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――ガタンッ!
「ヒッ!な、何っ!?」
脱力していた体に衝撃が走った。それはまるで電撃のように体内を駆け巡り全身を硬直させた。静かな空間には驚くほどに響いた音。その出どころを探し辺りを見渡す。周囲に異変は見られず最後に上を見上げる。すると、通気用のダクトの蓋が開け下がっているのが見えた。
恐る恐るダクトの真下へと近づき上を見上げ闇の中を覗き込む。しかし何も見えない。にもかかわらず、確かに何かの気配がそこあった。
ポトリ……
ペチャ……
上から落ちて来る水滴。水と同じ見た目をしているが、それは水ではなかった。ダクトの淵から糸を引きゆっくりと床に一滴ずつ流れ落ちるそれは、まるで通気口がよだれを垂らしているかのようだった。
何かがいる。そう判断した直後、かすかに震える足を動かし後方へと移動する。見えない何かに見つからないように静かに。一歩一歩後ろへ。
――カランッ
「うわっ!」
ドンッと盛大に尻餅をついた。床に転がしたままのモップを踏み足を滑らせ打ち付けた臀部の痛みに顔が歪む。床掃除が終わったと同時に壁にでも立てかけておけば良かった。
しかし、後悔している暇は無かった。私の声と物音を聞きつけ、静かだった天井裏からヒタヒタと何かが這い回る音が近づいてくる。同時に何か鋭い物が天井を引っ掻くような音も聞こえた。
カリカリ……
ヒタヒタ……
尻餅をついたまま動くことができずダクトを凝視する。するとすぐに暗闇から現れた触手のようなものが一本、ぬるりと部屋へ侵入してきた。声にならない声が喉で詰まり絶句した。そして、触手のようなものが素早くダクトへ吸い込まれたかと思うと、次に現れたのは想像もしなかった化け物だった。
脳みその剥き出した頭部。目は無く、鋭い牙が生え揃う顔。口からは先ほど見た触手のような舌が一本伸びていた。ダクトから見えた触手だったものは化け物の舌だったのだ。化け物の姿はまるで人のような骨格をしていた。しかし皮膚は無く、剥き出しの筋肉が全身に見える。鋭く長い爪はまるで鎌のようだ。そして化け物は重力を無視するかのように天井を這い、辺りを見回しているようだった。
緊張と恐怖でじっとりと脂汗が滲み出てくる。身体が震えて力が入らず、立ち上がることができない。まるでホラー映画の登場人物になってしまったようだ。しかし、これは現実だ。本当に化け物が存在していたなんて。
「………」
恐怖で動けず思考を巡らせていると、ふと妙な事に気がついた。ダクトから入ってきた化け物は天井に張り付いているだけで一向にこちらへ向かって来ない。視力が無いせいか、私の姿を認識していないようだった。
尻餅をついたままだった腰を上げ物音を立てないよう慎重に動く。ゆっくり、ゆっくりと音を立てないように進み、転がったままの肉片を踏みつぶさないよう細心の注意を払う。脂汗がゆっくりと額を伝い落ちる。何をするにも神経は全てあの化け物に向いたまま、出口である電子扉へとやっと到着する。
(お願いっ、開いて……)
開閉ボタンを押す。
カチッ……カチッカチッ……
あまりに軽い指先の感覚。願いも虚しく、扉は施錠されていて開かなかった。その事実に焦りと恐怖がまた襲いかかる。振り返ると天井に張り付いていたはずの化け物が下に降りてきている。しかもさっきよりも距離が近い。大きく震える手でもう一度開閉ボタンを押そうとしたその時だった。扉の横にあるインターホンに気づき、咄嗟に通話ボタンを押し込んだ。
――ビィーッ!!
