三日月本丸
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「僕、好きな子が出来たんだ」
そう言って親友はほうっと熱っぽい息を吐いた。
それを聞いて俺は飲んでいたジュースを勢いよく噴き出す。
「主、それは雅以前の問題だよ」
「だって歌仙!こいつが今、え?好きな子?!」
ジュースに咽せた俺は怒る歌仙と親友を行ったり来たりして見る。
歌仙は俺の話に興味がないのか、俺の着物に染み込んだジュースの染みを気にしていた。
そして親友も歌仙に怒られる俺に興味がないのか空を見上げてまたも熱っぽい息を吐く。
「あの子、今日も来ないかな」
「いや、演練だし無理だろ」
歌仙に顎を掴まれながらジュースで濡れた箇所をゴシゴシ拭われている俺は親友の言葉を拾い、すかさず答えた。
俺達は連絡を取り合い、演練場で定期的に会っているが親友の様子からまだ連絡のやりとりすら出来てないのは見て分かる。
「ひぇっ」
親友の言葉をすげなく否定した俺を親友のへし切り長谷部がぎりぎりと睨んでいた。
それに対してうちの長谷部も向こうを睨んでいる。
こら!長谷部!威嚇するんじゃない
落ち着け、ステイ!
「今日はあの子と喋れると良いね」
「加州、協力してくれる?」
「主の頼みなら俺、張り切っちゃうよ!」
「俺も、この長谷部も必ずや主の初恋のお手伝いをいたします」
加州の後にすかさず続いた長谷部に俺は何処の長谷部も似た感じなんだなぁと呑気に思った。
しかし恋話には興味がないが、親友が思う相手が誰なのかは気になる。
というのも、この親友、自慢ではないがよくモテた。
母親は審神者、父親が一期一振という近頃、巷でよく聞く刀剣男士と人間とのハーフで、親友は髪色こそ母親譲りの焦茶色の髪色であるものの顔付きは一期一振にそっくりだった。
刀剣男士と人のハーフであるから霊力も高く、同世代の女子は勿論、お姉さん方からもモテモテである。
俺?俺はただの一般人である両親から産まれた平凡な子供だ。
霊力はそれなりにあるものの親友には及ばないし、なんならつい最近まで野山を駆け回ってた野生児である。
しかしこの間、親友の担当役人の上司によって縁談が設けられ、危うく婚約者が出来そうだと困っていた時とは大違いの親友の顔に俺は思わず笑みを溢した。
縁談?そんなの俺が親友の両親にチクった事で破談にしてやりましたよ。
そもそもまだ中学生にもなってない子供に縁談なんて振るなよな。
おかげできな臭かった親友の担当の上司は親友両親の圧力により左遷されました。
やったね!
「あ、あの子だ!水木君、あの子だよ。僕が好きなのはあの子なんだ!」
興奮気味に小菫は親友の水木、日向水木の肩を叩いた。
その小菫の勢いに危うくまたしてもジュースを吹きこぼしそうになった日向水木は口からストローを離し、平野へと預けると小菫が示す方角を眺める。
そこは何故か一団を除いて人も男士もいない。
それどころか演練にきた審神者と刀剣男士達で混雑しているにも関わらず彼等は詰め合い、その一団と距離を取っている。
「お、おい、まさかお前の好きな子って」
「そうだよ!ななしさんさ」
君も知っているのかい?と小菫に問われて日向水木は頬を引き攣らせた。
知っているも何も彼等はこの演練場、また、この国に於いても有名人である。
「僕、ちょっと挨拶してくる」
小菫はさっそくななしとお近づきになろうと席から立ち上がり彼女の元へと駆け出した。
留める間もなく遠ざかる親友の背中に彼を止めようと腕を伸ばした日向水木の手が虚しく空を掴む。
そんな日向水木の後ろでは、歌仙兼定が頭を押さえ、へし切り長谷部が十字を切り、平野藤四郎は脱いだ帽子を胸に黙祷。
鯰尾藤四郎も太郎太刀もやはり思い思いに黙祷を捧げていた。
日向水木の連れてきた刀剣男士の中で彼等の様についていけないの新参者の鶴丸国永である。
