ふじまるりつかはようじょ


藤丸立香が人理保障継続機関カルデアに来たのは5歳の時であった。
それまで立香は父親と共に二人暮らしをしていた。
母親の顔は写真でしか見た事がなかったが父親は何時も自身の妻であり立香の母親である彼女がどれだけ素晴らしく、素敵な人なのだと何度も聞かせた。
何処にいるのかと尋ねれば立香の母親はとても頭がよかった為、技術者として普通の人では勤められないような所にお勤めしているのだと語った。
とても楽しそうに、誇らしげに語る父の顔に立香もつられて楽しくなる。
立香は父親から母親の話をせがんでは何度も聞いた。
朝も昼も、夕飯の時、眠る時も。
するとまるで会った事もないのに何度も会った気になるものだからますます立香は父親に自身の母親の話をせがんだ。

「お母さんにいつか会えるかな?」

立香がそう尋ねれば父親は少しだけ困った顔をする。

「そうだね。いつか会えるよ」

次には笑い、立香の頭を撫でて父親はそう答えた。

それから意外にもすぐに立香は初めて母親と対面する。
優しかった父親が死んだ。
交通事故であった。
ボールを追いかけて道路に飛び出た子供を助けたが為に父親は車に轢かれて死んでしまったのだ。
立香の父親は元々孤児であった為に両親どころか親族はおらず、入院していた母方の祖母が医者から何とか外出をもぎ取り、喪主を務めた。
母親が帰って来たのは四十五日を過ぎた頃であった。
帰ってくるなり立香の母親と祖母は喧嘩をした。
母方の祖母とはいえ、実の娘に代わって小まめに入院先へと顔を出し、男手ひとつで孫である立香を育てていた父親の事を大切に思っていた。
対して実の娘はというと海外に出たっきりで、親の顔も見にこないのは勿論の事、夫の葬式にすら現れなかったのだ。
母親の言い分としては僻地というより辺境に近い場所で働いている為、訃報が届くのが遅かった事、そんなすぐに移動が出来る足がなかったのだと反論した。
祖母が1か月に一度しか外に出る便がないのかと尋ねれば少し怯み、そうだと頷いた。

「それに吹雪も酷くて大変だったのよ」

視線を祖母から逸らした母親の視線に小さな幼子が入った。
現れるなり喧嘩が始まった為に呆然としていた立香であったが目の前の彼女は見れば見る程に写真で見る母親、その人であった。

「お母さん?」

「どうしてこの子がいるのよ!!」

写真の母親にそっくりだけど確証が欲しかった。
肯定されたらお母さんにちゃんと挨拶をしよう。
そしてずっと会いたかった事、これまでの事、父親の事を話そうと思っていた立香であったが彼女は立香の問いに答えるどころかそれを無視し、指をさして吠えるのであった。

「そりゃあ、あんたの娘で私の孫だからよ」

「誰か親戚に預けて」

「る訳ないでしょ。祖母も、母親だっている。親戚の人達だってあんたの都合に付き合える程暇じゃないの」

病院なんだから静かになさいと、声を荒げた母親を祖母は嗜める。

「じゃあ、このまま病院に置いておくのね」

「馬鹿を言うんじゃないの。この子は母親が帰って来るまでと、院長先生に頼み込んで置いてもらってるの。あんたが帰って来るまでの特例。だからこの子の面倒はあんたがしっかり見なさい」

そう言って祖母は立香に挨拶をする様に促した。
祖母の口からやはり目の前の女性が自身の母親だと聞き、瞳を輝かせる。
 そんな視線を受けても母親の表情は穏やかなものには変わらず、それどころか

「どうして私が面倒見なきゃいけないのよ?!」

そう騒ぐ始末であった。
そんな彼女の様子に祖母は頭を押さえ首を横に振るう。
母親の剣幕に驚き、固まった立香に祖母は小銭の入ったガマ口財布を握らせる。

「立香ちゃん。おばあちゃんね、お母さんと少し話があるから売店にでも行って来てくれる」

「う、うん」

立香は何度も頷き、財布を受け取ると椅子から降りて早足に病室から抜け出した。

「ひゃあっ」

立香が病室を出た途端に二人の口論は始まったらしく、詳しい話は分からない物の扉越しでも二人の言い争う声は聞こえた。



「立香、行くよ」

「はい、お母さん」

そうして、僻地での仕事を理由に立香を引き取る事を固辞していた母親であったが短い滞在期間では親戚にも行政にも立香の引き取りは見つからず、結局引き取る事となった。
祖母の予想では立香の事など放ってすぐに職場に戻るかと思われたがどうやら母親の上司が子連れで戻る事を了承したらしく渋々と、そして苦々し気に母親は立香を連れて職場へと戻る事となった。

