甘い孤独
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初めてジムチャレンジに挑戦し、その年で他の追随を許さぬ勢いを持ってガラルのリーグチャンピオンの座に上り詰めてから10年。
相棒のリザードンや他のポケモン達と共に、オレに挑戦してくるチャレンジャーと熾烈なバトルをするのが何よりも楽しくて。
ポケモンの技、特性、タイプ相性、その他諸々を熟知した上で練り上げられた戦略を、余すことなくオレにぶつけて欲しい。
そうやってぶつけられた戦略を、チャンピオンに勝つという強固な意志を、すべて理解した上で完膚なきまでに叩きのめす瞬間は、いつもオレをたまらない気持ちにしてくれる。
もっと強いトレーナーと戦いたい。
その為には、ガラルのトレーナーをもっと強くする必要がある。
それこそ、ガラルの歴史に残るほどに。ガラルのトレーナーのレベルが、世界により認められるほどに。
オレというガラルチャンピオンの名を被った偶像が、いつかまだ人であった頃の姿に戻れるほどに。
『ダンデさんは、チャンピオンであることをやめたがっているんですか』
いつだったか、幼なじみの友人のそのまた友人と、初めて二人で飲みに行く機会があった時。
オレがチャンピオンとしてガラルの未来を語っていたら、目の前の彼女は甘そうな色をした酒が入ったグラスを傾けながら、冷えた声音でそう言い放った。
『……どういう意味だ?』
ようやく絞り出した声は、情けないほど戸惑いで満ちていた。
オレが、チャンピオンをやめたがっている?
そんなことはない。チャンピオンであることを放棄したいだなんて、そんなこと。
『だってダンデさん、まるでチャンピオンであることが窮屈だって顔をしています』
――――誰にも、見破られたことはなかったのに。
***
「キミのブラッキーは、相変わらず綺麗な毛並みをしているな」
なまえの家で、ソファに座って相棒のブラッキーにブラッシングをするなまえの姿を隣で見守る。
ブラッキーは気持ち良さそうになまえに身体を預けながらも、警戒を解くものかとオレへ鋭い視線を向けている。
やれやれ、まだ懐かれるのには時間がかかりそうだ。
「当然よ。私が唯一連れているポケモンだもの」
なまえはブラッシングの手を止めぬまま、愛おしそうに、それはもう妬けてしまう程に優しい表情でブラッキーを見つめる。
ブラッキーもそんな彼女の想いとシンクロしたかのように、頬をすり寄せて小さく鳴いた。
進化の条件に含まれているとはいえ、扱いの難しいブラッキーがここまで懐くのだから、なまえの育て方は非常に愛のあるものなのだろう。
オレには向けてくれない愛情を一身に受けて育ったブラッキーが、いよいよ羨ましくなる。
「他にポケモンを育ててみようと思わないのか?」
「思わないわ。この子さえいてくれればいいし、この子が妬いちゃうもの」
さみしがりだから、と笑うなまえ。
どうやらこのブラッキーは、主人の性格までシンクロしていたようだ。
ポケモンはトレーナーに似るとは言うが、ここまで顕著な例は初めて見たかもしれない。
「そういえば、もうすぐジムチャレンジが開催される時期よね」
「ん? ああ、そうだ。今年はオレの弟も参加するんだぜ!」
友達と一緒になって張り切っていたぜ、と笑顔で話す。
まだジムチャレンジには早いと思っていたが、いつの間にか大きくなっていた弟とその友人の姿には、何かを感じずにはいられなかった。
「じゃあ、今年こそ貴方の願いが叶うといいわね」
ブラッキーを撫でながら口にされた言葉に、笑顔が一瞬固まってしまった。
オレの僅かな心情の揺れを察知したのだろう、ブラッキーがオレを冷めた目で見上げる。
まったく、つくづくシンクロという特性は厄介だぜ。
「そうだな、今年こそはよりガラルのトレーナーが強くなるように、」
「私が言っているのは『チャンピオン』としてじゃなくて、『ダンデ』としての願いのことよ」
なまえがオレの顔を見上げ、まっすぐにオレの瞳を見つめる。
まるで、オレの何もかもを見破り、深い部分に隠した本質に触れるかのような、据えた瞳で。
「今年こそ、貴方を『チャンピオン』から、ただの『ダンデ』に戻してくれる人が現れるといいわね」
ああ、本当に。
キミのそういう、オレを『オレ』として見てくれるところが、あの時からずっと。
「……そう、だな」
ずっと、欲しくてたまらなかったんだ。
***
この感情に気付いたのは、いつだったか。
いや、ずっと前に気付いていたが、あえて見ないふりをしていた。
だってこの感情は、恋と呼ぶにはあまりに暗く、愛と呼ぶには淀みに満ちている。
「好きだ、なまえ。キミのことが好きなんだ」
過ぎた想いは重りになり、枷となって相手を縛り付ける。
独りでいることが耐えられないくせに、誰かに束縛されるのを嫌う彼女には、この感情は息苦しいだけだと分かっているのだが。
なまえの心に巣食う孤独を知り、触れることはないと思っていたぬくもりに触れてしまった今。
彼女のことを『ただの友人』だと言い聞かせ、自分の気持ちに蓋をすることは、もうできない。
「……まだ、そんなことを言うのね」
戸惑いを隠そうともしないなまえに、深く口づける。
いい加減、オレの気持ちをただの同情だと、心配からくるものだと吐き捨てないでくれ。
頼むから、オレのことを一人の男として必要だと縋ってくれ。
『チャンピオン』としてでなく、『友人』としてでもなく、ただの『ダンデ』として。
「まるで、本当に告白されているような気分だわ」
そして今日もまた、キミはオレの気持ちから目を逸らす。