ヒロアカ
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「お前、俺と同じ個性なんだってな」
うちに来ないか?そう言って差し出された手に日和は手を伸ばした。
手袋越に掴んだ男の手は意外に暖かく、懐かしく思えた。
いつからこんなにも暖かな手に触れていなかったのだろうか。
母はとうに鬼籍へと入り、実の父には忌避され触れられる事などなく、己を取り巻く人々の手はまるで血の通わぬ人形の如く冷たい。
幼き時に亡くなった母親がこんな風に暖かい手をしていた気がした。
男の背後、大通りでは護送車が横転して炎を上げている。
それは日和が先程迄乗せられていた車であった。
父親の悪事に加担、実行犯であった日和は未成年という事で更生施設に送られる所だった。
日和は知っている。
そこは更生とは名ばかりで、そこに入ったら最後、死ぬまで国家に良い様に使われるのだ。
別にそれでも良かった。
日和の世界であった教団はヒーロー達に潰され、父親はヒーローが迫る最中、失意と絶望に飲まれて自害した。
生まれてから側にあった日和の小さな世界は一夜にして滅んでしまった。
だからどうでも良かった。
けれど、突然襲った衝撃と共に横転した護送車、運良く開かれた護送車の扉。
それは天啓の様に思えた。
これまた幸運にも手錠はされていても足は拘束されていない。
日和は最後に一つだけやりたい事があった。
昔に昔、母親から聞いたお話。
日和は一度で良いから教団の外が見たかった。
そっと護送車の外に出れば周りを取り囲む建物は高く、意外にも緑は少ない。
それが物珍しい日和は倒れた車の側で辺りを見上げていた。
「ここにいては危ない」
突然腕を引いたのは見知らぬ男であった。
全身を黒い衣服で包み、鳥の嘴の様なおかしなマスクを付けた男は半ば無理矢理に日和の腕を掴むと車から離れて路地裏へと連れ込む。
そこで護送車は音を立てて爆発した。
辺りは焼け焦げた匂いとガソリンの匂い、それからついこの間嗅いだばかりの忌まわしい匂いが充満して酷く匂い立っている。
日和は呆然と赤く黒煙を上げて燃え盛る車を見ていた。
そして男は暫くして始めの言葉を日和にかけた。
男は明らかに平和な国の住人ではなかった。
けれど日和は己の個性を知った上で誘う男について行っても良いかなと思った。
そもそも日和自身、幼い身の上でかなりの人間の人生を壊してきた大悪党である。
このまま男の誘いを断って街中に逃亡しても被害者の身内にでも見つかればただじゃ済まない程の事をしてきたのを教えられたばかりでだった。
日和の人生は既に破綻していた。
ならばそんな自分でも良いと言う男の誘いを断る選択肢は日和にはなかった。
「私を上手に使ってね。お兄さん」
治崎廻と名乗った男は指定敵団体死穢八斎會の若頭であった。
治崎の手を取ったその日の内に組長と顔合わせとなり、日和の身なりから事情を察した組長は日和を組に受け入れ、何なら養子に迎えると迄言ってくれた。
具体的な活動内容は知らずとも指定敵団体の意味を知っていた日和はてっきり血生臭い事をさせられるのかと思っていたが組長に関してはそんなつもりはない様であった。
それどころか学校に通うのは難しいだろうからと比較的に勉強が得意な組員を宛てがって勉強をさせてくれるという高待遇である。
屋敷の別宅に一部屋与えられた日和はそこで暮らす事となり、治崎は稀にそこへ顔を覗かせるだけであった。
指定敵団体というだけあって厳しい顔付きの者が多くいたが組長という後ろ盾もあり組員殆どは日和に優しく接してくれた。
それが日和は不思議で仕方がなかった。
未成年とはいえ罪の重さに更生施設行きであった己の事を彼等が知らぬ筈は無いのだが、逆に言えばだからこそ優しく出来るのだとは勉強を教えてくれた組員の言葉である。
彼曰く自分達も大きな顔をして表を歩ける事をしてきた訳ではない。
そんな彼等を拾い上げたのが組長で、同じ様に拾い上げられた日和は自分達の妹みたいなもので、だから優しく接しているのだと言った。
