バビロンのニトクリス



「バビロンのニトクリス。召喚に応じて参りました」

光る金色のサークルの中から現れたのは既に知っているニトクリスとは違う、白い肌のニトクリスであった。

その日、藤丸立香に天啓が落ちた。
召喚、召喚をするのです。
そう言われた気がした藤丸はなけなしの聖晶石を抱えて召喚サークルに走った。
誰もが止めた。
何時もはどちらかといえば藤丸を肯定する立場のマシュでさえ乙女が出せる最大限のパワーをもって止めに入った。
というのもこの藤丸、昨日も似た理由でありったけの聖晶石を溶かし、赤青緑の黒鍵を大量に召喚したのである。
流石に昨日の今日、資源に乏しいカルデアのスタッフとしては連日無駄な消費は止めてもらいたい。
マシュとしても昨日、山程の黒鍵を前に打ちひしがれる藤丸の姿を見た為に必死だ。
しかし幾らスタッフや世話焼きなサーヴァント、マシュが止めても藤丸は諦めず召喚サークルのある部屋へと進もうとする。

「・・・が、」

「は?」

「ガイヤが俺に召喚をしろと囁いている!!!」

だから今日は行ける気がするんだと、サムズアップした藤丸に皆は叫んだ。

「それは気の所為だから!!!!!!」

この後、騒ぎを聞きつけたダヴィンチちゃんによりその場は治められた。

「スタッフ達の言い分も分かるし事実、このカルデアは資源に乏しい。だから非常時に備えて少しでも蓄えておきたいという皆の気持ちはよく分かる。しかし、これまで良縁奇縁、数多の英霊達を招いてきた藤丸君の勘も侮れない」

という訳でこれだ!と掲げたのは金色に輝く呼符である。
藤丸は毎日一週間、お小遣いの様に聖晶石や種火、そして呼符を貰っていた。
そして今日は週の最終日、呼符が貰える日であった。

「取り敢えずこれで様子を見てみては如何だろう。これで一度、召喚をしてみて良い縁を呼び込めそうならば召喚を続けても良い。しかし昨日の様に礼装が出たならば召喚は暫くお休みって事でどうだい」

ダヴィンチからの提案に藤丸は頷いた。

「分かったよ。ダヴィンチちゃん」

礼装が出たらこれで諦めると言い切った藤丸にスタッフやサーヴァントは安堵の息を吐いた。

「本当に良かったのですか?先輩」

召喚サークルに向かう藤丸に付いてきたマシュはこっそりと尋ねた。
何かスイッチが入ると頑なに召喚を諦めない藤丸を知っているだけに、口約束とはいえ約束してしまって良かったのかマシュは心配であった。

「うん、大丈夫だよマシュ。今日は誰かが来てくれそうな気がするんだ」

そう、はっきりと言い切った藤丸の横顔は何時もの召喚を諦めきれない表情ではなく、何処か確信に満ちた表情であった。



ダヴィンチの言っていた藤丸の勘が本当に当たったのだろうと、虹色に輝く召喚サークルを見て、マシュは思った。
眩い光は次第に収束し、サーヴァントのクラスを示すカードが浮かび上がる。

「シールダーだ!」

誰が言ったのか。
見守っていたスタッフか、はたまた有事に備えて付いて来てくれたサーヴァントか。
藤丸とマシュは一度、視線を交わして再び召喚を見守った。
影が浮かび、やがて召喚された者の姿が露わとなる。

「クラスはシールダー」

白い肌、その肌を包む衣装には二人も見覚えがある。
ふわりと浮いていた長い髪が重力に従い床へと落ちると優しい花の匂いがした。
長い睫毛が緩やかに動き、春の若葉を思わせる鮮やかな黄緑色の瞳が藤丸を捉えると彼女は口上を述べた。


「バビロンの、ニトクリス?」

確かにこのカルデアにはエジプト出身のニトクリスがいた。
名前は彼女と一緒であるが容姿や色合いが違う。
わざわざ地名を名乗ったから全くの同名の別人なんだろうと藤丸はなんとか理解した。
いや、なんとか理解しようとした。

「はい、マスター君でしたら如何様に呼んで頂いて結構です」

「マスター君」

これまで、藤丸は数多の英霊を召喚し、色々と呼ばれて来た。
甘みを含んだ声で呼ばれもしたし、主から雑種等と個性豊かに呼ばれて来た。
しかしバビロンのニトクリスと名乗る彼女の呼び方はこれまでに経験した事のない呼ばれ方であった。
例えば、近所の年下の男の子を親しげに呼ぶ様な、そんな気安さを感じる。

「?マスター君の故郷では男の子に対してその様に呼ぶと聖杯の情報を得たのですが」

間違っていましたか?と不安げに問われて藤丸は首を横に振るい否定した。
間違ってないと分かると彼女は不安げな表情から一転、満面の笑顔を浮かべて藤丸の両手を握った。

「これから、バビロンのニトクリスは立派な先輩方に負けぬ様マスター君の事をお守りいたしますのでどうぞよろしくお願いいたします」

藤丸は実年齢より年下に見られているなとか、先輩って誰だろなとか、色々と思う事はあったが、召喚時にも嗅いだ優しい花の香りに包まれ、また、美しい顔に微笑まれた藤丸はデレずにはいられない。
それはそれはだらしない表情で「はい」と応えるしかなかった。
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