豪炎寺の幼馴染。真顔でボケをかます性格。
オニキスの両翼
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綺麗な夕焼けだ。
身体がバーを超える一瞬のうちにそんな事を考える余裕がある時は調子がいい。私の体は何処もバーに掠る事なく、半回転してマットの上に着地した。この高さは安定して跳べるようになってきたな、と監督が満足気に頷く。先輩にも、これなら来週の大会はそこそこいい結果が出るぞ、800メートルもあるけど頑張れよ、と激励とばかりに背中を叩かれた。監督や先輩の期待に曖昧に笑って返す。ハイジャンの方が好きだから、実のところハイジャン一本に絞りたいのが本音だった。
「調子良さそうだな」
水飲み場で頭から水をかぶっていると、水流の音に紛れてそんな声が降ってきた。
不意打ちだ、心臓に悪い。タオルで顔を拭きながら変に跳ねた心臓を落ち着ける。
「やだー、豪炎寺クンってば覗き?陸部の練習をコソコソと」
「人聞きの悪いことを言うな」
「てへぺろ」
「可愛くないぞ」
「豪炎寺クンひどーい、あてっ」
ふざけ過ぎた。
デコピンされた額を抑えて小さくホッとため息をつく。最近話す機会が少なくなってきていたから、正直距離感を掴みかねていたところだった。この反応なら及第点としよう。
中学に上がってサッカースクールをやめてから、修也と会う時間は少しずつ減っている。放課後のサッカーの時間が無くなり、クラスも離れ、部活の時間も違うとなれば、顔を見るのも休み時間に時々通りすぎるくらいの頻度に落ちた。“昔は親しかった人”という正しく幼馴染のポジションに収まり始めたことについて、自分が何かどうこうしたいのか、それとも停滞を装って緩やかに離別していくのを良しとするのか、答えは出せていない。
「練習、もう終わりなんだろ。久しぶりに一緒に帰らないか」
時たま、こうして、答えを出すようにせっつかれているような気分になる。修也にその気はない。これは断言できる。ただ自分が勝手に追い詰められている気になっているだけだ。
多分嫌だと断った方が気は楽で、でも断ったら後悔することになるだろうとも思った。
「わかった。片付けと着替え終わるまで待ってて」
後悔したくない方を選択するのは案外勇気が要った。
小学生の時のあの出来事について、修也にとっては二日も経てば忘れるような瑣末なことだったと思う。そうであってほしいし、そうじゃなきゃ困る。私は鮮明に覚えてしまっているけれど、できればシュレッダーに二、三回かけてフードプロセッサーで細切れにした後に焼却炉で灰も残らなくなるまで燃やし尽くしてしまいたい思い出の一つだ。
あれはいわゆる嫉妬の類であったと、感情に名前をつけられる程度に今の私は少しだけ成長した。でもそれが恋愛感情によるものか、それともただの独占欲によるものかの決め打ちは未だにできないまま、ズルズルと時間を浪費してしまっている。
「いつもやってるんじゃないだろうな」
「今日だけ、今日だけ」
道端に落ちている石ころを蹴り飛ばしながらの通学路。日が落ちて薄暗く、時々石ころを見失う私に修也は呆れたように笑った。
「変わってないな」
「なんだよー。子供っぽいって言いたい?否定できないけども」
「いや、最近避けられてるんじゃないかと思ってたから。少し安心した」
「避け……」
てるつもりは無い、とは言えない。どう接したらいいかわからなくて、逃げるように視線を逸らし続けていたのは事実だった。
「あー、たまに修也のクラス行くけど、大抵寝てるじゃん。だからそう思うのかも」
「……そうか?」
「そうだよ。いっつもタイミング悪いんだよね」
別に修也に用があって行くわけじゃない。ただ、通りすがりに、見つからないようにこっそり教室を覗くと、いつも修也は机に伏せて寝ているのは本当だ。サッカー部はどの部活よりも厳しいし、終わった後は家で遅くまで勉強しているから、修也の睡眠は足りてないらしい。修也は納得してないように眉を顰 めたが、それよりサッカー部が陸部より早く終わるなんて珍しいねと、適当な話題に逸らした。
「明日試合だから、今日は軽めの練習で終わったんだ」
