雨女な審神者
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「今日からよろしくお願いします」
担当の付き添いでやってきたのは高校を卒業したばかりと思われる年若い娘であった。
「彼女は君とは違い、今期一番の期待をされている。粗相がないようにしてくれ」
相変わらずの物言いにななしは笑みを浮かべ聞き流しながら、内心、必死に鯉口を切ろうとする歌仙兼定の手を机の影で押さえていた。
見習い受け入れに際しての注意事項と聞き、二、三個では済まない小言も有り難く頂戴して、ななしは歌仙兼定と共に帰る担当を見送った。
ななし達が広間に戻ると賑やかな声が聞こえた。
「審神者様、今日は私の歓迎会を開いてくれるとは本当ですか!」
頬を喜色で染めた見習いは広間に戻ってきたななしへ興奮気味に尋ねた。
どうやらお茶を片付けに来た燭台切光忠に聞いたらしい。
本丸の男士達は担当に怒っていたものの見習いについて負の感情は抱いていなかった。
折角、この本丸に来るのだから歓迎会をしようと言ったのは誰だったか。
「はい。歓迎会は夕方を予定しておりますのでそれまでにご準備だけお願いします」
「審神者様も歓迎会に参加されるのですよね?」
首を傾げ可愛らしい表情で尋ねられたななしは言葉を詰まらせた。
「私はまだ仕事が残っていますので、申し訳ないのですが不参加です」
ななしの返答に歌仙兼定も燭台切光忠驚きの声を上げる。
「どうして、この前話した時には参加すると言っていたじゃないか」
「そのつもりだったのですがどうしても提出しなければならない書類がありまして」
歌仙兼定の言葉にななしは視線をずらした。
「だけど歓迎会だよ?少しぐらい駄目なのかい」
燭台切光忠までななしの側にやって来て問う。
ななしの好物も用意しているのだと迫る燭台切光忠にななしはやはり視線を合わせず一歩下がった。
ななしの言う書類は何時もの通り期限が然程近い物でもない。
別に書類に取り掛かるのは明日でも明後日でも良かった。
歌仙兼定から歓迎会の参加を問われた時はななしも参加するつもりでいた。
その時の話では広間で開催と聞いていたのだ。
しかし昨日の晩になってから屋外での開催に変更となった事を聞いた。
久しぶりの晴れ間、庭の紫陽花が見頃だからという理由だった。
となるとななしの参加は難しい。
折角の歓迎会だと言うのに文字通り水を差すわけにはいかないのだ。
ななしが誰宛てとも言わず再度謝れば見習いは笑顔を浮かべた。
「それは、残念です」
その後も散々、ななしは誰かしらから文句を言われたし何度も何度も歓迎会に参加しないのか問われた。
執務室には誰か訪れては問う。
歓迎会に参加しないのか、楽しみにしていたのに。
そう言われる度にななしは眉を下げて謝る。
それを何回も続ける内にななしの表情は凝り固まっていた。
「主、ちょっと良いかい?」
「どうぞ」
入室を促すと手に重箱を携えた歌仙兼定が執務室へとやって来た。
「君が今日の歓迎会に参加しないのならせめて食事だけでもと思ってね」
「ありがとございます。わざわざすみません」
花見以降、歌仙兼定はななしを除く本丸全員が集まって宴会をする際は事前に弁当を用意してくれる様になった。
別に無理しなくていい、面倒だろうからと断りも入れてみたが歌仙兼定がその申し出に頷く事はなかった。
ななしとしては味は勿論の事何時も以上に見栄えに拘った料理が食べれるのは嬉しいのでありがたい事である。
重箱を受け取り中を見れば毎度ながらその内容の豪華な事、燭台切光忠が言っていた様にななしの好物も沢山入っている。
「今日のお料理も凄く美味しそうですね」
「君が宴会に参加すると聞いて厨係は皆が張り切っていたからね」
歌仙兼定の言葉にななしは閉口した。
「厨係以外の者も君が初めて宴に参加すると聞いて沢山手伝ってくれたんだ」
ななしは歌仙兼定の言葉を聞きながら重箱の蓋を閉じた。
視線を歌仙兼定へと向ければ瞳を潤ませて悲しげな顔をしている。
「どうして君はいつも僕達の誘いを断るんだい?」
どうして、それは雨が外に出ると降るからである。
歌仙兼定は季節を愛し、その時々に咲く花々を愛でた。
その所為か彼が催すものは屋外での事が多い。お花見であったり茶会であったり、歌会であって外で行われる。
初鍛刀の秋田藤四郎も外が好きだ。
そんなだからかは分からないがこの本丸の刀剣男士も皆、何をするにも野外を好む。
宴会も遊びも、鍛錬も、お茶を一杯啜るのだって外でする。
けれどななしが一歩でも外に出ると雨が降る。
雨が降ると彼等は楽しめない。
昨日まで続いた雨の時であって彼等は太陽を恋しがっていた。
誘いを何故断ると言われても断らないと困るのは彼等ではないかと思いながらもななしは自身の唇を噛む。
「仕事がありますので」
ななしは何とか何時もの言葉を引っ張り出した。
一体今、ななしは自分の顔がどうなっているのかわからない。
ちゃんと申し訳なさそうな表情が出来ているのか分からない。
ずっと、ずっと、これまで胸の奥に溜め込んでいた黒い塊が動いて落ち着かない。
「そうだね。仕事だね」
なら仕方がないかと歌仙兼定は寂しそうに零して立ち上がった。
ななしは部屋を出る歌仙兼定を無言で見送った。
何か言葉をかけるべきだったかもしれない。
そうは思うがななしも色々と限界だった。