いっぱい食べる君が好き
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ななしには悪癖があった。
ストレスが溜まるとそれを発散すべく無意識に大量のおかずを作ってしまうのだ。
「またやってしまった」
頭を抱えるななしの目の前には山になって大皿に盛られた大量の唐揚げ。
今日は朝から不運続きであった。
乗りますと声を上げたにも関わらずエレベーターの扉は目の前で閉められ、駅では当たり屋おじさんにぶつかられ、電車内では足を踏まれたにも関わらず舌打ちをされた。
そうしてたどり着いた会社では機嫌の悪い上司に八つ当たり混じりに叱られ、同僚からはセクハラ手前のボディータッチ。
同僚がそんな奴とは知らず彼を狙う後輩が給油室で自身の悪口を言っているのを聞いてしまい、と兎に角散々な一日であった。
唯一の救いは満身創痍で入ったスーパーで鶏モモ肉が普段の三分の一の値段で手に入った事であるがその結果が目の前の山盛り唐揚げである。
ななしは回想に耽るのを止めて目の前の唐揚げの山をどうするか考える。
しかしななしは一人暮らしで余ったおかずをお裾分けする程に親しい隣人も同僚も知人もいない。
だからと言って捨てる訳にもいかないのでななしは暫くのおかずが唐揚げオンリーとなる事に覚悟を決める。
「唐揚げオンリーか」
が、想像をしてさっそく弱音を吐いた。
唐揚げはななし自身、味変を好むので下味のみのシンプルな物であるがアレンジするにも限度がある。
三日も待たずに飽きるのが目に見えていた。
しかしだからといってどうしようもないななしは思わず口にする。
「此処に肥前君がいたら」
食べるのが専門と自称する彼ならば目の前の山の様な唐揚げを食べ切ってくれるだろうに。
しかし肥前忠広はゲームのキャラクター、仮想の存在である。
現実逃避に虚しい妄想をしていても仕方がないとななしは唐揚げをしまうべく動き出した。
「呼んだか主」
そこに聞こえた声。
ななしは一人暮らしで今はテレビは付けていないし動画も音楽も再生していない。
しかし隣の部屋から聞こえたにしては妙に鮮明な声にななしは恐る恐る振り向く。
「何だよバケモンでも見たみたいな顔をして。アンタが俺を呼んだんだろ」
振り向いた先には仮想の存在である筈の肥前忠広がそこにいた。
「ひ、ひ、肥前君?」
「おう、なんだよ」
呼び掛けに対し返って来た返事を聞いたななしは思いっきりの力を込めて自身の頬を叩いた。
部屋いっぱいに響く手の平で頬を打つ音に流石の肥前忠広も驚き目を丸くする。
「何してんだよアンタは」
「痛い」
「あんだけめいいっぱい頬を打てばそりゃあ痛いだろうよ」
呆れた様子の肥前忠広は赤くなったななしの頬に触れた。
熱を持った頬には心地よい冷ややかな彼の手の温度に安堵するのも束の間、触れられて感じる温度、痛みを感じる頬にこれが夢でない事にななしは気付く。
夢で無いという事はつまり、
「目の前の肥前君は本物?!」
今度はななしが肥前忠広に手を伸ばし、頬に耳に髪と、彼の実在を確かめるべくあちこちと触れた。
「俺はアンタの刀が一振り、肥前忠広だ。何だよその反応は?アンタが俺を呼んだんだろ」
だというのにななしの反応。
訳が分からないななしに対して肥前忠広も訳が分からないと顔を顰める。
「いや、私は肥前君を呼んだりなんて」
していないと言い返そうとした所でななしは言葉を止めた。
少し前の己の言動を思い出し、確かに数分前に『此処に肥前君がいたら』と口走っている事を思い出す。
そしてそれと同時に処理に困った唐揚げの山の存在も思い出した。
「確かに呼びました」
「だろ?それで俺に用ってなんだよ」
何故、ゲームの中のキャラクターである筈の肥前忠広が目の前にいるのかななしには分からない。
が、せっかく目の前に肥前忠広がいるのだから、と唐揚げの消費をお願いしてみる。
「唐揚げを作り過ぎちゃて、肥前君に食べて貰えたらなぁなんて」
改めて口にするとくだらないお願いである。
「くっだらねぇ」
肥前忠広も同じ事を思っていたらしく言葉は勿論、表情からも彼の呆れが強く感じとれた。
「てっきり主の身に何かあったのかと思ったのに」
「急にこんな事言われても困るよね。唐揚げはやっぱり自分で」
「いや、唐揚げは食う」
「良いの?!」
てっきりお願いは叶えてもらえ無いのかと思っていたななしは肥前忠広の思わぬ返事に身を乗り出す。
