魚の目に水見えず、人の目に空見えず


「零ちゃん。その手に持ってる物、何?」

それを腕に抱えて登校して来た零にひなたは4月以降見慣れた物であるが取り敢えず尋ねた。
周りのクラスメイトも大きな包みを抱えて登校して来た零に注視している。
注目の的となっている零本人も手に持つ包みの中身は知らないらしく「さあ?何だろ」と頭を傾げてそのまま朝の挨拶をひなたへ告げた。

零が朝から抱えて登校して来たプレゼントと思わしき赤い包みの箱は教卓の上に置かれて今、クラスメイト達に囲まれていた。
受け取った本人は興味が無いのかクラスメイトが預かって良いか尋ねるとすぐに手離し、今は自分の席に座って雨が滴る空を眺めている。

「ひなちゃんはあれ、何だと思う?」

ひなたの制服を掴み、教卓の上のそれを窺い見るちほは小声で尋ねた。

「多分、何時もの零ちゃんファンからのプレゼントだと思うけど」

あまり良い予感がしないのはひなただけでは無いだろう。
クラスメイトのそれに向ける視線は好奇心よりも警戒が強く、鋭いものである。

中学初めてのクラス変えで同じクラスになった零が朝からプレゼントと思わしき大きな包みを抱えて登校した時、ひなたは驚いたがそれよりもっと驚いたのが去年も同じクラスだったという生徒達が当たり前のようにそのプレゼントを零の腕から回収して開封作業を行なった事だ。
しかもプレゼントを持って来た本人不参加で、まるで刑事ドラマに出て来る爆発物処理班が如く慎重に無言で黙々と開封するという光景はひなた以外のクラスメイト達をも驚かせた。
その時のプレゼントの中身は女の子用の可愛い服だった。
零ちゃんは男の子だよね?とプレゼントの中身を見たひなたや静観していたクラスメイト達は思わず零の着る制服を確認した。
着るというより着られている感があるが確かに零は男子生徒の制服を着ている。
結局、零が持ってきたプレゼントは本人が中身を見る事も無く包装紙に再度包まれて教室のゴミ箱に捨てられた。
それから暫くして、先日の光景に困惑していたひなたを含む女子のクラスメイト達は小中と零と同じクラスだという高城めぐみとその友人達から事情を聞いた。

桐山零には昔から性別問わず彼に付き纏う自称ファンがおり先日の朝持っていたそれはそういう者達からの贈り物なのだと。
ファンと言っても余りまともとは思えない人間が多いらしくこの前の女子向けの服はまだまともな方で中には盗聴器と思わしき機械が仕込まれたぬいぐるみや盗撮写真、おかしな臭いのするケーキ等という物もあったらしい。
聞かされた贈り物のラインナップに周りの女子達は気持ち悪い、零君が可哀想だと声を上げていたがこの時既に零を夕食に招く程に仲良くなっていたひなたは只々驚いていた。
そう言った話を一言も本人の口から聞いた事が無いのだ。

話を聞いていた一人がそんな危ない物を生徒だけで開封して良いのかと問題を提起すると話をしていた者達は一様に首を横に振った。
贈り物の内容が明らかに危なくなったのは中学1年になってからで、その時も問題提起した様に子供だけでの開封は危ないのでは?という話になり当時の担任に相談した。
しかしその当時の担任はトラブルを嫌う質だったらしく相談してからすぐ零に対しての態度があからさまに悪くなった。
だったらと、自分達の家族に相談したところかなりの数の親達が「そんな危ない子とは付き合うのをやめなさい」と言われたという。
親達については我が子の安全を優先するが為につい出た言葉だったのかもしれないが、零を日頃から可愛がる生徒達は挙って教師や親達に腹を立てた。
そして見限りをつけ、信用出来る大人にはありのまま話し、学校には「登校途中に不審者がいた」という目撃情報を零がプレゼントを抱えて来るたびに複数人が報告するに止める事にしたという。

その様な経緯があり自分達だけで開封作業を行なっているとひなた達は説明された。
男子は男子で説明があったらしくクラスメイトは皆、零に対して同情的でその後も色々とあったクラスメイト達は自称桐山零のファンと零が抱えて登校してくるプレゼントには並々ならぬ警戒と厭悪を感じている。

開封作業に当たっていた男子達は箱を少し開けた所でこそこそと相談し合い再度箱を閉めた。
余程酷い物だったのだろう、他のクラスメイトの目に触れる事も無く作業に当たっていた者達だけでじゃんけんを始め、負けた一人が箱を手に教室を出て行ってしまう。
いつもならば零が持ってきたプレゼントの類は検分の後に教室のゴミ箱に捨てられるのだが、今回はそれも憚られるものらしい。

予感が当たったひなたは溜息をつきながら零が座る席の前、自分の席へと戻った。

「零ちゃん、あのプレゼントはどんな人から貰ったの?」

「どんな人だったかな」

「些細な事でも良いの。髪型とか服装とか」

まるで事情聴取のようなこの問答はクラスの中でひなたの役割になりつつある。
今まで幼馴染以外とあまり喋る事が無かった零がひなたとなら普通に会話が出来るのに気付いたクラスメイト達に頼まれて以来毎度この問答を行なう。
特徴が分かり次第その特徴も踏まえた不審者情報を数人のクラスメイトが先生達にリークする手筈になっている為クラスメイト達は二人の会話に聞き耳を立てていた。

