囲碁と幽霊と見える人
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ヒカルが帰宅をすると母親である美津子が腰に手を当てて仁王立ちをしていた。
格好だけでない、表情迄も仁王と劣らぬ形相で、そんな母親と対面したヒカルは一体自分は何をやらかしたのか自身の記憶を揺さぶる。
しかし悲しきかな思い当たる節は山程有り、幾ら篩にかけても原因は分からない。
何時迄も険しい表情の母親を見ていられず視線を少し下げたヒカルは母親の手に握られた一枚の紙に気が付き盛大に顔を顰めた。
何故母親がそれを持っているのか驚きと焦りが隠せないヒカル。
焦りの余り思った事が口に出ていたらしく彼女はヒカルのランドセルから見付けたのだと言った。
彼女に息子のランドセルを漁る趣味はない。
正しくは帰ってくるなりリビングのソファーにランドセルを放り投げて遊びに出掛けた息子に代わり、ソファーのスプリングで床へと落ちたランドセルを拾い上げた際、はらりと落ちたのがそれだった。
何かまた大切なお知らせのプリントをランドセルに入れたままなのではと思った美津子がそれを拾い上げ、開いてみればいつのか分からないテストの答案用紙。
上から下まで見事なペケの並びに美津子の顳顬はヒクついた。
テストの点数もであるが返って来たテストを正直に見せず、ランドセルに隠していたヒカルに怒った美津子は成績が良くなる迄お小遣いの停止。
加えて今度の土曜日より従姉妹である鈴の元へ行き勉強を教えて貰ってくる事を厳命した。
そして来たる土曜日。
ヒカルは溜息を吐きながら鬱々と従姉妹の鈴が住む祖父の家への道を歩いていた。
隣には元気のないヒカルと対照的に明るい表情で今にもスキップをしそうな足取りのあかりの姿。
朝、何時もの様に遊びに来たあかりはヒカルが勉強を教わりに祖父の家に行くのだと聞くとわざわざ自宅に戻って勉強道具を一式取りに行き「私も行く!」と名乗りを挙げた。
そんなあかりに美津子は勉強熱心だと褒め、讃え、ヒカルの肩を叩いて彼女を見習いなさいと厳しい声で睨んだ。
あかりが勉強が好きでも予習復習を心掛けるような真面目な子供でもない事を知っているヒカルはただ溜息を吐き、美津子に小突かれた。
母親に小突かれた意味が分からないヒカルであったが先程から鈴の事しか喋らないあかりにヒカルは「ほらな」とここにはいない母親に言う。
あかりはヒカルの従姉妹である鈴にとてもとても、懐いていた。
初めてヒカルから紹介された時はこんなに人見知りする奴だったかとヒカルを驚かせる程に警戒していたあかりであるがある日を境にあかりは鈴によく懐いていた。
斯く言うヒカルもヒカルで鈴に懐いていたし実の姉の様に思ってもいる。
自分より一つ上なのに大人っぽく、賢く、何処か不思議な感じで、料理お菓子作りも上手。
何よりヒカルにとても優しく、よく頭を「ヒカル君は良い子だね」と柔らかな手付きで撫でてくれた。
本当言うなら自身の隣を歩く幼馴染以上に従姉妹が大好きだと言えるヒカルであるがやはりその足取りは重い。
そんなヒカルの様子にあかりも気付いていたのか彼女は体調でも悪いのかと尋ねる。
何時もならどちらが先に鈴の所行くか競争だと言っている筈なのだ。
眉を下げ、自身を心配しているあかりにヒカルは力なく手を振り、大丈夫だと答えた。
「鈴姉に会えるのは嬉しいんだけどさ。今日は勉強会だろ?」
それが憂鬱なのだと言うヒカルにあかりは頭を傾げる。
