禁断師弟でブレイクスルー
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本日は休日。
アースの通うアカデミーもお休みである。
アカデミーの授業があろうとなかろうトレイナの教えに従い鍛錬を重ねていたアースであったが何故か今日だけは休ませて欲しいと申し出た。
「どうしても今日は外せねぇ用があるんだ」
『別に余は構わん』
寧ろアースの鍛錬への打ち込み具合に少し休息を挟ませようと思っていた位である。
一体、何用なのか、トレイナはどうせアースがほの字であるメイド関連であろうと思った。
「坊っちゃま、手土産の準備は出来ておりますがいつ出掛けられるのです?」
そこにひょっこりと件のメイド、サディスが顔を出す。
「ああ、もう出る。いつも悪いな。アイツはサディスの焼菓子が大好きだから喜ぶよ」
「私はついて行く事が叶いませんがお嬢様によろしくとお伝え下さい」
「分かった。伝えておく」
『なあ、坊主よ』
トレイナの予想は早々に外れた。
それどころか新たな人物の登場に頭を傾げ、サディスの言うお嬢様とは誰なのか尋ねる。
一瞬、アースの幼なじみである姫が頭に浮かんだがアースにしてもサディスにしてもあの姫君に関して和やかに会話するとは思えなかった。
「俺の妹だよ」
三歳離れているという妹にアースはこれから会いに行くと言う。
だというのに浮かない表情のアースにトレイナは何やら込み入った事情を感じた。
そもそも三歳も歳の離れた妹が家族と共に過さず離れて暮らしている事自体不思議である。
人間社会には寄宿学校なる物が存在するがアースの強張る顔付きからそれは違う様に思えた。
『坊主の妹はもしや病で、療養でもしているのか?』
屋敷を出て移動するアースの背後を漂いながらトレイナは尋ねる。
アースはそれに否、と小さく首を振り応えた。
「妹は元気だ。よく転ぶ奴だから生傷は絶えないけどな」
この間届いたという手紙にもそう書かれていたという。
『だったら何故、妹と坊主は共に暮らさない』
手紙のやりとりをする程であるのだから兄妹仲が悪い訳ではない。
なら何故、何故幼い時分で兄妹離れて暮らすのかトレイナはその理由を問う。
その問いにアースは表情を歪ませた。
歩みを止め、拳を握り俯向くアース。
「俺の所為なんだ。俺の所為でアイツは」
過去に何かあったらしいがアースはそれ以上話さなかった。
正しくは話せなかった。
というのもアースの妹がいるのは王城らしく、城にたどり着いた見張りの兵士の監視の下、アースはいくつもの扉を抜け、身分証明書の提示に持ち物検査、入念なボディチェックを終えて漸く城内にある一室へと通された。
ソファーに腰を下ろしたアースは落ち着きがなく、視線を彷徨わせながらしきりに膝を揺する。
「兄様、大変お待たせしました」
がちゃりと開かれた扉から入ってきたのは仇敵、マァムに何処か似た少女であった。
「ユイ!」
その少女が登場するなりアースはソファーから立ち上がり勢いよく彼女を抱き締める。
「お久しゅうございます兄様」
「なかなか来れなくて悪かったな」
「兄様のお年は学業に加えて将来の進路等何かとお忙しいですから仕方がありません」
そう言ってアースの丸まった背中を優しく撫でる少女。
これまで見てきたアースを取り巻く女人の中でも新しいタイプの登場にトレイナな興味深く観察していると少女と目が合った。
偶然かと思いきや少女はトレイナに向かって微笑みを浮かべる。
『おい坊主』
明らかにトレイナが見えている様子の少女にトレイナは慌ててアースへと声をかけるが、アースがそれに応えるよりも少女の行動の方が早かった。
「それで兄様。そちらの綺麗な方を私にも紹介して頂けますか?」
ユイ・ラガンは勇者ヒイロと戦巫女マァムの娘でありアースの妹である。
ユイはその身に持つ特異な能力から身の危険を危ぶまれて帝国の城にて保護されていた。
「んで、こいつの特異な能力っていうのが」
千里眼。
それは文字通り千里先をも見通す能力である。
「まさかユイにもトレイナが見えるなんてな」
これまでトレイナの姿はサディス、ヒイロやマァムにも見えていない。
「これも千里眼の力なのか?」
「どうでしょう。私は違う様な気がします」
兄妹は宙に浮かぶトレイナを見上げながら揃って頭を傾げた。
