とある悪食娘の話
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里樹妃と山茶が出会ったのは先帝時代の後宮迄遡る。
片や妃、片や下女として後宮に入った為本来であれば出会う事は無かったのだが、ある日山茶の特技が周知され、里樹妃付きの毒味役として取立てられる事になった。
初めは人見知りを発揮して侍女頭の後ろから山茶を窺う里樹妃であったが年が一歳違いであった為徐々に距離が近くなり気付けば他の侍女達よりも一緒にいる事が長くなっていた。
朝のおはようから夜のおやすみ迄、日によっては外の風の音が怖いからと寝所を共にする事もあった。
まるで昔に戻ったみたいと言ったのは何方であったか、山茶は里樹妃の長い髪を櫛で丁寧に梳かしていた。
里樹妃は目元の腫れを引かせる為濡らした手ぬぐいを目元に当てて冷やしている。
「落ち着きましたか里樹様」
「ええ、ごめんなさい。あんな突然に泣き出してしまって」
里樹妃は山茶に抱きつくなりまるで赤子の様に大声で泣いた。
泣きつかれている山茶は勿論の事、寝室迄案内した侍女頭も壬氏も呆然としており、騒ぎを聞きつけて他の侍女や高順迄も様子を見に来る程だった。
妃が大きな声で泣いているのは体裁が悪いと思ったのか侍女頭は何とか里樹妃を山茶から離し泣き止ませようとしたのだが里樹妃は頑なに山茶から離れようとしない。
何としても山茶と離れまいとする里樹妃に見兼ねた壬氏が暫く二人だけにしようと言ってくれた為山茶は今、里樹妃の寝室で彼女の髪を整えている。
整えると言っても誰かの髪を結うのは五年振りで、結い方も当時の里樹妃がしていた髪型位しか山茶には出来ない。
これでは子供っぽいだろうかと困惑する山茶に里樹妃は銅鏡越しに結われた髪を見て懐かしそうに微笑んだ。
「本当に昔に戻ったみたいだわ」
そう言った彼女の瞳からはらりとまた涙が溢れた。
山茶は里樹妃の手から手ぬぐいを取ると目元の涙を拭い、緩く抱き締めて背中を摩る。
一体どうしたのか尋ねると彼女は声をひくつかせながら訳を話してくれた。
始めは実家からの手紙であった。
余り届かない実家からの手紙に喜び読んでみれば実家にいる腹違いの妹の為里樹妃の使っていた部屋を片付けたという事後報告であった。
しかし、後宮にいる以上おいそれと帰れる身ではないので里樹妃は少し寂しいと思いながらも仕方の無い事だと諦めていたのだが手紙は続く。
手紙には数は少ないが部屋に残していた里樹妃の私物を処分した旨も書かれていた。
私物は亡き母や乳母、先帝の後宮時代の思い出の品も多くあり、中には山茶自身が贈った事を覚えていない様な押し花等の贈り物もあったらしい。
それが全て処分されて里樹妃は暫く悲しく、大切な物なのにちゃんとこの後宮に持って来なかった自分が恨めしく暫く泣いて暮らしていたと言う。
それでも手紙や特に思い入れの深い物は後宮に持ち込んでいた為それらを眺め読み返し自身を慰めていたのだが昨晩、里樹妃が入浴中に彼女の寝室を整えに来た侍女が寝台の上に広げられた手紙を誤って捨ててしまったらしい。
二度も大切な物を捨てられてしまった里樹妃の悲しみは大きく、件の侍女から手紙を処分した事を聞いてから今の今まで部屋で泣いていたという。
「貴女から貰った手紙も全部捨てられてしまったの。家族以外からもらうのは初めてで嬉しくって大切にしていたのに」
その手紙には山茶も覚えがあった。
山茶は先帝が崩御した時、後宮が無くなるという事で他の下女達同様に実家へと戻るしかなかった。
その時にはいつも一緒にいるのが当たり前だった里樹妃は山茶と別れる事に理解が出来ず嫌だと泣いて駄々を捏ねるのだが先帝が死んでお手付きのなかった里樹妃は再び父親の元に返される以上、父親の了承がない限り勝手な事は許されない。
周りの侍女が宥めても山茶の服の袖から手を離さない里樹妃に山茶は一つ提案をした。
日常の些細な事、食べて美味しかった物、嬉しかった事、悲しかった事を手紙に記して送るから里樹妃にも手紙を返して欲しいと
最終的に山茶の提案と侍女達の説得に了承を示した里樹妃は渋々別れ、暫く彼女の手配した使者を使い手紙の遣り取りをしていた。
一年程手紙の遣り取りは続いたが山茶が使者に手紙を預けたのを最後に里樹妃から手紙の返事が返って来る事は無かった。
里樹妃は権力者の娘、山茶は今でこそ役人の娘であるが当時は庶民で身内から蔑まれる様な生まれであった。
後宮という特殊な環境下であったからこそ仲良くなれたがそこから出た以上今まで通りにはいかないと山茶は理解していたしこんな日がいつか来ると予測していた。
だから里樹妃から手紙の返事が無くても彼女は後宮の外に出て、彼女に相応しい友人に囲まれているとずっと思っていた。
「里樹様が私の書いた手紙を大切にして下さったのは嬉しく思います」
だけど、と言葉を続けた山茶は抱き締めていた里樹妃の体を離し、五年の成長で丸みを失った頬を撫でた。
里樹妃の顔つきから衰弱は見れないが顔に赤みは少なく唇は水分不足か酷くかさついている。
「私が送った手紙の所為で里樹様が体調を崩されるのはとても嫌です」
山茶が「悲しい」と迄言うと里樹妃は自身の眉を下げ、唇を噛んで俯く。
「そこで提案なのですが」
山茶は己で言いながら聞き覚えのある科白だと思う。
確か五年前のあの時も里樹妃と向かいあって似た科白で語りかけていた。
「また昔のように手紙の遣り取りをしませんか?」
里樹妃と別れてから五年。
話したい事は山程ある。
家族が増えた事、働き出した事、新しく覚えた料理に失敗した料理。
猪の解体が一人で出来る様になった事は里樹妃には刺激が強過ぎると思い、早々に話題の案から弾き出す。
それでも話したい事はまだまだ沢山ある。
手紙の遣り取りは検閲が入るかもしれないが互いの住む場所が近い分遣り取りは以前より容易である。
山茶の提案に里樹妃は顔を上げて涙を零したがその表情は笑っていた。
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