日和はひとりっ子であった為、やはりそれも不思議な感覚だった。
けれど周りからそんな風に思われているのは嬉しくて、こんな夢の様な事が永遠に続けばと思う。
だからこそ
「それで兄さん。私は何をしたら良いの」
「その兄さんは止めろ」
世間の流れに流されて終わりかけようとしている死穢八斎會をどうにか守ろうというのは当然の事であったし、治崎がその為にあの時日和に手を差し伸べた事は分かっていた。
組長への報告も終わり、廊下歩いていた治崎を阻む様に現れた日和に治崎は頭を押さえた。
以前から敬称として治崎を「お兄さん」と呼ぶ事はあっても親しげに「兄さん」等と呼ぶ事はなかった。
一体どういう心境の変化なのか治崎は爛々と、妖しく瞳を輝かせた日和に理由を尋ねる。
「玄野さんが兄さんと私の個性は一緒だから兄妹みたいだねって」
治崎は日和に余計な事を吹き込んだ玄野にささやかながらに殺意を覚えた。
そんな治崎に構わず彼の手を取ると勝手に弄び、見上げる。
「私は確かに兄さんと同じ個性を持ってるけど、だったらそれは兄さんだけで良いでしょ?それで私は?私は誰を操れば良いの?」
日和は治崎と同じく物を分解し、修復する個性を持つがそれとは別の個性も持っていた。
元は日和の母親が持つ個性で、それが日和に遺伝したのだ。
他人を操る個性、それだけでは効果も短く弱い個性であるが相手を完全に分解し、修復する最中にその個性を発動させる事で半永久的に日和を己が母親と摺り込ませ慕い付き従わせる効果がある。
日和の実の父親はその効果で信者を増やし、悪徳な教団を運営していた。
治崎は片眉を上げて日和を見た。
「親父はお前に何も求めていない。何なら出て行った娘を重ねて可愛がってすらいる」
「ええ、組長さんにも組員さんにも可愛がって貰ってる。居心地だって良い。けどこのままじゃ此処はいつかなくなってしまうでしょ」
最早世間からは天然記念物と揶揄される極道。
それは此処、死穢八斎會も同じで、何なら昔堅気に拘る故に他よりも早く世間流れに淘汰される可能性は高い。
「兄さんは此処をどうにか昔の、隆盛を極めた頃に戻そうとしてる。私もそのお手伝いをしたいの」
「本気なのか。俺の進む道はまともじゃないぞ」
「今更よ。私は此処に来る迄に深みに落ちている」
それに、と微笑みを浮かべた日和は言葉を続けた。
「私はあの時から兄さんに着いて行くって決めたんだもの」
それから日和は治崎に付いて回った。
それまで眠らされた人間相手にしか個性を使った事のなかった日和は治崎の教えを受けて個性の強化に努めた。
治崎の指示する人間を分解し、擦り込みを行い修復、そうやって使える手駒を何人も増やしていた。
そうして月日が流れた頃、治崎は新しい仕事を日和に与えた。
「組長の孫娘の壊理だ」
治崎から紹介されたその子は顔を俯かせていた。
「今日から俺の指示がない時は壊理の世話を見ろ」
「了解です。よろしくね壊理ちゃん」
壊理と視線を合わす為しゃがんだ日和であるが視線はすぐに逸らされた。
それでも構わず握手をしようと手を伸ばした日和であるがとうとう声を上げて拒否されてしまう。
その壊理の怯え様に何があったのか治崎に視線で訴える日和。
治崎は壊理が此処に来るまでの経緯を話した。
「ふむふむ、お父さんを個性で消しちゃったか。私と一緒だね!」
日和は壊理が油断した所を突いてその小さな手を握った。
「私も昔に似たような事をしちゃったんだよね」
父親は己の首をナイフで掻き切っての自殺であるが、父親をそこまで追い詰めたのも手当てする手段もあったというのにそのまま見殺しにした為、日和は父親の死は自分が原因であると信じている。
その為目の前の罪悪感に苛まれて苦しむ少女には親近感しかなかった。
「だ、駄目。私に触れたら貴女消えちゃう」
「大丈夫。私、自己防衛機能が強いからきっと消される前に壊理ちゃんの手を分解しちゃう」
だから大丈夫なのだと壊理の小さな身体を抱き上げて抱きしめた。
当の壊理は安心するどころか日和の分解発言に意味が分からずとも怯えていた。
