雨女な審神者
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わざわざ離れにある執務室迄来てくれた彼等にななしは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。まだ仕事が残っているの」
「そんな、」
「それでは仕方がありませんね」
悲しげに瞳を揺らした秋田藤四郎の言葉を平野藤四郎は遮った。
そんな平野藤四郎の表情も悲しげに曇っており、彼等の表情に胸を痛めるななしであるが何とか己の表情を崩さぬよう平静を装う。
「これ以上は主の仕事の邪魔になりますから行きましょう」
名前を呼ばれ、手を引かれた秋田藤四郎は小さく頷くとななしを見つめた。
「お花見、楽しんで来てね」
「はい!主君も、もし、もしもお仕事を終えられたら来てくださいね」
「うん、分かった」
障子戸を閉め、部屋に一人となったななしは溜息を吐いた。
「良心が痛む」
胸を押さえたななしはふらふらと机に向かうとそのまま突っ伏した。
先程、二人には仕事が残っているからと誘いを断ったがあれは嘘である。
正しくは残っているが期限などまだまだ先で、誘いを断る理由にはならない。
だが、ななしには彼等の誘いを断る理由が必要だった為に仕事が残っていると言ったのだ。
「秋田君、悲しそうだったな」
秋田藤四郎は何時も本丸内でイベントが行われる度にななしを誘ってくれる。
今回の花見も数日前からななしに楽しみですねと声をかけてくれていたのだ。
その度にななしも当たり障りのない返事をしていた為、秋田藤四郎は今度こそと期待していたに違いない。
そう思うと胸の下の臓腑が痛んだ。
ななしの初期刀である歌仙兼定は雅と風流を愛す男である。
彼は季節ごとに野外での茶会、今回のような花見を催していた。
ななしはその催しに参加した事がない。
出来なかった。
それどころか外にも出ない。
自分の本丸だというのに畑も、厩も殆ど見た事がなく戦場や遠征に行く彼等を外に出て見送る事もない。
外出は必要最低限。
ななしは引きこもりであった。
別に彼等が恐い訳でも外が嫌いな訳でもない。
叶うならば外に出て、日の下を歩きたい。
ななしはそれを誰よりも望んでいるのに叶わない。
ななしが外に一歩でも出れば太陽は雲に隠れ、冷たい雨が降り頻る。
ななしは生粋の雨女であった。
何も昔からそうだった訳ではない。
世間一般、よくあるイベントの時に雨は降っていたがその程度である。
しかし審神者になり、本丸を運営する様になってからはななしが一歩でも外に出ると雨が降るようになった。
夏の象徴である向日葵、香り立つ藤の花、花びら舞う春の景趣だろうとななしが外に出れば雨は振り、全てを台無しにする。
一度は政府に相談したものの本丸の機能に問題はなく、本丸が審神者の霊力を元に動いているから雨が降るのななしの霊力による影響だろうという判断が出来た位で問題の解決にはならない。
ならばどうするか、ななしは引きこもるしかなかった。
ななしが引きこもれば庭の花は雨に落とされる事もなく美しいままで、短刀達は楽しそうに外で遊べた。
縁側でお茶も飲めるし、洗濯物はよく乾き、畑は根腐れの心配もない。ななしが大人しく引きこもっていれば皆が楽しく過ごせる。
今までもあった事なのでななしはそれで良いと思っていた。
「お腹が空いた」
部屋に響く情けない音にななしはお腹を押さえた。
時計を見れば昼食の時間を疾うに過ぎていた。
何時もならば決まった時間に誰かしら声をかけてくれるが今日はそれがない。
そこで自分を除く本丸の者達が花見に出ている事に気が付く。
ならば自分で食事の支度をするしかないと急ぎでもないが終わってしまった書類を片付ける。
ななしは廊下に出ると明るい庭を見渡した。
まさに晴天。
今は晴れているというのにななしが日の本に出た途端に雨が降るのだから不思議である。
厨に来たななしは中から音がする事に気が付いた。
彼等は皆、花見に出払っている。
この本丸内にはななししかいない筈なのに厨から聞こえてくる物音にななしは自身の手を強く握り込む。
単身で乗り込むには心細く、何かないかと辺りを見渡したななしは誰かがしまい忘れたのか箒を見つけた。
それを握り厨へと飛び込む。
己の心を勇気付ける為、ななしは声を上げて突入した。
その声に驚いたのか厨にいた者が声を上げた。
「なんだ、アンタか」
「御手杵さん」
厨にいたのは花見に参加している筈の御手杵であった。
「すみません。皆さん、お花見に行っていると聞いていたので、その、不審者かと思って」
よくよく考えれば隔絶された本丸という空間に不審者が出る筈もなく、今更になって気付いたななしは神様を不審者と間違えた己の浅はかさに顔色を青く染めた。
「いや、花見に参加してたんだけど、厠に行くつったらついでに追加の料理を取って来いって言われてさ」
対して御手杵は怒っていないのか、使い走りにされて人使いが荒いと笑っている。
「主こそなんで本丸にいるんだよ」
「私はまだ仕事が残ってたのでお花見の参加を断ったんです。ただ、お腹が空いたので何か作ろうと思って」
「成る程なー」
そう言って御手杵はテーブルに置かれていた重箱の包みを徐に開いた。
「あの、御手杵さん?」
一体何をしているのか、ななしは御手杵の行動を見守っていた。
「はい、主」
口に何かを押し付けられ、何か言おうと口を開けばそのまま中へと押し込められる。
それはおむすびであった。
しかもななしの好きな山菜の炊き込みご飯を握ったもので、ななしはその美味しさを噛み締めながら咀嚼する。
「主はこんだけ有れば足りるか?」
御手杵はその間に箸と皿を手に取り、重箱の中身を幾つか取り出していた。
先程食べたおにぎりに根菜の煮物、卵焼きに八幡巻きなど色とりどりのおかずが皿に盛られていた。
それを目にして美味しそうだと唾を飲み込むななしであったがそこで我に返る。
「大変ありがたいのですが、こんなにもいただいてしまっては皆様の分が無くなってしまうのではないですか?」
ちらりと重箱を見れば大きいサイズであるものの隙間が目立っていた。
流石にこれをもらうわけにはいかないと固辞するななしに御手杵は大丈夫だと背中を叩く。
「どうせどいつも酒が入ってる頃だから問題ないって」
だから、と皿を更に目の前に差し出されななしは思わず受け取った。
「残しちまうより主が食べたって聞いた方が作った奴らも喜ぶから大丈夫だ」
「そういう事でしたらありがたくいただきます」
ななしが皿を受け取ると御手杵はさっさと重箱を包み直すと厨を出ていった。
一人残ったななしはそのままこの場で食べてしまおうかと思ったが止めた。
折角、お花見様に拵えられたおかずなのだ。
花見に参加出来ないもののせめて気分だけもと思い、執務室に戻ると窓を開けた。
執務室で唯一、その窓だけは桜の花が見える。桜が見える向きに机を移動させたななしはお皿に盛られた料理に手を合わせた。
「いただきます」