とある悪食娘の話
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屋敷に戻った山茶は羅漢が知る前に羅半に話し、暴走するであろう羅漢の対策を考えてもらおうと兄の姿を探した。
屋敷に人の気配は無く、庭で放し飼いにされた鳥達と山羊の鳴き声だけが聞こえる。
彼の自室にも羅半姿はなく、出掛け前の出来事を忘れてしまったのかこちらへ近付いて来た鶏を見て羅半が出掛ける間際に午後から仕事で、今夜は遅くなると話していた事を思い出す。
どうしようかと山茶が思案していると羅漢が帰宅したらしく山茶を探して呼ぶ声が聞こえた。
その声に返事をしながら考える。
声の調子からまだ羅漢が猫猫の事を知らない事が察せられた。
城にいる羅半に連絡を入れる伝手等山茶には無く、諦めて翌朝羅半が帰って来るのを待つ事にした。
翌朝、少し草臥れて帰って来た羅半を捕まえ厨房に押し込んだ山茶は昨日の事を事細かに話した。
「何だって、猫猫が拐かされた?」
思わず大きくなった声に山茶も羅半自身も大きな声を出した口を押さえる。
猫猫の事となると目敏い父親、今の羅半の声が聞こえたかと二人は耳を澄ますが羅漢のよく分からない鼻歌しか聴こえない。
それに安堵した二人は先程より声を抑えて話を再開した。
「伯父様は姉さんが連れてかれた先に検討がついているのか大丈夫だと」
「伯父上が言うなら確かだろう。だが、一応私の方でも調べておこう」
「お願いします」
問題はと、二人の声が重なる。
視線は未だ聴こえる鼻歌の方で羅半は色々考えているのか暫く眉間を押さえ、溜息を吐く。
夜通しの仕事を終えて帰ってきた時より疲労が顔に出ている羅半の背中を労わるように山茶は撫でた。
それから何時もの様に三人で朝食を食べて過ごしていたが猫猫が拐われてから暫く経った日の晩、仕事場から帰って来た山茶はその帰りの道中、陶器が割れる音を聴いた。
そこそこに閑静な住宅街であるが子供が癇癪を起こして泣き喚く声はよく聴こえるし、夫婦喧嘩の声も時偶に聴こえる。
山茶の住む家の向かいの若旦那は最近嫁を娶ったが結婚する前から浮名を流した人物で、山茶が花街の薬屋で働く姉を尋ねる際にもよく見かけた。
対してその若旦那の元に輿入れした嫁は嫉妬深い人物で山茶と若旦那が朝の挨拶を交わすだけでも目くじらを立てる程の人物である。
何度か夕刻に若旦那がでこっそりと出掛けるのを目撃していた山茶はとうとう結婚してもやめない若旦那の花街通いが嫁に露見したかと思ったが、近所の人々が自宅前に集まっているのを見た山茶はさっきの音は自分の家なのだと気付いた。
口々に心配する近所の人達に大丈夫だと応えながら自宅の門へ飛び込むと父親である羅漢が部下であろう男達に中庭の真ん中で押さえつけられていた。
その中には見知った顔もあり、その者達は山茶の帰宅を知って顔に安堵と喜色の色を浮かべる。
羅漢の様子から状況を察した山茶は床に押さえつけられた羅漢に優しく声をかけた。
「お父様、ただいま戻りました」
「ああ、山茶。お前は道中何もなかったか?」
山茶と羅漢が親子と知って驚き、気でも抜けたのか部下の押さえる手からするりと抜け出した羅漢は山茶の頬や肩を触って自身の目で彼女の無事を確認する。
そんな羅漢の手を包み込むと山茶は花が綻ぶ様な笑みを浮かべて食事の提案をした。
羅漢は何か言いたげであったが山茶に上目遣いでせがまれると拒否する事も出来ず応じる。
立ち上がる羅漢に手を貸しながら山茶は中庭に散らばった陶器の破片に小さく溜息を吐く。
