｢あら｣

｢おや｣


出会ったのは本当に偶然だった。

ノボリはその日、午後からお休みを貰っていた。
しかし、彼はギアスステーションを出た所で自分が何をしようか考えていなかった事に気付く。
近頃は仕事、仕事、仕事で趣味はかなり昔に止めてないに等しく、特に今何がしたいとも無かった。

｢困りましたね｣

する事がない。
結局、彼は家に帰り溜まりに溜まった家事をする事にした。
最近風邪をひき、仕事を数日間休んだ為にその後処理に終われていて家事所ではなかった。
半日あれば、流石にあの部屋も綺麗になるだろうと足の踏み場も無くなった自分の部屋を思い浮かべて家へと足を向ける。

まずは何から始めようか、頭で考えながら道の角を曲がれば胸の辺りに小さな衝撃、｢ぎゃん！｣と悲鳴のようなものが聞こえた。
見れば目の前で子供が尻餅をついている。
さっきの衝撃はこれかと気付いたノボリは慌ててその子供に手を伸ばした。

｢大丈夫でございますか？申し訳ございません私の前方不注意で｣

｢いえ、こちらこそ考え事をしていて前に人がいる何て気付きませんでした｣

触れられた手が妙に冷たいと感じていれば相手の｢あら｣という声にノボリも｢おや｣と声を漏らす。

｢サクラ様でしたか｣

｢ノボリさん、こんな所で珍しいですね｣

立ち上がり、服についた砂ぼこりを払ったサクラはノボリに｢サボりですか？｣と笑って尋ねる。

｢クダリではないのですから

今日は昼からバトル車両の点検がありバトルサブウェイが休みになるのでせっかくだからとお休みを頂いたんです｣

そういうサクラ様は？とノボリはサクラに対して尋ねた。
昼間にノボリが街中を歩いているのは珍しいが、家が弁当屋を営む彼女が昼間の街中を出歩いているのも珍しい。

｢今日は土曜日でしょ？家は土日が休業日なんです。
だから買い物に街へ出てきたんですが・・・｣

そこで彼女は言葉を詰まらした。
何か言うのを躊躇する彼女に彼女の頭に乗った見た目ゾロアのゾロアークが『早く言え』と出も言うように彼女の頭を叩いている。

｢あ、あの、ノボリさん｣

｢はい、何です｣


｢ここは何処でしょうか？｣





｢お待たせしました｣

そう言って机に置かれた珈琲とクリームソーダー。
サクラは緑の炭酸ジュースに乗ったアイスをスプーンで掬うと、机に座るゾロアークの口にいれた。
その顔は何処か不機嫌で、照れる様に顔を赤くもしている。

｢・・・笑わないで下さい｣

｢申し訳御座いません｣

そう言ったノボリだったが彼は今も口元をおさえて肩を震わせていた。

曲がり角で出会い、サクラに自分は迷子であるとを伝えられノボリは笑った。
ノボリが笑う何て(色々な意味で)思ってもみなかったサクラは目を潤ませて羞恥に満ちた顔で頬を膨らませる。
良い年をして自分の住む街で迷子になった羞恥に不安、やっと知り合いに会えたかと思ったら笑われて、今に怒るか泣くかなサクラに気付いたノボリは慌ててサクラを引っ張り喫茶店へ入った。

｢好きなものを頼んで下さい｣

そう言えばサクラはクリームソーダーを、ノボリは珈琲を注文し、そこでお互いに落ち着いたのだが思わず思い出したノボリはまた笑ってしまったのだ。


ストローに口をつけたサクラの顔はまた赤かったが曲がり角で出会った時に比べたらかなり落ち着いたようにも見える。

｢聞いてもよろしいですか｣

笑いの波も治まり、何時もの表情に戻ったノボリはサクラを見た。

｢何があったのです｣

口からストローを離したサクラはジュースの上のアイスを食べて｢何も｣と答える。
それをすかさずノボリが否定。

｢髪は乱れていますし、服の胸元辺りは皺があるではないですか。

もう一度聞きます。


何があったのです｣

何かあったと断定した問い掛けにサクラは視線を落とし、口を開く。

｢・・・｣

声が小さくて上手く聞き取れず、もう一度尋ねる。

｢・・・ちょっと恐そうなお兄さんに絡まれまして｣


｢また、ですか｣

今まで姿勢正しく椅子に座っていたノボリは呆れる様に椅子の背中に凭れた。
ノボリが言う｢また｣は彼とサクラが初めて会った時の事。
初めて二人があった時もサクラは恐そうなお兄さんに絡まれていた。

｢貴女はどうしてもそのような人達と縁があるのでしょうね｣

｢すみません｣

｢別に貴方が謝る事はありません。縁とは自分でどうこう出来るモノではありませんから｣


そこで二人の会話が止まった。
聴こえるのは店が流す音楽に、他の客の喋り声、他には互いの食器が何かに触れて出す音ぐらいだろうか。
会話が無いせいか何処か居心地悪気なサクラを見て何か話さなければとノボリは思うのだが、どうも今口を開くと彼女に余計な事を言いそうでノボリはただ口を閉ざすしか無かった。


｢ノボリさん、怒ってますか？｣

先程から喋らないノボリにサクラはおずおずと尋ねる。

｢私は別に怒ってなどいません｣

それは自分に言い聞かせている様でもあった。
彼の心は今、とてももやもやしている。
怒っているような悲しいような、それが一体誰に向かっての感情なのかも分からない。
複雑に絡み混ざった感情がノボリの表情に影を落とす。

｢だったらどうしてそんな顔をするんですか｣

｢それは、｣

それはノボリにも分からなかった。

どうして自分はこんなにも心を乱す。

どうしてどうしてと自問を繰り返しても答えは出ない。
だが、感情に変化が起きたのはサクラが男に絡まれたというところから。

彼女が男に絡まれたと知り見知らぬ男に怒りを覚え、彼女がその事を自分に隠そうとしていて悲しくなった。
経緯が分かっても結果が分からない。
いくら悩んでも｢どうして｣の先は見つからない。



｢えい｣

ぷにっと唇に何かが触れた。
見れば口元にはアイスの乗ったスプーン、サクラはそれを｢あげます｣と笑って言う。
見ればアイスはノボリの口元にあるのが最後で、断ろうとノボリは口を開くのだが、逆に口を開いた事でアイスが中へと入ってしまった。


｢私、何だかノボリさんを怒らすような事をしちゃったみたいだからアイスはそのお詫びみたいなものです｣

｢私はサクラ様に怒ってなど｣

｢じゃあ、その眉間の皺は誰に対してのものなんですか？｣

サクラの冷たな指がノボリの眉間に触れる。

｢・・・分かりません｣

考えても考えても分からない。
生まれるのは｢何故｣ばかりで答えは産まれない。

｢出ましょうか｣

机を見れば二人の飲み物は空で店も小腹が空く時間からか人が増え始めていた。

｢そう、ですね｣