甘い孤独
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逸らしていたものと正面から向き合うことにしたら、今まで見たことがないものを見られるようになるものなのだろうか。
例えば、心の奥底に封じ込めていた気持ちを伝えた時のダンデの顔は、今まで見たことないくらい嬉しそうな、しまりのないものになっていた。
するりと頬に手を添えられ、その手のぬくもりに涙腺が熱くなる。
「ずっと、その言葉が聞きたかった」
甘いあまい声は私の心を蕩けさせようとするものだったから、耐えきれず閉じた瞼の端から自然と水滴が伝ってしまった。
涙を見せたことが恥ずかしくなって手の甲で涙を拭おうとすると、ダンデの大きな手の平に私の手が包まれて、そのまま指を絡めとられる。
「そのまま、泣いてくれても構わないぞ」
「や、やだよ……せめて、拭かせて……」
「じゃあオレが拭くぜ」
言うが早いか、ダンデが私の目尻に口づけを落として、涙が通ったあとをべろりと舐められた。
拭くとは一体なんだったのか。
それにしても、この男はこんなにも私を甘やかす行動を取る人だっただろうか。
どうだったかと思い返してみれば、心当たりはすぐに浮かんだし、いくつも存在した。
今までだったらダンデの気持ちにも、自分の気持ちにも見て見ぬふりをしてきたから、ダンデのこの行動に対して平気な顔ができたものだけど。
自分の気持ちをダンデに伝えて、ダンデの気持ちを受け止めると決心した途端、ダンデから与えられる愛情表現に言い様もない羞恥を感じてしまう。
恥ずかしさを誤魔化すために、わざとダンデの腰に脚をすり寄せて性感を煽れば、分かりやすいほどにダンデの身体が震えた。
それと同時に、私の手を握っていたダンデの手に僅かながらに力が入るのを感じたところで、黄金色の瞳が至近距離で私を見つめてきた。
「誘っているのか?」
囁きは甘さを帯びていたが、同時に欲も孕んでいた。
先ほどまで好き勝手していた男が今更何を言うのかと思うと笑いが込み上げてきそうだったが、ぐっと飲み込んでダンデに触れるだけの口付けを与える。
キスをされるとは思っていなかったのか、ダンデが少し驚いた顔を見せた。
「ねだって欲しいと言ったのは誰だったかしら」
「……後悔しても遅いぞ」
耳元で囁いたダンデの吐息は熱く、脳髄までとろけさせるような色香を放っていた。
あまりにも腰にくる声音に肌が栗立つのを感じながら、小さく笑いかける。
「そんなの、今更よ」
自嘲にも似た呟きは、その呼吸ごとダンデの唇によって飲み込まれ。
昂り始めた熱を、その熱が突き動かす衝動のまま、ダンデの鍛えられた素肌にこの身を深く委ねさせた。
***
「今夜は、泊まっていくだろう?」
シャワーを浴び、リビングにあったソファにもたれ掛かってくつろいでいると、私のあとでシャワーを浴びたダンデがリビングに入ってきてほぼ確定事項かのような尋ね方をされた。
何をどうしたら、そこまで自信たっぷりに私が泊まると思えるのだろうか。
ため息を吐きつつ視線を向けた窓の外は、すっかり夜の色に染まっていた。
確かこの部屋に連れてこられた時は昼間だったはず。
一体どれだけの時をここで過ごしたのかと考え、つい先ほどまでの出来事が脳裏にフラッシュバックする。
赤くなりそうな顔をダンデがいる方とは逆に向けると、すぐ隣でダンデが腰を降ろす気配がした。
「……泊まらないわ。明日も仕事で忙しいもの」
「奇遇だな、俺も明日は忙しいぜ!」
「だったらなんで……、っ」
顔を隣の男へやらないまま話していたら肩に手を回され、たいして強くない力で引き寄せられる。
僅かに離れていた距離が埋まり、不覚にも心臓が大きく脈打った。
恐る恐るダンデのことを横目で見れば、それはもうとびきり甘い微笑みでこちらを見つめているダンデと目が合ってしまう。
バトル脳で生真面目なくせに子どもっぽくて、恋愛事とは一切関わらずに生きていそうなダンデに、まさかこんな恋人に見せるような表情ができるとは。
そしてそれを私に向けているという事実に思考が追いつかなくなって、変に緊張してしまう。
「なまえと離れたくないからだぜ」
他に理由が必要か?