そしてはっと、気付いた顔でヒカルを見た。
「もしかして鈴さんってお勉強に対して厳しいの?」
穏やかな笑みを浮かべる鈴の表情しか知らないあかりは厳しい顔をする彼女の姿が想像出来なかったが優しい人程怒ると恐いと言う。
まさか鈴がそうなのかと顔色を悪くさせたあかりにヒカルはすぐさま否定した。
「そんな訳無いだろ。鈴姉は優しいよ」
「何だ良かった。じゃあ、どうしてヒカルはそんなに元気がないの」
あかりの追求に口を開きかけたヒカルであるが、それを止めて一人駆け出す。
突然の事に驚いたあかりであるがヒカルが走る先には此方に向かって手を振る鈴がおり、ヒカルの行動に納得したあかりは彼の後を追い駆けた。
加茂鈴はヒカルの父親の妹の子で、ヒカルが小学校に上がる前の年に祖父・平八の家へとやって来た。
両親は鈴の側にはおらず、ヒカルは未だ一度も彼女の両親を見た事がない。
どんな人達か幼い時にヒカルは尋ねたが、何時も明朗で何でも答えてくれる父親は珍しく表情を固くして言葉を濁した。
ふと、気になって尋ねただけでその問いに深い思いは無く、そんな問いを父親にした事は今ではヒカルの記憶の彼方にある。
優しく穏やかで、幼いヒカルが飛びつけば鈴は柔らかな笑みを浮かべていつも抱き留めてくれた。
流石に小学校中学年に差し掛かると抱き留めるのは難しくヒカル自身も恥ずかしくやらなくなったが鈴はヒカルに会うと何時も頭を撫でてくれる。
今日もそれは変わらず「いらっしゃい」と迎えてくれた鈴は少し遅れて来たあかりも迎えて家の中へと入った。
家に入ると居間から顔を出した平八はヒカルとあかりの顔を見てとても驚いていた。
というのもヒカル達が来るのを待ちながら囲碁を打っていた所ふらりと鈴が立ち上がり外へと出て行き、何事かと鈴を追い、居間から顔を出したら鈴がヒカル達を連れて戻って来たたのだ。
まるでヒカル達が来るのが分かってたかの様な鈴の行動にただただ平八は驚いていた。
ヒカルが何故と問えば鈴は微笑むだけで答えない。
「今日は朝からクッキーをたくさん焼いたから是非食べてね」
明らかにはぐらかされていると分かったヒカル達であるが鈴が作るお菓子の魔力には勝てず素直に喜ぶ。
お茶の用意をするからと台所に消えた鈴にヒカル達は先に彼女の部屋に行く事になった。
ヒカルは勿論の事、あかりも慣れた足取りでヒカルの前を歩く。
歩いていた廊下からは庭も蔵も見え、蔵を視界に入れたヒカルはその場で立ち止まった。
何の変哲もない、古く使わない物ばかりが置かれている見慣れた蔵である。
それが何故かとても気になったヒカルの足が蔵に向かって一歩踏み出す。
「どうしたのヒカル君」
ヒカルの視界が暗くなる。
背後から鈴の気配がというより、彼女の匂いがして思わず強張っていた体の力が抜ける。
「もう、驚すなよ鈴姉!」
「ごめんね。ヒカル君が廊下で立ってるの見たら悪戯心が湧いたの」
視界を隠す手を下げて振り向けばクッキーとお茶の乗ったお盆を持った鈴が立っていた。
こんな廊下の真ん中でどうしたのか尋ねてくる鈴にヒカルは蔵を指差す。
「鈴姉はあの蔵に入った事ある?」
「あるわよ。ついこの間、掃除をするのにね。あの蔵は何にも無いからきっとヒカル君が覗いても何も面白い物は無いからおすすめ出来ないかな」
間髪入れず答えた鈴はヒカルの手を引いて早く部屋に行こうと急かす。
そんな鈴の言動にあの蔵には何かあると見当したヒカルは彼女の隙を突いて蔵を覗こうと心の中で目論んだ。
