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【チェ槙+狡噛フィギュアスケートパロ】

 花とブルーの壁に仕切られたソファブースの中で、今しがた終えた自分の演技――爪先がなめらかに頭上まで伸びるビールマンスピンーーをモニターで眺めながら男が小さな声で歌っている。後ろだけ長く伸ばした白金の髪が肩先で揺れている。白いソファに持て余すように組んだ脚の先を少しぶらつかせていてスピンの加速のようにテンションが上がっているのが見て取れた。
 だが彼の上機嫌を見抜いているのは関係者観客さらにテレビの向こうのファンを合わせたって、コーチである自分一人なのだろうなとチェ・グソンは思う。
 自分の演技後に採点を待つ「キスアンドクライ」の数分。そりゃあ普通ならば緊張もする。
 なにしろ直前の演技者はアクセル以外全て余裕の四回転ジャンパー狡噛慎也 、フリースケーティング215.02点トータル322.42。
 だがコールされる直前にそんな点数を出されておいて、萎縮するどころかますます楽しそうなのだから手に負えない。何しろ彼が今くちづさんでいるのは自分のプログラム曲の「戦場のメリークリスマス」ではなく狡噛慎也の「ワルキューレの騎行」なのだ。
 モニターに夢中な槙島の代わりに、グソンはカメラに笑顔を向ける。顔の横で振られる手に気づいて、ようやく槙島が視線を遣った。教え子を差し置いてファンサービスに余念のないコーチをからかうように腕の中のぬいぐるみを持ち上げてその頬にキスさせ、それからカメラの向こうへにっこりと笑みを零す。
 今日の衣装は彼にしてはシンプルなカーキのシャツで、仕込まれた細かなラインストーンが身動きのたびに白い砂を降らせたようにきらめく。
 ああ、お茶の間のキュン死屍累々が目に浮かぶ。グソンは心の中でだけ毒づいてそっと横を見る。何を思ったか大量に投げ込まれたプレゼントの中からよりにもよって大きなヘルメットのぬいぐるみを抱いてくるくらい変な人なのになあ。
 モニターの中でその変人が四回転ループを着氷する。ステップからふわりと舞い降りるそれは蝶のはばたきよりもやわらかい。だがそれは映像の中だけだ。テレビでしか知らないファンは皆彼を天使のようだという。しかし間近で見るとそれはきわめて高い位置から衝撃と共にやってきて、もっと戦闘的な何かだ、あんたのほうこそ地獄の黙示録だ、ナパームで焼き尽くすメリークリスマスだ血のクリスマスだ、いやある意味一周回ってあの映画の「メリークリスマス」か。あえて天使と言い張るならば告死天使と呼ぶがいい。

 そんなことを考えている間に点数は出たらしい。氷の殺戮天使がぬいぐるみ越しではないキスを浴びせるのを抱き止め、一度だけそっと頬にくちびるをよせてささやく。
「おめでとう。やりましたね、槙島さん」
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