『まさか坊主だけでなくその妹迄も余の姿が見えるとは』
対して、兄妹と同じくその見える見えないの理屈が分からないトレイナは仇敵の縁者が揃って己を見える事に一体何の因果かと溜息を吐く。
「まあ、分からない事を悩んでも仕方ねぇ」
時間は有限なのだとアースは再びソファーへと座り、ユイにも座る様促した。
「サディスが手土産にって焼菓子を焼いてくれた」
「嬉しいです。サディスのお菓子はどれも美味しいから好き」
ユイは差し出された籠を受け取ると早速かけられていた布を取り去り、その内の一つを手に取る。
バターが香る焼菓子を大きく頬張り、そして幸せそうに頬を緩めた。
アースはその様を嬉しそうに眺めながら用意されていたティーポットを手に取り、二人分のお茶を淹れる。
「そんなに慌てて食べるとまた喉に詰まらすぞ」
「大丈夫ですよ兄様。そんな事、うっ」
言った傍から喉を詰まらせたらしいユイにアースは慌てて淹れたばかりのお茶を差し出した。
それを受け取ったユイはごくごくと喉を鳴らしてお茶を飲み干す。
「だから言っただろうが」
「ごめんなさい」
アースの忠告通りとなった為、身を縮こまらせ謝るユイ。
そんなユイの頭をアースは乱暴に撫でた。
何事も楽しい時間はあっと言う間である。
アースとユイは互いに近況を言い合い、ユイはトレイナが大魔王と知っても恐れたりもせずあれこれ尋ねた。
そしてまた兄妹でたわいない話を続けて
「アース・ラガン様。歓談のところ申し訳ございませんがそろそろお時間でございます」
退出を促す侍女の登場により兄妹の時間はこれにて終いとなった。
ユイはもう少しだけアースといたいと強請ったが侍女はこの後、ユイには仕事があるからと譲らない。
それでも引き下がらないユイにアースはしょうがないとばかりに溜息を吐くとまた来る事を約束して城を後にした。
『坊主の妹は城でどの様な仕事をしておるのだ』
平民ならまだしもユイの様な身分であればアースと同様に勉学に励んでいる年の頃である。
トレイナの質問にアースは眉間に皺を寄せ、暫く黙すと徐に口を開く。
「アイツは眼を使って周辺国の内情や不穏分子の動向を探っているんだ」
『成る程。確かにそれならばあの眼は正に適任じゃな』
何せどんなに遠かろうと間に幾重もの壁があろうと全てを見通す、それが千里眼である。
「アイツは能力が知られてからずっと城に閉じ込められてる」
アースは寂しそうに手を振って見送ってくれたユイを思い出し、色が変わる程に己の手を強く握った。
父親曰くそれは珍しい能力故に人攫いやトラブルに巻き込まれないが為の対処だという。
『まあ、妥当な対応だろ』
トレイナがアースと出会ってからの間、屋敷でヒイロやマァムの姿は殆ど見ていない。
メイドもなかなかの手練れである様だが果たして彼女だけで二人もの人間を護衛出来るかというと難しいものである。
トレイナの言葉にアースは眉を吊り上げて見た。
「けど、だからってずっと閉じ込めるのはありなのかよ?!サディスやアイツの友人だった奴は他人だからって合わせてもらえない。血の繋がりのある俺だって申請に申請を重ねてやっと一カ月に一度の面会!親父達は忙しいからって殆ど面会もしねぇ!!!」
『そう喚くな。それだけ厳重に囲わないといけない能力という事だ』
稀有で有用性が高い能力故に何かあってはそれこそ国家の損失であり脅威にもなりうる。
『坊主だって妹が無闇矢鱈に危険に晒されるよりはマシじゃろ』
「でも、アイツはいつも一人なんだ。アイツはいつも一人で城に」
額を押さえ、俯きぶつぶつと言葉を零すアースにトレイナが溜息を吐く。
『だったら坊主が強くなって妹を護ればいい』
結局、ユイの現状は彼女を護るだけの力がある保護者が常にいない為に王城で匿われている。
それは建前なのかもしれないがそういう建前である以上誰もが認める強者がユイを保護出来るとなれば城で匿う必要はなくなる。
そんな強者にアースが成れば良いのだとトレイナは言った。
「そんな事可能なのか」
目から鱗とばかりに瞳を大きく開いたアースをトレイナは鼻で笑う。
『坊主の師匠は誰だ?この大魔王トレイナであるぞ?』
そうしてアースはトレイナの特訓に、より一層励んだ。
誰もが認める強者になるにはアースの実力を周りに認めて貰う必要があり、アースは先ず御前試合の優勝を目指した。