さて、勉強会が始まりヒカルは意気消沈していた。
きっと鈴にヒカルの勉強を見るよう頼んだ美津子はテスト以外の科目も見るよう頼んだのだろう。
問題の科目が終わると鈴は別の科目教科書を机の上に置いた。
特に前振りもなく問題の説明に入った鈴にヒカルは慌てて止める。
テストの点が悪かった科目の勉強は終わったのだからもう勉強は止めて遊ぼうと必死に強請るのだが鈴は困り顔をするだけで応じ様とはしない。
それどころか悲しそうな顔をして「ヒカル君は私に勉強を教えられるのが嫌?」と問われて言葉を詰まらせた。
ヒカルはよく鈴に懐いていて彼女が大好きでとても慕っていた。
だから鈴が悲しそうな顔をするととても困る訳で、
「うん。よし、勉強を再開しよう」
と、答えるしか無い。
こうなる事は経験上分かっていたからヒカルは鈴との勉強会が嫌だった。
歴史の勉強に漢字の書取り、算数の計算を物の数時間でこなし頭に詰め込んだヒカルはふらふらと立ち上がる。
鈴を隣に算数を教えてもらっていたあかりが何処へ行くのか尋ねるのでヒカルは便所と短く答え、部屋を出た。
用を済まし部屋に戻る途中、蔵の姿を捉えたヒカルは踵を返して玄関へと走る。
足音で平八に気付かれるかと慌てたヒカルであるが平八は居間で碁盤と睨み合いをしておりヒカルに気付く様子もない。
これ幸いにと玄関で靴を履いたヒカルは蔵へと向かった。
蔵は鍵を掛けるのを忘れていたのか錠前は外れたままで、重い扉を何とか開けて中へと体を滑り込ませたヒカルは蔵の中を彷徨いた。
掃除をしていたと言っていただけに中はダンボールや木箱がいくつか置かれているが整然としている。
鈴の言う通り何も面白くないと思ったヒカルは誰かに気付かれる前に蔵を出ようと思ったが二階に続く階段を見付け、戻るのを取り止めた。
一階がこの様子じゃあ二階も期待出来ないとヒカルは思いながらも階段をよじ登る。
階段から少し頭を出して二階の様子を伺えばやはり予想通り物はあまりなく、いくつかの箱が部屋の隅に置かれているだけの殺風景な景色であった。
「何だろあれ」
そんな景色の中、箱とは少し距離を開け手前に置かれたそれが気になりヒカルは二階へと上がる。
近付いてよくよく見れば平八が先程食い入る様に見ていた物と同じ物だと気づいた。
「何だ碁盤かよ」
つまらないと呟いたヒカルは碁盤の表面に付いた染みに気付いて、それに触れる。
「何だろこの染み。コーヒー?お茶?」
「ヒカル君、ここにいるの?」
階下からの鈴の声にヒカルは碁盤から手を離して一人慌てた。
あかりも一緒にいるのかヒカルを呼ぶ声が階段の軋む音と共に近付いてくる。
ヒカルがどうしようと、勉強会を抜け出し蔵にいる理由を考えていると背後から白い花弁の様な物が飛んで来てふわりと舞う。
蔵の窓でも開いていたのかと振り向けば、まるで昔の貴族の様な出で立ちで浮かぶ人。
浮かぶ人にヒカルは悲鳴を上げた。
階下は騒がしくなり、眼前の浮かぶ人は何やら神に感謝をしてヒカルに近づく。
抵抗する間もなく目と鼻の先までヒカルに近付いた人は目の前から姿を消すとヒカルの体に何とも言えない感覚が駆け走る。
そしてその感覚が落ち着いたかと思うとヒカルの視界は霞み、次第に瞼が落ちていき、あかりの声を聞いたのを最後にヒカルは意識を失った。
二階に上がって来た鈴は意識無いヒカルを混乱のあまり揺さぶるあかりを宥めて平八と救急車を呼ぶ様に頼んだ。