明らかな羅漢の態度の変貌に驚く部下達へも山茶は夕食の誘いを入れる。
「皆様、とりあえず兄が戻って来るまで夕食でもいたしましょうか」
調理の間は羅漢の部下達が羅漢を見張り、食事中は山茶が羅漢の隣に座る事で何とか羅漢を自宅に留めていた。
羅漢が口を開けかける度に料理を勧め、飲み物を注ぎ足し、適当な話題を持ち掛けと、見事な迄の山茶の話題逸らしに同じ食卓にいた部下達は呆然としていた。
それでも食事が無くなり食後のお菓子を出すまで話を延ばしに延ばしていたがそれも限界が近い。
この後はどうやって家を飛び出しそうな羅漢を留めておこうか、山茶が天井を仰いで考えて入れば外から馬の声が聞こえる。
ばたばたと忙しない足音が聴こえて部屋の扉が勢いよく開かれた。
「父上はまだいますか!」
部屋の扉を開けたのは羅半で、食卓の上座に羅漢と、その世話を焼く山茶の姿を捉えると安堵の息を吐く。
その後、羅漢の部下達は皆帰り、家は羅漢と山茶と羅半、それに羅半が馬に乗せて連れて来た羅門だけとなった。
始めこそ久しぶりの兄の姿に喜んだ羅漢であったがすぐに表情を変えて「猫猫が!」と縋りつく。
やはり山茶の勘は当たった。
羅漢はどういう術を使ったのか猫猫が拐かしにあった事を知ったらしい。
一体どう知ったのか考えていると羅半が山茶に小さな声で耳打ちした。
「父上はまた懲りず猫猫目当てに緑青館を訪ねたらしくてね」
「まあ」
またですか。というやや呆れた山茶の反応に羅半はそう言ってやるなと苦笑いを浮かべる。
しかし羅漢と相対して何とも言えない形相になる猫猫を毎度見てる以上、山茶はもう少しお互いに良い親子の触れ合い方は無いのかと思わずにはいられない。
「緑青館の男衆の一人に事のあらましを聞いたらしい」
そしてその足で城に戻って来たので部下達は驚いた。
何時も定時より早く帰宅する男が突然戻って来たのだ。
そして自分の執務机に着席来たかと思うと物凄い勢いで書き物を始めた。
居合わせた部下の何人かはやっと我等が上司がまともに仕事を始めたと目尻に涙を浮かべて喜んでいたが残りの部下達は只々嫌な予感がしてならなかった。
丁度その場に居合わせた陸孫は部下の一人に羅半を呼ぶ様頼み、はらりと自分の前に落ちた紙を拾い上げると内容を一読して握り潰した。
紙には殴り書きで作戦というのか、計画というのかそれがつらつらと書かれている。
これが他国や盗賊等国を悩ます輩に対する対抗策ならば良かったのだがそれにしては規模が大きい。
これならば実行すれば国家転覆も狙えるのではと考えた所で陸孫は思考を止めた。
羅漢の机から生産される紙たちを集めては握り潰す。
その場にいた者達に羅漢を机から離す様指示して机の紙も全て丸めて屑篭に入れた。
羅漢は怒って抵抗もしていたが陸孫は構わず恐ろしい企画書を片っ端から片付ける。
そうこうしている内に呼ばれた羅半が息を切らしてやって来た。
訳が分からないが陸孫の指示に従って羅漢を抑える部下達と抑えられる羅漢。
既に疲れた様子の陸孫と屑篭いっぱいに盛り上がった紙。
それを見て状況を察したのか顔を押さえ小さく呟かれた言葉を陸孫は聞き逃さなかった。
「とうとう父上に知られたか」
陸孫はやって来た羅半に訳は聞かなかった。
おかしな羅漢が何時も以上におかしくなるのは大体羅漢の娘の内の何方に何かあった時である。
何かあって心配するのはいい事であるがそれがどういう訳で国家転覆の策を考えるに至るのか陸孫は理解が出来ない。
羅漢は彼を抑えつけていた者達と羅半が連れて帰る事になり、陸孫は一人証拠隠滅の為焼却炉に向かった。