「分解してもすぐに修復してあげるから安心してね」
全く安心出来ない発言でますます身の危険を感じて震える壊理に治崎は頭を抱えた。
壊理の血液から作られた薬を巷にばら撒いて暫く、そろそろヒーローが乗り込んで来ると察知した治崎は日和に組長を別の場所へ移すように命令した。
てっきり壊理も共に移動させると思いきやちょうど件の薬の製造の最中でまだ此処を離れる訳にはいかないらしい。
日和は治崎の命令を遂行すべく組長を秘密裏に外へと連れ出した。
それが夜中の事である。
運び出した先で少しばかり仮眠を取った日和は翌日の朝に屋敷へと戻ると酷く荒れ果てた我が家の姿にため息を漏らした。
「君、此処は今ヒーロー達が戦闘中だから離れて!」
今にも規制線を越えようとする日和を一人の警官が諫めた。
そんな警官に日和は和やかに応対する。
「そうなんですか。恐いですね。でも私、極道側なのでご心配なく」
警官は自身へと伸ばされる日和の手から黒い手袋が徐々に消えていくのを見た。
そして日の本に晒された色の白い手がそっと己の腹に触れた途端に全身に小さな振動が駆け巡ったのを感じる。
一瞬、目の前が真っ暗になった。
再び視界に明るさが取り戻されると目の前には慈愛に満ちた微笑む母親がいた。
「私が此処を通り抜けても問題はないですよね」
「はい、お母様」
そうして次々に立ち塞がる警官達を作り替えていた日和は治崎から日頃から散々に言われていた言葉を思い出す。
「マスクを忘れてた」
これから警官やヒーロー達を押し退けて治崎の元まで行くと言うのにマスクを忘れていた日和は鞄からマスクを取り出して付けると次いで修道女が身につけるベールを被る。
「この格好、日向の中でするのは変な感じだな」
身元を誤魔化す為とはいえ、何時もは薄暗い路地裏や薄暗い時間帯に多くしている格好の為違和感が拭えない。
やはり脱ごうか、いや身バレが、と考えあぐねていると屋敷の前迄来ていた。
屋敷の前には複数のヒーローと警官、それから活瓶が拘束されようとしている所だった。
「貴女、その仮面」
ヒーローの一人であるリューキュウは日和の顔を覆う仮面を見て視線を厳しくさせる。
「ママ!ママ!こいつら俺を苛めるんだ」
それまでの凶暴性から急に子供の様な事を言い出した活瓶にヒーローも警官も驚いた。
「うんうん。酷い人達だね。でも貴方ならこんな人達何とか出来るよね?」
「出来るよ!俺出来る!だからママ見ててね!」
そう言って再び暴れ出した活瓶。
そんな活瓶に構わず屋敷内へと向かう日和を警官達は妨げるがどういう訳か警官達は日和をあっさり通してしまう。
リューキュウはこれ以上屋敷内にいるヒーローの妨げにならないよう日和を引き留めたかったが個性を発動させた活瓶にそれどころではなかった。
「どうしてヒーローも警官も他人のお家で暴れてくれるのかな」
昨日迄綺麗に整えられていた屋敷は土足で上がったヒーロー、警官の靴の泥に汚れ、彼らと組員が取っ組みあった事でボロボロになっていた。
誰かがぶつかり落としたのであろう、割れた花瓶の破片を拾い日和は溜息を吐く。
「貴女誰っ?!」
地下室へと降りる階段の側にもヒーローや警官はいた。
どうやら日和の身に付けたマスクで敵と判断したらしく話を始める間もなく個性を繰り出して来たがそれは日和には届かなかった。
正しくは届いた瞬間に分解されていた。
「お二人は近頃、うちを探ってたヒーローさんですね。お疲れ様です」
ぺこりと微笑み頭を下げた日和に二人のヒーローは困惑していた。
「けどお二人に構ってる暇もないのでこれで失礼しますね」
そう言った日和の後ろから警官達が飛び出す。
てっきり日和へと向かうかと思いきや自分達へと向かって来た警官達に彼等は驚き、隙が出来た。
その隙に地下へと潜った日和は地下の変わり果てた姿に頭を押さえる。
「面倒くさいな」
日和は側の壁へと手を伸ばすと個性を発動させ、そのまま進んだ。
個性により日和が進む先々はすぐさま分解されて元の正しい姿へと修復されて行く。