残った鈴は羽織っていたカーディガンをヒカルの頭の下に差し込み側の碁盤を苦々しく見つめた。
「だからおすすめ出来ないって言ったのに」
格好だけでない、表情迄も仁王と劣らぬ形相で、そんな母親と対面したヒカルは一体自分は何をやらかしたのか自身の記憶を揺さぶる。
しかし悲しきかな思い当たる節は山程有り、幾ら篩にかけても原因は分からない。
何時迄も険しい表情の母親を見ていられず視線を少し下げたヒカルは母親の手に握られた一枚の紙に気が付き盛大に顔を顰めた。
何故母親がそれを持っているのか驚きと焦りが隠せないヒカル。
焦りの余り思った事が口に出ていたらしく彼女はヒカルのランドセルから見付けたのだと言った。
彼女に息子のランドセルを漁る趣味はない。
正しくは帰ってくるなりリビングのソファーにランドセルを放り投げて遊びに出掛けた息子に代わり、ソファーのスプリングで床へと落ちたランドセルを拾い上げた際、はらりと落ちたのがそれだった。
何かまた大切なお知らせのプリントをランドセルに入れたままなのではと思った美津子がそれを拾い上げ、開いてみればいつのか分からないテストの答案用紙。
上から下まで見事なペケの並びに美津子の顳顬はヒクついた。
テストの点数もであるが返って来たテストを正直に見せず、ランドセルに隠していたヒカルに怒った美津子は成績が良くなる迄お小遣いの停止。
加えて今度の土曜日より従姉妹である鈴の元へ行き勉強を教えて貰ってくる事を厳命した。
そして来たる土曜日。
ヒカルは溜息を吐きながら鬱々と従姉妹の鈴が住む祖父の家への道を歩いていた。
隣には元気のないヒカルと対照的に明るい表情で今にもスキップをしそうな足取りのあかりの姿。
朝、何時もの様に遊びに来たあかりはヒカルが勉強を教わりに祖父の家に行くのだと聞くとわざわざ自宅に戻って勉強道具を一式取りに行き「私も行く!」と名乗りを挙げた。
そんなあかりに美津子は勉強熱心だと褒め、讃え、ヒカルの肩を叩いて彼女を見習いなさいと厳しい声で睨んだ。
あかりが勉強が好きでも予習復習を心掛けるような真面目な子供でもない事を知っているヒカルはただ溜息を吐き、美津子に小突かれた。
母親に小突かれた意味が分からないヒカルであったが先程から鈴の事しか喋らないあかりにヒカルは「ほらな」とここにはいない母親に言う。
あかりはヒカルの従姉妹である鈴にとてもとても、懐いていた。
初めてヒカルから紹介された時はこんなに人見知りする奴だったかとヒカルを驚かせる程に警戒していたあかりであるがある日を境にあかりは鈴によく懐いていた。
斯く言うヒカルもヒカルで鈴に懐いていたし実の姉の様に思ってもいる。
自分より一つ上なのに大人っぽく、賢く、何処か不思議な感じで、料理お菓子作りも上手。
何よりヒカルにとても優しく、よく頭を「ヒカル君は良い子だね」と柔らかな手付きで撫でてくれた。
本当言うなら自身の隣を歩く幼馴染以上に従姉妹が大好きだと言えるヒカルであるがやはりその足取りは重い。
そんなヒカルの様子にあかりも気付いていたのか彼女は体調でも悪いのかと尋ねる。
何時もならどちらが先に鈴の所行くか競争だと言っている筈なのだ。
眉を下げ、自身を心配しているあかりにヒカルは力なく手を振り、大丈夫だと答えた。
「鈴姉に会えるのは嬉しいんだけどさ。今日は勉強会だろ?」
それが憂鬱なのだと言うヒカルにあかりは頭を傾げる。
そしてはっと、気付いた顔でヒカルを見た。
「もしかして鈴さんってお勉強に対して厳しいの?」