「その為にアンタは俺を呼んだんだ。くだらない内容でも役目を果たさず戻るのは癪だからな」
だから食べると言う肥前忠広にななしは両手を挙げて喜んだ。
塩胡椒にレモン、花椒、カレー粉、マヨネーズに七味。
それから照り焼き風、カツ丼風等にアレンジされた唐揚げ達がテーブルを占領していた。
「本当にご飯も食べれるの?」
「平気だ」
そう本人は言うので希望通り茶碗山盛りに盛った白米を手渡す。
自身の食事もまだだったななしも茶碗にご飯を盛ると肥前忠広の向かいに腰を下ろした。
どちらが先に言ったのか、いただきますの言葉を合図に二人は食事を摂り始めた。
ななしは兎の様にキャベツの千切りを食べながら肥前忠広の食べっぷりを眺めていた。
一言で言えば圧巻。
いったいこの細い身体の何処に入っていくのか肥前忠広は唐揚げを次々に己の腹へと納めていく。
食べる量は勿論、その速さはさながらフードファイターの如く。
けれどテーブルを汚す事はなく、少ない咀嚼で無理に飲み込んでいる様子もなく、食べる姿は上品であるのに食べる勢いがとてつもなく速い。
「おい」
「はい!」
その食べっぷりについつい見惚れていたななしは突然声をかけられて思わず大きな声で返事をしてしまう。
「アンタは食べないのか」
どうやら全く唐揚げに手を付けていないななしを気にしてくれているらしい。
ななしは大皿から唐揚げを三個程自分の取り皿に移した。
「私はこれだけ有れば良いから残りは肥前君が食べれるだけ食べちゃって」
そう言えば肥前忠広は頷き、再び食事を再開させた。
それを眺めつつ食事を摂っていたななしであるがうつらうつらと船を漕ぐ。
何とか睡魔に打ち勝とうとななしは味噌汁を煽った。
外から聴こえる新聞配達と思える単車の音にななしは目を覚ました。
ソファで寝ていた所為か体を動かす毎に節々がバキバキと音を立てる。
何とか上半身を起こしたななしは大きな欠伸をすると立ち上がった。
はて、何故自分はソファで寝ていたのだろうか。
確かに昨日は不運続きで疲れていたし、悪癖から山の様な量の唐揚げを作っていたが為に夕食の時間もかなり遅くなっていた。
「そうだ。唐揚げ!」
ソファで寝落ちという事は昨日の唐揚げは出しっぱなしではないかとななしは慌ててキッチンへと走る。
「あれ?」
が、危惧していた事。
大量の唐揚げをラップもせずに一晩放置という事もなく、何なら唐揚げの見る影もない。
「そもそも昨晩に唐揚げを作ったのは夢だった?」
だったのだろうかと、確かめるべくななしはゴミ箱を覗いた。
ゴミ箱の中には鶏肉の包装に使われたビニール袋が沢山捨てられている。
「確かに唐揚げは作った。けど物は何処へ」
ゴミの量から唐揚げは大量にある筈なのにテーブルはもちろん、冷蔵、冷凍庫にもその姿はない。
「食べた?私一人で大量の唐揚げを食べたの??」
唐揚げは大好物ではあるけれどななし自身それほど一度に沢山は食べれない。
ならば唐揚げは何処に消えたのか、考えるななし。
考えると同時に何かを忘れている気がした。
その忘れている何かが消えた唐揚げの謎を解くヒントなのではと、ななしは懸命に何を忘れているのか思い出そうとする。
この日が休日というのが良かった。
これが平日であったならば出勤のための身支度に追われて自宅に戻った頃には消えた唐揚げの事などすっかり忘れていた。
しかし幸運にも休日だったななしは何故か冷蔵庫に残されていた一食分の唐揚げと味噌汁達を遅い朝食にし、じっくりと昨晩の事を振り返る事が出来た。
「ああっ!!!!」
そして昨晩の事を思い出す。
ななしには悪癖がある。
ストレス発散に自身では消費しきれない程に料理を作ってしまう癖だ。
「あー困ったな」
今日もまた、日常のストレスを晴らすべく大量に作ってしまった餃子を前にななしは助けでも求めるかのように声を上げる。
「こんなに餃子があっても一人じゃ消費しきれないよ。誰か助けてくれないかな」
少しばかり台詞が態とらしい気がするななしであるがそこは目を瞑り、なんなら現実の目も瞑り返事を待つ。
「全く」
呆れ混じりの声にななしは振り向く。
「これで何度目だよ主」
そう言いながらも困っていると必ず応えてくれる肥前忠広にななしは笑いかけた。
「今回もよろしくお願いします!」
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