小林洋菓子店
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風見がその店を見つけたのは偶然であった。
上司の無茶振りに応えた後、空腹を訴えるお腹を摩りながら工場地帯から大通りに並ぶ住宅街へと続く路地を歩いていた。
時間は既に15時を回っており店によってはランチどころか休憩に入り店にすら入れてもらえない時間である。
この後も庁舎に戻って缶詰になる予定の風見は昼食だけは温かく美味しい物を、と思っていたがそれすら叶わなそうだと溜息を吐く。
そんな風見の鼻をスパイシーな香辛料の香りが掠めた。
上司程料理に詳しくはない風見であるがその香りが何の料理であるかはすぐに分かった。
「これは、カレーの匂い」
多少、異国色は感じるもののそれは風見もよく知るカレーの匂いである。
その匂いに触発され、風見のお腹はそれは盛大に鳴り響く。
しかし周りには風見以外に人はおらず、人通りが殆どない道で良かったと風見は思った。
完全にカレーの気分となってしまったお腹を押さえて風見は匂いを辿る。
しかしこんな所にカレー屋どころか飲食店などあっただろうかと風見は疑問に思った。
風見がいる場所は工場ばかりが立ち並ぶ場所で、飲食店などは知る限りない。
その先は小さな川を挟み古い住宅街が続くのだがこちらも昔ながらの民家ばかりで飲食店はそこより先の大通り、ビルが立ち並ぶ区域まで出なければない筈であった。
では、この匂いは何処かの住宅からの匂いなのかと思った風見であるが工場地帯と住宅街を結ぶ橋の先、カフェの前でよく見かける路上に設置するタイプの看板を見つけた風見は思わず早足になりながら近づいた。
小林洋菓子店と書かれた手書きの看板にはランチ営業をしている旨も書かれており、風見が嗅ぎ取ったカレーの匂いもその洋菓子店からしている。
風見は洋菓子店のカレーは初めての事であるが匂いからは期待しか抱けない。
しかし風見はすぐには洋菓子の扉を開ける事は出来なかった。
看板にはランチ開始時刻は書かれていても終了の時間は書かれておらず、どうしたものか悩む。
一般的にランチ営業は終了している時間の為、ダメ元で店員さんに聞いてみようと顔を上げた風見。
「あら」
丁度、そこへ見るからに店員らしき格好をしていた女性が現れた為に風見は固まった。
屈伸してまじまじと看板を見つめていた風見は慌てて立ち上がりその女性へとランチは可能か尋ねる。
「ええ、大丈夫ですよ」
どうぞ、と扉を開けて迎えてくれる女性に恐縮しながら風見は店内へと踏み込んだ。
洋菓子店というからには正面のショーケースにはケーキが並んでいるのかと思いきやケースには風見が知る生クリームや果物で飾られたケーキの類いは一切並んでいなかった。
並んでいるのはクッキーに焼き菓子が数種類、それから見た事も聞いた事のないお菓子が並べられている。
そのショーケース横の三席しか無いイートインスペースに案内された風見はランチの内容だと言う手書きのメニュー表を差し出され目を通す。
メニューと言っても品目が幾つもある訳ではなく、本日のランチと書かれた題目の下に料理のイラストと料理の説明書きが書かれていた。
ランチは風見が嗅ぎ取った通りカレーらしい。
「すみません。この本日のランチをお願いします」
「かしこまりました。お付けします飲み物は如何なさいますか?コーヒー等の他にカレーに合うラッシーもありますが」
飲み物はランチの代金に含まれているらしく少し悩んだ風見は女性がカレーに合うと言ったラッシーを選択した。
柑橘類の爽やかな匂いの付いた水を飲んで待っていると店員の「お待たせしました」という声と共に料理が置かれた。
大きな皿にはライスとカレーが二種、サラダ等の副菜が四種、そして別皿にナンが置かれている。
明らかに先程見たメニューよりも品数が多い。
風見は空腹である。
から決して目の前の量を食べられない訳ではない。
が、やはり目の前の量には戸惑った。
「サービスという事で、よかったら召し上がって下さい」
戸惑う風見に店員が気付いて言ってくれたのでありがたくいただく事にした。
「いただきます」
手を合わせて、風見はスプーンを握った。カレーは魚を使ったものと肉を使ったものがあり、魚は米と、肉のカレーはナンとよくあった。
副菜のサラダは新鮮でシャキシャキ、じゃがいもとカリフラワーの炒め物は香辛料が効いて、食がますます進んだ。
あちこちで香辛料が使われているせいか、店内は空調が効いているにもかかわらず風見の額にはうっすらと汗が浮かぶ。
「ただいま」
小学校の低学年であろう、身体に合わぬ大きなランドセルを背負った子供が挨拶と共に店内へと入って来た。
「あ、お客様だ」
子供は風見に気付くなり声を小さくさせた。
そして子供の声に店の奥から出てきた女性へと小さな声で声をかける。
「ランチ営業を始めてから初めてのお客様だね」
「そうなの。だから張り切ってサービスしちゃった」
嬉しそうに小声で話す二人の声は風見の仕事で鍛えた耳に届いていた。
よく冷えたラッシーを口に含めば店員の言っていた通り香辛料に染まった口によく馴染む。
ふと、テーブルを見れば名刺サイズの小さなフライヤーが目についた。
この店の名前と電話番号、営業時間しか書かれていない簡素な物であったが風見はそれを一枚、胸ポケットにしまう。
また来ようと心に決めたところで風見は声をかけられた。
それまで対応してくれた女性でなく、エプロンを身に付けた先程の小学生であった。
「デザートをお持ちしました」
「デザートまで付くのか」
まだまだ風見のお腹の容量は余裕ではあるが明らかにランチの金額に対して提供されるものが過剰の様に思えた。
思わず店の経営が心配になって素直に喜べない程に
そんな風見を見かねて子供は小さな声で耳打ちした。
「彩女お姉さん、店主は誰かに自分の作った物を沢山食べてもらう事が大好きでして。もし、気になるようでしたらまた来ていただけますと助かります」
始めは子供らしくないしっかりした喋りに驚いた風見であったがすぐに頷き返した。
「また是非来よう」
「ありがとうございます」
そうしてデザートもしっかり食べた風見は残業の供にと、いくつかのお菓子も購入した。
「またのお越しをお待ちしております!」
子供と店主の元気な声に手を振りかえした風見は小林洋菓子店を後にした。
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