穏やかな笑みを浮かべる鈴の表情しか知らないあかりは厳しい顔をする彼女の姿が想像出来なかったが優しい人程怒ると恐いと言う。
まさか鈴がそうなのかと顔色を悪くさせたあかりにヒカルはすぐさま否定した。
「そんな訳無いだろ。鈴姉は優しいよ」
「何だ良かった。じゃあ、どうしてヒカルはそんなに元気がないの」
あかりの追求に口を開きかけたヒカルであるが、それを止めて一人駆け出す。
突然の事に驚いたあかりであるがヒカルが走る先には此方に向かって手を振る鈴がおり、ヒカルの行動に納得したあかりは彼の後を追い駆けた。
加茂鈴はヒカルの父親の妹の子で、ヒカルが小学校に上がる前の年に祖父・平八の家へとやって来た。
両親は鈴の側にはおらず、ヒカルは未だ一度も彼女の両親を見た事がない。
どんな人達か幼い時にヒカルは尋ねたが、何時も明朗で何でも答えてくれる父親は珍しく表情を固くして言葉を濁した。
ふと、気になって尋ねただけでその問いに深い思いは無く、そんな問いを父親にした事は今ではヒカルの記憶の彼方にある。
優しく穏やかで、幼いヒカルが飛びつけば鈴は柔らかな笑みを浮かべていつも抱き留めてくれた。
流石に小学校中学年に差し掛かると抱き留めるのは難しくヒカル自身も恥ずかしくやらなくなったが鈴はヒカルに会うと何時も頭を撫でてくれる。
今日もそれは変わらず「いらっしゃい」と迎えてくれた鈴は少し遅れて来たあかりも迎えて家の中へと入った。
家に入ると居間から顔を出した平八はヒカルとあかりの顔を見てとても驚いていた。
というのもヒカル達が来るのを待ちながら囲碁を打っていた所ふらりと鈴が立ち上がり外へと出て行き、何事かと鈴を追い、居間から顔を出したら鈴がヒカル達を連れて戻って来たたのだ。
まるでヒカル達が来るのが分かってたかの様な鈴の行動にただただ平八は驚いていた。
ヒカルが何故と問えば鈴は微笑むだけで答えない。
「今日は朝からクッキーをたくさん焼いたから是非食べてね」
明らかにはぐらかされていると分かったヒカル達であるが鈴が作るお菓子の魔力には勝てず素直に喜ぶ。
お茶の用意をするからと台所に消えた鈴にヒカル達は先に彼女の部屋に行く事になった。
ヒカルは勿論の事、あかりも慣れた足取りでヒカルの前を歩く。
歩いていた廊下からは庭も蔵も見え、蔵を視界に入れたヒカルはその場で立ち止まった。
何の変哲もない、古く使わない物ばかりが置かれている見慣れた蔵である。
それが何故かとても気になったヒカルの足が蔵に向かって一歩踏み出す。
「どうしたのヒカル君」
ヒカルの視界が暗くなる。
背後から鈴の気配がというより、彼女の匂いがして思わず強張っていた体の力が抜ける。
「もう、驚すなよ鈴姉!」
「ごめんね。ヒカル君が廊下で立ってるの見たら悪戯心が湧いたの」
視界を隠す手を下げて振り向けばクッキーとお茶の乗ったお盆を持った鈴が立っていた。
こんな廊下の真ん中でどうしたのか尋ねてくる鈴にヒカルは蔵を指差す。
「鈴姉はあの蔵に入った事ある?」
「あるわよ。ついこの間、掃除をするのにね。あの蔵は何にも無いからきっとヒカル君が覗いても何も面白い物は無いからおすすめ出来ないかな」
間髪入れず答えた鈴はヒカルの手を引いて早く部屋に行こうと急かす。
そんな鈴の言動にあの蔵には何かあると見当したヒカルは彼女の隙を突いて蔵を覗こうと心の中で目論んだ。
さて、勉強会が始まりヒカルは意気消沈していた。