まるで警笛のような呼び出し音が響き渡りビクリと体が跳ねた。咄嗟に振り返る。同時に化け物がこちらを向き獣のように吠え、爪を掻き鳴らし、床に深い爪痕を刻みながらこちらへと向かってくる。私はもつれる脚を懸命に動かし、インターホンへ突進してくる化け物の横を大きくすれ違うようにして避けた。
化け物は勢いよく飛びかかるようにして鋭い爪を振りかざす。大きな破壊音と共に火花が飛び散る。化け物から繰り出された一撃は、周りの壁諸共激しく砕け散るようにしてインターホンを破壊した。
「――キャアッ!」
私は思わず叫び声をあげた。もしあの一撃が自分に当たったとしたら。体を真っ二つに裂かれて即死だろう。そんな恐ろしい想像が一瞬で脳内をよぎった時、化け物はぐるりとこちらに向き直り大きく吠えた。耳を劈く恐ろしい声に背筋が凍った。この部屋から出ることもできず、外部との通信手段も絶たれ、逃げようにもこの部屋には逃げる場所もない。しかし、そんな状況でもこのまま殺されるのをじっと黙って待つわけにはいかない。
そう思った刹那、生きたいという本能が私の体を突き動かした。そして次の瞬間、化け物の正面から反れるように勢いよく駆け出し、倒れたままのモップへと走った。途中落ちていた小さな肉片をグシャリと踏み潰したが、そんな事に気を留めている余裕はない。
モップとの距離は約3メートル程。すべては一瞬の出来事だった。化け物が背後に迫る気配を感じながら、滑り込むようにしてモップを手で掬い取り、両手でしっかりとモップの柄を握った。そしてすぐ後ろまで迫る影を確認し、四つん這いに這い回る化け物へ一撃を食らわせようと、私は両腕を大きく振りかぶった。
しかし、化け物は視界は無くともこちらの動きを瞬時に察知できるようで、私の動きを読んでいるかのごとく横へ飛び跳ね、私の一撃を俊敏にかわした。
カンッ!
振りかぶった一撃は虚しく空を切り床へと当たる。それでも何度もモップを振り上げ、どうにか当てようと必死に振り回す。
カンッ!
手応えの無い音が響く。
ガンッ!コツンッ!
駄目だ。何度やっても当たらず狙いが全く定まらない。無理に振り回したせいで腕の筋肉が痙攣し、ビリリとした痛みが腕の内側に走る。
「はぁっ……はぁっ……」
張り詰めていた息を吐き出す。私がモップを構え直すと、化け物はまるでこちらを馬鹿にしたような様子で右に左に軽快に跳ね回っていた。その化け物の姿に私の中で苛立ちの感情が沸々と沸き上がり、それが恐怖を上回った瞬間、私は持っていたモップを振り上げ化け物に向けて投げつけていた。
「この化け物ッ!!」
私の叫び声に反応した化け物は動きをピタリと止め、こちらにしっかりと向き直り、大きく口を開けながら長い舌を剣のように突き出してきた。舌先がモップに触れた瞬間、化け物は素早くモップの柄に舌を巻きつけ私の攻撃を受け止めた。
私の渾身の一撃は呆気ない結果となった。虚しさと絶望に打ちひしがれ人生の終わりを悟り膝をつく。せめて一思いに、できるだけ痛くしないでくれと願いギュッと目を瞑った。
「ヒッ!な、何っ!?」
脱力していた体に衝撃が走った。それはまるで電撃のように体内を駆け巡り全身を硬直させた。静かな空間には驚くほどに響いた音。その出どころを探し辺りを見渡す。周囲に異変は見られず最後に上を見上げる。すると、通気用のダクトの蓋が開け下がっているのが見えた。
恐る恐るダクトの真下へと近づき上を見上げ闇の中を覗き込む。しかし何も見えない。にもかかわらず、確かに何かの気配がそこあった。
ポトリ……
ペチャ……
上から落ちて来る水滴。水と同じ見た目をしているが、それは水ではなかった。ダクトの淵から糸を引きゆっくりと床に一滴ずつ流れ落ちるそれは、まるで通気口がよだれを垂らしているかのようだった。
何かがいる。そう判断した直後、かすかに震える足を動かし後方へと移動する。見えない何かに見つからないように静かに。一歩一歩後ろへ。
――カランッ
「うわっ!」
ドンッと盛大に尻餅をついた。床に転がしたままのモップを踏み足を滑らせ打ち付けた臀部の痛みに顔が歪む。床掃除が終わったと同時に壁にでも立てかけておけば良かった。
しかし、後悔している暇は無かった。私の声と物音を聞きつけ、静かだった天井裏からヒタヒタと何かが這い回る音が近づいてくる。同時に何か鋭い物が天井を引っ掻くような音も聞こえた。
カリカリ……
ヒタヒタ……
尻餅をついたまま動くことができずダクトを凝視する。するとすぐに暗闇から現れた触手のようなものが一本、ぬるりと部屋へ侵入してきた。声にならない声が喉で詰まり絶句した。そして、触手のようなものが素早くダクトへ吸い込まれたかと思うと、次に現れたのは想像もしなかった化け物だった。
脳みその剥き出した頭部。目は無く、鋭い牙が生え揃う顔。口からは先ほど見た触手のような舌が一本伸びていた。ダクトから見えた触手だったものは化け物の舌だったのだ。化け物の姿はまるで人のような骨格をしていた。しかし皮膚は無く、剥き出しの筋肉が全身に見える。鋭く長い爪はまるで鎌のようだ。そして化け物は重力を無視するかのように天井を這い、辺りを見回しているようだった。
緊張と恐怖でじっとりと脂汗が滲み出てくる。身体が震えて力が入らず、立ち上がることができない。まるでホラー映画の登場人物になってしまったようだ。しかし、これは現実だ。本当に化け物が存在していたなんて。
「………」
恐怖で動けず思考を巡らせていると、ふと妙な事に気がついた。ダクトから入ってきた化け物は天井に張り付いているだけで一向にこちらへ向かって来ない。視力が無いせいか、私の姿を認識していないようだった。
尻餅をついたままだった腰を上げ物音を立てないよう慎重に動く。ゆっくり、ゆっくりと音を立てないように進み、転がったままの肉片を踏みつぶさないよう細心の注意を払う。脂汗がゆっくりと額を伝い落ちる。何をするにも神経は全てあの化け物に向いたまま、出口である電子扉へとやっと到着する。
(お願いっ、開いて……)
開閉ボタンを押す。
カチッ……カチッカチッ……
あまりに軽い指先の感覚。願いも虚しく、扉は施錠されていて開かなかった。その事実に焦りと恐怖がまた襲いかかる。振り返ると天井に張り付いていたはずの化け物が下に降りてきている。しかもさっきよりも距離が近い。大きく震える手でもう一度開閉ボタンを押そうとしたその時だった。扉の横にあるインターホンに気づき、咄嗟に通話ボタンを押し込んだ。
――ビィーッ!!