顔を近付けられ、ダンデの低い声に鼓膜を震わせられ、そのくすぐったさに思わず耳を手で覆って首を竦める。
きっともう真っ赤になっているであろう顔は、ダンデにしっかりと見られてしまっているだろう。
くつくつと笑うチャンピオンに恨めし気な視線を送ると、すまないと心にもない謝罪を返された。
「……もしかして、からかってるの?」
「まさか。ただ……」
「?」
「なまえがオレの言葉を素直に受け取ってくれていることが、嬉しくてな。ついいじめてしまった」
へらりと笑われ、そのまま耳を覆っていた手の甲に口づけを落とされる。
ああもう、本当に調子が狂う。こんなはずじゃなかったのに。
恋愛初心者のダンデに、ここまで心をかき乱されるなんて。
「……さないから」
「ん? どうした?」
「私以外の人にこんなことしたら、ゆるさないから」
初心な小娘でも言わないような台詞を吐けば、ダンデは目をぱちくりさせたあと、じわじわと赤くなった顔を片手で隠して。
「……あまり可愛いことを言わないでくれ」
ひんしになりそうだ。なんて、動揺した小さい声が聞こえてきた。
あまりもダンデが照れるものだから、こちらまで殊更に照れてしまう。
「……で、どうするんだ」
「な、なにを」
「泊まるのか、泊まらないのか」
「……それは」
「オレとしては、前者を選んでくれると嬉しいんだが」
まだ赤い顔のダンデに尋ねられ、泊まらないつもりだった心が揺れ動く。
まるで付き合いたての恋人のようなやり取りだと思って、そういえばつい数時間前に恋人になったばかりだったと気付いた。
「……そうね。今日は泊まらせてもらうわ」
「本当か!」
「そのかわり、明日は早く起きないといけないから」
「心配しなくても、流石にこれ以上キミに無理をさせるつもりはないぜ」
ああ、一応無理をさせていたという自覚はあったのか。
まぁその点に関しては、この際どうでもいいとして。
「……信じるわよ?」
「ああ。そうと決まればまずは食事だな!」
冷蔵庫の中を確認してくる、と立ち上がろうしたダンデは、しかし何を思ったか急に私の顔を覗き込んできて。
「なまえ」
いきなり近付いてきたダンデの整った顔に、心臓が跳ねそうになるのを抑えていると。
「キミが好きだ」
真っ直ぐで純粋な愛の言葉を送られて、ダンデの瞼がゆっくりと閉じられる。
驚きにきゅっと引き結んだ唇に触れるだけのキスを落とされ、見開いた視界がダンデで埋め尽くされた。
すぐに離れた唇から微かな吐息が零れて、うっすら開いた瞼の中に潜んだ金色と視線が交じり合う。
じっと見つめ合っていると、温かい気持ちが胸の奥底から溢れてきて。
私もダンデも、もう独りぼっちじゃないんだって思うと、何だか涙が出そうになって。
「私も、あなたが好き」
精一杯の笑顔をダンデに向けて、ぎゅっとその首に腕を回す。
「あなたがこれから先、例え何者になったとしても。私はダンデのことをずっと好きよ」
「……ありがとう」
なんだか照れるぜ、と私の肩に顔を埋めたダンデは、子どものように小さく鼻をすすった。
これからもきっと、私達はすれ違ったり喧嘩したり、一筋縄ではいかない道を歩むかもしれない。
でも、この狭い空間で甘い孤独を分け合っている今だけは、全ての苦難も困難も、全部受け止められる気がして。
そんなガラでもないことを考えてしまった自分に苦笑して、ダンデの首に回した腕に力を込めた。
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