みじかいお話
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オレさまはあまり独占欲が強いほうじゃない。
でも、一度欲しいと思ったことに対する情熱や行動力はすさまじいし、諦めの悪い性格でもあるなとも自分で思ってる。
「なー、なまえ。好きだぜ。はやくオレさまと付き合えよ」
たまたまスポンサーから請けた仕事で出会ったなまえに一目ぼれして、こうして度々なまえの職場である広告代理店に顔を出しては、人目もはばからずにアプローチをかける。
「……はぁ。また来たんですか。キバナさんって意外としつこいんですね」
伊達に無敗のチャンピオン相手に10年挑み続けてるだけありますね、とため息を漏らすなまえ。
黒くて長い髪をひとつに結んで、サファイアの瞳をじとりとオレさまにむける。
こいつには下手なアプローチなんかより、こうして真っ向から言い寄ったほうが早く落ちるだろうと思ってから、早半年。
いいか、半年だぞ。半年のあいだ、なまえはこのキバナさまが口説いても一向に落ちる気配がしねぇんだ。
今までオレさま相手にこんなに長く落ちなかった相手はいなかったもんだから、そりゃーもう俄然やる気になって『ぜってー落としてやる!』と意気込んでんだ。
だから、いいかげん落ちて、オレさまのものになってくれよ。
そうなった時の達成感と幸福感を、はやく味わわせてくれ。
「な、今日はもう上がりなんだろ? メシ食いにいこーぜ」
「結構です。あなたと一緒にいるところをもし撮られでもしたら、後が面倒そうなので」
「いいじゃねーか、そん時は『オレさまの彼女だ』って言っちまうからよ」
「そっちのほうが面倒なんですけど」
あなたのファンに殺されてしまいます、と頭を抱えるなまえ。
お、困ってる顔もかわいいな。勝手に写真撮ったら怒られちまうか?
「だいたいキバナさん、私のこと彼女にする気ないでしょう」
スマホロトムを呼び出そうとしたオレさまは、しかしなまえの一言で固まった。
…………は?
こいつ、今なんて言った?
「……おいおい、オレさまの告白聞いてなかった? 好きだっつってんだけど」
「それって本心から言ってます? 前から思ってたんですけど、キバナさんの言葉には感情がないっていうか……」
おい、それ以上なにも言うんじゃねぇ。
心臓がぞわりと嫌な音を立てる。
思わず張り付けた作り笑いは、なまえの瞳にはどう映ってんだろ。
「キバナさんは私のこと、目的を達成するための道具として見てますよね」
抑揚のない声で放たれた言葉に、頭の中が赤く染まったような気がした。
***
ナックルシティは今朝から天気がいい。
起き抜けにカーテンを勢いよく開けて日光を寝室に取り入れたら、部屋の隅でまだ寝ていたフライゴンが眩しそうに目をぎゅっとつぶった。
「おっと、わりーなフライゴン。すぐ閉めるからよ」
申し訳なさそうに笑って、静かにカーテンを閉める。
薄暗くなった室内には、オレさまとフライゴンと、それから。
「なー、起きてんだろ? 朝メシ一緒に食おうぜ」
オレ様が寝ていたベッドとは違うベッド。
その中に身体を隠しているやつに声をかけると、ベッドの中でびくりと大げさに身体を跳ねさせた。
声かけたぐらいで、そんなに驚くなっての。
「おーい、もしもーし。起きてんだろ? なまえ」
ベッドの傍まで行って、なまえが被っている毛布を思い切り剥ぐ。
なまえは丸まったまま、長い髪をベッドに広げ、両手で顔を隠した。
「おいおい、わがままは良くねーぞ? オレさまもう腹ペコなんだからよ」
起きたくない、と全身で訴えるなまえに困り果て、身体を起こさせようとその腕を掴む。
「ヒッ……い、いや、放して……!」
それは、明らかに拒絶の声だった。
腕を掴んだことによって、なまえの顔がオレさまの目に映る。
あの凛とした綺麗な顔は憔悴しているし、深い青の瞳の下にはうっすらとクマができていた。
きっと、ロクに眠れてねーんだろう。
まぁ、心当たりはありまくりだけど。
「そんな冷てぇこと言うなって。いくらオレさまでも、傷ついちまう」
「っ……ね、ぇ……お願い、キバナ……」
オレさまをさん付けで呼ばなくなったのも、オレさまに対して敬語じゃなくなったのも、オレさまが『お願い』したから。
だって、そうしたほうがもっと仲良くなれるだろ?