その途中で迷路と化した通路に囚われていた警官達やヒーロー達と出会いはしたが治崎直属の部下である八斎衆と戦ったと思われるヒーロー達は皆が皆、満身創痍であった為襲われるという事は無かった。
「それじゃあ身体の傷は治したからさっさとこの人達を外に連れ出してね」
未だ先では誰かが戦っているのか振動が地下の壁を伝い日和のいる場所迄伝わっている。
日和の個性により操られた警官達は次々に日和の指示に従い失血や痛みで気絶したヒーロー達を抱えて地上へと向かって行った。
「母ちゃん母ちゃん」
日和を見るなり縋りだした多部の頭を日和は優しく撫でる。
「多部さんよく頑張りましたね」
良い子良い子と頭を撫でられた多部は日和へと縋る様に抱き付いた。
それを宝生は無感情に切野は何とも言えない気持ちで眺める。
日和の個性とは言え未成年である日和を己が母親と思い込み縋る多部の姿は何とも名状し難いものがあった。
「宝生さん、後は話した通りによろしくお願いしますね」
「分かりましたお嬢」
地下にはいくつかの脱出経路がある。
その内の一つへ向かうよう日和に言われた宝生はすぐさま行動すべく日和にくっついて離れない多部を抱き抱えた。
日和から離れた途端に幼子の如く愚図りだした多部であるが日和に再び頭を撫でられればすぐさま落ち着く。
「私も兄さんを見つけたらすぐさま合流しますのでそれまでは宝生さんの言う事を聞いて大人しくしていて下さいね」
「分かった母ちゃん」
そうして日和は宝生達とは別れた。
その先の廊下にも八斎衆の者やヒーロー、警官達は倒れており日和はそんな彼等を慣れた手付きで修復していく。
しかし八斎衆の者達だけでなくヒーロー達の怪我すらも治す日和に彼等は不満たらたらであった。
どうして、と声を上げる彼等に日和は頬に手を当てて頭を傾げる。
「だって此処でこの人達が死んでしまったら組の看板に泥が付くでしょ?」
この騒ぎで圧倒的に組が勝っていたならば日和も進む先々で怪我人の怪我を治しすなど面倒な事はせず死体の処分に出ていたが八斎衆の様子から見て明らかに組は劣勢に立たされていた。
今回は駄目でも生きていれば次がある。
ならば少しばかり既に付いた泥とはいえ落としておきたい日和であった。
「私達は無闇矢鱈に人を殺めるヴィランではありませんからね」
それを聞いて不満を漏らしていた者達は黙り込んだ。
そもそも彼等は日和に反抗する気はあまりない。
すればすぐさま日和の子供と化した活瓶や多部等に襲われてしまう。
それで済むならばまだいい。
運が悪ければ日和の個性ですぐさま彼等同様に彼女に従順な子供達へと作り変えられてしまうのである。
それだけは死んでも勘弁な彼等は日和の指示で脱出経路へと向かった。
彼等がそんな事を思ってるとも知らず素直な彼等に兄さんは良い部下を持っていると勘違いしている日和は再び地下を進んだ。
先には白い装束を血に染めた青年が蹲っている。
「貴方の顔は見覚えがあるわ。そうそう、壊理ちゃんに助けられた子ね」
まだ乾ききっていない血が廊下に一本の線となって続いている事からどうやら蹲った男、ルミリオンは失血で気でも失っているらしく日和が側で声をかけても反応はない。
日和はルミリオンの事を知っていた。
壊理が屋敷を抜け出し、逃亡したあの日、日和も壊理を捕まえるべくあの場所にいたのである。
日頃の運動不足の解消も兼ねて暫く壊理を走らせ、先回りしていた日和が壊理を捕まえる筈であったがその壊理は日和に会う前にルミリオン達に出会ってしまった。
彼等と壊理の出会いがこのような事態を呼び込んでしまった気がしてならない日和はルミリオンへと手を伸ばした。
「貴方は強そうだから是非生きて敵連合と戦ってね」
組がこうなってしまった以上、立て直しにはかなり時間が要する。
ヒーローと敵連合で互いを潰しあって時間を稼げればと日和は個性を使いルミリオンの傷を修復させた。
次いで地上に運び出したい所であるが自身ではそのつもりはないし辺りに使えそうな者が見つけられない日和はそのままルミリオンを放置する事を決めた。
