看病
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
葉巻を咥え紫煙を燻らせ、ブーツの踵を響かせながら歩くカール・ハイゼンベルクは、いつもにも増して機嫌が良かった。自然と口角が釣り上がり、いつもの安葉巻のはずなのに今日ばかりは特段美味く感じられるほどだった。薄暗く静まり返った地下通路を抜け、行き止まりまで進む。そこには金庫室のように重厚で、厳重にロックが施された鉄製のドアが立ちはだかっていた。
彼の上機嫌な理由はこのドアの向こう側にある。葉巻を咥え直し、大きな手をすっと一振るいした。磁力を行使する彼の動きに連動し、施錠されていた幾つもの重いダイヤルがぐるぐると勢いよく回り出す。金属同士が擦れる鈍い音が響き渡り、ロックが解除された。ゆっくりと開く重苦しい扉をすり抜け中へ入ると、室内はその物々しい外観からは想像もつかないほど、生活感の漂う空間だった。
中央にベッドが置かれたワンルーム。簡素ではあるが、仕切りの向こうにはバスタブやトイレなどの水回りも整えられており、贅沢を言わなければ何一つ不自由なく暮らせる環境だ。
これらは全て、ハイゼンベルクがあのベッドで眠る「飼い猫」のために誂えてやったものだった。だが、その人物は彼の侵入に気づいていないのか、毛布にすっぽりと全身を包んだまま横たわり、微動だにしなかった。
「ティナ? なんだ、まだおねむか?」
ハイゼンベルクはサイドテーブルの灰皿に葉巻を置いた。声をかけても、ティナが起き上がる気配はない。
「そろそろ起きねぇと、また襲っちまうぞ?」
まあ、そもそもそのつもりでここへ来たんだがな――そう心の中で笑いながら、彼はティナにまとわりつく毛布を力任せに引っ剥がした。その勢いに引きずられ、ぐるんと身体を回転させたティナは仰向けの状態になる。
「おはようさ……ん?」
ティナの異変に、ハイゼンベルクはすぐに気がついた。毛布の中から現れた彼女の頬は真っ赤に火照り、薄く開いた唇からは「ヒュー、ヒュー」と苦しげな呼吸が漏れていた。
「おい、どうした」
その問いかけに応じる余裕すらなさそうで、固く瞑られていた瞼がゆっくりと開かれ、潤んだ瞳が焦点を合わせようと彼を捉えるだけだった。ハイゼンベルクはごつごつとした大きな手のひらを彼女の額に当てる。予想通りの猛烈な熱だ。額に滲んだ汗が、じっとりと彼の手に付着した。
「昨日激しくしすぎたせいか? そんな弱っちい体力じゃ、これから身が持たねぇぞ、お嬢ちゃん」
そんな軽口を叩いてやった矢先、ティナの口からは言葉の代わりに痛々しい咳が漏れ出した。ここには気の利いた常備薬も、まともな医者もいやしない。このまま放置しておいて体調が良く転じるはずもなかった。ハイゼンベルクは心底面倒くさそうに大きな溜め息を吐き出すと、置いていた葉巻を再び手に取った。
「仕方ねぇな……ちょっと待ってろ」
部屋を出たハイゼンベルクは、自分でも無意識のうちに早足になりながら自室へと戻った。乱暴にドアを開け飛ばし、葉巻を深く燻らせながら、備蓄してあった飲料水のボトルと、手近にあった一番綺麗な布を掴み取る。それから、後で自分で食おうと思い取っておいたスープ缶の存在を思い出し、それもひっつかんだ。
そのままティナの待つ部屋へ引き返そうとしたハイゼンベルクだったが、ふと思い出したようにピタリと足を止める。
……はたして、スープはこのまま冷たいまま与えていいものだろうか。温めた方がいいのか、それとも熱があるなら冷たい方が通りがいいのか。人の介抱など生まれてこの方やったことのない男は、己の中の珍しい葛藤と面倒くささに不機嫌そうに舌打ちを打つと、乱雑に転がっていた小鍋を磁力で強引に引き寄せた。
飛んできた鍋をガシッと受け止め、埃をかぶっていたコンロに火をつける。缶詰の蓋を引きちぎり、中身を小鍋へドバドバとぶちけた。しばらくして、グツグツと一煮立ちしたスープの香りが立ち上る。スプーンで適当にかき混ぜ、持ち手まで熱くなった小鍋を磁力でふわふわと浮かせながら、ハイゼンベルクはティナの部屋へと戻った。生身の人間というのは、つくづく手がかかって不便だ。機械なら中身を開けてパーツを調べれば、どこがイカれているか一発で分かるというのに。いっそのことティナの身体も機械化してやろうか――そんな物物しい考えを巡らせながらドアの前まで来ると、彼は咥えていた葉巻を地面へ投げ捨て、ブーツの底で踏み消した。