「んー? どうした、なまえ? あ、もしかして朝メシのリクエストか?」
なまえのためなら何でも作っちまうぞ、と笑顔でなまえの言葉を待つ。
こいつが朝メシで好きなのは濃いめのコーヒーと、それから。
「…………家にかえして」
チーズが乗ったトーストなんだよな、うん。
さーて、どうやってなまえを起こそうか。
ベッドの上に居座られちゃ、いつまで経ってもメシを食わせてやれねーし。
むりやり抱えてでもリビングに連れていくしかねーかな。
だけど、それよりもまずは。
「まだんなこと言ってんのかよ」
なまえに、またオレさまの家で生活するってことを教えなきゃなんねぇ。
掴んでいた腕をオレさまのほうへ引っ張り上げ、むりやりになまえを起き上がらせる。
なまえの顔が痛そうに歪んだけど、知ったこっちゃねぇ。
「いいかげん諦めてくんねーかな。なまえはオレさまと一生ここで暮らす。オレさまのものになって、オレさまだけに可愛がられんの。オレさま以外のやつと会うことは許さねーし、そもそも家から出ることも許さねぇ。言ってること分かるか?」
あの日から数日後、深夜に帰宅途中のなまえを無理やりこの家に連れて来てから一ヵ月の間、さんざん教え込んだことをもう一度なまえに話す。
なまえが働いていた広告代理店にはオレさまが作った退職届を人づてに出してるし、なまえが住んでいた家も大家にそれっぽい嘘で言いくるめて中の家財ごと引き払わせた。
なまえが持っていたスマホだって解約したから、もうなまえにはオレさまのところ以外に居場所はねーんだ。
おまえはさ、オレさまの情熱的で薄っぺらなアプローチを見抜けるくらいには賢いんだからよ。
いいかげん諦めて、オレさまに落ちてくんねーかな。
「……どうして、こんな、こと……」
なまえが、掠れた声で呟く。
あーあー、かわいそうに。喉かれちまってんな。
まぁ、毎晩のようにオレさまが満足するまで抱いてっから、こうなるのも仕方ねーよな。
視線をなまえの怯え切った表情から下にさげる。
なまえが唯一着ているオレさまのぶかぶかなシャツじゃ隠しきれねぇほど、なまえの身体にはオレさまが付けた痕がちりばめられている。
身体はもう、オレさまなしじゃダメになるように教え込んだんだぜ?
あとは、なまえの心さえ手に入ればいい。
「そんなの、何度も言ってんだろ?」
張り付けたものじゃない、とびきり甘い笑顔をなまえに向ける。
いつかも言った気がするが、オレさまは独占欲が強いほうじゃない。
手に入れたものはその時点で熱が冷めちまうし、それがどんなに苦労して自分のものにしたのだとしても、捨てようと思えばためらいもなく捨てられる。
だけど、なまえのことはここまでしてでも欲しいと思うのは、まだ完全になまえがオレさまに落ちていないからか。
いや、もしかしたら、こいつなら完全にオレさまのものになっても、一生捨てずにオレさまひとりが独占し続けるかもしれねぇ。
誰の目にも触れさせたくねぇし、一生オレさまだけを見ていて欲しい。
ああ、なんだ、今ならちゃんと言えるじゃねーか。
「なまえのことが好きだからな」
これが、きっとこの感情が、恋ってやつなんだな。
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