御前試合では優勝候補であったリヴァルに対して善戦し、観客を沸かせたアースであったが全力のリヴァルに対抗する為放ったとっておきの技が別の意味で会場を沸かせた。
まさか己の放った技が大切な人であるサディスの故郷を奪ったものとは知らなかったアースは狂乱するサディスの姿に愕然としする。
そして父親や人々から魔王との繋がりを疑われ、投げつけられる数々の暴言。
それだけならばまだ歯を食い縛れたアースであったが己が師を侮辱しているとも取れる言葉を聞き、とうとう我慢が出来ずこれまで胸の内にしまっていた物を全てぶち撒ける。
そして周りの静止も聞かず再び大技を使うと地中へと潜った。
人気のない場所に出たアースはそこでめいいっぱい泣いた。
泣いて喚いて、そんなアースをトレイナは何も言わず見守る。
そうして何とか己の感情を整理したアースはこれからの身の振りを考えなくてはいけないのだが帝国に残してきたユイの身がどうしても心配で堪らなかった。
ユイは日頃から帝国に貢献しているし今は両親共に帝国内にいる為、不当な扱いを受けてはいないと思いたいのだがせめて最後に別れの言葉くらいは交わしたかった。
『坊主、おい坊主』
唯一の後悔に耽っていたアースにトレイナは声をかけた。
トレイナの声色からもう追手が来たのかと顔を上げたアースはトレイナの指し示す方を見て驚きに眼を見開く。
「兄様、この間振りでございます」
木の影から現れたユイの姿にアースは驚嘆の声を上げた。
「オマエ?!どうしてここに」
「一体何処から説明すれば良いのでしょうか」
『ああ、成る程。千里眼か』
混乱するアースに対し、トレイナは冷静にユイを見下ろし呟いた。
「つまりどういう事だ」
『簡単な事さ。お前の妹の千里眼は単に今ある物を見通すだけじゃない。その目は過去も未来も見えるのだろう?』
「過去も未来も見える?」
それは信じがたい事で、アースは呆然となりながらもユイを見た。
トレイナの言葉にユイは苦笑いを浮かべるばかりで否定しない事からどうやらトレイナの言う事は間違いではないらしい。
『お前の妹は以前からその目でこうなる事を見ていたのだろう。そして坊主が会場を飛び出してここに出る事も見ていたお前の妹はやはり目を使い城を抜け出し、此処でお前を待っていたのさ』
「流石、兄様のお師匠様ですね」
ユイはトレイナの推察に手を打ち賛辞を送り、アースに向かって謝罪をした。
「これまで兄様に黙っていてごめんなさい。けれどこの日が来るまで黙っているしかなかったのです」
ユイが見る未来は大まかに変えられるものと変えられないものに分かれる。
例えば夕食のメニューや、その日身につける服など些細な事は変えられるが自分が城に匿われる事やアースが今ここにいる様な現状は変えられないのだという。
それでもユイはこの未来が起こらない様に城に閉じ込められる身でありながら父親に手紙を書きアースに鍛錬をつけるようお願いするなど出来る範囲の事をして来たがその全てが上手く行く事はなかった。
駄目ならいっそ国を出る兄に付いて行こうとユイは考えた。
ありがたい事にユイがここまで未来視を誰にも話さずにいれば未来は開かれ、アースの出奔に付いて行くのも可能であった。
「もし、その未来視をオレやサディスに言っていたらどうなってたんだ」
素朴なアースの問いにユイは困った様な表情を浮かべる。
『坊主も察しが悪いな。未来視が出来る者等国がおいそれと手放す訳なかろう。今以上に警備を厳重にして一生を国の為と尽くす事が強要されるのが妥当じゃろう』
ユイが未来視を秘密にしていた事に一度は水臭いと思ったアースであったがトレイナの言葉に一瞬で考えを改める。
「お前が城から出られて良かった」
「私も兄様と久しぶりに外に出られて嬉しゅうございます」
抱きしめてきたアースの胸に顔を埋めてユイは幸せそうに微笑んだ。
ユイは今が最高に幸せだった。
久しぶりの外、これからは大好きな兄であるアースと共にいられるのである。
城に閉じ込められて約10年余り、その我慢が漸く実となったのだ。
「けど、お前、フーは良かったのか?」
『フーとは確かあの魔導士の息子であったな』
アースの言葉にトレイナは何故今ここで、フーの事を気にするのか疑問に思う。
と同時にユイの表情はこれまでの歓喜に満ちた幸せな表情からそれらを全て削ぎ落とした真顔となる。