そうして日和はその後、懐かしい顔に会ったりしている内に漸く治崎がいるという場所へと辿り着いた。
折角地下へと潜った日和であったが治崎がいたと思われる場所に着いた時には地上に向かって大穴が開くだけで誰もいない。
仕方なく個性を使い簡易の階段を作って地上に上がった時には治崎は壊理をおんぶした少年に倒された所であった。
「あら、兄さん。倒されてしまったのですか?」
日和の声にその場にいたヒーロー達はいっせいに振り向いた。
その中には壊理もおり、目が合った瞬間、あからさまに怯えられてしまう。
初めての邂逅から此処まで壊理に懐かれる事はなかった日和であるが構わずのんびりとした調子で壊理へと手を振った。
「貴方も死穢八斎會の人間ですか」
「はい。特に通り名はないですが」
出久の問いにやはりのんびりとした口調で答えた日和は顔に付けたマスクさえなければ一般人の様であった。
日和は地に横たわったままの治崎へと手を伸ばした。
「兄さんたら音本さんと活瓶さんを取り込んでしまったのね」
困った様に言った日和の手が治崎に触れると部下を取り込み混ざり、肥大していた身体は治崎の身体と大小の肉塊に別れた。
「さて、兄さんを捕まえる事は出来ましたし、後は」
「悪いけど治崎を逃す訳にはいかない」
日和前に進み出たのは壊理を背中に抱えた少年、出久であった。
「治崎はこれから逮捕されて然るべき処分を受けなければならない」
だから日和が治崎を連れ去る事は許容出来ないと言う出久に他のヒーロー達も進み出た。
「駄目、駄目」
出久の背中に抱えられていた壊理は顔を青くさせて彼のヒーロースーツを掴み首を横に振るう。
「大丈夫。壊理ちゃん。治崎は必ず捕まえるから」
そう出久が答えた瞬間、壊理は出久の背から消えていた。
驚きすぐに辺りを見渡せば日和が元と変わらぬ位置で壊理を抱えていた。
「皆さん、兄さんを倒したからって油断は禁物ですよ。まあ、こちらとしては油断していただけると大変ありがたいのですけど」
抱えられた壊理は不自然に日和の腕の中でぐったりしていた。
「壊理ちゃんに何をした」
「何って、一度分解しただけです」
そう言い切る前に駆け出した出久の拳が日和へと向かうが日和はそれをするりと避けた。
「そんなに怒らないでください。別にこっちは壊理ちゃんを虐めてる訳でもないんです」
出久の拳を避けて近くの塀へと飛び移った日和は壊理を抱えたまま塀の上をくるくると回る。
「兄さんも言っていませんでしたか?壊理ちゃんの個性を止めるには分解してリセットするしかないんです。それともこのまま壊理ちゃんの個性が暴走している方が良かったのかな?
最悪死んじゃいますけど」
日和はにこりと微笑んだ。
「私は別に良いんです。特に困りはしないですし。けれど皆さんは?折角皆さんが命がけで助けたというのに個性の暴走なんてくだらない理由で壊理ちゃんを見殺しにするんですか?」
日和の言葉にある者は絶句し、ある者は困惑している。
「何ならまた暴走させましょうか。壊理ちゃんは優しいからきっとここにいる誰かが個性を使ってくれればまた発動させてくれますよ」
どれにしようかな、と軽い調子で数え歌を歌いながら日和は周りを取り囲むヒーロー達を見た。
そして物陰からこちらの様子を伺う敵連合の二人に微笑みを送る。
重傷を負いながらも日和から目を離さずにいたサー・ナイトアイは思いだした様に呟いた。
「まさかお前は厭離穢土教団の」
「あら、久方振りにその名を聞きました」
サー・ナイトアイの呟きを拾った日和はそこで重傷の彼を見た。
そしてまるで昔の知り合いでも見たかの様な顔をする。
「そういえば貴方はオールマイトのサイドキックでしたね。言われて見ればその顔に覚えがあります」
組を嗅ぎ回るヒーローを調べる最中写真で見た顔であったが今迄気付かなかったと日和は笑った。
サー・ナイトアイの呟いた宗教組織と思われるその名に顔を顰めさせた大人達に対し出久を除いた学生ヒーロー達は分からないという顔をする。
