三日月本丸
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その日は女の子の誕生日であった。
本丸の主である審神者の、一人娘である女の子の誕生日とあってその日は朝早くから誰もが忙しなく廊下を走っていた。
厨では料理の腕に覚えのある者達がケーキや料理の製作に勤しみ、広間は大太刀や槍、短刀が中心に飾り付けを、普段からおしゃれに余念のない者達は娘の誕生日に何を贈って良いのか分からない審神者を引っ張り万屋へと出ている。
その他の者達は遠征に出ていたりするが、彼等も夕方のパーティー迄には帰ってくる予定である。
女の子はそんな賑やかな厨や広間に顔を出しては楽しみは後に取っておくべきだと部屋に連れ戻されていた。
「私もお手伝いしたい!」
いつもであれば誰かのお手伝いをして回っているのだ。
だというのに今日に限ってはあれも駄目、ここも駄目、と連れ戻されて女の子は不満を漏らした。
「駄目ですよ玉」
女の子が生まれた時、誰かが女の子を「玉のような子だ」と称した事で女の子は本丸の者達から玉と呼ばれていた。
「今日は皆さん、玉の為に準備をしているのですから貴女はここで私と大人しく待っていましょうね」
審神者である父の初鍛刀である前田藤四郎はそう言って玉の好きな絵本を掲げた。
それでも部屋で大人しくしていられない玉は嫌だと床に転がり駄々を捏ねる。
「玉はお転婆だな」
笑い声と共にやってきたのは何やら大きな筒を担ぐ鶴丸国永であった。
「玉もみんなのお手伝いしたいの!」
「それは立派な心掛けだが、今日は誰もがお前さんの誕生日を祝う為に張り切ってるんだ。俺達の顔を立てると思って大人しくしていてくれ」
「むう」
「玉は何時まで経っても頑固者だな!」
鶴丸国永の言葉にも納得しない様子の玉。
頬を膨らませて未だ反抗の意を見せる玉の頬を鶴丸国永は掴むとそれは餅を捏ねるかの様に弄り倒した。
いくら意固地になっても鶴丸国永からしたら玉は可愛い孫の様なものである。
可愛い可愛いなぁと少々荒っぽいスキンシップを繰り返すと玉は警戒する子猫の如く、鶴丸国永から離れ、前田藤四郎の後ろへと隠れた。
「何だ玉、こっちへおいで」
手を叩き、手招きするが玉はじっと睨むだけで鶴丸国永に近付こうとしない。
「鶴爺様嫌い」
小さく零された言葉に鶴丸国永は驚いた。
「どうしてだ。玉はどうして俺を嫌う」
「どうしても何も玉に対する鶴丸様の扱いが雑だからだと思います」
折角、前田藤四郎が朝から整えた玉の艶やかな髪も鶴丸国永の過剰なスキンシップにより鳥の巣の如く乱れていた。
前田藤四郎の言葉に玉も頷き同意する。
「そんな!玉!俺を嫌わないでくれ」
鶴丸国永は必死に訴えるが玉は応えない。
孫の様に可愛がる玉のつれない態度に慌てた鶴丸国永は側に置いていた筒を持ち上げ、玉に見せた。
太い筒状の物に荒縄の様なものが幾重にも巻かれている。
それが何なのか玉にも前田藤四郎にも分からず頭を傾げていると鶴丸国永はこれは花火だと言った。
「花火!?」
花火と聞いて玉は前田藤四郎の背から瞳を輝かせて飛び出した。
「そうだ花火だ。玉が前に見たいと言っていただろう?」
確かに玉は以前、テレビで放送されていた花火大会の映像を見て父親に見に行きたいと言った。
しかし花火大会は現世でしか行われておらず、父親の予定も合わない事から結局その時は行けず仕舞いであった。
「これを使って夜の空にドーンと打ち上げるんだ」
本当は秘密裏に行い、玉や審神者、本丸の者達を驚かせるつもりであったが玉に嫌われては堪らないと鶴丸国永は苦肉の策にネタバラシをした。
その効果は覿面で、玉は花火が見れると聞いて鶴丸国永に尊敬の眼差しを向ける。
「鶴爺様好き!!」
