赤ちゃん本丸
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ななしは楽観視していた。
自分は審神者である。
戦場に彼等を送り、帰還させるのが審神者の仕事である。
そう、帰還。
戦場に行っても危なくなったら帰還すれば良いのだとななしは思っていた。
しかしいざ、戦場に来てその目論みは外れた。
敵に囲まれた状態だと何故か帰還出来ないのである。
殺気を顕に今にも襲いかかってこようとする敵の短刀を前にななしは瞳を恐怖で潤ませた。
せめてこの子だけは守らないと、ななしは胸に抱いた山姥切国広を守る様に抱え込んだ。
本当は連れてくる気がなかった。
他の四振同様、こんのすけに預けるつもりだったがなんとしても離れなかった。
こんな事になるのなら戦場になどくるべきではなかったとななしは今更に後悔する。
担当がこんのすけの話を聞いてくれないなら自分が乗り込んで訴えればよかったのだ。
そうすれば山姥切国広をこの様な危険な事に巻き込む事も無かった。
「ごめんね。まんばちゃん」
ななしが胸に抱いた山姥切国広に謝った時、彼は盛大に泣き出した。
その声は凄まじく、一体その小さな体でどうやって出しているのか疑問に思う程の声量である。
山姥切国広の泣き声に驚いて鳥が木々から飛び立つ。
幾ら敵といえど赤ん坊の泣き声に意表を突かれたのか戸惑いを見せる。
ななしは咄嗟に足元に落ちていた石を掴むとめいいっぱいの力を込めて投げた。
これは余談であるがななしには中学生の弟がいた。
彼は野球部員で、バッター志望であった。
大きくなったらプロの野球選手になって姉ちゃんや兄ちゃん、弟妹を養うんだと、幼い時からいじらしい夢を持つ弟をななしは応援していた。
しかし何かとお金のかかる運動部。
必要最低限のものしか用意は出来ないななしは少しでも弟の夢の助けになればと彼の練習に付き合った。
来る日も来る日もバットを構える弟にボールを投げた。
どんな投球にも弟が対応出来るようシュートにカーブ、スライダー。
そして弟が最も嫌った重い球。
それを思い出して敵の短刀へと投擲する。
ななしの投げた石は見事、敵短刀の顔面に直撃した。
音を立てて地面へと落ちる敵短刀。
石が直撃した為、顔面は勿論の事、咥えられていた短刀もくっきりとヒビが入っていた。
折るまでは行かないが動かない事から重傷なのは確実。
「や、やった!」
なんとか敵を一振り倒して喜ぶのも束の間、残っていたもう一振りがななしに迫った。
逃げても素早い敵短刀には追い付かれる。
足元には手頃な石はなく砂利ばかり。
せめて山姥切国広だけは守らなければとななしは彼を覆い隠す様にして抱き込んだ。
「危ない!」
ななしが敵短刀に斬られると覚悟した時、第三者の声が割って入った。
金属と金属が触れ合う音が聞こえ、ななしの目の前に何かが落ちる。
「え、」
それは今まさにななしを襲うとしていた敵の短刀であった。
ななしは何もしていない。
一体何が起こったのか混乱するななしの前に手が差し出された。
「大丈夫ですか?」
それはななしも資料で見た事がある堀川国広、山姥切国広の兄弟刀であった。
堀川国広がそこに居合わせたのは偶然であった。
桜が舞っていると刀剣男士の調子が良い。
そんな経験からの知恵を信じる主の命により単騎で堀川国広は函館の地に降りた。
既に修行を行い、極めていた堀川国広には練度の低い敵ばかりがいる函館の地など楽なものである。
視界の端に桜の花弁が舞い、主が言うところの桜付けが出来た事が確認出来た堀川国広は主と連絡をとって自身の本丸に帰ろうとした。
端末を取り出し、発信するというところで赤ん坊の泣き声が聞こえた。
赤ん坊の泣き声ぐらい戦場では聴き慣れている。
非力な女子供、年寄りだって襲われるのは戦場の常だ。
だと言うのに聞こえてきた赤ん坊の泣き声はそれとは違って思えた。
助けを呼んでいる。
