とある悪食娘の話
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壬氏の宮での会話より少し前、山茶は自家菜園の野菜を手土産に姉のいる薬屋を尋ねるため花街を赴いた。
花街は昼間という事で人もまだらで立ち並ぶ娼館の窓から目覚めたばかりであろう妓女達が窓際で煙管をふかしていたり禿が娼館前を掃いたりと夜の花街とは違った人々の営みを眺めながら姉のいる緑青館を目指した。
緑青館でもやはり禿である幼い少女が店前を掃き掃除をしているのだが何やらその表情が暗い。
緑青館の女主人がどれほど厳しい人物か知っている山茶はきっとこの浮かない表情の少女もその女主人に叱られたのだろうと思った。
そんな少女の気を少しでも紛らわせようと手製の飴を取り出した所で少女は山茶に気付いたらしくこちらまで駆けて来ると山茶の服を掴み緑青館へと引っ張った。
中に入ると右叫を始めとした男衆に姐さん達、それに緑青館の女主人に姉の養父である羅門もいた。
みんな一様に神妙な顔つきでいるので何かあったのだと山茶も察する。
「どうしたんですか皆さんそんな暗い顔をして、そういえば姉さんは何処でしょうか」
手土産の野菜を掲げてお裾分けに来た事を言いかけたが皆の表情が益々暗いものになり、自身の異母姉である猫猫に何かあったのだと理解した。
集まる皆の和に入れば訳を知らない山茶に誰となく説明してくれる。
薬草を探しに行った猫猫。
しかし猫猫は夜になっても翌朝になっても帰らず、流石に帰らない猫猫を心配した羅門と話を聞いて着いてきた右叫を始めとする男衆数名が森に入ると地面にはそこそこ新しい争った痕と猫猫のであろう籠だけが森に残されていた。
「拐かしにあったんだろう」
羅門の静かな声はその場によく通った。
誰か姐さんが猫猫の身を案じて泣いているのかか細く震えた声で猫猫の名前を呼ぶ声が幾つか聞こえた。
その声に鼻を啜る音が聞こえ、右叫を始めとした男達が森を中心に手分けして猫猫を探そうと声を上げた。
姐さん達や禿迄も他の娼館に猫猫の事を聞いて見ると言いだした所で
「勝手な事をするんじゃないよ」
大きな声。
猫猫の捜索に息をまく皆を止めたのは何時もよりも険しい表情の女主人であった。
女主人は涙を零す姐達に目が腫れる事を理由に今すぐ泣き止むよう叱りつけると皆に聞こえるよう大きく手を叩き皆々に何時も通り開店の準備を始めるよう指示を飛ばした。
中には納得がいかず動こうとしない者、文句を言う者もいたが女主人が鋭い視線を向ければ彼等はすぐに動いた。
「騒がしてすまなかったねえ」
女主人に詫びを入れた羅門は座っていた椅子から立ち上がろうとしたので山茶はすかさず肩を貸す。
山茶の肩を借りた羅門は弱い方の膝を庇いつつ立ち上がると山茶に緑青館の裏手の自宅へ行こうと誘った。
「あの娘が拐かしにあった事は店の方で通報しておくよ」
「何から何まですまないね」
羅門と山茶が店から出る手前でそう言った女主人は荒い鼻息を吐くと踵を返し「この床を掃除をしたのは誰だい」と床掃除が行き届いていないと怒っていた。
緑青館を出て羅門達の家に向かって歩いていると優しい声で山茶に女主人もああ言いながら猫猫の身を案じている事を教えてくれた。
それに山茶は分かりますと返す。
「だって女将さん緑青館の男手も借りたのにお金の計算をしなかったですもん」
猫猫を尋ねて緑青館に出入りした事のある山茶はあの女主人がお金に対して容赦がない事をよくよく知っている。
何かにつけて算盤を弾く女主人であるが猫猫捜索の為に羅門が男衆を借りた事に対して要求も言及もなかった。
娼館の主人である以上営業を差し置いてでも猫猫を捜索しようとする者達に厳しく出たが山茶は女主人なりの優しさを感じた。
羅門達の家にお邪魔すると手土産の野菜を何時もの場所に並べた。
それを見て羅門は「いつもすまないね」と言いながらお茶を出してくれる。
「本当は鶏がいい具合に育ったのでそれも持ってこようと思ったんですが活きが良すぎて」
山茶が自宅の庭で雛の頃から育てた鶏。
餌に気を付け、適度に運動をさせて丸々と立派に育てた鶏であるが何分活きが良過ぎた。
何時ものように餌が貰えると思って近付いて来た所を捕まえたのだが途端、大きな鳴き声を上げて暴れ出した。
あまりの大きな鳴き声に近所の子供がやって来て何事か尋ねるので斯々然々と訳を話せば鶏を雛時代から知っていた子供は食べちゃ駄目だと山茶に泣き付いた。
そして大きな鳴き声の鶏に子供の泣き声に何だ何事だと部屋から出て来た兄の羅半。
彼は山茶とその周りの様子に検討がついたのか一言「今日は諦めろ」。
野菜に加えて鶏迄も貰えないという羅門に山茶は首を振るう。
「伯父様には何時もお薬を頂いているので」
羅半も山茶も街で売られている薬を飲む事もあるが羅漢はどうやっても頑なに街で売られた薬を飲もうとはしなかった。
どんなに腹が痛もうと頭が捻れる様に痛もうと羅漢か猫猫手製の薬しか嫌だと、山茶が薬と水を片手に何時ものように飲まそうとしても頑なに飲まない。
その為、何時も薬が急遽必要となると薬屋が閉まった後でも山茶か羅半がこの家の扉を叩いて薬を求めた。
その度に羅門は心良く、猫猫は渋々受け入れてくれて薬を調合してくれるので山茶も羅半も助かっている。
だからこれらはそのお礼も兼ねていると言う山茶に話を聞いて羅門は頭を押さえていた。
「何時も羅漢が苦労をかけるね」
「苦労も何も助け合うのが家族ですから」
苦も無いのだという山茶に羅門は今日一番の優しい表情をするのだがその表情はすぐに曇る。
「猫猫は拐かされたが今の時勢、拐かされた娘の行く先は限られている」
だからその内、無事を伝える文が来るだろうと羅門は言った。
それよりもと続けた羅門も表情は苦々しい。
「多分、羅漢の事だからすぐに猫猫の事が耳に入るだろう。少しどころかかなり後先考えず暴走する事になると思う。だから、」
山茶は羅門の言葉に想像がついた。
自分の父親でもある羅漢は異母姉である猫猫の事となるとそれはもう何時もの頭の回転の速さは何処へやら、思わぬ方向に突き進んでしまうのである。
その度に猫猫はそれはもう見ていられない程の表情をしていたのだが、その猫猫が拐かしにあったとなれば羅漢がどんな反応をするのか。
終いには拐かしをのさばらせる国が悪いと国家転覆迄起こしそうだと、やりかねないと山茶は苦笑いを浮かべる。
羅門は苦々しい表情で山茶に頭を下げた。
「あの子の事を頼んだよ」