特にその中でも困惑をしていた麗目は上司であるリューキュウを見て説明を求めた。
「厭離穢土教団、表向きは宗教組織よ。けど実際は個性により数多の信者を洗脳、監禁していた犯罪組織」
「訂正を入れると別に信者の皆さんを監禁していた訳ではないですよ?門は常に開いていました。ただ彼等が彼等の意思で出ていなかっただけです」
リューキュウの端的な説明に日和は頬を膨らませて心外だと説明に釈注を入れる。
「確かに彼等は自分の意思で出ていなかった。けれどそれは彼等が酷い洗脳状態にあったからだ。そして最早廃人と言われてもおかしくない程に彼等を洗脳したのは教団の教祖であり、自害した司祭の実の娘であった」
「私ですね」
サー・ナイトアイの言葉に続いて答えた日和に大人達はやはりと確信を、学生ヒーローである彼等は自分達とそう変わらぬ様に見える日和に驚愕の表情を浮かべる。
「でも、待って下さい。その事件では確か教祖であった少女はオールマイト達ヒーローに保護されて、けど、護送中に事故で亡くなった筈じゃ」
出久は珍しくオールマイトが宗教系の組織に関わり解決したという事でよく覚えていた。
オールマイト自身からもその当時の事も、結果も含めて嫌な事件であったと聞いている。
確かに計算すれば件の教祖は今、自分達の目の前にいる日和と同じ歳ぐらいになっている筈だがしかしそれでは事件の結末と合わない。
「確かにあの事件は護送中に起きた事故で警察職員、教祖の少女共に事故死になっている。だがあくまであれは現場の状況から判断された事であり実際に遺体は上がっていない」
護送車の事故、横転により車は激しく爆発し燃え上がった。
しかしその事故と同時刻にその付近で事故や敵の暴走等と言った騒ぎが起こっており護送車へすぐには消防車が駆けつけるのが遅れた。
結局、消防車や警察が事故現場に駆けつけた時には炎が殆ど焼いてしまった後で警察官も教祖であった少女の骨のひとかけらも見つける事は出来なかった。
しかし状況や周辺の目撃者の証言から護送車に乗っていた者は全て死んだものと判断された。
当時、オールマイトのサイドキックであったサー・ナイトアイは人々を洗脳し、苦しめた張本人とは言え年端のいかぬ少女の死に沈痛の思いを抱いた訳であるがそれから約十年、少女が生きて自分の目の前に現れた事に驚く。
「それで?教団を壊された教祖様は教団の再興を目指している訳?」
今まで隠れていたにもかかわらず再びプロヒーロー達の前に現れた教祖の少女。
リューキュウの言葉はその場にいたプロヒーロー達の誰もが考えていた事であるがどうやら違ったらしい。
暫く目を瞬かせるだけでいた日和は大変おかしそうに笑った。
「まさか!私はもう教祖を辞めたのですよ?もうあんな堅苦しい役職はまっぴらごめんです」
日和は笑いながら当時の事を思い出す。
人として温かみのない彼等に囲まれ、大人達のしょうもない相談を日々聞き続ける日々。
なんて面白みのない生活を己はしていたのだろうと当時の幼い自分の忍耐強さに感心する。
「だったら!」
動かない日和に向かって出久は拳を握り飛び出した。
「どうして治崎の味方をする!!」
出久の拳を躱した日和はそのままそっと出久の腕に触れた。
「どうしてって兄の手助けをするのが妹の役目でしょ?」
そう言い切ると同時に出久は己の腕に微弱ながら電流でも流れたかの様な衝撃を感じた。
その直後、右腕を走った痛みに声を上げ、着地したその場で膝をつく。
「痛いですか?痛いですよね」
ごめんなさいと日和は相変わらず塀の上で、腕を押さえて蹲る出久を見下ろして謝った。
「急に拳が向かってくるから何本かの筋を切ってしまいました」
ごめんなさいと再び謝る日和であるがその声に申し訳ないという感情は一切なくい。
「傷付ける気はないのですよ。なんなら皆さんの傷を治してあげたいくらいなんです。けれどどうしてもこちらに向かって来られると自己防衛機能が働く様でして、壊しちゃうみたいなんです」
でも大丈夫だと日和は声高らかに話す。
「何度壊しても壊れても私が綺麗元通りに修復してあげますからどうか安心して下さい」
