刀剣乱舞
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「主さ。最近、言葉が訛ってるよね?」
加州清光の言葉にななしは口元を押さえた。
「嘘っ」
「本当、本当って、どうしたの?!」
見ればななしの表情は酷く青褪めていた。
加州清光はただ、世間話の一つとして話しただけだったのでななしのその反応には驚き、慌てふためく。
「あ、清光が主を困らせてる」
「してない!」
加州清光と共にななしの書類整理を手伝っていた大和守安定はななしの様子の変化に気付くと真正面に立ち、その青白い顔を覗き込んだ。
「何か言われた?」
気遣いの言葉をかける大和守安定の向こうでは加州清光が懸命に弁解していた。
「だから本当に俺は何もしてないって」
「でも、主の顔が真っ青じゃん」
大和守安定にそう言われて加州清光は言葉を詰まらせる。
「違うの!ごめんなさい。その、言葉が訛ってると言われて、戸惑っちゃって」
えっと、その、と、ななしの声はだんだんと小さくなっていく。
最後にごめんなさいと謝られて加州清光と大和守安定は反論した。
「別に訛っても良いじゃん!」
「清光の言う通りだよ。それに訛ってる奴なんてこの本丸にも沢山いるし」
元主人の影響か、はたまた住んでいた場所の影響か。
話す言葉に癖のある男士はそれなりにいるし、近頃この本丸にやって来る男士は特にその傾向が顕著だった。
「もしかして誰かに何か言われた?」
加州清光の確信めいた言葉に部屋の温度が急激に下がった。
「あ、えっと、その、」
「言われたんだね。何処の誰?」
ななしを主と仰ぐ刀剣男士しかいない本丸でその様な事が起こるとは考え難く、そもそも前述の通り訛りのある喋りをする男士の数は少なくない。
ならば本丸の外の人間かと加州清光は考えた。
審神者をしているななしの交友関係は狭い。
「役人?それともこの前の演練であった他所の審神者」
「清光、落ち着けよ。主が困ってるだろ?」
加州清光は勢いでななしに迫ると問い詰める様に質問責めにした。
その勢いに言葉を詰まらせ後退するななし。
後退するななしにじりじりと詰め寄る加州清光の肩を大和守安定が掴み、止めた。
「だって安定!主が酷い事を言われたかも知れないんだよ」
「だからだよ」
ななしを心配するあまり少し強引となっていた加州清光と違い大和守安定は何時もの彼であった。
声も表情も、何時もの大和守安定である。
筈なのに加州清光以上の圧をななしは大和守安定から感じた。
今の彼に効果音を付けるならば地の奥底から響き上がる地鳴りの様な音。
「清光が主の話を聞かないから相手が誰か分からないだろ。それで、主。誰の首を落としてくれば良いの?」
鯉口を切り、にっこりと、いや、うっそりと笑い、首を傾げた大和守安定にななしはとうとう叫んだ。
「人の首を落としちゃいけません!!!!!」
それはななしが審神者になる前、見習いばかりを集めた講習会での事であった。
「ななしさん」
それは数いる同期の中で年の近い候補生と話ている時の事。
「そのさ、エセ関西弁止めた方が良いよ」
「え、似非?」
「聞き苦しいから」
ななしは驚いた。
そんな事を言われたのは初めてであった。
そもそも、ななしは高校生になって初めての健康診断で審神者としての適正が見つかり徴収された。
それまで他県に旅行した事はあれど、他県に長い事住んだ事がなく、家族も、周りの人間もななしと同じ言葉を話していた。
だから何もおかしいところがあるなどと疑う余地もなく普段通り話していたのだ。
「これから刀剣男士と生活していくのにそれじゃあ嫌われるよ」
そう言われたななしは衝撃で、それ程に自分は酷い言葉を話していたのか分からなくなる。
けれどわざわざ相手が言いに来るのだから余程酷い物だったのだろうとななしは思った。
