刀剣乱舞
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何時も他人の勢いに圧されて負けてしまうななしは街を歩くとポケットティッシュに興味のないチラシにと両手を埋もれさせてしまう。
そんなななしは好きだと、付き合ってくれと、他所の審神者に迫られて困り果てていた。
そうでなくても他人の押しに弱く流されやすいななし。
このままではたいして好きでもない相手と勢いに流されてお付き合いしてしまいそうだと流石のななしも危惧していた。
「どうしたら良いんだろう」
明日も件の審神者に呼び出しを受けている。
好きでもないなら無視でもすれば良いのに、と本日の近侍である山姥切長義とたまたまこの場に居合わせてしまった南泉一文字は思うのだが、そもそも相手に対して強気な態度でいられたらななしも今、頭を抱えてはいない。
ななしは押しに弱く、自分からは強く出られない、内気な人間である。
相手の審神者もななしがそんな性格だと理解しているからぐいぐいと来る。
机に突っ伏して嘆くななしに山姥切長義は深々と溜息を吐いた。
「それなら適当にこの本丸にいる男士の中から偽物の彼氏でもでっち上げて断れば良いんじゃないのかい?」
「そうにゃ!何ならついでに主に変わって断って貰ったら良いにゃ」
「それだったら、向こうも諦めてくれるかな?」
「諦めて貰えるか貰えないかじゃない。きっぱりと諦めて貰うんだ」
己の主を困らせる奴等何なら軽く脅しても良いと山姥切長義は思うが荒事が得意でないななしを前に敢えて口にはしない。
しかしななしの事情を伝えたら誰もが完璧に務めてくれるだろうという算段があった。
何せななしはこの本丸の主で、皆がななしを大切に思っている。
そんな大切なななしをちょっと凄まれたぐらいで諦める様な軟弱者にやる気は誰もない。
「誰か私の彼氏役をしてくれる人はいる?」
ななしの言葉に山姥切長義も南泉一文字も「あー」と声を上げた。
ななしの彼氏役を誰も立候補しないとは思ってもいない。
寧ろ候補が多すぎて話し合ったら最後、乱闘が起こるのが目に見えていた。
「立候補制より君から頼んだ方が良いだろ。取り敢えず祖なんてどうかな?」
「さっそく身内を贔屓するな、にゃ!」
しかも山姥切長義が候補に挙げた燭台切光忠はななしを大切に思うあまり過保護な域まで達している。
ななしが外で他所の審神者にちょっかいを出されているなんて知ったら相手を燭台の如く斬り伏せ、ななしを本丸から出さないのが目に見えていた。
それをよく理解している南泉一文字は山姥切長義の推薦を却下するのだが、
「俺はお頭を推薦する」
「猫殺し君だって身内贔屓じゃないか!」
しかも山鳥毛も燭台切光忠と似たタイプ。
事が済んだ後は本丸に軟禁コースまっしぐらである。
「身内が駄目なら髭切はどうだろう」
「それこそうっかり相手を斬っちゃわないか?」
「斬っ?!」
南泉一文字のストレートな評価にななしは顔を青く染める。
「今のは猫殺し君の冗談だよ冗談。君の刀が無闇矢鱈に人を斬るわけないだろ」
「そう!冗談にゃ!」
ななしが酷く顔色を悪くさせたので二人は慌てて誤魔化すが、内心は斬るだろうなと思っている。
髭切は源氏の宝刀、ふんわりとした色合いの見た目に反してこの本丸随一の喧嘩っ早さなのだ。
「そうだ、大典太ならどうにゃ!」
身体は大きく眼光も鋭い。
大典太光世ならばそれこそ相手の前に連れて来て紹介する間もなく追い払える事が出来るのでは、そう期待して南泉一文字は大典太光世を推薦する。
しかしその推薦に山姥切長義は待ったをかけた。