まるで警笛のような呼び出し音が響き渡りビクリと体が跳ねた。咄嗟に振り返る。同時に化け物がこちらを向き獣のように吠え、爪を掻き鳴らし、床に深い爪痕を刻みながらこちらへと向かってくる。私はもつれる脚を懸命に動かし、インターホンへ突進してくる化け物の横を大きくすれ違うようにして避けた。
化け物は勢いよく飛びかかるようにして鋭い爪を振りかざす。大きな破壊音と共に火花が飛び散る。化け物から繰り出された一撃は、周りの壁諸共激しく砕け散るようにしてインターホンを破壊した。
「――キャアッ!」
私は思わず叫び声をあげた。もしあの一撃が自分に当たったとしたら。体を真っ二つに裂かれて即死だろう。そんな恐ろしい想像が一瞬で脳内をよぎった時、化け物はぐるりとこちらに向き直り大きく吠えた。耳を劈く恐ろしい声に背筋が凍った。この部屋から出ることもできず、外部との通信手段も絶たれ、逃げようにもこの部屋には逃げる場所もない。しかし、そんな状況でもこのまま殺されるのをじっと黙って待つわけにはいかない。
そう思った刹那、生きたいという本能が私の体を突き動かした。そして次の瞬間、化け物の正面から反れるように勢いよく駆け出し、倒れたままのモップへと走った。途中落ちていた小さな肉片をグシャリと踏み潰したが、そんな事に気を留めている余裕はない。
モップとの距離は約3メートル程。すべては一瞬の出来事だった。化け物が背後に迫る気配を感じながら、滑り込むようにしてモップを手で掬い取り、両手でしっかりとモップの柄を握った。そしてすぐ後ろまで迫る影を確認し、四つん這いに這い回る化け物へ一撃を食らわせようと、私は両腕を大きく振りかぶった。
しかし、化け物は視界は無くともこちらの動きを瞬時に察知できるようで、私の動きを読んでいるかのごとく横へ飛び跳ね、私の一撃を俊敏にかわした。
カンッ!
振りかぶった一撃は虚しく空を切り床へと当たる。それでも何度もモップを振り上げ、どうにか当てようと必死に振り回す。
カンッ!
手応えの無い音が響く。
ガンッ!コツンッ!
駄目だ。何度やっても当たらず狙いが全く定まらない。無理に振り回したせいで腕の筋肉が痙攣し、ビリリとした痛みが腕の内側に走る。
「はぁっ……はぁっ……」
張り詰めていた息を吐き出す。私がモップを構え直すと、化け物はまるでこちらを馬鹿にしたような様子で右に左に軽快に跳ね回っていた。その化け物の姿に私の中で苛立ちの感情が沸々と沸き上がり、それが恐怖を上回った瞬間、私は持っていたモップを振り上げ化け物に向けて投げつけていた。
「この化け物ッ!!」
私の叫び声に反応した化け物は動きをピタリと止め、こちらにしっかりと向き直り、大きく口を開けながら長い舌を剣のように突き出してきた。舌先がモップに触れた瞬間、化け物は素早くモップの柄に舌を巻きつけ私の攻撃を受け止めた。
私の渾身の一撃は呆気ない結果となった。虚しさと絶望に打ちひしがれ人生の終わりを悟り膝をつく。せめて一思いに、できるだけ痛くしないでくれと願いギュッと目を瞑った。