｢お客様はそこで何をしているのですか｣

凛とした声が聴こえる。
靴が床を叩く音が妙な威圧感を放っていて、その気迫に圧されたのかサクラの胸ぐらを掴んでいた男の手がするりと離れた。
ざわざわと周りの野次馬が騒ぎ出し一ヶ所人垣が割れるとそこから見覚えのある顔が現れる。

｢！クダリさ・・・｣

クダリさん、と呼び掛けてサクラは止めた。
ゾロアークも目の前の彼をクダリだと思い込んでいるのか、サクラに『何であいつが此処にいるんだよ』と尋ねてくる。
それをサクラは

｢違うよ｣

と否定した。

『でもあの変なもみあげとか一緒だぞ』

｢うん、でもあの人はクダリさんじゃない｣

何故かサクラはそう言い切れた。
クダリによく似た黒い男はサクラと不良男の間に入る。

｢お客様、駅ホーム内での暴力行為は一切禁止となっております｣

｢だが、先にぶつかって来たのはコイツだぞ！｣

｢確かに彼女が貴方様にぶつかったのが先ではありましたが、彼女は貴方にちゃんと謝ったではありませんか。
それを、況してや若い女性の胸ぐらを掴み、恐喝紛いな事を行うとは如何なものかと思います｣

彼は私達の状況を見ていたかの様な口振りで淡々と不良男に諭していた。
此方に不利な所は全て端折り、さも不良男が悪いだろうという片寄った事の経緯は当事者である私と不良男、多分であるがこの片寄った経緯を話す男しか知らない。

私達当事者に関わろうとせず、様子を見て楽しんでいた彼等野次馬達が私達に起こった本当の内容を知る訳がなくあっさりこのクダリさん似の言うことを"正しい"と信じた人達はあからさまに不良男に侮蔑の視線を送り、私に味方するような声が上がった。

不良のお兄さんには悪いが、これ以上騒ぎにならないようする為にも此処はお兄さんを犠牲にするしかない。


そう考えたサクラは不良男との壁になってくれている男の腰辺りに抱きつくと、俯き、小さな声で

｢恐い｣

と呟く。
その小さな声を拾った野次馬の一人が｢あの子、泣いてるぞ｣と勘違いし出すと周りも合わせて勘違いと自分なりの解釈を始めた。
｢女の子が泣いている｣というワードとその人の想像、それにほんの少しの期待が混ざり気付けば不良男には居心地の悪い空間が出来ていた。

周り多数の人から｢酷い｣｢最低｣等と言われ、舌打ちをした不良男は｢くそっ｣とだけ言葉を残して人垣を割り何処かへ歩いていく。
その方向は地上へ繋がる階段で、不良男が階段を登るのを確認すると黒い男は綺麗なお辞儀と共に｢又のお越しを｣と言った。

あの距離じゃ聴こえていないだろうに、律儀な人だとサクラは思う。

肩に乗っていたゾロアークが私の頬を叩いた。

『早く弁当を届けて帰ろう』

そう言った彼はまだ不機嫌そうだった。
これは私を心配しているせい、私の変わりにゾロアークが怒ってくれているから不機嫌なのだ。
優しいな、と頬を擦り付ければ『止めろ！』と頭の上に逃げられてしまった。

｢そんなに嫌がなくても良いのに｣


｢もし、お客様｣

肩を軽く叩かれて、振り向けばさっきの黒い人がサクラの顔を覗き込んでいた。
やだ、顔が近い！何て思わず乙女思考が働く訳がなくサクラは真顔で｢何ですか？｣と尋ねる。

｢いえ、お怪我をされた所はないか伺いたく｣

｢大丈夫です。胸ぐらを掴まれただけで済みましたから

それよりもすみません。大切なお客様を帰らせてしまって｣

帰ったのが不良男の意思であれ、帰りたくなるような雰囲気を作ってしまった原因は自分にあると考えていたサクラはどうも先程の様子からして駅員らしい男に頭を下げた。

｢頭をお上げ下さいお客様。先程のお客様が帰られたのも苛ついていらしたたのも元を質せば私達駅員に原因があります｣

｢・・・何かあったんですか？｣

そう言えば駅に入った時から苛々しているお客さんが結構いたのを思い出す。
その時はバトル前だから気がたっているんだろうとサクラは勝手に納得していたが彼が言うには駅で何かあったらしい。
サクラに尋ねられた男は一間置き、

｢お恥ずかしい話なのですが｣

と口を開いた。