これが学校や県外に勤めに出た先での事で有れば両親になり友人なり相談できたがその時のななしは見習いとはいえ、後はいくつかの講習を聞いたら正式に審神者に就任という所まで来ており、外部の人間に相談する事も出来なかった。
暫く思い詰めたななしはこれから言葉に気をつけようという結論に達し、全国放送のニュースを読み上げるキャスターを思い出して本人なりに標準語を喋っているつもりでいた。
「けど、訛ってるって言われて動揺しちゃったの」
騒ぎを聞きつけた非番の刀剣男士に囲まれたななしは正座したままこれまで無理に標準語を話していた理由を話した。
「ふーん、そんな事があったんだ。それでそいつの名前は?」
再び、優しげな笑みを浮かべ刀を握った大和守安定。
「本丸のIDでも良いよ」
後は自分達で探すからと同じく刀を構えたのは加州清光である。
「だからもう良いから!刀は締まって!!」
「そうだぞお前ら、これ以上主を困らせるな」
「「でも長曽祢さん!!」
加州清光と大和守安定、それからななしの声を聞いて一番に駆けつけた長曽祢虎徹。
長曽祢虎徹は二人の肩を抱き、宥めると顎でななしを示した。
その先には明らかに困り顔のななしがいる。
「ごめん。主が傷付けられたって思ったらいても立ってもいられなくて」
「僕も清光と同じ。でもやっぱり顔見知りの首を落とすなんて言われたら流石の主も困るよね」
今度からは内緒ですると、とんでもない宣言をする大和守安定に加州清光と長曽祢虎徹から指導と言う名の手刀が落とされた。
片や本丸の初期刀で高練度を誇る加州清光、片や練度は加州清光に劣るも身体は大柄で、力の強い長曽祢虎徹。
そんな二人からの手刀に、大和守安定は痛みから頭を押さえ、その場に倒れ込んだ。
「僕達は主君のお言葉が訛ってようと決して嫌いになるなどあり得ません」
「そうだよ!幾ら主様の言葉が訛ってたって僕達の大好きな主様なんだから」
ななしを挟んで声をかけたのは前田藤四郎と乱藤四郎。
その二人の言葉に他の皆も深く頷く。
「みんな、ありがとう」
強張っていた表情を緩ませ何時もの穏やかな顔付きに戻るななし。
そんな彼女の表情を見て、皆も安堵の表情を浮かべる。
「それにしてもどうして急に訛り出したんだい?」
床にごろりと転がり寛いでいた髭切は尋ねた。
「確かに兄者の言う通りだ。主は言葉を直す程に思い詰めていた。何か心境の変化でもあったのだろうか」
部屋の主より寛ぐ髭切に対し見本の様な正座を崩さない膝丸が尋ねた。
そんな疑問にまだ何かあったのだろうかと騒つく一同。
そのざわつきにこれ以上騒ぎを大きくしてはいけないと思ったななしは慌てて縁側で話を聞いていた桑名江を指差した。
「桑名江が、」
「え、僕?」
ななしから名指しされた桑名江は何かしたかな、と皆の視線を受けても平然とした様子で頭を傾げる。
「桑名江の喋りが地元の言葉と近かったのでつられたんだと思います。はい」
そう言うとななしは顔を両手で覆った。
「気をつけていたんだけどな」
桑名江の喋りを初めて聴いた時、ななしは耳馴染みのある彼のイントネーションに郷里を懐かしんだ。
しかし懐かしんだだけでななし自身はその後も標準語で話をしているつもりであった。
「主は伊勢国の出身なの?」
「伊勢国ではないけど伊勢国を含めた県の出身だよ」
桑名江の言う伊勢国は既に使われていないが伊勢を含む四つの国で構成された県でななしは生まれ育った。
元々四つの国で言葉は違ったが纏めて一つの県になった事で他の国の言葉も使う様になった。
その為、ななしは桑名江と同じ国ではないもの言葉に懐かしさを覚えた訳である。
「そういえば主、この前も役人と話した後、凄く低い声で『あの役人、ほんまごぉわくわ』って言ってたね」
「嘘っ?!」