「おいおい、どうしたんだみんな。何があると言うんだ」
小菫はただ想い人へ挨拶しようと向かっただけである。
鶴丸国永から見てもその行動は少し性急である様に思えたが恋をしているのだからあれぐらい、と許容できる範囲であった。
というのに仲間達のこの反応に驚きを隠せない。
「新たな犠牲者に黙祷を捧げているんです」
「向こうの俺は気に入らない奴であったがその主は我が主の親友として素晴らしい奴であった」
何か起こる前提で話す鯰尾藤四郎、そして惜しい奴を亡くしたと言わんばかりのへし切り長谷部。
本当に何事なのか困惑する鶴丸国永の肩を太郎太刀がそっと叩く。
「あそこを、見ていれば分かります」
そう言うので鶴丸国永は目を凝らした。
小菫とその刀剣男士達が向かう先には鶴丸国永もよく知る顔が揃っていた。
昔懐かしい三条の刀が五振、それに加え物吉貞宗、そして彼等に囲まれ護られる様にそれは美しい少女がいた。
彼女を囲う三条の刀達の影響か、顔の殆どを扇子で隠しているが鶴丸国永の位置からは少しばかり顔を見る事が出来た。
「おお、あれは上玉だな」
世が世なら傾国と謳われてもなんらおかしくはない少女の美貌に鶴丸国永は感嘆の声を上げる。
「鶴丸様、それはここだけの話でお願いいたします」
「どうしてだ。大層別嬪なお嬢さんじゃないか!」
慌てた様子で告げられた平野藤四郎からのお願いに鶴丸国永が何故と問う。
「お前はただ誉めたつもりなのだろうが向こうはそれで済まんのだ」
その問いにへし切り長谷部は苦々しい声応えた。
「小菫って、もっと視野が広い奴だと思ったんだけどな」
小菫は最近、審神者となった日向水木と違い、審神者歴は長くとても勤勉で頼れる存在であった。
腕を組み、小菫の様子を見守る日向水木。
「恋というのはいつの時代も人の目を曇らせるものだよ」
そんな日向水木に歌仙兼定は服の汚れを隠す貫頭衣の様な外套を羽織らせた。
「まさか演練の悪魔達の主人に惚れるだなんて」
演練の悪魔といえば小柄な体躯で大太刀を振り回す蛍丸の俗称である。
が、この国に限り別の意味を持った。
どんな敵も残さない。
常勝無敗、この国で演練の悪魔といえば審神者であるななしが率いる刀剣男士達の事である。
「そんなに強いのか?」
「強いってものじゃない」
「もはや別次元だよね」
首を振って答える歌仙兼定に続き、日向水木が乾いた笑みを溢した。
聞けば鶴丸のいなかった一昨日の演練でななし達と当たった彼等は見事惨敗を喫したのだ。
「演練が始まったと思ったらみんなが倒れてた」
あれは驚いたなぁと、日向水木は遠い目をして笑う。
そうしている間にも小菫は刀剣男士達に囲まれたななしの前に立っていた。
「ななしさん!」
「おや、君は我が主にご用かい?」
始めに応対をしたのは石切丸であった。
自然にななし達の壁になる様に出て来た石切丸。
彼により小菫の位置からはななしの姿が見えなくなってしまう。
どうしてもななしの姿が見たい小菫は少しばかり横にずれてななしの姿を見ようとした。
が、そんな小菫に追随する様に石切丸が動いた為にやはりななしの姿は見えない。
「おい、主はお前達の審神者と話がしたいのだ。邪魔をするな」
小菫のへし切り長谷部が彼を思い、一歩前に進み出でる。
「ですがあるじさまはそちらのかれをしらないといっております」
にょっきりと、石切丸の背を使いへし切り長谷部の眼前に現れた今剣は無邪気に微笑んだ。
その突然の登場にへし切り長谷部は思わず自身の刀に触れたが、何故か鯉口を切ることすら出来ない。
見れば石切丸の手が刀を抜かせないよう押さえ付けていた。
「すまないね。君の手が刀に向かったものだから思わず押さ込んでしまった」
「石切丸があやまるひつようはありません。このえんしゅうじょうでのしとうはかたくきんじられております。むしろこちらもちゅういをうけずにすんでかんしゃしているはずです」
石切丸の肩の上で頬杖をついていた今剣はにっこりと小菫に微笑みかけた。