子供は現金なものである。
あっさりと前言撤回した玉は鶴丸国永に抱きつき甘えた。
鶴丸国永も満更でもない様子でよせやいなどと言って照れている。
「なりません」
厳しい声色で前田藤四郎は言った。
「鶴丸様、貴方は以前、火薬を使って小火騒ぎを起こしたのですよ」
一体誰が教えたのか爆竹の存在を知った鶴丸国永。
よくも分からず火を付けた為に小火が起きた。
その時は本丸一同でバケツリレーを行い事なきを得たが、今後もこの様な事態が予想されるからと鶴丸国永は審神者から火器、火薬類の使用禁止を言われていた。
だというのに本丸の空に花火を打ち上げると言うのだから前田藤四郎は黙っていられない。
「やべっ」
鶴丸国永は抱き上げていた玉を下ろすと花火を抱えてその場から逃げ出した。
それをすぐさま険しい顔の前田藤四郎が追いかける。
「鶴爺様ー!まーちゃーん!頑張れー!」
「玉!そこは俺だけを応援する所だろ!!」
「逃がしません!!」
縁側に座り二人を応援する玉。
鶴丸国永と前田藤四郎の捕物劇に手を叩いて笑う。
玉はよく笑う女の子であった。
夕餉に合わせて開かれた玉の誕生日会は賑やかである。
誕生日会用に整えられた広間は短刀と背の高い男士達により色鮮やかに飾り付けられていた。
歌仙兼定と燭台切光忠が作ったケーキは渾身の作と言うだけあり、大きく、まるで結婚式に出される様な立派で精巧、華やかなもの。
料理も負けていない。
玉の好物、審神者の好物と続き、酒呑向けのおつまみがあるのはこの本丸に酒呑が多い故の配慮だろう。
本日の主役である玉はおめかしをして審神者である父親の膝の上にいた。
挨拶もそこそこに刀剣男士達が思い思いに用意したプレゼントと祝いの言葉をくれる。
洋服にぬいぐるみ、絵本に釣竿。
プレゼントは玉本人が欲しがった物から贈る者の趣味にセンスと、多岐に渡った。
「俺達、三条派からこれを」
三日月宗近を筆頭に三条派の男士達は揃って玉達の前に出た。
彼等は朝早くから本丸で唯一戦場に出ていた。他の者達から誕生日会に間に合うか心配されていたが遅刻どころか汚れ一つないのだから流石本丸で高い練度を誇るだけの事がある。
その刀派の代表として三日月宗近が前に出て布に包まれた長い物を玉へと差し出した。
玉は他のプレゼント同様に受け取ろうとしたが審神者である父がそれを遮った。
「玉にはまだ重かろう。床に置いて貰って、それから中を見なさい」
そうして審神者が目配せすれば三日月宗近が頷き返してその細く長い何かを床へと置いた。
玉はそれが何なのか腰を浮かして包みを解く。
「わぁ」
玉は思わず声を漏らした。
三条派が何を玉へと送ったのか気になり集まった者達もそれを見て声を上げる。
それは反則だろうと誰かが叫ぶ様に言った。
包みから現れたのは天下五剣が一振り、三日月宗近であった。
「今朝方、厚樫山に皆で行ってドロップしてきた。取れたて新鮮だぞ」
まるで己と同じ刀を魚か何かに喩えて笑う三日月宗近。
しかしそれでは周りは騙されない。
「狡いよこんなの!それじゃあ玉の初期刀が三日月になるって事じゃんか」
加州清光の言葉にそうだそうだと他からも声が上がった。
審神者の娘である玉には父親と同じく審神者としての能力があり、いずれは独り立ちをして自身の本丸を持つ事が決まっている。
基本的に初期刀は政府が用意した五振の内一振りを選ぶのだが玉の様に幼い頃から刀剣男士と過ごした者に限り自身で初期刀を用意する事が可能であった。
玉を自身の妹や孫の様に可愛がるこの本丸の刀剣男士達はいずれ玉の初期刀に己と同じ刀をなどと思っていた者は多くいる。
けれどその話題は時期早々かと思い黙していたというのに三条派がぶち込んだのだ。
「でもその三日月宗近はまだ玉の手で顕現していないのだしまだ厳密には初期刀ではないよね?」