「ああ、フー様ですか」
「ああって、フーはお前の婚約者だろ?」
アースとフィアンセイの婚約話はアース自身に気がない事もあり殆ど停滞しているがユイとフーの婚約は二人が幼い内に決められていた。
アースから見ればユイはフーの事を好意を露わにせずとも嫌ってはいなかった筈である。
アースに付いて行くという事は婚約者であるフーとの別れを意味する。
出来ればアースは自由の身となったユイを連れては行きたいが本当にそれでいいのか気にしていた。
「兄様のご友人として昔はフー様の事を慕っておりましたが私自身フー様に特別な感情は抱いておりませんので兄様が気にされる必要はありません」
「そうなのか?」
「はい」
笑顔で言い切るユイに圧倒されながらなんとか納得するアース。
そんな二人のやりとりを眺めながらトレイナはユイの言葉を反芻させて苦笑いを浮かべる。
『(昔は、という事は今は少なくも慕っていないと言う事ではないか)』
アカデミーで見かけたフーの印象はというとその愛らしい見た目から女子に愛され易いタイプと認識していた。
だというのにユイにここまで言わせたフーは一体何をしたのかトレイナは不思議に思った。
「後、兄様。これからは私とフー様の関係を気にする必要はないですからね」
「お前が言うなら俺は気にしないけど」
暗にフーの話をするなというユイにアースは気付いていないのかそんな返事をする。
『(もはや名前も聞きたくないという事か。本当何をしたんだあの小僧は)』
『お前は兄の妻なら誰が良いと思う?』
それは何気ない問い掛けであった。
話題の中心であるアースは日中の行軍に疲れて深く眠っている。
対してユイはまだ眠るには惜しいのか夜空を見上げて眺めていた。
「それはサディス一択ですね」
『ほう、あの姫では兄の妻には役不足というわけか』
はっきりと迷いなくメイドの名を告げたユイにトレイナは面白おかしそうに尋ねる。
「役不足というか単純に兄様が誰とそうなりたいかという気持ちを踏まえての選択です」
『しかしあのフィアンセイという娘と結婚すればお前の兄はいずれ一国の王となるぞ』
「兄様がそれを望んで結婚相手を選ぶなら私は止めませんが、やはり私は兄様を愛している方と結ばれてほしい」
両親は多忙の為、アースはユイから見ても家族の愛情に飢えていた。
ユイはその飢えをどいにか埋めてあげたかったが彼から貰うものは大きくても自分が与えるものは到底及ばない。
自身は飢えながらも幼い妹には自分と同じ気持ちにさせまいと頑張るアース。
だからこそ今の家族では駄目でも将来、アースが得るであろう家族では満たされてほしいとユイは願っている。
『あの姫もアースを愛している様に思うが』
「姫様は確かに兄様を愛しておりますがあれは少し傲慢が過ぎています」
姫という身分故なのかアースも自分を愛していると信じて疑わないフィアンセイの態度がユイはあまり好いていなかった。
「後、個人的に姫様が義理の姉となった場合何かと兄妹の時間を邪魔されそうでして」
『あー確かにそれはあり得る』
アースとユイはこれまで離ればなれでいた影響か今は距離が何かと近い。
本人達に兄妹愛以外の感情はなく、これまでの時間を埋めているに過ぎないのだが何も知らない者からすれば仲が良すぎる恋人にも見えなくもなかった。
そんな仲が良すぎる兄妹にフィアンセイが平気でいられるかというとトレイナは無理だろうなと思う。
同級生がアースを褒めるだけで慌てる彼女の事である、正論、常識を振りかざし兄妹が近付き過ぎない様にする姿がトレイナには易々と想像が付いた。
「対してサディスは夜の夫婦の時間さえ邪魔しなければ日中は許してくれそうですし」
だから、サディスがいい。
けれど今いる兄の嫁候補に於いての話。
暫定である為、今後別の女性が現れれば己の考えは変わるという。
そうなれば応援する立場から一転、平気で彼女達とも敵対出来ると微笑むユイにトレイナは恐ろしい奴だと零した。
ユイとトレイナがそんな話をしている頃、二人同時にくしゃみをしたフィアンセイとサディス。
まさか自分達の知らぬところで未来の義理妹(仮)が大魔王とそんな会話をしているなど彼女達は露程も知らない。
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