自身の本丸でも見慣れた愛らしい笑みの筈なのに何故か背筋が伸びた小菫は慌て腰を直角に曲げ、頭を下げる。
「全くもってお言葉の通りでございます。こちらの者が失礼を働いたにも関わらず問題を未然に防いでいただき誠にありがとうございます」
続いて悔しくげな表情をしていたへし切り長谷部が小菫に倣って頭を下げた。
「主様はお優しい。そなた達のやった事はもう良いと言っております」
石切丸と今剣の後ろから聞こえた小狐丸の言葉に小菫は漸く面を上げた。
「ありがとうございます!」
再びお礼を告げた小菫はその場に立ったままである。
「いつまでそうしておる。そこを退かぬか小僧」
小狐丸が鬱陶しげに呟く。
しかし小菫は怯む様子もなく言葉を発した。
「あ、あの、僕、どうしてもななしさんとお話がしたいのです!どうか少しだけでもお話をさせていただけないでしょうか」
ぺこりとお行儀良く下げた小菫の背中を叩きながらへし切り長谷部と代わった加州清光が前に出た。
「何とかならないかな?うちの主、一目見た時からずっとそちらの審神者と話がしたいみたいでさ。お願い!」
加州清光は手を合わせて自身も頭を下げた。
「先程から我々の行手を阻み、果てに勝手な事を」
「どうなさいますか?三日月さん」
憎々しげに呟く小狐丸。
ななしの側に控えている筈の物吉貞宗はなぜか審神者であるななしにではなく三日月宗近に尋ねた。
「そうさな。俺達はさっさと演練を終わらせ、この衆人からら主を遠ざけたいのだが」
三日月宗近は悩んでいる様である。
その間にも小狐丸や岩融が意見を出すが中々頷かない。
「うむ、せっかく久しぶりの挑戦者なのだからそなたにはチャンスをやろう」
「正気か?!三日月」
「なんとまあ、慈悲深い事だ」
目を見開く小狐丸。
岩融は言葉とは裏腹に呆れている様であった。
「石切丸と今剣。その二人を越えて主の前に出る事が出来たら良いぞ」
刀剣男士である二振に対して自分一人でなど無理だと思った小菫であったが己が仲間の刀剣男士達の力を借りても良いと聞いて行けると思った。
相手は機動力の低い大太刀と、速さはあるものの力の弱い短刀である。
ならば、六振で抑え込めば行けると思った。
そうして始まった小菫のチャレンジ
「どうして」
それは見事に失敗に終わった。
「いや、見事な事だ!」
皆が演練の為に準備を始める中、鶴丸国永だけは興奮気味に話していた。
「見たか!あの捕まえに掛かった長谷部に掌底を食らわせた今剣!脇差、打刀、太刀で襲いに掛かったにも変わらず彼等を者ともせず目にも止まらぬ足捌きでやり過ごした石切丸!」
それは開始の合図から一瞬で終わった。
味方を全て地面に付された小菫は変わらず立ちはだかる二振に畏れをなして尻餅をついた。
するとそれで済んだと言わんばかりに彼らは地に臥した彼等に構う事なく歩き出す。
小菫がどうしても一目、一声だけでも声が聞きたかったななしは声を発する事もなければ一瞥もなく、岩融に抱えられその場を離れた。
「勝負は一瞬だったが本当に見事としか言いようがない」
「鶴丸、お願いだから小菫の前ではその話は止めて置いて上げてね」
「主はさっきのを見て何も思わないのか?!それともあれか、親友が上手くいかず拗ねているのか」
「そんなんじゃないよ。ただ、演練場じゃ見慣れた光景だから今更驚きがないだけさ」
千年生きた鶴が褒め称える美貌の少女に懸想するものは何も小菫だけではなかった。
審神者に刀剣男士、果ては政府関係者の者までもななしとお近づきになりたいと声を上げるのだ。
その度に彼等はやって来た輩を先程の様に遇らう。
もはやその光景はこの演練場の名物となっており、毎日演練場に通う日向水木には特段珍しさもなかった。
「それにこの間の演練で悪魔を間近に見ているからね」
体術ではない、己の業物を持った彼等の迫力はそれは恐ろしいものであった。
「あんなの序の口だよ」