ニンフルサグの中の人


「ニンフルサグ、ニンフルサグ」

図書室に向かうべく廊下を歩いていたニンフルサグ。
己が名を呼ばれて足を止めたニンフルサグは声の主を探すべく辺りを見渡した。

「どうかなさいましたか?マスター」

辺りに姿が見えない、かと思いきや廊下の角に甘酸っぱいオレンジの様な明るい髪とニンフルサグを手招く手だけが見えていた。
もしかしなくとも身を隠すマスターに、ニンフルサグは頭を傾げながらも招かれるがままに廊下の角へと移動する。
そこには挙動不審に辺りを見渡すマスター、藤丸立香がいた。

「ニンフルサグに聞きたい事があるの」

他の者には余程聞かれたくない内容なのか、声を潜ませる立香。
そんな主の姿に何か相談事だろうか、と微笑みを浮かべて内緒話がし易い様、距離を詰めるニンフルサグ。

「私に答えられるような事でありましたら何でも聞いて下さい」

この後、ニンフルサグはすぐに安請合した事を後悔する。

「王様が絶倫って本当?」

無邪気な顔で聞いてきたその内容にニンフルサグは呼吸を誤り、盛大に咽せ込んだ。

「そ、その様な事、私に聞かれても答えかねます!そもそもどうしてそんな事を私にお聞きになるのです!!」

「だってニンフルサグはギルガメッシュ王の奥さんなんでしょ?」

「!!!!!」

それは、とそこで言葉を詰まらせるニンフルサグ。
ニンフルサグはシュメール神話における大地の女神である。
が、このカルデアに召喚されたニンフルサグは名前と神性を女神から借りただけの別人である。
正体は立香の言う通りギルガメッシュの妻であり、その彼の子、ウル・ヌンガルを産んだその人である。
のだが何故か歴史に名を残さなかった彼女。
ギルガメッシュが国を出奔した後も荒れる国に残り、懸命に頑張った彼女はその他積年の恨み辛みを抱えたまま亡くなった。
その結果、同じく散々夫に振り回された経験のあるニンフルサグの後押しと、偶然手に入れた聖杯の力により特異点を作り、カルデアにより成敗された経歴を持つ。
そんな事からカルデアの面々からは広く彼女がギルガメッシュの奥さんであると認識されている。
なので立香がギルガメッシュについてニンフルサグに尋ねる事は何らおかしくないのだが、問題はその内容である。

「マスターのお年を考えれば多感な時期で、そういう話題に興味を持つ年頃だという事は理解しております。

が、それにしてもその質問は、その、

破廉恥極まりないかと」

ぷるぷると身体を震わせ、羞恥に顔だけでなく耳の先までも赤く染めるニンフルサグ。
その様な初心な姿に立香は申し訳ないと思いながらも可愛いと思っていた。
だがしかし気になってしまったからには答えを聞かずにはいられない。

「実は古いテレビ番組を調べてたら王様の名前がついた番組があったの」

始めは別の番組について調べていた立香。
そして調べている内に見覚えのある名前の入った番組へとたどり着いていた。

「その番組って、深夜に放送するちょっとエッチな番組だったらしくてね」

だというのに何故、そんな深夜番組に古代の、遠い異国の王であるギルガメッシュの名が付いているのか立香は不思議に思った。
ご丁寧にもその記事には番組名の由来が載っていた。
ギルガメッシュが精力絶倫で、そんな彼に因んでの事らしい。
しかしそんな話、このカルデア内で聞いた事はない。
実際のところはどうなのか気になるが、流石に本人に確認するにも内容が内容。
不敬だと断じられても仕方がないし、風紀委員の存在もある。
ならば知ってそうな人物、ギルガメッシュの妻であるニンフルサグに聞いてみようという考えに立香は至った。

「私は何も知りません!」

「またまたー」

「そもそも私はニンフルサグです!彼の人のか、下半身事情など知る筈がないのです!!」

先述の通り、このカルデアにおいてニンフルサグがギルガメッシュの妻だという事はもはや共通認識であるのだが何故かニンフルサグ本人は度々それを否定する。
特異点を経ていなくともニンフルサグとギルガメッシュのやりとりを見ていれば二人がただならぬ仲だと誰でも分かるのだがニンフルサグ本人はそれを頑なに認めない。
王妃として、妻として、国に、ギルガメッシュに献身尽くしてきたにも関わらず最後は忘れられ、いないものとして扱われてしまった彼女。
その無念の思いを晴らすべく作った特異点さえも解消されてしまった彼女の最後の意地だと言ったのは一体誰であったか。
そんな事を考えていた立香と、未だ自分はギルガメッシュの事など知らないと一人話していたニンフルサグに陰がかかる。

「ほお、何やら面白そうな話をしているではないか。我も混ぜろ」

話題のその人、ギルガメッシュ本人の登場に立香はマスターとしての勘からすぐさま緊急退避を行った。
対してニンフルサグはというと蛇に睨まれた蛙の如く、震えるばかりでその場に立ち尽くしている。

