みじかいお話
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「しばらく、キバナとは会わないようにしたいの」
オレさまの家で昼食を取ってる最中、机を挟んで向かいに座っていたなまえが寂しそうに目を伏せてそう言った時、つい食事の手を止めてしまったオレさまの反応は当然のものだと思う。
ポケモン専門のメンタルセラピストであるなまえは、昔から世話になってるらしい先生の元で、心に傷を負ったりして精神的な異常を見せるポケモンの無投薬での治療をしている。
そんななまえと出会ったのも、なまえの言う「先生」が院長をしてる小さな個人病院でだ。
当時、オレさまはワイルドエリアで捕まえたばかりのヌメラを新しく育てようとしていた。
でもそいつが好きそうな味の飯もロクに食わずにぐったりしてるから、おかしいと思って普通にポケモンセンターに連れてったら「この子にはこちらの病院のほうが合ってるかもしれませんね」と紹介されたのがきっかけだ。
最初にあの病院を見た時、メンタルクリニックなんてうさんくせぇなと思ったを覚えてる。
でも一応ポケモンセンターからの紹介だし信用できるのかもと半信半疑で中に入り、受付で必要なことを書いたら、出てきたのがなまえで。
診察のためにボールから出したヌメラを見たなまえが、不安そうに鳴くヌメラに「怖くないから安心してね」とめちゃくちゃ優しい声で話しかけてたのが印象的だった。
それからオレさまにいくつか質問をして、答えたことをカルテみてーなもんに書き込んでたなまえは、カルテからまだ不安そうにしているヌメラに視線を向けてへらりと笑った。
「いいトレーナーに出会えて良かったね」
その言葉は、何度か言われたこともあるくらい陳腐な言葉だった。
でも、人に褒められるのなんて当然だとすら思ってたオレさまだったけど、なまえのその言葉には他の誰に言われるよりも強く、ポケモンのことを思う気持ちが伝わってきて。
…………今思えば、あの時にはもうすでに、なまえに惚れていたのかもしれねぇ。
「このヌメラちゃんは環境の変化に対して特別に敏感な子みたいなので、今までと同じように愛情を持って育ててあげれば、いずれ心を開いてくれますよ」
特に病気という訳でもないらしく、育てる上で気をつけて欲しいことだけ教えられて、今日はもうこのままヌメラを連れて帰ってもいいと言われた。
随分とあっけない診察だったなとも思ったけど。
それよりも、なまえがオレさまの不安も取り払ってくれるように笑いかけてくれたことと、オレさまが腕に抱えてたヌメラに最後まで触ろうとしなかったことが頭に残ってて。
それからはポケモンのことについて聞きに行ったり、なまえに診てもらったヌメラがだんだんとオレさまに心を開いてくれたことを報告しに行ったりして、少しでもなまえとお近づきになろうとして。
なまえのことを知れば知るほど、深くハマっていく自分に気づいちまって。
「……好きだ」
ようやくふたりで食事に行ける仲になった時、もうどうしようもなく気持ちが止められなくなって、食事に行った帰り道でつい気持ちを伝えちまったら、今までで1番びっくりした顔をされて。
あーこれはオレさまの分っかりやすいアプローチに気付いてなかったって顔だな、って複雑な心境になって。
だから、しばらく考え込まれたあとに小さく「私も好きです」と答えられた時には、それはもう嬉しくなっちまって。
絶対にこいつを幸せにしようって、心の中で固く誓ったのを覚えてる。
……誓った、はずなんだけどな。
「……まず、理由を聞かせてくれねーか」
つい昔のことを思い出していた頭を現実に引き戻して、オレさまは目の前で申し訳なさそうにしているなまえを見る。
浮かんだ言葉はどれも声には出せなくて、黙ってなまえの反応を窺う。
なまえはオレさまと目を合わせてくれなくて、それが距離を置かれてるような仕草に見えて、心がチクリと傷んだ。
「もしかして、オレさまのことが好きじゃなくなったとか?」
おいおい、このキバナさまがこんなにネガティブなこと言うなんて、誰が想像できるよ?
でも、そんだけこいつのこと好きなんだよなって、改めて気持ちを再認識する。
あー、ちゃんとなまえとキッパリ別れられるかな。
スマートに、なるべくなまえに負担を感じさせないように別れさせてあげられるかな。
「ち、がう……。キバナのことは、ちゃんと好きだよ」
すっかり別れる前提で物事を考えてたオレさまは、なまえの言葉に疑問符を浮かべた。
オレさまのことが好きなんだったら、なんでオレさまと会いたくないって考えができるんだよ。
意味が分からなくて、ついなまえのほうへ身を乗り出しそうになる。
「だったらなんで、別れてぇって思うんだよ」
声を荒らげそうになるのをなんとか抑えて、できるだけ落ち着いてなまえに話しかける。
すると、なまえはキョトンとした顔でオレさまへ視線を向けてきた。
「わか……え? 私、キバナと別れたいなんて、言ってない……」
「…………は?」
今度はオレさまがびっくりする番だった。
ちょっと待て。だってこの流れはどう考えても別れ話を切り出されるやつだろ。
なまえは泣きそうな顔をしてたけど、オレさまだって泣きそうだっつーの。
「キバナは、私と別れたかった……?」
「ちげーよ! つか、なまえと別れたいとか考えたこともねーよ!」
「そ、そっか……」
とうとう抑えられなくなって大きな声を出しちまうと、なまえは何故か顔を赤くして俯いちまった。
しかし、ますます意味がわからねぇ。
オレさまと別れたい訳じゃないなら、なんでオレさまと会わないなんて言うんだよ。
「あのね、キバナ」
「……んだよ」
まだ赤い顔したなまえがオレさまに声をかけてきて、なるべく気持ちを落ち着かせてから返事をする。
なまえは非常に言いにくそうな顔をして、でもようやく決心したのか、小さく口を開いた。
「えっと、ね。今度、ポケモンの心理学会がホウエンであるんだけど……」
ホウエンか。遠いな。
「そこで、先生の推薦で論文を発表する機会をいただけてね」
なるほどな、すげーじゃねーか。
「大きな学会だから、気合いを入れて論文を書きたいんだけど、その……キバナと……」
ん? オレさまが何かまずいことでもしたのか?
「……キバナと会っちゃうと、論文よりもキバナと一緒にいることを、優先したくなる、から……」
あー、なるほど。理解したわ。
こいつ、かわいすぎか?
「オレさまってば、なまえに愛されてんなー」
「ちょっと、私は真剣に悩んで……!」
さっきまでの不安はすっかり消えて、ヘラヘラと締まりのねぇ顔をしちまう。
今の言葉、スマホロトムに録音してもらえば良かった。
そんくらい嬉しい言葉だったな、うん。
「そういうことなら仕方ねぇ。しばらくなまえに会うのは我慢しとくわ」
「う、うん……ごめんね」
申し訳なさそうに眉を下げるなまえに、愛しさが募る。
なまえの仕事のことはもちろん理解してるし、応援してる。
なまえにだって、オレさまのジムリーダーとしての仕事のこととかで我慢させることだってあったし、お互い様だ。
「んじゃ、なまえに会えなくなる分、とことんなまえを補充しちまうか」
「え……?」
「あ、ちなみに今日泊まってけよー」
「とま……っ!?」
オレさまの言葉に赤い顔でオロオロしだすなまえが本気でかわいくて。
とりあえず食事が終わったら、めいっぱいなまえに甘えちまおうと決心した。
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