とある悪食娘の話
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壬氏が会ってもらいたいと言う妃の住まう宮、金剛宮に辿り着いた。
距離としてはそこまでない筈なのだが道中、壬氏目当ての下級妃や中級妃、侍女達に足止めをくらい、その度に壬氏が対応していたのだが相手が誰であれ無碍な態度は取れないので時間はかなりかかった。
「大丈夫ですか」
高順は顔色の悪い山茶の背中をさすった。
後宮中を漂う化粧と香の匂いに一時は建物から離れていた為体調を戻していた山茶であるが再び壬氏達と合流して移動している間にまた酔いを戻してしまったのだ。
「調子が悪かったのか?」
高順の声に振り返った壬氏は山茶の青白い顔色に驚いて見せた。
事情を説明すると壬氏は顔を上げて納得の顔をする。
「俺達は慣れているが確かにこの匂いはお前の鼻には辛いかもしれないな」
「山茶は嗅覚が鋭いですからね」
山茶の嗅覚は高順の言う通り鋭い。
誰が見ても同じ物だと言う葡萄酒を匂いだけで嗅ぎ分ける程度に山茶は嗅覚が優れていた。
出直すか尋ねる壬氏に山茶は否と応える。
「ここは他よりも匂いが薄いので暫くしたら良くなると思います」
先程迄いた場所は中級以下の妃やその侍女、下女に宦官と人が多い為匂いも混ざり強かったが金剛宮は一人の妃とその侍女達しかいない為か匂いは薄く、まだ庭先の花の方が香っている程である。
懐に忍ばせている薄荷飴でも舐めれば多少、回復は早いのだが壬氏達がいる以上飴を食べる訳にもいかず山茶は早く治れと念じながら己の胃の辺りを撫でた。
「そうか、あまり無茶をするな。無理だと思ったらすぐに言うんだぞ」
そう言って壬氏は金剛宮に足を踏み入れた。
高順と山茶も後に続くと一人の侍女が出迎える。
壬氏を見るなり頬を紅く染めた侍女は三人を応接室へ案内しようとするのだが何処からともなく侍女が一人、二人と増えいつの間にか今日、何度か見た光景が出来上がっていた。
侍女達に囲まれた壬氏の姿に山茶はもう何も感慨はない。
ふと壬氏に集まる和の中にいた侍女の一人と目が合った。
侍女は山茶と目が合うなりあからさまに顔を顰める。
これも今日、何度も見た光景である。
相手が顔を顰める原因は単純に壬氏が女である山茶を連れているのが気に入らないのか、はたまたこの浅黒い肌かと山茶は左ほほを触った。
指の腹で感じる白粉の粉っぽいの感触に今日のは塗り過ぎだと山茶は心の中で反省した。
山茶の浅黒いそれは本物の肌の色ではない。
家の外へ出る度に過度な心配をする羅漢を少しでも安心させる為に塗った偽の肌色である。
本当は姉である猫猫のようにそばかすの刺青が良かったのだがそれは羅漢にも羅半にも反対された為、面倒であるが毎度外出の度に浅黒い肌を作っている。
今日は久しぶりに朝から出勤した為、ばたついて塗る白粉の加減を間違えてしまったのだが壬氏も高順も何も言わない所を見ると問題はないのだろう。
侍女達に囲まれた壬氏を見ると慣れた様子でその場を収めている。
その手際の良さに感心しているとやっと応接室へと案内された。
侍女頭によると妃の様子は前回より深刻で今朝は寝室から出てきてもいないらしい。
身支度や朝食だと侍女が声をかけても寝室からは泣く声しか聞こえてこない。
壬氏は妃がそうなった理由を聞いても侍女達達は分からないと答えるばかりであった。
侍女頭に案内されて妃の寝室の扉の前でまず壬氏が中にいる妃に声をかける。
壬氏の呼び声に一度は泣く声が止まったが再び妃の涙する声が聞こえた。
これは駄目だと壬氏が首を振り、彼と入れ替わる様に今度は山茶が扉の前に立つ。
山茶は考えていた事がある。
どうして妃の相手に阿多妃と帝が自分を勧めたのか分からなかった。
けれど金剛宮に来てから聞いた妃の名に山茶はまさかと思った。
頭によぎったのは五年前に仕えていた一つ年下の小さな主人。
まさかと思う自分にきっとただの偶然だと別の自分が言い聞かせている。
だったら何故、阿多妃や帝は自分を勧めた。
年頃の娘はこの後宮に山程いる。
後宮の娘で不味いなら同じ壬氏に仕える水蓮でも良かった。
彼女の方が経験も豊富で頭も舌もよく周る。
山茶は扉を叩いた。
一度深呼吸をして気持ちを整えると扉の向こうの妃に声をかけた。
「里樹様、お久しぶりです。山茶です」
此処まで案内してくれた侍女も壬氏も息を止めたのが分かった。
扉の向こうから聞こえていた泣き声も止まっているがいつまた聞こえてくるかは分からない。
やってしまったと山茶は早々に後悔する。
きっと扉の向こうの妃が山茶もよく知る里樹妃だと思い久しぶり等と言ったが、これがもし名前が同じだけの赤の他人であったら大恥物である。
ちらりと山茶が後方を窺えば説明を求める壬氏が鋭い視線を向けていた。
その険しい顔つきに慌てて顔を前へと向き直すと扉が開かれる。
出て来たのは目元を真っ赤に腫れさせ、身に付ける服は寝間着のまま、髪もばさばさで妃とは言い難い格好であるが確かにその顔は山茶の知る里樹妃その人であった。
里樹妃も山茶が分かったのか、彼女の大きな瞳は緩むと大粒の涙を零して部屋から飛び出ると山茶に抱き着いた。