「マ、マ、マスター、お助け」

震えながらも弱々しく立香に助けを求めるニンフルサグであったがすぐさまギルガメッシュの腕と壁に閉じ込められてしまう。
いわば壁ドンされてしまったニンフルサグに、立香は彼女の救援を諦めた。
このままこの場に居続けてもギルガメッシュの不興を買うだけ、馬に蹴られてしまう。
そう判断した立香は発端が自分だけに申し訳ないと思いながらもニンフルサグを見捨てる事にした。

「後で文句は聞くから!ごめんねニンフルサグ!」

お邪魔しましたーという言葉と共に離れていく立香の気配にニンフルサグは慌てた。
置いてかないで、助けて下さい!とニンフルサグは立香のいた方向に手を伸ばすのだがギルガメッシュの逞しい腕と、動きを阻む様に両足の間に差し込まれた足により身動きが取れない。

「先程、雑種と面白そうな話をしていたな」

「ひゃあっ」

耳元で囁く様に話かけられてニンフルサグは思わず悲鳴を上げた。

「確か我が絶倫か否かいう話だったか?」

立香との話題を蒸し返されたニンフルサグはそれまでじたばたと動かしていた身体の動きを止めた。
代わりにギルガメッシュの腕の中で両手を握り、小さく身を縮こまらせる。

「それで貴様は何と答えたのだったか」

「わ、私は貴方様の事など一切存じないと」

「何故だ?」

「私と貴方様に接点など無いに等しいからです。あるとすれば共に古代メソポタミアにあったと言うだけ!」

「おかしな事を申す」

顎を掴まれ、無理矢理にギルガメッシュと視線を合わせさせられるニンフルサグ。
鋭いギルガメッシュの視線にニンフルサグは小さく悲鳴を漏らす。

「夜毎、我が他の女の元に行くのを嫌がったのは誰であったか」

「それは初夜権の行使等と馬鹿な事を止めていただきたかっただけで、他意など」

そうニンフルサグが答えた瞬間、ギルガメッシュは瞳を弓形に細めた。
彼の笑みを受けて己の失言に気付いたニンフルサグはすぐに己の口を塞いだ。
しかし今さら塞いだ所でもう遅い。

「懐かしいものだ。貴様は我の気を引こうと夜を迎える度にあの手この手で迫って来た」

「知りません。私は何も知りません」

知らないと、ニンフルサグは首を横に振るう。
しかしギルガメッシュはそんなニンフルサグに構わず耳に息を吹きかけた。
途端に小さな悲鳴を上げ、腰を抜かすニンフルサグ。
床に座り込んでしまいそうになったニンフルサグの腰を抱きとめたギルガメッシュは笑い声を上げた。

「生前と変わらず耳が弱点の様だな」

ギルガメッシュに揶揄われていると理解したニンフルサグは恐怖から一転して羞恥と怒りに顔を染め上げる。
自前の武器である鍬を呼び出し、ギルガメッシュの整った顔に一発、なんなら二発お見舞いしようと意気込んだニンフルサグであったがその前に突如、宝物庫から伸びた鎖によって両腕を絡め取られてしまう。
両腕はそのまま天井に向かって引かれ、ニンフルサグは万歳でもするかの様な形で拘束された。

「ギルガメッシュ王よ、この鎖を解きなさい」

「断る。貴様が暴れるのを分かっているというのに解けと言われて素直に聞く馬鹿がどこにいる」

ギルガメッシュの言葉に図星のニンフルサグ。
解いて貰えないのならば自力で解けないか腕に意識を向けたニンフルサグであったが

「ひゃんっ」

思わず己の口からでた声にニンフルサグは驚いた。
何事かと思えばニンフルサグの腰を支えるギルガメッシュの左手とは反対の、空いていた右手が彼女の耳に触れて弄っていた。
そして気付けばギルガメッシュが己の頬や首筋に唇を這わせているのに気づいたニンフルサグ。

「何をするのですか?!ギルガメッシュ王」

まともに動けないなりにギルガメッシュの唇を避け様とニンフルサグは身動ぎをして抵抗に励む。
そんなニンフルサグにギルガメッシュが吠えた。

「ええい!妃なら妃らしく王の寵愛を素直に受け止めたらどうだ!!」

「この様な往来で正気ですか?!そもそも私はニンフルサグ!貴方様の妃ではございません!」

「まだその様なふざけた事を申すか!!!」

壁と床に追い詰める様にニンフルサグに覆い被さるギルガメッシュ。

「止めて下さい!誰か!誰かかー!!!」

ニンフルサグは一縷の望みをかけて犯される!と大きな悲鳴を上げた。



「いい加減見苦しいぞ若い我」

ばきんという音と共に、ギルガメッシュの頭はニンフルサグの胸元に沈んだ。
そんなギルガメッシュの背後には純金では?と噂されるタブレット端末を振りかぶったゴージャスP事、キャスターのギルガメッシュ。