「立香。お母さんはね、とても重要なお仕事をしてるの。だから向こうで余計な騒ぎを起こしたりしないでちょうだい」

「はい、お母さん」

そうして立香は生まれた街を離れ、遠い南の果て、南極大陸にあると言う人理保障継続機関カルデアにやって来たのであった。

「うん!こんな感じ」

溌剌とした笑顔でカルデアに来るまでの経緯を話した立香。
対して酒の肴にと、幼いマスターがカルデアに来た経緯を聞いた面々は酔いも醒めきり、心痛の思いで机を見つめたり、内容に耐えきれず突っ伏していた。
先程までの賑やかな雰囲気とは程遠い温度差に立香は何か粗相をしてしまったのかと周りを見渡して慌てふためく。
立香としては聞かれたからカルデアに来る前の話をしただけであるし、サーヴァント達としても幼く愛らしい自分達のマスターの話が聞きたかった。
それだけだったのだがまさか誰が想像したか。
父親は既に故人、マスターがよく口にする母親はまさか己が腹を痛めて産んだにも関わらず、こんな可愛い盛りである我が子を放置して己のキャリアを優先する様な母親だったなんて。
しかも本来で有れば悲しそうに話しても何なら途中で泣いても良いはずの立香が悲しむどころかなんでもない様に話ので聞いていた者達の哀しみは倍増である。
しかしそれも仕方がない。
それが立香と母親の邂逅であったし日常であった。
カルデアに来てからも母娘に思い出は増える事などなく、仕事にかかりっきりの母親の背中を見て、いつか自分が立派な人間になったら母親に褒めてもらえるかも知れないという思いを胸にこっそりと図書館で本を読んで勉強するのが立香の日常であった。

「どうしたのみんな?」

「マスターはこれっぽっちも気にする事ないぜ」

「ああ、ロビン・フッドの言う通りだ。それよりもこんな時間まで酔っ払いに付き合ってくれて感謝するよマスター」

皆の思わぬ様子に困り果てた立香の肩を叩いたのは飲み会の参加者の筈なのにおつまみを作らせられていたロビンとエミヤである。

「これはほんのお礼だ」

そう言ってエミヤが立香の前に出したのはカクテルグラスに美しく盛られた小さなパフェであった。
アイスに果物、照明に輝くのは小さな果汁のゼリー。
パフェにでもあるが、盛られた器がカクテルグラスという事で日頃大人になる事を夢見る立香は憧れのアイテムの登場に興奮した。
頬を紅潮させ、鼻息を赤くした立香はパフェを指差し、ロビンとエミヤを交互に見やる。

「こ、これ?食べて良いの」

「勿論だとも」

エミヤは穏やかに微笑みそう言うが立香はちらりと時計を見た。
既に時計は21時を回っている。立香や幼い子供の姿で現界しているサーヴァントは一部を除き20時以降の食事、間食は禁止されている。
その事を立香が気にしているのに気付いたエミヤは言葉を詰まらせた。
というのも、このエミヤは召喚されたサーヴァントの中でも特に立香や子供サーヴァントの食事管理に煩い英霊の一人である。
本人は全く気にしていないが、立香の身の上話を聞いた身としては美味しい物を食べて心安らかな気持ちでいて貰いたいと思い作った。
しかし、普段の己の厳しい取り締まりがここで仇となった事に大変困っていた。
そうしている間にも最高の状態で出したパフェがアイスを中心に溶け出している。

「マスターは早く大人になりたいんですよね?」

「うん、早くお母さんが誇れる様な立派な大人になりたいの!」

何時もならば微笑ましく、何なら立派だと思える立香の口癖であるが、彼女の身の上を聞いた面々には今一番心に来る言葉であった。

「だったら早くこれを食べるべきですよ。頑張ってる自分にささやかなご褒美をあげるのも大人の内ですからね」

ロビンの言葉に瞳を瞬かせた立香は周りのサーヴァント達を見た。

「みんなもそうなの?」

こてん、と立香が頭を傾げて問えばサーヴァント達は酒の入ったグラスを得意げに掲げる。
いや、こいつらは頑張っていようがなかろうが酒を飲むただの飲んだっくれだ、と思ったロビンとエミヤであるが立香が気持ちよくパフェを食べれる為にこの時ばかりは口をつぐんだ。
ロビンの言葉に納得した立香は嬉しそうに微笑み、いただきますと手を合わせた。
そして手にした細身のスプーンで恐る恐るアイスとゼリーを掬い口にする。

「美味しい!!」

本日一番の笑顔でパフェを頬張る立香にサーヴァント達は酒宴を再開させた。



「ほら、マスター。立てますか?」

「うん、立てるよ。一人で大丈夫だよ」

大人のご褒美を食べてご満悦の立香であったが時計の長針が6を超えた頃には船を漕ぎ出していた。
何時もならば既に布団に入っている頃である。
今にも寝てしまいそうな立香を揺すりロビンが抱っこは必要か問う。
しかし立香は大丈夫、一人で戻れると、頑なに頷こうとしない。
このままでは部屋に戻る途中の廊下で眠っていそうだと思ったロビンは立香に申し出た。

「マスターを無事に部屋まで送り届けるのもサーヴァントの仕事なんでついて行かせて下さいね」

「うん、ありがとうロビン。こんな時間までお仕事させちゃってごめんね」

うつらうつらという様子で頭を下げた立香の頭をロビンは撫でた。
そして少し屈んで立香の小さな手を握ると酒宴会場であった食堂を後にする。
幼く、けれど常に一生懸命なマスターに構いたいサーヴァントは沢山いる。
だから何時もで有ればロビンが申し出たすぐ後に他のサーヴァント達からも声が上がってもおかしくない。
しかし今回はそれが無かった。
いや、出来なかった。

「マスターも部屋に戻った事だ」

朝食の下拵えをしていたエミヤがお玉にエプロンの装備で厨房から出て来た。
その後ろにはこのカルデアに来て新しく母親属性なるものを獲得したサーヴァント達が勢揃いしていた。

「では、これよりお説教を開始する」
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