そう言って日和はその場から動かなかった。
対峙するヒーロー達も日和の腕に壊理がいる為動くにも動けない。
何時まで膠着状態が続くかと思われたがそれはは思わぬ形で事態は動き出す。
突然猛スピードでやってくる幾台もの警察車両にヒーロー達は増援かと思った。
しかし何時迄もスピードを緩めずこちらへと向かってくる車両に勘付いたリューキュウは声を上げた。
その声に慌てて動いた為ヒーロー達はあわや警察車両との衝突は避けられたがその場は混乱を極めた。
自分達にぶつかろうとする車両も有れば突然ハンドルを切って自ら壁ぶつかる車両。
そうしてそんなおかしな行動をとる車両にヒーロー達が対処する間に倒れていた筈の治崎がいなくなっているのに出久は気づいた。
それに声を上げようとした出久であるがその彼の目の前に日和はやってくる。
すかさず使えぬ右手の代わりに足を構える出久であったが日和から差し出された壊理に驚き固まる。
「え、えっ?!」
「あら、貴方達は壊理ちゃんを助けに来たんじゃないの?」
「そうだけど、そうだけど」
そうなのだがこれまでのやりとりは一体何だったのかあっさり差し出される壊理の小さな体に出久は困惑し、罠か何かと疑う。
なかなか受け取ろうとしない出久に日和は溜息を吐いて壊理をそっと地面へと下ろした。
「治崎の計画には壊理ちゃんが必要なんじゃ」
「必要だろうけど組がこんな有様じゃ無理でしょ?それに私の目的は達成されたからもうどうでもいいの」
そこでようやく出久以外でも治崎がいない事に気付いたのか背後が騒がしくなる。
「私は兄さん無事なら後はどうでも良いの」
日和がそう告げた直後、日和と出久の間を妨げる様に大きく高い壁が現れた。
出久はそれをすかさず壊したがもうそこに日和の姿はなかった。
「それにしても治崎の奴、壊理をヒーロー達の所に置いてきて怒るんじゃないです」
警察車両から慣れた黒塗りの乗用車に乗り換え、それを運転していた玄野はぽそりと漏らした。
後部座席では治崎が未だ目覚めないのを良い事に彼の頭を自身の太腿に乗せた日和が治崎の頭や頬を撫でていた。
日和は普段滅多に触らせてもらえない治崎を触るチャンスとばかりに兄妹が行うスキンシップの感覚で撫で回しているが、その様子をバックミラー越に見ていた玄野にはそれが恋人の戯れにしか見えず少し気まずかった。
そして治崎が起きればまずキレそうな状況に頼むからまだ目を覚まさないでくれとそっと祈る。
「しょうがないじゃないですか。組は地下の薬の開発施設共にヒーローの皆さんのおかげでぼろぼろ。部下の皆さんも勿論ぼろぼろ。そんな状況で壊理ちゃんを連れて逃げても追跡が酷くなるだけですし、それなら暫く預けた方が良いでしょ?」
「暫く、ですか」
「そう、暫く。暫く預けてこちらの体制も壊理ちゃんの個性も安定した頃にまたお迎えすれば良いんです」
「けど、警察やヒーロー達の追手は多少あるんじゃないです」
いくら壊理を置いてきたとはいえ追手の数が全く減るわけではない。
こうなる事も考えて潜伏場所は事前にいくつか用意してはいるが組の壊滅具合では長期潜伏となると厳しいものがあった。
「大丈夫ですよ。その為に敵連合皆さんにちょっとしたプレゼントを置いてきましたから」
操る警察官に治崎達を運ばせ、自分も逃げる間際にこちらを窺っていた敵連合から出向の二人にこれまでのお詫びと彼等のこれからの発展を願い小さな贈り物をした。
それは個性を完全に消す薬であった。
知られたら治崎が怒るのは目に見えていたが結局薬も日和から見ると今は無用の長物である。
薬の増産も出来ない、表に出る事もままならない現状でいつ使えるかも分からない薬などいらない。
ならばいっその事それを使って彼等敵連合が好き勝手に暴れ回ってくれる方が良い。
「せいぜいヒーローと敵で好き勝手に争って下さいね」
日和は車の窓から空を見上げて微笑んだ。
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