きっと鈴にヒカルの勉強を見るよう頼んだ美津子はテスト以外の科目も見るよう頼んだのだろう。
問題の科目が終わると鈴は別の科目教科書を机の上に置いた。
特に前振りもなく問題の説明に入った鈴にヒカルは慌てて止める。
テストの点が悪かった科目の勉強は終わったのだからもう勉強は止めて遊ぼうと必死に強請るのだが鈴は困り顔をするだけで応じ様とはしない。
それどころか悲しそうな顔をして「ヒカル君は私に勉強を教えられるのが嫌?」と問われて言葉を詰まらせた。
ヒカルはよく鈴に懐いていて彼女が大好きでとても慕っていた。
だから鈴が悲しそうな顔をするととても困る訳で、
「うん。よし、勉強を再開しよう」
と、答えるしか無い。
こうなる事は経験上分かっていたからヒカルは鈴との勉強会が嫌だった。
歴史の勉強に漢字の書取り、算数の計算を物の数時間でこなし頭に詰め込んだヒカルはふらふらと立ち上がる。
鈴を隣に算数を教えてもらっていたあかりが何処へ行くのか尋ねるのでヒカルは便所と短く答え、部屋を出た。
用を済まし部屋に戻る途中、蔵の姿を捉えたヒカルは踵を返して玄関へと走る。
足音で平八に気付かれるかと慌てたヒカルであるが平八は居間で碁盤と睨み合いをしておりヒカルに気付く様子もない。
これ幸いにと玄関で靴を履いたヒカルは蔵へと向かった。
蔵は鍵を掛けるのを忘れていたのか錠前は外れたままで、重い扉を何とか開けて中へと体を滑り込ませたヒカルは蔵の中を彷徨いた。
掃除をしていたと言っていただけに中はダンボールや木箱がいくつか置かれているが整然としている。
鈴の言う通り何も面白くないと思ったヒカルは誰かに気付かれる前に蔵を出ようと思ったが二階に続く階段を見付け、戻るのを取り止めた。
一階がこの様子じゃあ二階も期待出来ないとヒカルは思いながらも階段をよじ登る。
階段から少し頭を出して二階の様子を伺えばやはり予想通り物はあまりなく、いくつかの箱が部屋の隅に置かれているだけの殺風景な景色であった。
「何だろあれ」
そんな景色の中、箱とは少し距離を開け手前に置かれたそれが気になりヒカルは二階へと上がる。
近付いてよくよく見れば平八が先程食い入る様に見ていた物と同じ物だと気づいた。
「何だ碁盤かよ」
つまらないと呟いたヒカルは碁盤の表面に付いた染みに気付いて、それに触れる。
「何だろこの染み。コーヒー?お茶?」
「ヒカル君、ここにいるの?」
階下からの鈴の声にヒカルは碁盤から手を離して一人慌てた。
あかりも一緒にいるのかヒカルを呼ぶ声が階段の軋む音と共に近付いてくる。
ヒカルがどうしようと、勉強会を抜け出し蔵にいる理由を考えていると背後から白い花弁の様な物が飛んで来てふわりと舞う。
蔵の窓でも開いていたのかと振り向けば、まるで昔の貴族の様な出で立ちで浮かぶ人。
浮かぶ人にヒカルは悲鳴を上げた。
階下は騒がしくなり、眼前の浮かぶ人は何やら神に感謝をしてヒカルに近づく。
抵抗する間もなく目と鼻の先までヒカルに近付いた人は目の前から姿を消すとヒカルの体に何とも言えない感覚が駆け走る。
そしてその感覚が落ち着いたかと思うとヒカルの視界は霞み、次第に瞼が落ちていき、あかりの声を聞いたのを最後にヒカルは意識を失った。
二階に上がって来た鈴は意識無いヒカルを混乱のあまり揺さぶるあかりを宥めて平八と救急車を呼ぶ様に頼んだ。
残った鈴は羽織っていたカーディガンをヒカルの頭の下に差し込み側の碁盤を苦々しく見つめた。
「だからおすすめ出来ないって言ったのに」