「ニンフルサグ、大丈夫ですか?」

ギルガメッシュを乱暴に押し退けて、ニンフルサグを救出すべく鎖を外し、彼女の手を取るのは子ギル。
子ギルの顔を見るなりニンフルサグは涙を瞳に浮かべ泣きついた。

「ウル・ヌンガル!」

ニンフルサグが作った特異点に現れた彼女の子であるウル・ヌンガルの姿が子ギルと瓜二つであったせいかカルデアに召喚された彼女は時折、子ギルをウル・ヌンガルと呼ぶ。
いつもの彼ならばやんわりと、ニンフルサグの気分も害させない様にそっと名前の訂正を入れるのだが今ばかりは彼女の誤りを受け入れた。

「怖かったですね。もう大丈夫ですよ」

優しくニンフルサグの背中を撫でる子ギル。
そんな二人の姿を復活したギルガメッシュは面白く無さそうに眺めている。

「僕が来たからにはもう安心です」

嗚咽を漏らすニンフルサグを立ち上がらせ、彼女が自室へと戻れるよう子ギルは手を引き、誘導する。
立ち去ろうとするニンフルサグと子ギルを止めようとするギルガメッシュであるが

「我と少し話をせぬか?若いの」

キャスターのギルガメッシュがそれを阻んだ。





「全く情けないものだ」

ニンフルサグと子ギルの姿が見えなくなるとキャスターのギルガメッシュはわざとらしく大きな溜息を吐いた。

「彼奴が何時迄もつれないからと、こんな往来で襲いかかるとは情けない」

「老いた我はそれほど彼奴から避けられていないからそんな事が言えるのだ!」

「彼奴の態度は我と、若い我とでは然程変わらないだろう」

精神こそキャスターのギルガメッシュはアーチャのギルガメッシュより老成しているかもしれないが外見の変化など子ギルに比べれば二人にそれほど劇的な変化はない。
気のせいだと、キャスターのギルガメッシュは肩をすくめるがギルガメッシュは自身と、キャスターのギルガメッシュに対するニンフルサグの態度の違いをありありと感じていた。
ギルガメッシュに対しては肉食動物に襲われる小動物のごとく大袈裟に怯えを見せるニンフルサグ。
それに比べキャスターのギルガメッシュに対するニンフルサグの態度はというとやはり多少の怯えはあるものの、怯えよりも戸惑いの方が強く出ていた。
キャスターのギルガメッシュは旅から帰ってきた後のギルガメッシュ。
その間に亡くなってしまったニンフルサグには馴染みがないからかいつも戸惑い、それから困惑していた。
そんなニンフルサグの態度の違いにギルガメッシュは常々、不満に思っていた。
不満といえばもう一つ。

「かくいう老いた我は彼奴の気を引くのに必死なようだな?」

「我がいつ、彼奴の気を引こうとした」

「今、老いている我が着ている霊衣だ」

ギルガメッシュのもう一つの不満、キャスターのギルガメッシュが来ている現代服を模した霊衣を指差す。
ギルガメッシュは知っている。
キャスターのギルガメッシュがニンフルサグとこの霊衣姿で対面した際に彼女が見惚れていたのを。
そしてそれ以来、ニンフルサグが立香に付いて不在でない限りその出立ちでいるのを知っている。

「何を言うかと思えば」

キャスターのギルガメッシュは鼻で笑った。
マスターである立香はサーヴァントがどの衣装に着替えるか頓着しておらず個人の気分に任せている。
そして自分は夏の特異点が解消されたとはいえゴージャスPという実業家を辞めていない。
あくまで自分はTPOにあった装いをしているだけであり、決してニンフルサグの気を引こうなんて意図はないと主張するキャスターのギルガメッシュ。

「だが、若い我の言う通り彼奴がこの格好の我を気に入っている事実は認めよう」

そう、鼻高々に、そして高笑いしたキャスターのギルガメッシュ。
そんなキャスターのギルガメッシュにギルガメッシュはキレた。
ギルガメッシュがこの世の物は全て我の物だと、キャスターギルガメッシュの霊衣を奪わんと暴れ出すまで後3秒。
互いに宝具を展開し、辺りを破壊し尽くした二人の諍いはエルキドゥが来るまで続いた。









ニンフルサグ(の中の人)
ギルガメッシュの奥さん。こんなであるがクラスは歴としたアヴェンジャー。中の人というがどちらかといえば女神様の方が中の人ならぬ中の神。普段は中の人の人格がメインだけれど女神様も第三臨あたりでひょっこりと表面に出てくる。

ギルガメッシュ(弓)
奥さんが自分に会いに来た!と喜んだのも束の間、別人ならぬ別神を名乗るわ、夫婦関係を無かった事にされるわでかなり苛ついてる。
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