「そっか、明日だっけ決勝……え、明日!?」
机の上に放置したままの糸玉たちが頭によぎった。図書館で借りた「はじめてのミサンガ」という本はもう二週間近く開きっぱなしで放置されている。作りかけのミサンガの長さは予定の半分か、それとも三分の一くらいだったか。大会前に渡すつもりがずるずると今日まで延びてしまったのに、決勝戦にも間に合わないのはちょっと、いや大分不甲斐ない。一刻も早く帰って続きをやらなければ、と大きく一歩踏み出す。
「ごめん修也、急用思い出したから先に帰るね!」
「ちょっと待て千晴、明日」
私の体が止まったのは修也に待てと言われたからでも、腕を引かれたからでもなかった。
「あれ、豪炎寺くん?」
女の人の凛とした声だった。
「宮内さん、」
修也に宮内と呼ばれたその人は、あの時のあの人だろうと察しがついた。
もう制服は着ていないし(それは今私が着ているのだから)、それ以外のアイコンを良くは覚えていなかったけれど、何より修也の声が、態度があの人だと言っていた。普段同世代の男子と比べて大人びて見える横顔が年相応に見えるくらい。声変わりも終わって低くなった声が少し上ずって聞こえるような。彼女の登場は修也にも不意打ちだったのか、狼狽えたように居住まいを正した。
「久しぶりだねー。制服だから一瞬わかんなかったな。そっか、もう中学生……」
修也の陰に隠れていた私か、それとも修也が女子の腕を掴んでいるという状況を見てか、宮内さんの言葉は尻切れとんぼに終わる。
「あっ……とー、ごめん。お邪魔したね」
「いえ、私、今帰るところだったので。失礼します」
修也の腕を振り払い、あの日できなかったお辞儀をして、顔を上げないまま二人に背を向けて走り出した。呆気ないほど簡単に修也の腕は解けた。追いかけても来なかった。自分があの場から逃げたのに、離れてしまった腕の温もりが寂しいとか、追いかけてきてくれないかと淡く期待している自分が気持ち悪かった。
あの時克服したと思っていたどす黒い感情にまた支配される。
嫉妬。名前はわかるようになった。どうやってこの感情を扱ったらいいのかは未だにわからない。
「まだ馬鹿のままだ」
手首にはめた黒いブレスレットが揺れる。邪気を祓ってくれるんじゃなかったのか。折角買ったのに。
身体がバーを超える一瞬のうちにそんな事を考える余裕がある時は調子がいい。私の体は何処もバーに掠る事なく、半回転してマットの上に着地した。この高さは安定して跳べるようになってきたな、と監督が満足気に頷く。先輩にも、これなら来週の大会はそこそこいい結果が出るぞ、800メートルもあるけど頑張れよ、と激励とばかりに背中を叩かれた。監督や先輩の期待に曖昧に笑って返す。ハイジャンの方が好きだから、実のところハイジャン一本に絞りたいのが本音だった。
「調子良さそうだな」
水飲み場で頭から水をかぶっていると、水流の音に紛れてそんな声が降ってきた。
不意打ちだ、心臓に悪い。タオルで顔を拭きながら変に跳ねた心臓を落ち着ける。
「やだー、豪炎寺クンってば覗き?陸部の練習をコソコソと」
「人聞きの悪いことを言うな」
「てへぺろ」
「可愛くないぞ」
「豪炎寺クンひどーい、あてっ」
ふざけ過ぎた。
デコピンされた額を抑えて小さくホッとため息をつく。最近話す機会が少なくなってきていたから、正直距離感を掴みかねていたところだった。この反応なら及第点としよう。
中学に上がってサッカースクールをやめてから、修也と会う時間は少しずつ減っている。放課後のサッカーの時間が無くなり、クラスも離れ、部活の時間も違うとなれば、顔を見るのも休み時間に時々通りすぎるくらいの頻度に落ちた。“昔は親しかった人”という正しく幼馴染のポジションに収まり始めたことについて、自分が何かどうこうしたいのか、それとも停滞を装って緩やかに離別していくのを良しとするのか、答えは出せていない。
「練習、もう終わりなんだろ。久しぶりに一緒に帰らないか」
時たま、こうして、答えを出すようにせっつかれているような気分になる。修也にその気はない。これは断言できる。ただ自分が勝手に追い詰められている気になっているだけだ。
多分嫌だと断った方が気は楽で、でも断ったら後悔することになるだろうとも思った。
