三日月本丸
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演練を終え、本丸へと戻った一同。
家とも言える本丸に戻って気が抜けたのか小狐丸は着いて早々に溜息を吐いた。
「毎度毎度、何故あの者達は飽きんのだ」
「まあまあ、今日は比較的に穏やかだったのだし良かったじゃないか」
演練は政府が決めた日課としてノルマが義務付けられている。
その為、余程の事情が無い限り毎日演練に向かわなければならない。
それは良い。
演練では間近で主に己の実力を見て貰えるのだ。
上手くいけば褒めてもらえるし撫でて貰える。
しかし、だが、日を変え人を変えても現れる不届き者共には小狐丸も、彼を宥める石切丸も、皆がうんざりしていた。
惚れただの愛しているだの、踏んで欲しいだの、己の欲望に忠実な彼等はこちらの都合も迷惑も考えずに突撃してくる。
特にどうしようもない奴は強引に周りを押し退けてななしに近付こうとするので困りものである。
そんな事させない為にもこの本丸で随一の練度を誇る三条の五振が常にななしの周りを固めているのだが
「小狐丸」
鈴の鳴る様な小さな声で呼ばれた小狐丸は先程とは打って変わりご機嫌に応対した。
「主様!いかがなされましたか、はぅん」
小さな手が小狐丸の頭を撫でた。
頭を撫でるとその手は側頭部、そして顎へと行き、優しく撫でられる。
「良い子、良い子」
ななしに撫でられるのが大好きな小狐丸はその優しい手付きに微睡んでいた。
いつの間に登ったのか、今剣が狡いと耳元で喚いているが今の小狐丸には何も聞こえない。
「みんなも良い子」
「えへへ」
「ありがとうございます」
「何時もの事とはいえやはり恥ずかしいね」
「全くだ。しかしそれ以上に心地が良いから困りものだ」
小狐丸から手が離れると今剣、物吉貞宗、石切丸、岩融の順にななしは彼等の頭を撫でた。
「んっ」
そして最後はななしを抱える三日月宗近。
ななしは三日月宗近に向かって両腕を開いて見せた。
そこに収まる様に三日月宗近が自身の頭を預ければ優しく抱え込む様にして撫でる。
「主さま!」
「おかえりなさいませ主君」
「ほら、主。短刀達のお出迎えだ」
ななし達の帰宅に気付いた短刀達が続々と玄関から出てきた。
三日月宗近がななしを地に下ろすと今剣がその手を繋いだ。
「いきましょう。あるじさま」
手を引く今剣にななしは頷き二人は駆けて行く。
「それでは、僕も失礼します」
律儀に三日月宗近達に頭を下げた近侍の物吉貞宗は二人の背中を追っていった。
出迎えの短刀に脇差も加わり揉みくちゃにされるななしを三日月宗近達は愛おしそうに見つめる。
「それで三日月よ。何故、今日はあの様な慈悲を見せたのだ」
ななしがいなくなりさっそくと言わんばかりに岩融が口を開いた。
「うん?」
「惚けないで下さい。不敬にも主様と話しがしたいからと私達の行手を阻んできた小童です」
「ああ、あの若い審神者か」
本当に忘れていたのか思い出したと溢した三日月宗近は口元を袖で隠して笑った。
何時もならば相手が審神者であろうと刀剣男士であろうと、はたまたお偉い役人であろうと邪魔だからという理由で話も聞かず相手を力で屈服させていた。
だから年若い審神者が進行を阻んで来た時も三日月宗近の一声でいつものようにそうなると誰もが思っていたのだ。
しかしまさか、三日月宗近が相手に機会を与えるというのだから驚いた。
勿論、機会を与えた所でみすみす向こうの願いを叶える気も義理も彼等にはなかったのだが、何せこの主至上主義の三日月宗近が機会を与えたのだから何か裏でもあるのかと勘ぐってしまう。
「なに、あの審神者から昔馴染みの気配を感じてな」
「そういえば髪色こそ違えど顔付きは一期一振にそっくりだったね」
「近頃、巷に聞く人間と刀剣男士のハーフというやつなのだろう」
「刀剣男士と人の子か。時代だね」
岩融の見解に石切丸がしみじみと溢した。
「だからと言ってあの様な特別扱いをして期待をさせる様な事、」
「大丈夫だ小狐丸。期待どころか絶望しただろうからな」
三日月宗近は瞳に浮かぶ三日月を細めて笑った。
「演練の成績は本丸の運営に響く。だから我らも他の本丸も精鋭を連れてくる。だというのにたった二振の刀に圧倒されては絶望せずにはいられまい」
そこまで言い切ると三日月宗近は笑うのを止めて視線を落とした。
そして自身の指に触れ、いじいじと弄った。
「それに主に言われたのだ。あまり互いに痛そうな事は止めてほしいと」
しょんぼりと、嗜められてしまったと落ち込む三日月宗近の様に三振は頭を押さえた。
「俺は主に被害が及ぶといけないからと対処して来たのだがあれではやりすぎらしい」
「主様は心優しい方ですからね」
「ああ、それが主の良い所だ。だがしかしこの世は主の様に優しい者ばかりではない。だからこそ俺は主の優しさがつけ込まれぬようにやって来たつもりだったのだが」
「まあ、刀剣男士相手ならまだしも審神者や役人相手にはもう少し手ごころを加えた方が良かったかもしれないね」
あまりにも執拗な為に相手が人間だろうと彼等は容赦なく拳を振るい相手を沈めて来たし刀剣男士ならば容赦なく蹴り上げ、放り投げた。
「主は俺達が怪我するのも見たくはないと泣いてしまってな」
その時の事を思い出したのか袖口で顔を覆ってしまい三日月宗近はその場に蹲ってしまった。
「それで今回はやり方を変えた訳か」
成る程と、石切丸は頷いた。
「主を泣かせてしまうとは俺は駄目な爺だ」
「あーあーまた泣き虫三日月がいじけてしまったぞ」
「俺は泣き虫などではない!」
三日月宗近の様子に呆れて溢した小狐丸に三日月宗近は即反論するがその声は既に鼻声である。
「そうしていると幼い時の三日月を思い出すな!」
岩融は豪快に笑いながら三日月宗近の頭をわしわしと撫でた。
「昔はよく、何かある度に泣いていたからね」
「それが今では天下五剣などと呼ばれているのだから不思議なものですよ」
そう言って小狐丸は蹲る三日月宗近へと手を伸ばし頬を掴むとめいいっぱい引っ張った。
「いひゃいぞ兄上!」
頬を引かれて無理やりに顔を上げさせられた三日月宗近に目元には涙が浮かんでいた。
「やっぱり泣きべそをかいておるではないか」
「こら、小狐丸!弟を虐めるなと何時も言っているであろう!!」
泣いている三日月宗近とそれを揶揄う小狐丸。
そこへ彼等の兄にあたる岩融が仲裁に入る。
千年以上経っても変わらぬ兄弟達のやりとりに嬉しい様な恥ずかしい様な、そんな複雑な心境の石切丸はやれやれと、肩を竦めて溜息を吐くのであった。