ティナは扉の開く物音に気づき、ハッと目を開けた。
重い身体をゆっくりと起こすと、目の前ではスプーンを持ったハイゼンベルクがサイドテーブルに置いた小鍋をかき混ぜていた。香ばしいスープのいい香りが、鼻腔をくすぐる。
「とりあえず今はこんなもんしかねぇが……食えそうか?」
「え、あ……は、はい……」
掠れた小さな返事。ハイゼンベルクはスープをスプーンで掬い、そのままティナの唇へとあてがった。
「っ……!」
予想外の熱さにティナは反射的に顔を背けてしまった。ハイゼンベルクは「おっと」と少し慌てた様子でスプーンを引き戻す。
「……まだ熱かったか」
そう言うと、ハイゼンベルクは再びスープを掬い、自身の口元へと運んだ。そして大きな体を丸めるようにしてスプーンの先に息を吹きかける。スープを吹きこぼさないように丁寧に、それでいてしっかりと熱が冷めるように。荒々しいこの男にはお世辞にも似合わない、どこか不器用なその仕草をティナはぼんやりと見つめていた。
「悪かったな。ほら、もう熱くねぇよ」
差し出されたスープを口に含めば、今度は喉を優しく通る絶妙な温度だった。彼女が味を確かめている間も、ハイゼンベルクは真剣な顔で次の一口を冷ましている。その横顔を無意識に見続けるティナの視線に気づき、彼はどこか居心地悪そうに眉をひそめた。
「なんだ?」
「いえ、その……」
「俺が人を介抱するようなタチに見えねぇって顔だな」
「そ、そんなことは……」
慌てて吃るティナの反応を見て、ハイゼンベルクは満足そうに鼻で笑った。どうやら彼の機嫌を損ねたわけではないらしいとティナはホッと胸を撫で下ろす。ハイゼンベルクはスプーンを鍋に戻し、持ってきた布にボトルから直接水をぶっかけ始めた。ビシャビシャと吸いきれなかった水分が床を濡らす。その濡れタオルを豪快に絞り、手のひらサイズに折り畳むと、ハイゼンベルクはそれをティナの額へポンと乗せた。そのまま彼女の身体を押し倒すようにベッドへ横たえさせ、水滴の残るボトルを小鍋の横へドスンと音を立てて置く。
「せっかく看病してやったんだ、あとはおとなしく寝てろ」
「あ……ありがとう、ございます……」
「なぁに、礼なんかいらねぇよ。この恩は、後でたっぷり身体で返してもらうからな」
ニヤリと悪虐に笑ったハイゼンベルクは、脱いでいた帽子を被り直して部屋を出て行った。残されたのは、彼の残した煙草の匂いと、スープの温かい香りだけだった。
あれから、ハイゼンベルクは作業場に戻り、やりかけていた機械の調整を進めていた。いつもの上着は脱ぎ捨て壁の釘に引っ掛けられている。シャツの袖をまくり葉巻を咥え、工具がズラリと並んだ作業台に向かい、ラチェットを握りしめていた。
だが、ティナの看病を終えてからの数時間、作業を進めるハイゼンベルクの手は、普段の彼からは考えられないほど鈍っていた。最初のうちは、「あの後、熱は下がったか」と彼女の容態を気に病んでいたのが原因だった。だが、時間が経つにつれ、その心配は彼の脳内で急速に不純で歪んだ欲望へと変換されていく。
熱で真っ赤に火照った顔、苦しげな吐息、汗ばんで肌に張り付く髪。あの風邪の症状のすべてが、昨夜自分の腕の中で乱れていた彼女の姿と酷く重なるのだ。自分の下で組み敷かれ、快楽に溺れて息も絶え絶えだった姿。突き上げるたびに高く可憐な悲鳴を上げ、嫌々と拒否しながらも、離れずにすがりついてきたあの締め付け。男としての支配欲をこれ以上なく掻き立てられた、あの濡れた質感。
作業に集中しようと頭を振っても、一度芽生えた熱い衝動が離れてくれない。それどころか、頭の中全体がティナの存在で侵食されていくのを感じ、ハイゼンベルクは己の浅ましさに苦笑した。
「……チッ、集中できやしねぇ」
咥えた葉巻の味すら分からなくなった頃、ハイゼンベルクは盛大に溜め息を吐き捨てると、手にしていた重いラチェットを作業台へ叩きつけた。カラン、と鋭い金属音が静かな部屋に空しく響き渡る。
「……様子を見に行ってやるか」
誰に言い訳するでもなく盛大な独り言を漏らすと、ハイゼンベルクは作業場を後にした。ガツン、ガツンと大きく響く彼の重いブーツの足音が、ティナの眠る部屋へと一直線に近づいていくのだった。
end.