しかも自分に向けて助けが求められている様な気がした。
気になった堀川国広は端末をしまい込み、赤ん坊の泣き声がする方へと駆けた。
そこでは敵である歴史修正主義者に襲われている人間がいた。
その胸に自分を呼んだであろう赤ん坊の姿がちらりと見える。
一振りはどうやったのか人間が討ち取ったらしく既に地に臥している。
残りの一振りが人間を襲おうと飛び出す。
明らかに刀剣男士でない人間が敵の短刀を何故打ち取れたのか、何故自分は赤ん坊に呼ばれた気がしたのかとにかく気になる事が山ほどあったが考えるより先に堀川国広の身体は動いていた。
「危ない!」
先述の通り堀川国広は既に極めており、練度も高い。
そんな彼であったから敵の短刀とその短刀に襲われる人間との間に割り込む事など簡単であった。
相手の攻撃を弾き返すと、そのまま敵短刀の後ろに回り込み斬り伏せる。
念には念を、地面に伏した二振に剣先を突き立て、破壊出来ている事を確認出来た堀川国広は赤ん坊を抱え混む様にして地面に蹲っていた人間に声をかけた。
体から漏れ出る霊力から普通の人間ではない事は分かっていた。
もしかしたら敵の罠かもしれないので利き手は刀に添えられていた。
堀川国広に声をかけられて相手もゆっくりと顔をあげる。
顔付きから女性だと分かった。
堀川国広の主よりも歳の若い、何時も豪快に笑う主が「俺にも子供がいたらこれぐらいの歳かな」と寂しげに主の姉が送って来たという写真に写る甥と同じ位に若い女性である。
彼女の瞳は涙に濡れていた。
顔は青褪め、唇は震えている恐怖しきったその表情に彼女は敵ではないと安心する一方、何故明らかに非戦闘員の、審神者と思われる年若い娘がこの戦場にいるのか不思議であった。
しかし堀川国広は彼女の胸あたりで動く存在に気づくとそちらに意識を取られた。
金色の髪に碧眼、何故か姿は赤ん坊であったがそれはまごう事なく堀川国広の兄弟であり国広が傑作、山姥切国広であった。
堀川国広は混乱した。
審神者が戦場にいるだけでもおかしいというのに自身の兄弟が赤ん坊になっているのである。
何度も言うが堀川国広は混乱していた。
何時もは冷静で、仲間内でもどちらかと言えば感情的になった仲間を宥める立場の堀川国広。
そんな彼が混乱を極め、思わず彼女と、兄弟刀を自身の本丸に連れて帰ってしまうのは仕方のない事であった。
「堀川遅いなー」
堀川国広と共に戦場へ行く予定の大和守安定は空を見上げて呟いた。
戦場へ行く前に単騎で函館に向かい、桜付けを行うのはこの本丸のルーティーンで、堀川国広は部隊の最後に向かった。
本丸の古参である堀川国広は部隊の中で一番練度が高く、いつもならば行ってすぐに帰ってくるのだが今日は何故か時間がかかっていた。
「堀川は帰って来たか?」
帰還の遅れに流石の主も気になったのか、近侍を連れて部隊が待機していた玄関にやって来た。
「まだ帰って来てない。堀川に何かあったのかな」
「あの堀川に限ってないだろ」
同じく堀川国広待ちの御手杵が笑った。
鍛錬の一環で組手をした際に堀川国広に投げ飛ばされた経験のある御手杵は手を横に振るいありえないとまで言い切る。
他の面子も御手杵に同調して頷く。
「やはり何かトラブルでもあったか?」
あれば堀川国広の事だから連絡でも来そうなものだが端末を見てもその様な通知はない。
「向こうで妊婦さんを助けてたりして」
浦島虎徹が冗談混じりに言った。
「いや、それ遅刻した時の常套句だから」
主である男は即座に返すと「じゃあ、」と大和守安定が続く。
「大きな荷物を持ったお婆さんを助けてるとか?」
「戦場でそれはおかしいだろ」
漫画の読み過ぎだと主は嗜めた。
「帰ってきたみたいだよ」
移動用のゲートをじっと見つめていた小夜左文字が言った。
それに反応して皆はゲートを見つめる。
自動で開閉するゲートから出てきたのは彼等が待っていた堀川国広と、見知らぬ女と赤ん坊であった。