羅漢の部下の力を借りて何とか自宅に戻ったは良いが自宅には頼みの綱である山茶はおらず、このまま待つにも時間が惜しかった羅半はここへ羅漢の頭が上がらない羅門を召喚する事を考えた。
そう考えた羅半は嫌がる養父の部下達を置いて家を飛び出し
「そこへ私が入れ違いで帰って来たんですね」
羅漢が中庭で取り押さえられていた所から想像するに何とか部下の隙をついて部屋を飛び出した所を再び取り押さえられたのだろう。
父上の部下が優秀で良かったと山茶はしみじみ思った。
もし、そのまま羅漢を逃して入れば一体何が起こっていたのか、羅漢は凡人には考えつかない様な事を次々に思いつく人間なので益々恐ろしい。
そうこう話している内に羅門の説教は終わったらしい。
やれやれと肩の凝りを解しながら此方へ歩いて来る羅門に対し羅漢はこってり絞られたのか一人俯いて座っていた。
「羅漢にはキツく言い聞かせたから騒ぎは起こさないと思うよ」
苦笑いを浮かべた羅門に兄妹は頭を下げて礼を言う。
頭を下げる二人の肩を労わる様に叩いた羅門は「だけど」と言葉を続けた。
「念の為、暫くは見張っておいた方が良いだろうね。あの子の猫猫に対する執着はそれはもう凄いものだから」
存じておりますとは思った二人であったが羅半も山茶も愛想の良い笑みを浮かべて喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
ご足労を頂いた羅門にせめてもと山茶は夕食を用意した。
羅門は最後迄遠慮していたが、夕食を食べていくよう羅漢に強くせがまれて食卓についてくれた。
その隣には既に夕食を済ませた筈の羅漢が座り、猫猫は無事だろうかと不安を吐露する。
その度に羅門は母親の様な優しい笑みと声で「猫猫は大丈夫」「あの子は強い子だから」と元気付けた。
「伯父上様様だな」
部屋着に着替えた羅半は山茶のいる厨房へと入って来た。
「いっそ猫猫が見つかる迄この家に滞在してくれないだろうか」
すると羅漢も大人しくしているし、手間も減る。
そんな羅半の打算を支持するもそれは無理だろうと答えながら山茶は菜葉の根を切り落とした。
「伯父様も薬屋というお仕事がありますし」
「そうだが、」
少し考えて見せた羅半は山茶を見た。
菜葉を湯がいていた山茶はその視線に気付いて何か尋ねる。
「暫く、父上が仕事に出るまでと帰って来てからの間は側にいてやってくれないか」
朝から夕方迄山茶が仕事に出ているのを知っている羅半はそれは申し訳無さそうに言った。
茹で上がった菜葉を水に晒していた山茶はそうですねと頬に手を当てる。
「明日、上司の方に聞いてみます」
「すまないな」
「いいえ、家族の危機ですから」
そう笑って応えた山茶に自身の眼鏡を押し上げた羅半は「国の危機でもあるしな」と呟いた。
これがただの冗談であればどれだけ良いか。
笑えない羅半の呟きに山茶は困惑するしかない。
「そういえば日中はどうするのですか?」
「それは陸孫や父上の部下達がいるから大丈夫だろう」
「また陸孫様達に迷惑を掛けてしまうのですね」
羅漢に振り回される陸孫達を浮かべて申し訳ない気持ちになる山茶に対し羅半は何時もの事だと気にする様子も無い。
けれど変わらず申し訳なさそうにする山茶の頭を羅半は撫でて一つ提案した。
「そんなに気になるなら今度、陸孫達に差し入れを入れると良い。きっと皆喜ぶぞ」
羅半の提案に山茶は顔を輝かせた。
嬉しそうに応えた山茶の頭をもうひと撫でした羅半は指を一本、山茶の目の前に立てる。
「私にも差し入れを一つ頼む。父上を御すのは頭を使うんだ」