彼の上機嫌な理由はこのドアの向こう側にある。葉巻を咥え直し、大きな手をすっと一振るいした。磁力を行使する彼の動きに連動し、施錠されていた幾つもの重いダイヤルがぐるぐると勢いよく回り出す。金属同士が擦れる鈍い音が響き渡り、ロックが解除された。ゆっくりと開く重苦しい扉をすり抜け中へ入ると、室内はその物々しい外観からは想像もつかないほど、生活感の漂う空間だった。
中央にベッドが置かれたワンルーム。簡素ではあるが、仕切りの向こうにはバスタブやトイレなどの水回りも整えられており、贅沢を言わなければ何一つ不自由なく暮らせる環境だ。
これらは全て、ハイゼンベルクがあのベッドで眠る「飼い猫」のために誂えてやったものだった。だが、その人物は彼の侵入に気づいていないのか、毛布にすっぽりと全身を包んだまま横たわり、微動だにしなかった。
「ティナ? なんだ、まだおねむか?」
ハイゼンベルクはサイドテーブルの灰皿に葉巻を置いた。声をかけても、ティナが起き上がる気配はない。
「そろそろ起きねぇと、また襲っちまうぞ?」
まあ、そもそもそのつもりでここへ来たんだがな――そう心の中で笑いながら、彼はティナにまとわりつく毛布を力任せに引っ剥がした。その勢いに引きずられ、ぐるんと身体を回転させたティナは仰向けの状態になる。
「おはようさ……ん?」
ティナの異変に、ハイゼンベルクはすぐに気がついた。毛布の中から現れた彼女の頬は真っ赤に火照り、薄く開いた唇からは「ヒュー、ヒュー」と苦しげな呼吸が漏れていた。
「おい、どうした」
その問いかけに応じる余裕すらなさそうで、固く瞑られていた瞼がゆっくりと開かれ、潤んだ瞳が焦点を合わせようと彼を捉えるだけだった。ハイゼンベルクはごつごつとした大きな手のひらを彼女の額に当てる。予想通りの猛烈な熱だ。額に滲んだ汗が、じっとりと彼の手に付着した。
「昨日激しくしすぎたせいか? そんな弱っちい体力じゃ、これから身が持たねぇぞ、お嬢ちゃん」
そんな軽口を叩いてやった矢先、ティナの口からは言葉の代わりに痛々しい咳が漏れ出した。ここには気の利いた常備薬も、まともな医者もいやしない。このまま放置しておいて体調が良く転じるはずもなかった。ハイゼンベルクは心底面倒くさそうに大きな溜め息を吐き出すと、置いていた葉巻を再び手に取った。
「仕方ねぇな……ちょっと待ってろ」
部屋を出たハイゼンベルクは、自分でも無意識のうちに早足になりながら自室へと戻った。乱暴にドアを開け飛ばし、葉巻を深く燻らせながら、備蓄してあった飲料水のボトルと、手近にあった一番綺麗な布を掴み取る。それから、後で自分で食おうと思い取っておいたスープ缶の存在を思い出し、それもひっつかんだ。
そのままティナの待つ部屋へ引き返そうとしたハイゼンベルクだったが、ふと思い出したようにピタリと足を止める。
……はたして、スープはこのまま冷たいまま与えていいものだろうか。温めた方がいいのか、それとも熱があるなら冷たい方が通りがいいのか。人の介抱など生まれてこの方やったことのない男は、己の中の珍しい葛藤と面倒くささに不機嫌そうに舌打ちを打つと、乱雑に転がっていた小鍋を磁力で強引に引き寄せた。
飛んできた鍋をガシッと受け止め、埃をかぶっていたコンロに火をつける。缶詰の蓋を引きちぎり、中身を小鍋へドバドバとぶちけた。しばらくして、グツグツと一煮立ちしたスープの香りが立ち上る。スプーンで適当にかき混ぜ、持ち手まで熱くなった小鍋を磁力でふわふわと浮かせながら、ハイゼンベルクはティナの部屋へと戻った。生身の人間というのは、つくづく手がかかって不便だ。機械なら中身を開けてパーツを調べれば、どこがイカれているか一発で分かるというのに。いっそのことティナの身体も機械化してやろうか――そんな物物しい考えを巡らせながらドアの前まで来ると、彼は咥えていた葉巻を地面へ投げ捨て、ブーツの底で踏み消した。
ティナは扉の開く物音に気づき、ハッと目を開けた。
重い身体をゆっくりと起こすと、目の前ではスプーンを持ったハイゼンベルクがサイドテーブルに置いた小鍋をかき混ぜていた。香ばしいスープのいい香りが、鼻腔をくすぐる。