「彼は駄目だ。相手を追い払う事が出来たとしても彼自身が受ける精神的ダメージが大きい。ショックを受けて蔵から暫く出てこないぞ」
「駄目かー」
他にも体躯が大きい者、迫力がある者はいるのだが些か演技力に不安があったり、過保護が過ぎて相手の男が斬り伏せられるかもしれないという問題があった。
別に山姥切長義も南泉一文字も相手の男がどうなろうと良いのだがその場に居合わせるななしが不憫である。
誰か適役はいないかと頭を悩ませる二人。
「何の話してんの」
そこに姫鶴一文字がやってきた。
「実は」
誰が良いのか悩む二人に代わってななしがかくかくしかじかと事情を説明する。
「だったらその主の彼氏役、俺にさせてよ」
まさかの立候補者が現れた。
「え?!」
「主に代わって断れば良いんでしょ?」
「そうですけど、本当に良いんですか」
目の前で偽とはいえ彼氏役を立候補された事にななしは戸惑いが隠せない。
「良いから立候補してるんじゃん。それとも俺じゃ役不足?」
「め、め、滅層も御座いません!!!」
思わず立ち上がりそう答えたななしの頭を柔らかな笑みを浮かべた姫鶴一文字は優しく撫でた。
「そう、良かった」
姫鶴一文字の微笑みをまともに受けたななしは顔を真っ赤にしてその場にへたり込む。
「姫鶴一文字が彼氏役か。顔は綺麗系だけど上背はあるし問題はないか。猫殺し君的にはどうなんだい」
山姥切長義は姫鶴一文字の綺麗な顔に迫力が欠けるのではという理由で候補に挙げていなかった。
対して同派の南泉一文字は山鳥毛の他に日光一文字や一文字則宗の名前は挙げたにも関わらず姫鶴一文字の名前だけは最後まで口にしなかった。
それだけに何か理由があったのではと思い山姥切長義は尋ねたのだが、
「問題ないにゃ!姫鶴のアニキなら大丈夫にゃ!」
今になってやけに必死で姫鶴一文字を推す。
「南君もこう言ってくれてるし当日は主の彼氏役頑張るね」
「よろしくお願いします」
そうしてななしの偽彼氏は姫鶴一文字に決まった。
そして翌日。
「私は姫鶴さんと付き合っていますので貴方とはお付き合い出来ません」
事前の話ではななしに代わって彼氏役の姫鶴が相手の男に断る話だったのだが、当日になってななしの意向により変更となった。
自分の都合で彼氏役までして貰っているのにそこまで姫鶴に迷惑をかけられないというのと、自分の口で断らないのは相手に不誠実だからという理由である。
けれどななし一人では相手に言い包められてしまうかもしれないので姫鶴一文字は彼氏の振りをしてななしの側に立つという事になったのだ。
「ふーん証拠は?」
「証拠ですか?」
しかしななしは相手を見誤っていた。
姫鶴一文字を彼氏に仕立て、側にいて貰えば相手も話を信じると思っていたのだがまさか証拠を求められる。
「だってこの前まで付き合ってる人なんていなかったよね」
「最近、お付き合いを始めたんです!」
以前から嘘でも彼氏がいると言っていたならまだしも、突然現れた彼氏に男はななしと姫鶴一文字の仲を疑っていた。
「じゃあ、二人が恋人だっていう証拠見せて。見せて貰ったら俺も諦めるから」
「そんな」
そう言われてななしは困惑する。
今日だってななしの都合で非番の姫鶴一文字に付き合ってもらっている。
にも関わらずこれ以上姫鶴一文字に彼氏の振りを求めるのは流石にななしには憚れた。
「だったらお望み通り証拠を見せてやるよ」
どうするべきか、進退窮まったななしの腰を姫鶴一文字は強引に引き寄せるとそのまま口付けをした。
それは深い口付けで、ななしはこのまま姫鶴一文字に食べられてしまうかの様な心地であった。
姫鶴一文字の舌がななしの舌を絡めとり、引かれ、吸われ、ひたすらに口内を蹂躙される。
