマックスなしとはいえ、相棒のリザードンが地に伏せるなんて。
無敗のチャンピオンであるこのオレが、どこの誰かもわからないトレーナーに負かされるなんて。
「よく頑張ったね、バンギラス」
傷つきつつも体力に余裕がありそうなバンギラスに最低限の回復を施し、一撫でしてからボールに戻す。
オレもリザードンに手当てをしてやりながら、頭の中で先ほどのバトルを何度も頭の中でリピートする。
「…………」
なぜ、どこで間違った。
あの時出した技の判断が少し遅かったか?
相手の火力がどの程度かを見誤ってしまったか?
予想とは違った特性を持っていたことに気を取られ、不覚を取ったことか?
いや、最良の判断を下せた場面も多かったはずだ。
ただ今回は、彼女と、彼女のポケモンのほうが一枚上手だったというだけだ。
「……あの、ダンデさん?」
しゃがみ込んでリザードンをボールに戻そうとするオレに、彼女が近寄って声をかけてきた。
顔を上げて彼女を見やれば、太陽の光をバックに、不思議そうな顔でこちらを見おろす彼女と視線が合う。
年齢はいくつだろうか。オレよりは少し下に見える。
ワイルドエリアでも動きやすいからだろう、スポーツタイプのスウェットに身を包み、プラチナブロンドの長い髪を風になびかせている。
フルボディの赤ワインを彷彿とさせる瞳に見つめられ、その美しさに目が逸らせない。
ああ、どうしてだろう。
喉が渇いてしかたがない。
「……すまない、ぼーっといていた。しかし、キミは強いな!」
「い、いえいえ! たまたま運が良かっただけで……!」
「いや、キミは強いぞ。このチャンピオンダンデに勝ったんだ、もっと誇りを持っていい!」
いつも周りに向けて張り付けている笑顔の仮面をかぶり、立ち上がって彼女に称賛を送る。
お互いの健闘を称えるために、と片手を差し出してバトル後の握手を求めれば、おずおずと握り返される。
柔らかな、女の子の感触。
この可憐で、小さな手で育てられたポケモンに、自分は負けたのだ。
「キミさえ良ければ、連絡先を教えてくれないか? 今度、是非ともリベンジがしたい!」
「えっ、そんな、私なんかが……」
自然な流れで彼女の個人情報を聞き出すも、戸惑う彼女はそう簡単には教えてはくれなかった。
ふむ、しかし警戒されている様子ではなさそうだ。
ただ緊張しているだけか?
それならば。
「すまない、オレに連絡先を教えるのはいやだったか……?」
眉根を下げ、困ったように一歩身を引いた言葉を投げかける。
あくまで彼女の意志を尊重するように。
オレの求める最適解を、彼女自らに選ばせるように。
「い、いえ! そんなことないです! むしろ光栄で……!」
「本当か! 良かった……では早速交換しよう!」
思った通りに、慌ててオレの提案を飲んでくれる彼女。
呼び出したお互いのスマホロトムが連絡先を送受信する様子を、夢みたいだとキラキラした目で見つめる彼女にバレないよう、口角をわずかに上げる。
まずはひとつ、手に入れることができた。
次に欲しいものは、そうだ。
「そういえば、キミの名前を聞いていなかったな」
「名前、ですか?」
連絡先の交換を終えた自分のロトムを手元に戻し、こちらをきょとんと見上げる彼女。
名前を聞く前にバトルを申し込んでしまったから、まだ彼女の名前は知らないままだった。
「私は、なまえと言います」
「なまえくん……か。よし、覚えたぞ!」
笑顔でお礼を言いながら、何度も彼女の名前を反芻する。
なまえ、オレを負かせたトレーナーの名前。
オレから勝利を奪い取った相手。
オレにとって今欲しいものは、この瞬間から彼女に塗り替えられる。
「これからよろしくな、なまえくん」
オレはキミを、絶対に手に入れる。
チャンピオンは、欲しいものに対して最も貪欲な生き物なんだぜ。
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