「わかった。片付けと着替え終わるまで待ってて」
後悔したくない方を選択するのは案外勇気が要った。
小学生の時のあの出来事について、修也にとっては二日も経てば忘れるような瑣末なことだったと思う。そうであってほしいし、そうじゃなきゃ困る。私は鮮明に覚えてしまっているけれど、できればシュレッダーに二、三回かけてフードプロセッサーで細切れにした後に焼却炉で灰も残らなくなるまで燃やし尽くしてしまいたい思い出の一つだ。
あれはいわゆる嫉妬の類であったと、感情に名前をつけられる程度に今の私は少しだけ成長した。でもそれが恋愛感情によるものか、それともただの独占欲によるものかの決め打ちは未だにできないまま、ズルズルと時間を浪費してしまっている。
「いつもやってるんじゃないだろうな」
「今日だけ、今日だけ」
道端に落ちている石ころを蹴り飛ばしながらの通学路。日が落ちて薄暗く、時々石ころを見失う私に修也は呆れたように笑った。
「変わってないな」
「なんだよー。子供っぽいって言いたい?否定できないけども」
「いや、最近避けられてるんじゃないかと思ってたから。少し安心した」
「避け……」
てるつもりは無い、とは言えない。どう接したらいいかわからなくて、逃げるように視線を逸らし続けていたのは事実だった。
「あー、たまに修也のクラス行くけど、大抵寝てるじゃん。だからそう思うのかも」
「……そうか?」
「そうだよ。いっつもタイミング悪いんだよね」
別に修也に用があって行くわけじゃない。ただ、通りすがりに、見つからないようにこっそり教室を覗くと、いつも修也は机に伏せて寝ているのは本当だ。サッカー部はどの部活よりも厳しいし、終わった後は家で遅くまで勉強しているから、修也の睡眠は足りてないらしい。修也は納得してないように眉を
「明日試合だから、今日は軽めの練習で終わったんだ」
「そっか、明日だっけ決勝……え、明日!?」
机の上に放置したままの糸玉たちが頭によぎった。図書館で借りた「はじめてのミサンガ」という本はもう二週間近く開きっぱなしで放置されている。作りかけのミサンガの長さは予定の半分か、それとも三分の一くらいだったか。大会前に渡すつもりがずるずると今日まで延びてしまったのに、決勝戦にも間に合わないのはちょっと、いや大分不甲斐ない。一刻も早く帰って続きをやらなければ、と大きく一歩踏み出す。
「ごめん修也、急用思い出したから先に帰るね!」
「ちょっと待て千晴、明日」
私の体が止まったのは修也に待てと言われたからでも、腕を引かれたからでもなかった。
「あれ、豪炎寺くん?」
女の人の凛とした声だった。
「宮内さん、」
修也に宮内と呼ばれたその人は、あの時のあの人だろうと察しがついた。
もう制服は着ていないし(それは今私が着ているのだから)、それ以外のアイコンを良くは覚えていなかったけれど、何より修也の声が、態度があの人だと言っていた。普段同世代の男子と比べて大人びて見える横顔が年相応に見えるくらい。声変わりも終わって低くなった声が少し上ずって聞こえるような。彼女の登場は修也にも不意打ちだったのか、狼狽えたように居住まいを正した。
「久しぶりだねー。制服だから一瞬わかんなかったな。そっか、もう中学生……」
修也の陰に隠れていた私か、それとも修也が女子の腕を掴んでいるという状況を見てか、宮内さんの言葉は尻切れとんぼに終わる。
「あっ……とー、ごめん。お邪魔したね」
「いえ、私、今帰るところだったので。失礼します」
修也の腕を振り払い、あの日できなかったお辞儀をして、顔を上げないまま二人に背を向けて走り出した。呆気ないほど簡単に修也の腕は解けた。追いかけても来なかった。自分があの場から逃げたのに、離れてしまった腕の温もりが寂しいとか、追いかけてきてくれないかと淡く期待している自分が気持ち悪かった。
あの時克服したと思っていたどす黒い感情にまた支配される。
嫉妬。名前はわかるようになった。どうやってこの感情を扱ったらいいのかは未だにわからない。
「まだ馬鹿のままだ」
手首にはめた黒いブレスレットが揺れる。邪気を祓ってくれるんじゃなかったのか。折角買ったのに。