「大きな手の男の人だったよ。ちょっと湿っぽかった」

「湿っぽかったって・・・もしかして零ちゃんその人に手を握られたの?!」

ひなたの悲鳴にも似た声にクラスメイトの視線が再度零に向けられる。
それに気付かない零は何でも無い顔で肯定すると頬を撫でられたとも付け加えた。
その言葉にクラスに動揺が走る。
ひなたの側で話を聞いていたちほは慌てて自分の鞄へと走ると除菌と大きく書かれたウェットティッシュの包みを手に戻り、中身を数枚取り出して零の頬を何度も拭いた。

「桐山君、他には?他には何処も触られてない?」

「手と頬だけだよ」

ちほは必死で、涙を瞳に浮かべていた。
そんなちほに零は淡々と応えている。
ひなたもちほからウェットティッシュを数枚分けてもらい零の手をやはり念入りに拭く。

見知らぬ人間に声をかけられ、手を握られ、頰迄撫でられて零はどんな気持ちだったのかひなたは想像していた。
ひなた自身、零から話を聞いただけで背中がぞっとした。
周りのクラスメイト達も、特に女子はひなたと同じ気持ちなのか顔を俯かせたり気分が悪そうに顔を青くしている。
見知らぬ赤の他人に手を触られたのを想像をするだけで気持ちが悪いのに剰え頰を撫でられた零本人はどんなに恐かった事だろうか。

ひなたは思わず下唇を噛んだ。
不審者に対する怒りと事後報告を受けるでしか無い自身に不甲斐の無さを感じる。
その場に自分がいれば相手を捕まえる事は出来なくても触られる前に零を連れて逃げる位自分にも出来ただろうと


「おーい桐山!お前の旦那がお前に用だってよ」

廊下側に立っていた男子の言葉にクラスの騒めきの色が変わった。
一部の女子が色めき、一部の男子は冷やかしの言葉を言い、残りのクラスメイトは「旦那?え、桐山君の旦那ってどういう事??」と只管に疑問符を頭に浮かべている。
疑問符を浮かべるのはひなたとちほも同様で零の頬や手を拭くのを止めて固まっていた。
廊下側からの再度の催促に二人は硬直を解き、零は二人に断りを入れると席を立ち廊下へと駆けて行く。

「ひ、ひなちゃん桐山君って旦那さんいたの?!」

「私も知らないよ!零ちゃんからそんな話一言も聞いた事ないもん!」

「聞いてないよ!」と言うちほにひなたも「私もだよ!」と返す。
旦那とは男性に対して使う敬称である。
主従関係の中で主側の人間に対して従側の人間が使う敬称であるが男子の冷やかす感じからそれは違うだろうとひなたは判断する。
つまりそういう事?と二人の間で結論が出かかった所で零は戻ってきた。
その頬がほんのり色づいているのに目敏くも気付いてしまった二人は自分達の考えは間違いではないのだと確信する。

「零ちゃんの旦那さんってどんな人?」

直球なひなたの問いに側に立つちほは驚き、性急過ぎる、もっとオブラートに包んでと責め立てる。
対して零は豪速球とも言えるひなたの問いを冷静に難なく受け止め答えた。

「僕の幼馴染だよ」

「おさな」

「なじみ、なんだ」

自分達の想像していたものとは違う何の面白味の無い零の返答に二人の盛り上がっていた気持ちはゆっくりと降下した。
「旦那」という言葉に惑わされてっきり目の前の友人に紹介されていないけど彼氏がいたのかと突然の恋話にはしゃいだ二人であるがそもそも零の性別が男である事を漸く今になって思い出す。
すると今度は惑わされていたとはいえ零に対して性別を忘れるなどという自分達の失礼さに申し訳なってくる。
黙り込む二人に困惑した零はどうしたのか尋ねると青白い顔をしてひなたとちほは首を振った。

「何でもないの桐山君」

「只の自己嫌悪だから」

暫くして気を取直したひなたはいつにも増して機嫌の良い零に廊下で何を話していたのか尋ねるととても嬉しそうに話した。

「幼馴染が急に明日から一緒に登校しようって誘ってくれたんだ」

聞けば件の幼馴染は部活の朝練がある為朝が早いらしい。
それでも中学1年の時の零はその幼馴染に合わせて早起きをしていたのだがクラス変えでクラスが別々になるのが分かると幼馴染から零も新しいクラスメイトとの付き合いがあるだろうからと別々の登校を打診され、零は渋々頷いたのだとか。
それが四月の話で先程幼馴染は零を呼び出して明日からまた一緒に登校しようと言ったらしい。
別々の登校を打診された時は渋々頷いた零だが今度の打診には首を大きく縦に振り頷いた。


「じゃあ、零ちゃんは明日からの登校は一人じゃないんだね」

「うん、明日からは幼馴染と一緒だよ」

余程嬉しいのか背後に花が飛んで見える程に喜色の色を浮かべて話す零にそっかそっかとひなたは微笑みながら頷く。
ちほも頬を緩ませて話に相槌を打つ。

「良かったね零ちゃん」

きっとその幼馴染が一緒にいれば零は朝から危ない目に遭わずに済むだろう。
それでも構わず不審者が現れてもその幼馴染なら相手を倒すなり零を連れて逃げるなりしてくれる気がする。
希望的な観測ではあるけれど普段なかなか見る事のない零の表情もあってひなた心の中で零の幼馴染にそっと感謝した。







零ちゃんファン
クラスメイトにはプレゼントの内容がどうであれ一人としてまともなのはいないと思われている。

零ちゃん
見ず知らずの人から貰ったプレゼントは捨てなさいと、師匠と幼馴染からきつく指導を受けてるのでクラスメイトがいなくても自分で処分は出来る。

ひなちゃん
クラス内での零ちゃんの保護者

ちほちゃん
保護者その②

クラスメイトのみなさん
零を自分達の弟か妹と勘違いしてる節がある。
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