「とりあえず今はこんなもんしかねぇが……食えそうか?」
「え、あ……は、はい……」
掠れた小さな返事。ハイゼンベルクはスープをスプーンで掬い、そのままティナの唇へとあてがった。
「っ……!」
予想外の熱さにティナは反射的に顔を背けてしまった。ハイゼンベルクは「おっと」と少し慌てた様子でスプーンを引き戻す。
「……まだ熱かったか」
そう言うと、ハイゼンベルクは再びスープを掬い、自身の口元へと運んだ。そして大きな体を丸めるようにしてスプーンの先に息を吹きかける。スープを吹きこぼさないように丁寧に、それでいてしっかりと熱が冷めるように。荒々しいこの男にはお世辞にも似合わない、どこか不器用なその仕草をティナはぼんやりと見つめていた。
「悪かったな。ほら、もう熱くねぇよ」
差し出されたスープを口に含めば、今度は喉を優しく通る絶妙な温度だった。彼女が味を確かめている間も、ハイゼンベルクは真剣な顔で次の一口を冷ましている。その横顔を無意識に見続けるティナの視線に気づき、彼はどこか居心地悪そうに眉をひそめた。
「なんだ?」
「いえ、その……」
「俺が人を介抱するようなタチに見えねぇって顔だな」
「そ、そんなことは……」
慌てて吃るティナの反応を見て、ハイゼンベルクは満足そうに鼻で笑った。どうやら彼の機嫌を損ねたわけではないらしいとティナはホッと胸を撫で下ろす。ハイゼンベルクはスプーンを鍋に戻し、持ってきた布にボトルから直接水をぶっかけ始めた。ビシャビシャと吸いきれなかった水分が床を濡らす。その濡れタオルを豪快に絞り、手のひらサイズに折り畳むと、ハイゼンベルクはそれをティナの額へポンと乗せた。そのまま彼女の身体を押し倒すようにベッドへ横たえさせ、水滴の残るボトルを小鍋の横へドスンと音を立てて置く。
「せっかく看病してやったんだ、あとはおとなしく寝てろ」
「あ……ありがとう、ございます……」
「なぁに、礼なんかいらねぇよ。この恩は、後でたっぷり身体で返してもらうからな」
ニヤリと悪虐に笑ったハイゼンベルクは、脱いでいた帽子を被り直して部屋を出て行った。残されたのは、彼の残した煙草の匂いと、スープの温かい香りだけだった。
あれから、ハイゼンベルクは作業場に戻り、やりかけていた機械の調整を進めていた。いつもの上着は脱ぎ捨て壁の釘に引っ掛けられている。シャツの袖をまくり葉巻を咥え、工具がズラリと並んだ作業台に向かい、ラチェットを握りしめていた。
だが、ティナの看病を終えてからの数時間、作業を進めるハイゼンベルクの手は、普段の彼からは考えられないほど鈍っていた。最初のうちは、「あの後、熱は下がったか」と彼女の容態を気に病んでいたのが原因だった。だが、時間が経つにつれ、その心配は彼の脳内で急速に不純で歪んだ欲望へと変換されていく。
熱で真っ赤に火照った顔、苦しげな吐息、汗ばんで肌に張り付く髪。あの風邪の症状のすべてが、昨夜自分の腕の中で乱れていた彼女の姿と酷く重なるのだ。自分の下で組み敷かれ、快楽に溺れて息も絶え絶えだった姿。突き上げるたびに高く可憐な悲鳴を上げ、嫌々と拒否しながらも、離れずにすがりついてきたあの締め付け。男としての支配欲をこれ以上なく掻き立てられた、あの濡れた質感。
作業に集中しようと頭を振っても、一度芽生えた熱い衝動が離れてくれない。それどころか、頭の中全体がティナの存在で侵食されていくのを感じ、ハイゼンベルクは己の浅ましさに苦笑した。
「……チッ、集中できやしねぇ」
咥えた葉巻の味すら分からなくなった頃、ハイゼンベルクは盛大に溜め息を吐き捨てると、手にしていた重いラチェットを作業台へ叩きつけた。カラン、と鋭い金属音が静かな部屋に空しく響き渡る。
「……様子を見に行ってやるか」
誰に言い訳するでもなく盛大な独り言を漏らすと、ハイゼンベルクは作業場を後にした。ガツン、ガツンと大きく響く彼の重いブーツの足音が、ティナの眠る部屋へと一直線に近づいていくのだった。
end.
1/1ページ