「そうそう、この間罰ゲームで主さんをくすぐった時は『こしょぐらんといてー!』って叫んでたよ」
「あ、あう」
加州清光が上げたのも乱藤四郎れが上げたのも桑名江が戦闘中に口にしていた言葉である。
その後も他の者達からあの時はああ言っていた、この時はこの様に言っていたと証言が上がった。
ななしとしては気をつけてつもりであったが、そんな事もなかったらしい。
その事を知ったななしは真っ赤になった顔を隠す様にその場に蹲った。
「私、全然、標準語、話してないやん!!」
とんだ思い違いから来る羞恥に耐えきれなくなり、言葉を上手く変換出来なくなったななしに影が落ちた。
「でも僕は、主が僕と同じ言葉を話してて嬉しいよぉ?」
その影は畳が土で汚れてしまうからと縁側にいた桑名江のものであった。
大きな手に背中を撫でられたななしは甲羅に篭っていた亀の如く顔を上げた。
「私も、桑名江と話してると家に帰れたみたいで嬉しい」
「それは良かった」
そうしてその騒動からななしは無理して標準語を話すのを止めた。
元々、ななしの話すお国言葉は他の国と似たところもありそれほどの混乱はなかった。
一度だけ、ななしのお国言葉に慣れない長谷部がななしを怒らせてしまったと勘違いし、切腹しようとする騒ぎが起こったが騒ぎも無事に収まりそれ以降は何も起きていない。
しかし、今、新たな騒動が起きようとしていた。
刀剣男士達の視線の先にいるのはななしと桑名江、それに蜻蛉切と千子村正である。
四人で仲良く昼食をとる姿を誰もが羨ましげに見ていた。
騒動の後、桑名江を通じてななしが(ほぼ)同郷と知った蜻蛉切と千子村正はよく同じ出身者同士で話す様になった。
時代は違えど故郷の話はななしの興味をそそり、盛り上がる。
それまでそんな事もなかったのに四人での会話をする際は蜻蛉切と千子村正もお国言葉を話す始末。
そんな郷里の集まりが面白くないのは地元ネタに混ざれないその他の皆さんである。
四人が集まる事で自分達とななしの時間が減った彼等はぎりぎりと羨ましげに箸を噛む。
そうして対抗心に燃えた面々はとうとう行動に出た。
ある者はななしに自分と同じ言葉も喋ってほしいとおねだりし、ある者は望んでもいないのにお国言葉講座を始め、
「これを読めば良いの?」
「そうばいそうばい」
チラシの裏に書かれた文字の羅列、よくわからないが博多藤四郎と日本号が二人してにこにこと笑っているので何処か、彼等に縁のある国の言葉だろうとななしは思った。
近頃、本丸で方言ブームなのを知っているななし。
何時間にも及ぶお国言葉講座に比べれば一文を読み上げるくらいななしには全く問題はない。
「きっと発音がおかしいよ」
「良いから、頼むよ主」
日本号に急かされてななしはそれでも良いならと唇を動かす。
「すいとーよ」
ちょうど、そこへ、やはりにこにこ顔の厚藤四郎に手を引かれたへし切長谷部がやって来た。
目にも止まらぬ速さでななしの方へと頭を向けたへし切長谷部。
へし切長谷部は目を開き、潤ませ、片方の手で口を覆い隠したへし切長谷部はもう片方の震える手で指を一本立てて掲げる。
それに深く考えず、へし切長谷部も聞きたかったのだろうと思ったななしはもう一度、今度はへし切長谷部に向かって告げた。
「長谷部、すいとーよ」
へし切長谷部は飛んだ。
それはもう海老の如く飛び跳ねるとそのままヤムチャポーズで倒れ、安らかに眠った。
「えっえっえっ?!」
戸惑うななしを他所に博多藤四郎達三人はイエーイと笑いながらハイタッチしている。
こうしていともたやすく行われたえげつない行為を皮切りに俺も、私も、僕も、とななしは刀剣男士達に彼等のお国言葉で好きと言って欲しいと四六時中迫られる様になる。
そしてその後、標準語を話す男士達からななしへの無茶振り禁止令が落とされるのであった。