甘い孤独
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「なまえさん、最近付き合い悪くなりましたよね」
小さな声で囁かれ、私は資料に落としていた視線を隣にいる同期の男に向けた。
マクロコスモスの傘下子会社である私の職場では、人とポケモンがより豊かな暮らしを送るための住宅デザインをするのが主な業務だ。
大きさや特性、生息地等の違いによる多種多様なポケモンの最適な生活環境を、そのポケモンと暮らす人の生活環境とどれだけ擦り合わせることができるか。
様々なニーズに答えるために、私の職場は日々お客様の声に耳を傾け、デザインの構想を練ってそれを提案する。
愛しいポケモンと最高の暮らしができるためにと考えた自分のデザインが、お客様に喜ばれた時の嬉しさは並のものではない。
今は、私が担当するお客様にお渡しするデザインの資料を上司にチェックしてもらいに行くところだった。
「……今は仕事中よ」
「いいじゃないですか、ちょっとした雑談ぐらい」
心の中でため息を吐いて同期から目を逸らせば、やれやれといった様子を見せただけで話を終わらせようとはしなかった。
ああ、まったく、面倒くさい。
「以前はちょくちょく会ってくれたのに、ここ最近は全くないので」
どうしてか気になるじゃないですか、と貼り付けたような笑顔を浮かべられる。
やっぱり、職場の人間と関係を持つとロクなことがない。
この同期の男は私と同じくプライベートでは遊んでそうだったから、後腐れない関係を築けるだろうと思っていたのだけど、どうやら見当違いだったようだ。
「……最近、新しいポケモンを育て始めたのよ」
「ポケモン、ですか」
トレーナーでもないのに?と聞かれ、知り合いにもらったから仕方なくよ、と答える。
いい加減、この話は終わりにしたい。
自分のことをあれこれ詮索されるのは好きじゃない。
「ボクはてっきり、なまえさんに恋人ができたのかと思いましたけど」
くすりと笑みを浮かべる男の言葉に、不覚にも頭に浮かべてしまった金色の瞳を思考から追いやる。
まさか、と男の顔を見ずに笑えば、何か思うところがあるみたいだったけれど、諦めたように納得してくれた。
もう話は終わりね、と同期の男の前を歩けば、背後から呼び止められる。
振り返って男のほうを見やれば、男は自分の首筋――ちょうど耳の後ろあたりにトン、と指で触れた。
「首のそれ。他の人にはバレてないと思いますけど、一応気を付けたほうがいいですよ」
男はそう言っていじわるそうに笑う。
ぴしりと固まった私にはもう構いもせず、しかしとても楽しそうな様子で去っていった。
予想もしていなかった男の台詞に、思わず自分の首筋に手を触れる。
「(……まさか、こんなところにも付けられていたなんて)」
鏡を見た時には髪で隠れていた場所だったから、気づかなかった。
付けるなら見えない所だけにしてと、念を押したはずなのに。
……もしかして、私が自分では気づかない場所ということも見越して、あの男はこの場所に痕を付けたのだろうか。
真面目で堅物で、子どもみたいな所もあるくせに、ひどく計算高い一面も持ち合わせている彼のことだ。
その可能性は充分にあり得る。
「(今度会ったら、説教してやる)」
わずかに熱を持った首筋から手を離して、資料を持ち直す。
それでも、他の人間には見えていないだろう彼の痕跡のせいで、その後の仕事にはあまり集中できなかった。
***
お酒の勢いでの一件から、私はダンデに宣言された通り、他の男のところへは行けなくなった。
ダンデと恋人になったつもりはないが、どうやらあの男は諦めていないらしく、忙しい合間を縫っては私の家を訪ねてくる。
家に押しかけてきて何もないなんてことはほぼなく、毎度私を組み敷いては、自分のものだと言わんばかりに遠慮なく食い荒らされるのだ。
最初に身体を重ねた時から感じてはいたが、ダンデは非常に性欲が強い。
その強さたるや、私とこういう関係になるまではどうやって発散させていたのかと疑問に思うくらいにだ。
そんなダンデの相手をするだけでも身体がもたないのに、他の男の所へなんて行けるはずがない。
「なまえ」
暗い部屋の中。
ふたりで寝るにはいささか狭いベッドの中で、ダンデが背後から私を抱きしめた。
彼の固い胸板が背中に触れ、その温かさに眠気を誘われる。
「なまえ、なまえ」
こういう関係になってから、彼は私のことを敬称なしで呼ぶようになった。
その行動には、彼が私との心の距離を縮めようという意図が含まれているのだろう。
何度も私を呼ぶ声に、最初は無視して寝てしまおうかと思ったが、私のお腹に回された手の動きに嫌な予感がしたから仕方なくため息を吐く。
「……そんなに呼ばなくても、聞こえてるわよ」
「まだ怒っているのか?」
しゅんとした声で、後頚部に顔を埋められる。
怒っている、とは、何に対してだろう。
「キミの首につけた、痕のこと」
ああ、そのことか。
見える所に痕を付けられたことに関しては、既に話は終わったと思っていたのだけど。
「もうしないでよね」
「ああ、気をつけるぜ」
気をつける、なんて言葉を選んだということは、止める気はないということか。
どうやら私の説教は彼に対して、効果はいまひとつだったようだ。
「しかし、この痕を見つけたというなまえの同期は、随分とキミのことを良く見ていたんだな」
ひやり、彼の放った言葉にほんの少しだけ、冷たさが混じった気がした。
ダンデには、この痕のことを見つけた男のことを、ただの職場の同期としか話していない。
以前関係を持っていた内のひとりだったことも、むしろ男か女かでさえも話していないのに、どうしてここまで不機嫌になれるのだろうか。
その理由に関してはなるべく気づかないフリをして、ダンデの手に自分の手を重ねる。
「たまたまよ。風で髪が舞い上がった時にでも見つけたんでしょ」
「……そうか」
それ以上は追及せず、ダンデは首の付け根に触れるだけのキスをする。
まったく、嫉妬の仕方がまるっきり恋人のそれなのは、いかがなものか。
「なまえ」
考えを巡らせていると、再びダンデに名前を呼ばれた。
返事をする前に、上体を起こした彼に覆いかぶされる。
顔を上げたら黄金色が広がって、思わず開きかけた口を塞がれた。
「ん……ちょ、っと……」
「……だめ、か?」
何に対する問いかけなのかは知りたくもないのに、性感を煽るような手つきで私の腰骨をなぞる彼の手に、否応にも気づかされて。
もう何度も彼を受け入れて疲れきったはずの身体が、甘く疼いた。
「……ちゃんと、気持ちよくして」
「もちろんだぜ」
許しをもらえて無邪気に喜ぶ彼の、しかしその瞳はすでに欲を孕んでいて。
首筋を舐められ、脚の付け根に触れられ、ぞわぞわと快楽を引き上げさせられて。
「……あの程度の牽制じゃ、やはり足りないな……」
互いにすっかり燃え上がった頃、か細い声で呟かれた言葉は、彼の熱でとろけてしまった私には聞こえるはずもなかった。