髭切の言葉にそれまで賑わっていた広間が打って変わり静まり返った。
初期刀は審神者により顕現されて初めて初期刀と認められる。
つまりまだワンチャンある事に気が付いた面々は徐に立ち上がった。
祝事という事もあり皆が正装として戦装束でいる。
「玉ちゃんの初期刀にはいち兄が良いと思うの!」
「そうです!いち兄は優しくて強くて頼りになります。きっと玉様の支えにもなりましょう」
自分達の兄を玉の初期刀にするべく乱藤四郎に平野藤四郎、それから粟田口の短刀達や脇差達が立ち上がった。
一期一振は慌てて兄弟を止めようとしていたところで鳴狐が立ち上がる。
「一期一振、オススメ」
「鳴狐殿まで!」
てっきり弟達を止めてくれるのかと思えば鳴狐までもやる気らしい。
「粟田口が一期さんを薦めるなら俺達は国行か?」
「うーん国行に玉を任せるのはちょっと心配だし俺なんてどう?」
「ちょ、蛍」
粟田口に続いて来派が声を上げた。
蛍丸の言い様に明石国行は声を上げるが蛍丸は止まらない。
「俺が玉の初期刀で国俊が初鍛刀?凄く良いと思わない?」
初期刀は選択だが鍛刀は運次第である。
けれど自分がいて愛染国俊が来ないなどと疑わない蛍丸は玉の返事も聞かずそれが良いと納得して立ち上がった。
他にも兄者が、兼さんが、槍も良い、薙刀も良いぞと声が上がり騒ぎどころの話ではない。
さっそく戦場に言って狙いの刀を拾って来ようと皆が勇み、踏み出した所でこの本丸の初期刀、歌仙兼定が大きな音を立てた。
それは歌仙兼定が自身の鞘に入った刀を広間の床に打ち付けて出した音であった。
「まだ宴は終わっていないのだ。座りたまえ」
この本丸の初期刀にして最高練度を誇る歌仙兼定に言われては誰も従わずにはいられなかった。
「この件に関して主から話がある」
そう話を振られた審神者はへらりと締まりのない表情で笑った。
「いやーまさかお前達が玉の初期刀に興味があるとは思わなんだ」
玉の様な境遇の者は政府が用意した刀でなくても自身の選んだ刀を初期刀に出来るという事は審神者から彼等に話していた。
が、これまで己を、誰かを推挙する話など三条派が言い出すまでなかった。
三条派であってもついこの間、審神者へ三日月宗近を玉に贈りたいと言ってきただけである。
その理由は審神者を納得させるに十分な理由だった。
「玉は本当に可愛いからなー虫除けになると三日月達が言うからそれも良いかと思ったんだ」
過保護な審神者は可愛い娘に近付く虫を払ってくれると聞いて乗り気だった。
それに他の刀は玉を可愛がってはくれるが玉の初期刀に誰がなるかなんて興味がないのだと思っていた。
だから三条派が三日月宗近を贈るのを許可した。
「だが、皆が玉の事をそこまで思ってくれたと分かって俺は嬉しい。だから玉の初期刀が誰になるかはもう暫く保留にしよう」
審神者の判断に喜ぶ声が上がった。
対して三条派は少しばかり残念そうである。
「我こそ、彼こそは玉を守れるという刀を持ってきて欲しい。けどな、今日は玉の誕生日だからな。戦場に行かず祝ってやってくれないか?」
そう言って困った様な顔をした審神者の膝の上、そこには涙目の玉がいた。
玉が泣いている事に気付いた面々は慌てふためく。
「みんな出かけちゃうの?」
折角の自分の誕生日会だというのに広間を出ようとする男士達にショックを受けたらしい。
ぐずぐずと鼻を鳴らす玉に一同は申し訳ない気持ちになった。
「今日は姫の誕生日なんだ。これ以上騒ぎたとうものなら僕がその首を叩き切る」
日頃から玉を姫と読んでは可愛がる歌仙兼定の怒りように皆静かになった。
審神者は場の空気を変えるべく手を叩いて誕生日会の再開を促した。
再開してしまえば玉の機嫌が治るのも早いものであった。
