とある悪食娘の話
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壬氏に希望が聞き届けられて朝と夕のお務めが暫く無くなった山茶は羅漢の様子を見つつ屋敷内で飼う家畜や家庭菜園の世話に精を出していた。
今日も中庭に面した廊下で碁盤を置き、譜を並べる羅漢を横目に見ながら庭に生えた金柑の実を摘む。
黄金色に色付いた金柑を左手に持つ籠に並べ山茶はうっとりと眺める。
半分は砂糖漬けに、そのまた半分は麵麭に塗る果醬、残りはお酒に漬けて、と山茶は収穫した金柑の使い道に夢馳せた。
夢想している山茶の足元に鴨や鶏が集まって来て餌を強請ろうと脛を嘴で突っつく。
痛い様なくすぐったい様な感触に我に返った山茶はいつの間にか鳥達に囲まれているのに気が付いて驚く。
「あ、ご飯ね。分かったから」
早く寄越せと言わんばかりに嘴を突き出して来る鳥達から逃げながら山茶は羅漢のいる廊下迄避難した。
階段で何段か上がった廊下には上がれずその場に立往生した鳥達が声を上げて餌の催促をする。
金柑の乗った籠を廊下に置き、鳥達の餌場迄戻ろうとした所鳥達の騒がしい鳴き声にも反応を示さなかった羅漢が山茶を呼び止めた。
「仕事を辞める気は無いのか」
山茶は壬氏の屋敷で水蓮と共に働くのは好きだが今の生活も嫌では無い。
朝と夕のお務めが無い事で菜園も家畜も食べ頃を逃さず手を出せるので近頃、食卓を飾る食事は豪華である。
ただ一つ不満を挙げるなら羅漢からそこそこの頻度で離職を促される事だ。
今の職に就く際は確かに渋っていたが楽しそうに職場へ向かう山茶を見て思う事があったらしく特に触れられる事が無くなったのだが猫猫が拐かしにあって以来、山茶の帰宅が夜になる今の職場環境は不安らしく事ある毎に苦言を漏らす様になった。
「お父様、先日も言いましたが私は今の職場を辞める気はありませんよ」
お給料良し、今は勤務時間が短くなった分多少日中の仕事量は増えたが無茶な量でも無く今回の様な我儘も聞いてくれる優しい上司と雇い主。
そんな好環境な仕事を辞められないと山茶は拳を握り首を振るう。
それでも引き下がらないのが羅漢で、だったら城で女官になったら良いと強く勧めて来る。
「爸爸付きの女官になれば家でも外でも一緒にいられるだろう」
それは如何だろうと山茶は思う。
そもそも勉強がそれ程好きで無い山茶には女官となって城で務める等夢のまた夢。
生活を食うと寝るの最低限迄落として空いた時間に死ぬ程勉強して、そこに奇跡が起きれば試験に合格するかもしれないがそんな生活をする気はさらさらないし奇跡などそう簡単には起きない。
それなら今の様に恵まれた職場で仕事をしつつ家畜と菜園の世話をして料理を作っていたいと思った。
女官は無理だと固辞すれば羅漢は眉尻を下げて見るからに落ち込んで見せた。
そんな羅漢の手を取るとその甲を撫でて「ちゃんと今日も家に帰って来ますから」と笑むのだが山茶は内心この何度目か分からないやりとりに辟易している。
一体、あと何回このやり取りをするのだろうと溜息を零す自分に別の自分がきっと姉さんが見つかる迄だろうねと答えつつ労りの言葉を送っていた。
おはようございますと声をかけられ、顔を上げればここ暫くで見慣れた武官が門の所に立っていた。
羅漢が出勤途中に逃げないよう陸孫が手配してくれた付き添いの部下である。
山茶は挨拶を返すと羅漢の腕を掴みもう片方の手には羅漢の昼食と差し入れにと作った菓子を手に迎えの武官に向かって歩いた。
見るからに出勤したくなさそうな羅漢を迎えの武官に預ける。
「何時も父がすみません。こちらは良かったら皆様で」
そう言って差し入れの包みを渡せば武官に嬉しそうに頬を緩ませて受け取ってくれた。
「此方こそ何時も美味しい差し入れをありがとうございます」
礼を言われて山茶は「そんな」と返す。
謙遜ではない、最早この毎日のように差し入れる菓子はこうして毎日羅漢を迎えに来てくれる彼等への詫びと化していた。
迷惑をかけていると言うのにお礼を言う武官に山茶の申し訳ないという気持ちは積もりに積もる。
山茶は明日も差し入れを作ろうと内心意気込みながら羅漢に昼食の包みを持たせた。
「お父様、いってらっしゃい」
通り迄出て、売られて行く仔牛の如く部下に連れられて行く羅漢を見送ると自分も出勤するため山茶は踵を返した。