狭い仮眠室に体温計の電子音が響いた。
抜いた体温計を見れば

｢39.8度｣

高熱だった。

｢ボス、どうしますか。熱高いですし今日はこのまま帰った方がええと思うんですけど｣

クラウドの提案にノボリは首を振った。

｢まだお客様はいらっしゃいます。風邪ごときでマスターの仕事を休むなど許されません｣

｢やけど、ボスのその様子じゃ電車の揺れだけで倒れそうやないですか｣

｢ノボリ、既に一回倒れてるしね｣

彼らが言うことがどれも本当なだけにノボリは反論出来なかった。

｢ボスはお客さんの事を心配しとるみたいやけど、お客の前でボスが倒れてみい。お客さんが困るだけでなーんも良いことあらへんや無いですか｣

｢そうなるならノボリは帰ってゆっくり休んだ方が良い！｣

｢ですが、私が帰ってしまうとマルチトレインは運休になってしまいます。
そうなるとまた前回の様にお客様にご迷惑がかかるではありませんか｣

二人の言うことが正論過ぎて言い返せないノボリだったが、やはりクダリ一人にバトルサブウェイを任せるのは心配だった。
それについ最近、マルチトレインを運休させてお客様に大変な不満と迷惑な思いをさせたばかり。
だが、クラウドはそこは大丈夫ですからと言った。

｢マルチはいつも通り走らせてわしら駅員達が全力でお客さんを潰します｣

｢シングルの挑戦者は僕が引き受けるから任せて！｣

僕達を信用してよとまるで自分の心内を読んだかのように言われ、そこまで言われてしまうとノボリは頷くしか無い。

｢では、私は二人のお言葉に甘えさせていただきましょうかね｣

｢ノボリ、大船に乗ったつもりで任せて！｣

｢頼みましたよクダリ。私がいない間、貴方は唯一のサブウェイマスター何ですから｣

｢僕頑張るー！｣

何時になくやる気なクダリにノボリの不安が少し消えた。

｢じゃあ、ボスはどうします？家で看病をしてくれる人はいるんですか｣

｢｢あ、｣｣

クラウドの言葉に双子の声が重なる。
二人はライモンにマンションを借りて一人暮らしならぬ二人暮らしだったのだが、クダリが仕事を頑張らなくてはならない今ノボリは家に帰っても一人だった。

｢どうしよノボリを家に帰しても誰もいないよ｣

｢流石に病人を一人にしとくのは危ないしな｣

只の風邪と侮ってはならない、熱が上がれば命の危険にだって関わってくるのだ。

｢やはり、私も仕事に出ます｣

｢なんでや！｣｢それは駄目！｣


｢あの、｣

今まで椅子に座り、ノボリとクダリ、クラウドの話を聞いていたいたサクラが挙手をした。

｢ノボリさん、家に帰っても看てくれる人がいないなら私の家に来ますか？｣

｢ですが、サクラ様。流石にそれは貴女様だけでなくご家族の方々に迷惑のかかる事でございます｣

｢サクラちゃんそれ、凄く良い！｣

｢クダリ、貴方はもう少し他人の迷惑という事を考えなさい｣

今にも｢じゃあ決定｣とでも言いそうなクダリにノボリは厳しく駄目だと言う。

｢家は別に迷惑じゃないですよ？家族は私とおじいちゃんの二人だけですし、おじいちゃんにノボリさんが倒れた事を伝えたらいっそ家に連れて帰って看病してやれ！なんて言ってましたから｣

｢あーあのじいさんなら言いそうやわ｣

サクラの言葉にクラウドは笑っている。
ノボリは顔を俯かせ｢ですが｣と呟いたが、その先の言葉が見つからなかった。
既にかなりの迷惑をサクラにかけている実感があったノボリはこれ以上迷惑はかけまいと何か断る理由を探すのが頭が働かない。

困った

これはかなり不味い。

ノボリがぐるぐると考えている間に手を叩き｢じゃあ決定！｣と言い放った。

｢はぁ！？クダリ、貴方は｣

｢ノボリ断る理由ない。サクラちゃんは迷惑じゃないって言ってる！これで話纏まった｣

皆、ハッピーエンドだね何て言うクダリにノボリは何処がハッピーエンドなのものかと文句を言う。

｢なんや、ボス。嬢ちゃん家は不満なんですか？｣

｢決してそんなことは・・・！｣


そこでノボリは自分の口をおさえる。
彼はおそるおそるクダリとクラウドの顔を見上げると二人して同じ笑みを浮かべていた。
まるで詐欺師の様な、誰かを騙しきった顔だ。

｢ボスも嬢ちゃん家に行くことで何や文句ないみたいですし決定ですね｣

嵌められた、まさかこの二人に自分が嵌められるだなんて

二人を侮っていただけに自分が誘導され嵌められた事にノボリはかなりのショックを受ける。


｢じゃあ、ノボリさん行きましょうか｣

自分の手を掴み笑いかけてきたサクラにノボリは弱々しい声で

｢よろしくお願いします｣

と言った。