美味しい料理に男士や審神者による余興、優しいもの達に囲まれて玉は笑った。
朝から周りにつられて気が昂っていた所為か玉が船を漕ぐのはいつもより早かった。
ケーキにデザートと、幸せでお腹いっぱいの玉。
流石にこれ以上起きているのは無理かと審神者が玉を抱き上げた。
歯を何とか磨き、既に用意されていた布団に転ばされた玉。
枕元には贈られたプレゼントが置かれている。
布団に包まれてとうとう夢の国に旅立った玉の頭を撫でて審神者である男は微笑んだ。
「七歳の誕生日おめでとう」
それから玉が起こされたのは数刻後の事であった。
外は暗く、明らかに起きる時間ではない事は幼い玉にも分かった。
目の前には何かとても慌てた様子の父親。
「玉、玉、どうかこの札を持ってこの部屋にいてくれ」
何がなんだか分からぬままに玉は薄い紙を一枚、札と呼ばれたそれを押し付けられた。
「どんな事があってもこの部屋から出てはいけないよ」
「どうして?」
玉の問いに父親の表情が苦しげに歪んだ。
「どうしても、どうしてもだ」
「主!」
「今行く!」
刀剣男士の誰かに呼ばれて父親は返事をした。
いつもと感じの違う父親の厳しい声に玉は驚き身体を震わす。
それに気づいた父親は玉の頭を一撫ですると立ち上がり、部屋を出て、襖を閉めた。
それから玉は部屋で大人しく待っていた。
玉の部屋は母家から離れている。
たまに火薬の爆ぜる様な音が聞こえたが部屋に篭る玉には外で何が起こっているのか分からない。
そうして部屋の真ん中、布団に篭ってじっと待つ間に夜が明けて、再び日が沈む。
父親が部屋から出るなと言ってもうすぐ一日が経とうとしていた。
部屋にはトイレもお風呂も備わっているし飲み物やお菓子もあった為、玉は飢える心配は無かったが外の様子が気になって仕方がない。
やけに外が静かなのだ。
いつもならば幾らここが母家から離れているとはいえ男士達の賑やかな声が聞こえるのに今はそれがない。
外がどうなっているのか気になる玉。
しかし父親の言いつけを破る勇気もなく悩む玉の指先にそれが触れた。
「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」
桜吹雪と共に顕現した三日月宗近であるが目の前には主らしい姿はなく、部屋がやけに薄暗い事に気が付いた。
自身の顕現は何かの間違い、はたまた所謂バグと言うやつなのだろうかと逡巡していたところ、足に衝撃が走る。
何事かと視線を下せば自身の足にしがみつく小さな頭が見えた。
「そなたが俺の主か?」
漏れ出る霊力からそう問えば涙を瞳に浮かべた子供が頷いた。
玉と名乗った彼女から事情を聞いた三日月宗近はどうしたものかと頭を捻る。
聞いた感じ玉の父親が審神者として治めるこの本丸に何かが起こったのは間違いない。
それを幼いながらに感じとっているのか父親や男士達の様子が知りたいという玉の気持ちも理解出来る。
だが三日月宗近自身、顕現したてで練度などない。
自分一人で外を偵察ならば出来ない事もないのだが
「私も行く」
そう言って玉は譲らなかった。
玉自身、その為に三日月宗近を顕現したのだから譲る筈がない。
幼い主を危険な目に合わせたくない三日月宗近はどうしたものかと悩む。
「一人にしないで」
涙の浮かんだ瞳を潤ませ、か細い声で言われてしまえば三日月宗近も握られた小さな手を振り解く事は出来ない。
ならば仕方がない、有事の際は自身が身を呈して庇えば良いだろうと判断した。
「ならば俺と共に行こう、主」
「うん!」
一緒に行けると分かるなり玉は満面の笑みを浮かべた。
その笑みにつられて三日月宗近も微笑み返す。
三日月宗近は後にこの時の事を思い出す度に己の下した判断を後悔し続ける事となる。