人と口付け等した事のないななしは呼吸の仕方も分からず姫鶴一文字にされるがままであった。
息は絶え絶え、次第に耳には互いの口から発せられる水音しか聞こえなくなりななしの意識は朦朧とする。
とうとうななしは自力で立てなくなり、姫鶴一文字がそんなななしを抱えた事で漸く長い口付けは終わりを迎えた。
喘鳴に似た浅い呼吸を繰り返していたななしは呼吸が落ち着いて来るにつれて状況を思い出す。
ななしは男を探したが男は何処にもいない。
ななしの男を探す視線に気付いてか、姫鶴一文字が男は自分達が口付けを交わしてすぐに逃げ出した事を教えてくれた。
「これだけ見せればもう、あの男も主にちょっかいを出さないんじゃない?」
良かったね、と何時もと変わら表情で声をかけて来た姫鶴一文字にななしは何故、と問う。
その問いにななしの事が好きだからと姫鶴一文字は笑みを浮かべて答えた。
「遅い、遅いにゃー」
ところ変わって本丸では南泉一文字が玄関前をうろうろしながらななしと姫鶴一文字の帰りを待っていた。
「主も事が済んだらすぐ戻るって言ってたし」
「猫殺し君」
「流石のアニキもすぐには手を出したり」
「猫殺し君!」
「にゃっっっ!!!!」
背後から声をかけられた南泉一文字は胡瓜に驚く猫の如く、天井近くまで飛び跳ねた。
そうして両手両足を使い、器用に着地した南泉一文字は声をかけてきたのが山姥切長義と分かると毛を逆立てて吠える。
「急に驚かすな、にゃ!!」
「別に俺は猫殺し君を驚かそうと思って声をかけたわけじゃない。君が勝手に驚いたんだ」
山姥切長義の反論に思い当たる事もあったのか南泉一文字は口を閉じた。
「それよりこんな所でどうしたんだい。やけに主と姫鶴一文字の帰りを気にしてるようだけど」
何なら南泉一文字の様子は昨日から、姫鶴一文字がななしの彼氏役に決まってからおかしかった。
妙にそわそわと、ななしや姫鶴一文字に視線を向けては戻してと落ち着きがなかったのだ。
「そんなに心配する事でもないだろ。何より姫鶴一文字は君と同派の刀だ。彼の実力は俺よりも知ってるだろ?」
てっきりななしが相手の男に襲われないか心配しているのだと思っていた。
のだが、
「違うにゃ」
「なんだい」
「俺は主が姫鶴のアニキに襲われないか心配なんだにゃ!!!」
そうして南泉一文字は泣きながら真実を語った。
この本丸の姫鶴一文字はななしに懸想していた。
けれどななしは鈍感で姫鶴一文字のアピールにも全く気付かない。
姫鶴一文字に対して顔を赤らめる事もあるがそれは異性に免疫が無い故の事で、ななしにとって姫鶴一文字は大切な刀の内の一振りでしかなかった。
何とかななしと恋仲になりたい姫鶴一文字であるが本丸は90振りを超える大所帯。
ななしと二人きりになる事等実質不可能で、過保護な者達の存在もあった。
しかし今日は事が事でありななしと姫鶴一文字の二人だけで出掛けている。
「今朝、アニキが凄く張り切ってて、俺」
「つまりなんだい?俺達は主に近寄る狼を追い払うつもりが主を狼と二人っきりで送り出したって事なのかい」
「そういう事だにゃ」
山姥切長義は思わず南泉一文字に掴みかかるのだが、南泉一文字はべそべそと情けない鳴き声を上げて泣くばかり。
「くそっ!兎に角、今からでも二人を追いかけなければ」
そうでなければ己の身も危ういと踵を返しかけた山姥切長義。
だが、彼はそこで動きを止めた。
そんな山姥切長義にどうしたのかと南泉一文字も振り返り硬直する。
「長義君、今の話を詳しく教えてくれるかな?」
「子猫、お前もだ」
振り返った先には燭台切光忠と山鳥毛、本丸随一の過保護とも言われる二人が恐ろしい程に深い笑みを浮かべて立っていた。